気分転換

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日常を気楽に綴っています。

家庭菜園

2013年09月28日 | 家庭菜園

今週は毎日青空で気持ちの良い日が続きましたね。

ここ数年は我家の家庭菜園、夏野菜もまめに作っていたのですが

今年は暑さと気分の問題で放置してしまいました。

夏の間ほっておいた我家の畑、やっと重い腰を上げて

冬野菜の準備を始めました。

冬野菜で一番必要なのがお鍋用の白菜です。

そういえば昨冬は毎日のようにお鍋食べていました。

白菜あると冬は助かります。

 

だいぶ大きくなってきました。

ところが台風で何ヶ所か穴あきが出来てしまいました。

穴あきではみっともないのでここは昨日小さい苗を買って植えておきました。

 

後は先日蒔いた大根の可愛い芽が出てきました。

2個づつ蒔いたら全部芽が出ました。

発芽率100%。

素晴らしい~~

せっかく出た芽ですが片方はサヨナラしました。

もう少し大きくなったらもう一度間引きします。

去年は耕し方が足りなかったせいか土の中で下まで伸びる事ができなくて

先が二股に分かれてしまいました。

可愛そうなお姿で・・・

今年は深く耕したので真っ直ぐ伸びてくれるといいです。

 

後はブロッコリーを植えて、

茎も美味しいのでステックブロッコリーを初めて何本か植えてみました。

毎年恒例の好きな紅菜苔かき菜も蒔きました。

後はaraさんお勧めの1月に新じゃがを~という事で

春取れたのを少し埋めておこうと思っています。

少しは畑らしくなったかな?

 

 

彼岸花が咲く頃、毎年庭に出てくる「コロチカム」

今年も可愛い花を咲かせています。

台風で倒れたダリア

茎が曲がって花壇で埋もれていました。

切花にして花瓶に入れたら豪華です。

でも曲がっているので真っ直ぐにはさせませんけど・・・


エノキ氷

2013年09月26日 | 料理

今日は台風の影響か風が強く寒いです。

家の中でもいよいよ靴下なしではいられなくなってきました。

 

昨日の「はなまるマーケット」見ましたか~?

ダイエットという言葉に弱い私。

タイトルに付いていると、これは見逃せないと思ってしまいます。

以前にもやっていたと思いますが好評なのか再び。

ためしてガッテンでもやっていましたよね。

「エノキ氷」

 

エノキに含まれているキノコキトサンは

コレステロール、美肌効果、便秘、生活習慣病、糖尿病、がん予防

そしてダイエット に効果あり。

こんなにいい物ないですよね。ホントかな~?

続けないとダメですが取り合えず試してみましょう~!

 

作り方はこちら

1日3個から6個食べるといいらしいです。

作り方は簡単ですが1時間煮るというのがちょっとネックです。

水分が少なくなってドロドロしてきたら

焦げ付かないようにかき混ぜないといけません。

丸のままのエノキのいしづきを取ったら250グラムでした。

この分量で作ったのではすぐに食べ終わって後が続かないと思い

どうせ1時間かけるならと、この3倍量で大量に作ってみました。

冷凍で1ヶ月は大丈夫そうなのでたまに作るなら続くかもしれません。

煮詰める事で熱による成分抽出、

冷凍することで細胞壁の分解の効果が得られるようです。

 

本当は蓋付きの製氷皿がいいのでしょうが無いので

1つしかない製氷皿、3回に分けて冷凍しました。

3時間で凍りました。

これでも二人で食べたら10日で終わってしまいます。

何にでも入れて大丈夫との事なので

今朝はスープに入れました。

解凍したのを卵焼きに入れたり、もちろんカレーやシチュー、

みそ汁、スムージー、ジュース。

お茶やコーヒー、焼酎にも大丈夫とか・・・どうかな?

クックパットにもたくさん出ていました。

1年後を楽しみに

 

 

実はもう一つ氷があります。

友人に作っていただき凍らせた「たまねぎ氷」です。

冷凍庫このために整理しました~。

氷だらけになってます~。

今まではこれを毎朝のみそ汁やスープに入れていました。

これも玉ねぎなので血液がさらさらで健康によさそうです。

どちらもポンと入れるだけなので使い勝手が良くしばらく続けてみようと思っています。

 

りんご酢ミルクはまだ続いていますよ。

(牛乳120CC、りんご酢大1、はちみつ大1)

振り返って見てみたらそろそろ3ヶ月になりました。

内臓脂肪が3ヶ月で減ってくるということでしたがどうなんでしょう?

