![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/08/a99605ed140f9a80d77d687a60d2e536.jpg)
太安萬侶の墓は、1979年(昭和54 年)
奈良市此瀬町の地元のお茶を栽培する農家の御方が
発見しました。
茶畑の中で、スコップと鍬を使い、
改植の作業をしていた時に
偶然見つかりました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/7d/bd3ee21e4aa630f1f17cf58e4d506dab.jpg)
奈良時代の火葬墓でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/8b/848af8113525dfd6b5b0bfee97f164f0.jpg)
大量の備長炭で囲われたドーム型の空洞のなか
に太安万侶様の遺骨と共に、
墓誌が納められていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/5a/af9d28fea20dcfe943d586af2c490437.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0213.gif)
太安萬侶は、古事記の編纂者です。
長年、実在した人物なのかが
疑問視されていました。
奇跡的に
この墓から埋葬者や略歴を記した
青銅製の墓誌が
見つかったのです。
太安万侶名が記された銅板が発見されたことにより、
太安万侶様は、
実在の人物であることが明らかになりました。
今から45年前の出来事でした。
当時、私は若干15歳でした。
当時、このニュースをテレビで
リアルに見たいた記憶があります。
当時、このニュースを見ながら、
興奮のあまり、
思わず身震いした記憶があります・・
当時、わたしは思いました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kirakira.gif)
日本の歴史を語るうえで、
第一級レベルの重要な出来事である・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kirakira.gif)
また同時に、
茶畑を人力で開墾していた
発見者、平凡な農家の御方ではありますが、
まさに・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hikari_pink.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hikari_pink.gif)
その想いは、今も変わりません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
当時、中学生でしたが、
この頃から古事記を読んでいました。
この年齢で古事記の原文を読んでいたとは、
自分でも信じ難い奇行です。
改めて自分の変人ぶりに驚きます。
古事記は日本の「正史」です。
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