暮れも新年のご挨拶もしないまま1月も下旬になってしまいました。
本年もよろしくお願い申し上げます。<m(__)m>
20年近く一緒に過ごした愛猫ももが老衰のため亡くなり
既に一週間が過ぎましたが悲しみから抜け出せません。
猫は最初の1年で人間ならば20歳に成長しその後は1年で4年分
づつ歳を重ねていくと聞きました。
ということは・・・
2001年7月生まれだったももは19歳と6か月。
人間でいえば98歳という事になります。
7月まで頑張れば100歳だったのにね~ 大往生でした。
我が家の子供たち、娘も息子も18歳で家から巣立ちました。
そう思うと子供たちよりも一緒にいた期間が長かったのです。
つかず離れず、いつもどこかで気配を感じていた姿が消え去り
思い出すと涙が溢れてしまいます。
庭続きの畑の隅に埋葬しました。
20年前。
ずっと前のようでもあり、ついこの間のようでもあり・・・
思い出の写真も沢山残りました。
最初の頃はまだフィルムカメラでプリント写真。
出かけてフィルムが残ると最後の数枚はももを撮ってあります。
途中からは数年間プリント写真とCDに書き込み。
後半の10年間はパソコンの外付けHDDに保存になりました。
用水路に流され擁壁に必死にしがみついているのを救出したのが2001年8月4日。
生後10日位の掌に乗るくらいの小さな子猫。
夜周りが静かになった頃鳴き声に気づいた夫が救出しました。
多分半日以上は鳴いていたのでその時声帯が潰れてしまったのか、一生分鳴いてしまったのか・・・
鳴き声を聞くことがありませんでした。
ここ数年は何かを訴えたいときに細い声で少しだけ声を聞くことも。
プリント写真には日付が印字されているので思い出がよみがえります。
我が家にやってきて1週間目頃。
まだおどおどしています。
普通ならまだお母さんのおっぱいを飲んでいる赤ちゃんです。
慌てて猫用哺乳瓶と粉ミルクを買ってきました。
息子が学校から帰るとお腹の上にのせて飲ませていたのを思い出します。
可愛くて良く遊んでいたのでなついていました。
亡くなった知らせには・・・
「悲しい・・・」と返信が来ました。
我が家に来て1ヶ月過ぎる頃には段々と落ち着いて慣れてきたようです。
可愛さが増して来た頃です。
ところが・・・
殆ど家の敷地内で遊んでいたのに2日間ほど行方不明になって
姿が見えなくなった時がありました。
その時になんと妊娠し帰宅。
1歳になったばかりでママになりました。
魔女の宅急便のジジのような黒猫の息子が出来たのですが
その後は不妊手術をしたので再びママになる事はありませんでした。
その2年後、黒猫くうちゃんは突然どこかへ行ってしまい
探したのですが見つからず帰ってきませんでした。
再びももちゃんだけになりのんびり自由な毎日。
カレンダーになったり
年賀状になったり
ブログに登場したり
私達が庭や畑にいる時はいつも近くでなんとなく見守っている感じです。
花の写真を撮っていると近づいてきて被写体になっていました。
何か欲しい時には「お手」
これをされるとあげないわけにはいきません。
猫っ可愛がりとはこのことです。
お刺身大好き。
キャットタワーから外を眺めるのが日常になっていましたが
昨年頃からは上までは上がれなくなり真ん中の丸い部屋で寝ていることが増えました。
思い出がありすぎて・・・
昨年秋頃から食欲も落ち痩せて抱いても重量感の無い
痩せた身体になっていました。
やはり15歳(人間なら推定80歳ころ)頃から
段々と老化を感じるようにはなりました。
昔は猫は亡骸をみせないという事で知らぬ間にどこかに行ってしまうと
いう事が多かったようですが今は家猫で室内で飼うことが多いので
ももを看取る事ができました。
無くなる前日までよろよろでしたが自分でお水を飲みに行き
家の中を歩いていました。
死期を悟ったのか縁側から出られる所を探した形跡もありましたが
出られず疲れて諦めて取り込んだ洗濯物に埋もれて寝ていました。
そこからは動けず箱に作ったベットで一夜を明かし、私たちが
起きるのを待っていたかのように朝静かに眠りにつきました。
命の終い方をももから学んだような気がします。
実は近所のももを用水路に流したおじいさんが1月6日に亡くなりました。
90歳を超え長生きをされましたが・・・
ももは自分を流した「あの人より1日でも長生きしてやるぞ~」という
猫なりの意地があったのかな??って。
ももにお花を頂きました。
愛用の最後までお水を飲んでいた器に飾らせて頂きましたよ。
ありがとう~~!!
ももちゃん20年間有難うね。