私のは皮下脂肪ですからね~

内臓脂肪は見えないから・・・

 


巾着田曼珠沙華公園

2013年09月25日 | 

旅行記はちょっと中断で・・・

 

連休に、出かけた帰り近くを通るので少しまわって寄ってみました。

埼玉県日高市の巾着田

 

見頃を迎え

午後だったので付近の駐車場は満車でした。

交通誘導の方に近くの高麗小学校の校庭臨時駐車場に誘導されました。

駐車料金は近辺どこも500円です。

高麗川の向こうに赤く彼岸花の群生地が見えてきました。

あいあい橋を渡ると

わぁ~~!!と

歓声を上げたくなるほど真っ赤でした。

白の花の周りにはカメラマンが多いですね。

 

この小路の右側は満開

左側は5分咲きくらいでした。

 

最初は(昭和40年後半)河川の増水等で流れてきた球根が根付いた物が咲き始め

現在は500万本の群生地になっています。

 

有料期間 : 9月10日~10月15日

午前7時~午後5時

入場料 :1人300円

 

遅咲きの方もそろそろ満開になっているかもしれません。

今週末はまた賑わうことでしょう。

 

 


出雲大社 参拝

2013年09月21日 | 旅行

今回のツアー旅行のバスに貼りだされていたタイトル

「朝一番の出雲大社と・・・」のとおり

朝食後すぐに7時50分にはホテル出発となりました。

2日目のバスは席順が前から2列目になり

前の景色も見える場所です。

2日目からは地元一畑観光のバスガイドさんが付きました。

このガイドさんが知識の宝庫で2日間ずっとしゃべり通しました。

数字、年代、名前、場所、etc

アンチョコもなしで素晴らしい説明でした。

こういう方をプロと言うのでしょうね。

でも余りにたくさんの情報をいただき過ぎて覚えていません。

もっとメモをとっていたら少しは博識になれたかも。

色々な島根県の事や出雲大社の説明を聞きながらもう少しで到着です。

 

私たちは出雲大社(いずもたいしゃ)と言いますが

地元の方は出雲大社(いずもおおやしろ)と言うのだそうです。

 

 

4の鳥居の前で集合写真を撮ります。

参拝が終わるまでにはプリントされていて希望者は1枚1050円で買います。

 

反対にこちら側から撮りました。

カメラマンさんの後ろの松の参道は出雲大社の出るテレビ番組では

必ず写ります。

3列になっていて「真ん中は神様がお通りになるので両側を歩きましょう」

 

いよいよ参拝に入ります。

ここからはガイドさんが代わってここのガイドさんになりました。

出雲大社は5年がかりで60年ぶりの改修工事を終えて

5月10日遷宮が終了したばかりです。

(ちなみに、伊勢神宮は建替えをしますが出雲大社は改修だそうです)

 

入ってすぐの所にはまず御仮殿(拝殿)があります。

本殿改修工事中は大国主大神の仮住まいになっていた所です。

ここは全部「2礼、4拍手、1礼」です。

拝殿の後ろに本殿があります。

昔(室町時代)はもっと高かったのですが(奈良の大仏殿よりも)

今は高さ24メートルです。

 

いよいよ本殿にお参りします。

ガイドさんが「住所をいわないと何処の誰かわからないですよ。」と

言っていたのでしっかりと心の中で住所も言ってから

お願いもしてきました。

 

ここでガイドさんに「いつもテレビで映る、しめ縄は何処ですか?」

と聞いたら「これから行きますけど皆さん勘違いされている方が多くて、

あそこは本殿ではないですからね。こちらが本殿ですよ」と

勘違いの人が余りに多いので厳しい口調で答えてくれました。

帰ってからも何度かテレビで出雲大社を見ましたが必ず先に映るのが

あの大きなしめ縄ですものね。

あそこが出雲大社と思ってしまいますよね。

本殿を取り囲む塀を一周すると裏側から本殿が見えるそうです。

前からでは屋根の上しか見えません。

今回は団体行動だったので回って見ることは出来ませんでした。

 

そして外にでると有名な神楽殿があります。

昭和56年の造営。

ここは神楽、色々な儀式、結婚式、団体向けの祈祷などが行われるそうです。

このしめ縄は長さ13メートル、胴回り8メートル、重さが4,5tもあります。

以前はお金を投げて縄の間に挟まると願いが叶うとかで

たくさんのコインが投げられていたようですが今は網がはられて

投げれないようになっています。

ここからは、またゾロゾロと案内のガイドさんに街の説明をうけながら

ついていきます。

ついた先はパスのP そばのお土産やさん。

うまくコースが出来ていますね。

 

念願だった出雲大社のお参りができましたが、やはりツアーだと

慌しいですね。

近くの駐車場からなのですぐ着いてしまい、ゆっくり参道を歩いて向う

という気持ちの高揚は味わえませんでした。

やはり最初の1の鳥居から歩いて入ってみたかったです。

出雲大社は縁結びの神様なので若い女性の参拝客が多い気がしました。

 

10月は神無月、全国の神様が出雲に集まり地元を留守にします。

それなので出雲は神有月となります。

神様が集まり、「あの人とこの人を一緒にさせよう~」と会議をするのだそうですよ。

独身の皆様、神様に選んでもらえると嬉しいですね。

 

次は数年前に世界遺産登録された「石見銀山」に行きました。

 


台風の爪あと

2013年09月17日 | 日々の出来事

台風一過。

今日は澄みきった雲ひとつ無い青空が広がっています。

昨日の台風は記憶に無いくらい大きなものでした。

あちこちにたくさん被害がでているようですね。

京都やここ埼玉の被害状況をテレビで多く見ます。

埼玉北部は今まで本当に大きな災害がなく安心して暮らせる場所
でしたが、何が起こるかわからない時代になりました。

被害にあわれた皆様にはお見舞い申し上げます。

 

さて我家ですが周りの家がみんな雨戸やシャッターが下りて静まりかえっている中

カーテンを開けて外の様子をずっと見ていました。

住んでいる家は安心なのですが、敷地内に古い建物がたくさんあり

心配でなりません。

物置、蔵、義父母が住んでいた家など・・・

特に蔵と親の住んでいた家は大正時代の建築物です。

12時から12時30分頃が台風通過の時だったのか雨風が大荒れでした。

北と西からの風がぶつかって雨が舞い上げられていました。

12時15分頃、庭に屋根から瓦が落ちました。

「きゃ~~!大変~~!」

違うところで見ていた夫を慌てて呼びに行きました。

祭日で本当に良かった。

北からの風だったので庭に落ちましたが、東からの風だったら

我家のガラスに直撃していたかもしれません。

ボロボロだった蔵の外壁は10年ほど前に修復工事をしたのですが

屋根はまだ大丈夫との事でしていませんでした。

「あ~あ!」

夫は今朝、タウンページで屋根工事店を探していましたけど。

 

そして古いほうの家は継ぎ足し工事をしてあった隙間から舞い上がった雨が入り

水浸しの場所ありです。

拭いて、乾かすために今日は全開にしてあります。

爽やかな日で助かりました。

 

3時頃には雨もやみ庭は緑のままの葉が散乱。

こちらは玄関前です。

日暮れまで後処理に追われました。

でもこれ位でよかったと思わないと・・・

 

今の時季、我家では十五夜花と呼んでいるこの花が背丈が高いので

ほとんど倒れていました。

可愛そうなので切花にして数日間でも楽しもうと外に置いてみました。

最近の気象状態、思いがけない事が起こります。

今回の事でほっておけない場所が多々ある事に気づきました。

家を管理する事って大変ですね。


玉造温泉

2013年09月16日 | 旅行

一泊目のお宿は出雲の「玉造温泉」

 

今から1300年前、日本で初めて美肌効果がうわさになった温泉が
「神湯」玉造温泉なのだそうです。

 

18組のツアー客は6組づつ振り分けられ3つのお宿に別れました。

着いたのが夕方6時半過ぎで7時15分から夕食との事でした。

ロビーで説明がありそれぞれの部屋に入りました。

わぉ~~!

団体さん用なのかやたらに広い。

数えてみたら向こうの部屋は12畳、手前が8畳、

部屋食ではないので2人では広すぎでした。

間取り図を見たら私たちともう一組がこの広い部屋で

後の4組は一部屋の所、どちらが良いかはわかりませんが・・・

でも部屋に入った時何となく匂いが気になりました。

なんか・・・カビくさいような・・・

この夏、山陰地方は豪雨続きでジメジメしていたのでしょうか?

夕食まで時間も少なかったのですが夫はさっそく1回目の温泉に。

と出て行って直ぐに戻ってきました。

「カメラ~ 夕焼けがきれいだよ~」

廊下の窓から見えたようです。

夕食はレストランでグループごとにテーブルがセッティングされていました。

釜飯、しゃぶしゃぶ、焼き物、できたてを食べる温かい物は

全部固形燃料調理でテーブルで火が付けられました。

一人3種類も固形燃料が燃えています。

これって「主婦が留守する時に便利かも!」って思いました。

並べて置いて「食べる時に点けてね~」で出来てしまいますよね。

前に合羽橋で見たことあったけど買ってみようかな。

 

お腹一杯になったところで、添乗員さんから

「8時半からどじょうすくいのショーがあるので行ってみて下さい」

と言われていたので外に出かけてみました。

 

玉造温泉は玉湯川を挟んで両側にお宿が立ち並んでいます。

夏はこの川を利用して野外ステージでジャズ、フラダンス、軽音楽などで

楽しませていただけたようです。

そして9月一杯は1000個の竹灯篭で幻想的な雰囲気が味わえるはずでした。

ところが9月初旬、この夏2度目の豪雨で出来なくなってしまったそうです。

川沿いの遊歩道まで水が上がったそうですがだいぶ片付けられ

いくつかは竹灯篭も戻されていました。

翌朝もう一度川を覗きに行って見ました。

遊歩道に乗ってしまった川砂を片付けている方がいました。

本当に今年の島根県は雨の被害が多かったようです。

話が朝に飛んでしまいましたが夜に温泉街の真ん中あたりにある

「ゆ~ゆ」という所に本場のどじょうすくいを見に行って見ました。

観客は50人位、それなりに盛り上がっていました。

最初は安来節や銭太鼓などの踊りと唄。

後ろで太鼓(鼓)をたたいていたおじ様が突然ひょうきんなどじょうすくいの踊り手に変身。

 

最後に会場から踊り手を募集、誰も手を上げないと思っていたら

いるものですね~積極的な方々が・・・

一度練習があり2度目に本番。

終わると終了証書がいただけます。

左から2番目の方が一人女性でしたが一番ひょうきん者でしたよ。

 

帰ってからのんびりと温泉につかり、美肌になりました。

 

翌朝は朝食までの間に昨夜は景色があまり見られなかったので

川沿いを少し散策してみました。

「やまたの大蛇治」や「因幡の白うさぎ」など、誰もが一度は聞いたことのある

神話の多くはここ出雲の地を舞台に繰り広げられた神様たちの

ラブストーリーであり壮大な冒険記だった。

という事で・・・

川沿いには

九つの神話のオブジェがあるみたいです。

全部のオブジェを写して歩いている人がいました。

私たちは近くにあった�と�だけを。

ワニ? どうみてもサメではないかと・・・

 

バイキングの朝食は

取り過ぎに注意しておいしくいただきました。

 

朝食後は今回の目玉の一つ「出雲大社」に向けて

7時50分出発です。

 

つづく

 

今、深夜ですが外の風の音がうるさくなってきました。

台風が近づいています。

大きな被害が出ないといいです。

皆様、お気をつけ下さい。

 

 

 

 

 


山陽・山陰 ツアーの旅

2013年09月13日 | 旅行

去年、初めて伊勢神宮にお参りに行って

「来年は出雲大社にも行ってみたいね。」と

話していました。

春に日帰りのバスツアーをしてから毎月「旅の友」という

パンフレットが送られてくるようになりました。

いつも出かけるのは日帰りかたまに1泊。

2泊以上はなかなか出来ませんでした。

今回は2泊3日の予定を申し込みました。

ところが・・・

最終の案内が送られてきたら朝の東京発の新幹線が

6時50分発、集合時間が6時30分でした。

パンフレットでは1時間くらい幅がもたせてあったのですが

結局一番早い時間になってしまいました。

これでは集合時間に間に合う新幹線も在来線もありません。

なので東京駅近くのホテルに前泊となりました。

丁度、新聞広告でみつけたこのホテル。

8月17日にオープンしたばかり、きれいで便利な所が見つかりよかった。

6時30分の早い集合時間でも楽々でした。

こんなに早くても日本橋口の集合場所には色々のツアーの方が

集まり始めていました。

東京、品川、新横浜から同じツアーの方々が乗りこみます。

私は大阪より先は始めてなので未知の世界です。

岡山で新幹線を降りました。

総勢36人のツアーなので添乗員さんの旗の下ゾロゾロとはぐれないように

バスの所までついていきます。

こういう旅行は今まで余り無いので新鮮です。

バスには・・・

席順は3日間毎日変更しましたがずっと左側でした。

左側は太陽があたって眩しいし山側で海が見えないので

1度は右側にしてほしかったですね。

 

とにかくツアー旅行は予定が目一杯で時間が忙しいです。

なので1日目、昼食は移動中のバスの中でタコ飯のお弁当でした。

その内に最初の見学場所、岡山県真庭市にある

「神庭(かんば)の滝」に到着しました。

「日本の滝百選」にも選ばれた高さ110メートル、幅20メートルの

中国地方随一の名瀑です。

バスを降りて自然公園の中を滝まで歩きます。

今回のツアーは歩く事が多いので「歩きやすい靴で参加下さい。」

と言われていました。

一人若い女性がヒールのパンプスを履いてきましたがそれで

最後まで歩き通しました。すごいなぁ~

豪雨の後で滝も流れている川も水量が多くて迫力満点でした。

前日は立ち入り禁止だったようでラッキーでした。

途中には玉垂の滝(草葺の屋根から落ちる雨だれに似ている)

がありました。

突然木々の先に大きな滝が現れました。

「皆、わぁ~~!」

近くでは水しぶきを浴びてしまいます。

マイナスイオンをたっぷり浴びて涼しさを満喫できました。

ここの公園にはお猿さんが200匹くらい餌付けされているのだそうです。

荷物に注意などの看板がたくさん出ていました。

それもちょっと楽しみに思っていましたが何故か一匹も見当たりません。

どうしたのでしょう。

夫が係りの方に聞いたら「今日はもう7時半頃に来て餌を食べたので

今は山に帰ってしまいました。」

というわけで静かな公園内になっていました。

これがかけられました。

 

そして次は島根県安来市

名園と名画の「足立美術館」に着きました。

「庭園もまた一幅の絵画である」

10年に渡り庭園日本一の座を獲得しています。

創設者で地元出身の実業家、足立全康が「あちらですよ~見て下さい~」と

案内しています。

その指の先には50,000坪日本庭園。

窓がそのまま額縁になるような「生の額絵」

館内には足立全康がお気に入りだったという横山大観や

近代日本画壇の巨匠たちの作品約1500点を収蔵しているとの事。

横山大観の120点を数えるコレクションは著名でこれらを年4回

展示替えをしているのだそうです。

よくも個人でこれだけの物を集めたものですね。

売店で「林義雄」という人のかわいい動物が描かれた童画の

Tシャツを孫のお土産に買ってきました。

後で送ってあげよう~~

集合時間に少し時間があったので

出口の売店で食べたのは

梨のソフトクリーム

 

そしてこの日の最後は

「出雲まがたまの里 伝承館」です

ツアーには付き物のお土産屋さんが入っています。

中にはまが玉を磨いている工房もあり製品になる様子も見られます。

アクセサリーをたくさん売っていましたが皆さんストラップ位で余り

買っていませんでしたね。

そういう私も見学だけして何も買いませんでした。

高価な物からお手ごろなのまで色々とあったのですが、

つい買ってしまいたくなる気持ちをぐっと抑えました。

バスが止まるたびに買っていたのではきりがありませんからね。

ツアーはあちこちのお店に止まりますから。

1日目はこれで最後です。

玉造温泉に泊まります。

初めは全員同じ宿の予定でしたが2日前に3ヶ所に別れると連絡が来ました。

なので最初に決まっていた所と違う宿になりました。

私たち6組は「旅亭 山の井」です。

 

つづく

 


母と認知症

2013年09月08日 | 日々の出来事

今日は雨模様でグッと涼しくなってきましたね。

涼しいというより寒く感じます。

 

長くなりそうですし、かなり愚痴なので適当にスルーして下さい。
ちょっともやもやしていたのでここに書きたくなりました。

 

この夏は暑さと母の事で気持ちが上がりませんでした。

父が亡くなり約10年間一人暮らしだった母の様子がだんだんと

おかしくなってきたのが5年位前から。

その前から「あれっ?」と思うところはあったのですが私は義父母の介護もあり

母がまだ若く元気だったので余り気にしていませんでした。

一人暮らしになってからは東京に住む弟が一週おきに

週末泊まりに来てくれていました。

田舎なので一番近いスーパーまで2,5キロ位あり

買い物は車でないと不便な所です。

母は40代で免許を取り父の病院通いも買い物も

自分で出来たので助かっていました。

それが74歳の時車をぶつけてそのまま帰って来てしまったようです。

後から相手や警察から弟に連絡がありその事を聞いても

記憶がなくだんだんと症状が進んできていました。

3ヶ所の病院で検査を受けましたが「アルツハイマー型の認知症」と診断され

どこでも同じ薬が処方されました。

ある日弟が帰るとJAから24万円もする布団のセットが届けられていました。

聞いてもセールスの人が来たことも買ったことも覚えていません。

慌てて「認知症の年寄りにこんなに高い物を売りつけるなんて困ります。」と

電話をしたら「普通に会話をしていたのでわからなかった。」と言って

引き取りにきたそうです。

そうなんです。

人の話は聞けないし聞いても覚えていられないのですが

自分の思った事はどんどんしゃべります。

最近の事は覚えていないのですが昔の事はよく覚えているので

昔話をしているとどこもおかしいときずきません。

そんな感じでもう一人で暮らすのが無理になってきました。

弟の奥さんも二人姉妹の長女でこちらよりも高齢の両親の

介護中のため一人で帰ってきてくれました。

サラリーマンではなく自営業だったので東京の事務所をたたみ

一人で出来るだけの仕事を家で細々とする事になりました。

親の介護をしながら大学生の息子をかかえ

一番お金のかかる時に大変な事になりました。

だんだんと母から目が離せなくなり仕事になりません。

家中の鍋ややかんは真っ黒でオーブントースターは火を噴き

炊飯器の内釜を直火にかけたりしていました。

もう限界でデイサービスにお世話になることにしました。

毎日9時に迎えに来ていただき4時半に帰ってきます。

この頃は身支度もだんだんとできなくなり家にいる時は何でもいいですがやはり

出かけるとなるそれなりにきちんとしなくてはなりません。

下着を替えたりは男ではやりにくいので毎朝

私が送り出すための着替えに通いました。

いやがらずに通ってくれたので良かったのですが

4時半に帰ってくると夕食の支度をはじめます。

長年やってきた事なのでどうしてもやらないと気がすみません。

でも食べられる物が作れなくなってしまいました。

弟が買ってきた冷蔵庫に入っている食材を全部大鍋で煮てしまいます。

まるで闇鍋のような物を作ります。

捨てるだけでも大変です。

それにもったいない。

家族の人数もわからなく常に来客の接待を気にしていました。

夕食の支度がしてあれば作らなくてもよいのではないかと思い

母が帰ってくる頃までに私が家で作り毎日運びました。

これが結構大変で3時頃から作り始めないと間に合いません。

これが1年半くらい続きましたが、夏など日が長いので4時半に帰ってくると近所を

ふらふらと散歩したり畑から野菜と草を取ってきて

一緒に煮たり益々危なくなってきました。

何を食べてしまうかわからないのでよくお腹の調子も悪くしました。

そんな時デイの方から「家族の方が働いていて夕食ができないので

こちらで食べてから7時頃お迎えの方もいますので一緒にどうですか?」

というお話をいただきました。

帰りが7時過ぎならもう暗いので近所をふらふらしなくてすみます。

もう寝るだけなので食事の支度もしなくて済むはずです。

(時間の感覚があるかわかりませんが)

私も朝だけ行けば良くなるので大助かりです。

弟もたまには家族の所に帰る用事もあり

週末のショートステイもできるようになりました。

国民年金の母の年金だけでは足りない金額を支払うようになってしまいましたが

お金には替えられない状況になってきました。

認知症は家族や身近の人に接した事がないとなかなか理解してもらえません。

どう接したら良いのかわからないのもあると思いますが・・・

朝は夜明けと共に起きるらしく私が行くまでに時間をもてあまし

何処かへ行って家に居ない事が度々ありました。

ある朝、近所の家の庭にふらふらと入っていったらしく「用事も無いのに来るな!」と

怒鳴られた。と、険しい顔して帰ってきました。

私に報告できるくらいだったのでそうとう衝撃を受けたのだと思いました。

認知症に対する近所の理解がないと家で暮らすのも

可愛そうな事なのかもしれないとこの時思いました。

怒鳴った方は70歳くらいの男性ですが「私が子供の頃、

あなたの亡くなったお父さんは用事もないのに毎晩家に来て

母が接待して父とお酒を飲んでましたよ。」

と言ってあげたかった。

だんだんと夜も寝なくなり、階下で音がするようになり弟も寝不足になってきました。

何しろ昔の家で段差がたくさんありころんで怪我をしないようにと気が気ではありません。

30年も使っているトイレもタンクに溜まる水が理解できなくなり水が止まらないと

ペーパーを詰めたりして床が腐ってしまうのではないかと心配するくらい

何度も水浸しにしてしまいました。

水が見えるからいけないとホースをつけて水を見えなくしたり

家中の壊されそうな物を工夫するのも大変になってきました。

頭だけで足もその他も今のところ悪くありません。

そろそろ家で看るのは限界かもと思い「特別養護老人ホーム」を

弟と何ヶ所か見学させていただきました。

見学した感想は身体的介護が必要な人が多く入居されていて

母のような元気に動き回れる人は少なかったです。

ほとんど寝たきりか車イスで動かない人ばかりでした。

まだここに入れるのは可愛そうに思いましたが申し込んでおかないと

順番がこないので3箇所に申し込みだけはしてみました。

定期的に厳正な審査で順番を決めるそうですが申し込み順ではありません。

介護にひっ迫している方、急を要する方からとなるようです。

親孝行な子供や家族がいる人は中々順番がこないのだと少し理不尽を感じました。

結局何処も120人待ちの60番、60人待ちの30番とかで年間数人しか

入れ替えがないというので何年先になるかわかりません。

そんな時通っているデイサービスで「ご利用者様の強い希望で

入居施設を作る事になりました。」と話がありました。

今、国の方で一人暮らしや二人暮らしの増えた高齢者が安心して暮らせる施設をという事で

「サービス付き高齢者住宅」の建設を進めているようです。

「週末のショートステイを利用なさってる方は皆さん希望されているので

完成するまでもう少し自宅で頑張って下さい。」

と言われ少し気持ちが軽くなりました。

特養は全然順番がまわってこないし、老人ホームやグループホームは

料金が高くて国民年金では支払い続ける事が出来るか不安がありました。

新しい施設も特養の料金のようなわけにはいきませんが

3年間もお世話になり母の事をよく理解してくださっているし

お仲間もたくさん入られるというので完成を待つことにしました。

本当は昨年の11月完成の予定でしたがなかなか着工に至らず

やきもきしながらまっていました。

工事が始まりだんだんとかたちが見えてきました。

何度も工事現場を見に行き完成をまっていました。

4月初旬に入居できる事になり「〇〇さん(母)のお部屋もご用意してますからね」

と言っていただきました。

オレンジの屋根に白い壁、入居棟とデイサービス棟の二棟が渡り廊下で繋がって

立派なリゾートホテルの様な建物が完成しました。

介護認定を受けている人たちは昼間はデイサービスに行く事になります。

完成の内覧会の時に綺麗な個室、夫婦で入れる二人部屋

その他整った施設を見学しました。

その時こんなに同じドアが並んでいる部屋に

母は帰れるのかちょっと心配しましたが

新築の設備に気を取られてしまいました。

そして皆さんと一緒に家もさっそく入居させていただきました。

やっぱり部屋の名札が小さくて絶対わからないと思い

大きな名札を貼っていただきました。

桜が満開の時でした。

入居して一週間目、足りない物を持って様子を見に行った所、

皆さんと指導を受けながら体操をしていました。

自分で洋服が選べないのでいつも見てあげていたのですが

ここでは自分で身支度しなければならないようです。

変な組み合わせで着ていました。

まだ職員の方も慣れない施設で忙しそうです。声をかけられる雰囲気ではありません。

でも皆さんニコニコして感じよく接してくださるので安心していました。

母のような大変な人も看なくてはならないのですから本当に大変な仕事だと思います。

おかげさまで弟も睡眠不足から解放され顔つきも穏やかになってきました。

私も久しぶりにゆっくりと朝の時間をすごせ夫を見送る生活が戻ってきました。

トイレットペーパーやティッシュなど日用品がなくなる頃を見計らって

時々様子を見に行っていましたが行くたびにだらしない格好になっています。

夏物の入れ替えに行った7月頃、ここでも洗面台にティッシュを詰めたとかで

部屋のティッシュは没収されていました。

母の認知症も進んでいる感じがしました。

薬が変わったという話を聞きました。

そしてお盆前、様子を見ながらクローゼットの整理に行った時、

長袖シャツの上に半袖ポロシャツ、

ベストのボタンをブラウスのボタンホールに入れてあり

ウエストはズボンからシャツが出ていて悲しくなりました。

帰り際、ここの代表(女性)に玄関で会いました。

義母の時からの10年以上の付き合いなので気安さもあり、

大変でしょうがもう少し見ていただけたらという気持ちからつい

「来る度にだらしなくなって姿を見ると悲しくなる」とこぼしてしまいました。

そしたらビックリ! よほど大変だったのか

機関銃のように「何度も他の人の部屋に入ってしまい苦情が出ている。

〇〇先生(主治医)が〇〇さん(母)はもう特養の方がいいと言っている。

出ないのに何度も何度もトイレに行きたがるので大変、

なので直してもすぐにシャツが出てしまう」その他etc

入居前には「今、特養に入れたら薬漬けにされて廃人のようになってしまいますよ」と

言っていたのですけど。もう仕方ないという事なのかと・・・

最後に「息子さんの話はよくするけど娘さんの事は言わない、

今日わかりましたか~?」と止めの一発。

「ちゃんとわかりましたよ」と言いましたが・・・

前は絶対こんな事言う人ではなかったので驚いてしまいました。

と言うより悲しくて涙が出ました。

規模が大きくなり大変なのでしょうが気持ちが凹みました。

地雷を踏んでしまったようでこの日以来気持ちが晴れませんでした。モヤモヤ~~

お盆も一人では行きにくく夫、弟と3人で会いに行きました。

それから10日後、弟の所に電話があり「もう看きれないので他へ移ってほしいと・・・」

慌ててケアマネさんの所に相談に行ったようですが特に次を探してくれる様子もなく。

その2日後「まだ見つからないですか?」と催促の電話があり。

ネットでグループホームの一覧を出し順番に見学させていただきにまわりました。

なかなか空いている所もなく事情を説明すると

「認知症はその辺からが始まりなんですよ。」

「自分で探して移れなんてそんな不親切な話は聞いた事がない。」と驚いていました。

「よその部屋に入らない方法なんてちょっとしたこつであるんですけどね。」

とさすが専門の所はノウハウがあるようです。

何ヶ所目かでやっと一部屋空いている所がみつかりました。

色々状況を話すと「皆さんそうですから」とゆったり答えてくださいます。

気さくで気取りが無く認知症の患者の扱いに慣れているのを良く感じました。

「希望があったらどんどん言って下さいね。言われたからって

お母様にどうこうという事は一切ないですから~」

と真っ先に言っていただきました。

全然違いますね。

ここはその通りだと思いますが私は学びました。

もう何も言わないと思います。

お世話になっているだけで充分ですから。

グループホームなので家庭的、全員認知症の方ですが

皆さん穏やかな顔で雰囲気が明るいので驚きました。

すぐに入居の手続きをして9月からお世話になっています。

引っ越ししましたが母は前も今も何処に居るのかはわかっていないようです。

引っ越した事もわかっていません。

わかっているのは家では無い事。

初めからグループホームを考えればよかったです。

料金も新しくできた「サービス付き高齢者住宅」と変わりません。

むしろ光熱費とか安いです。

とにかく入居施設の完成を心待ちしすぎて

内容を把握しなかったことを反省しました。

設備ばかりに気を取られてしまいました。器ではなかったです。

要介護5まで入居OKとの事で看取りまでするという話を聞いていたので

要介護3の母は大丈夫と思っていました。

認知症と身体的介護が必要とする方ではやはり認知症の方の方が大変なのでしょう。

入居割合は、認知症の方が3分の1、身体的介護の方3分の1

、何でもない方3分の1だったようです。

その何でもないけど一人で生活するのは不安という方からの

苦情が多かったようです。

グループホームに相談に行った時に「色んな条件の方が

一緒に暮らすというのは無理に決まってる」とおっしゃっていました。

私も介護施設は家で看るのが立ち行かない人がお世話になる所だと思っていたので

まだ自立できてる方が一緒に暮らすとは思っていなくて

「サービス付き高齢者住宅」という物に対する勉強不足でした。

最近、あちこちでこの施設を見かけるようになりました。

今入居しはじめた認知症の方々ももう少し病状が進み

手に終えなくなったら出されてしまうかもしれません。

手のかからない自分の事が出来る方が多いほうが楽ですもの。

行き場のなくなった方が溢れる前に次の手が打てて良かったと考える事にしました。

引っ越して1週間、問題なく過ごしているようです。

1度状況報告の電話もいただきました。

ここは2年契約なのでしばらくは安心してお世話になる所がみつかりほっとした所です。

今回の事で自分たちの老後についても色々考えさせられました。

年は取りたくないものですが仕方ありません。

願うは認知症にだけはなりたくありません。

これもわかりません。

食事、運動、刺激、世間との繋がりなどが大事と言われています。

 

長々ともし読んで頂けたらありがとうございました。

これは決して介護に従事されている方を批判しているものではありません。

大変なお仕事だと重々尊敬しております。

こんな出来事があったという事で・・・