今働いている職場で起きていることです。
私に対して、
敵対視してくる人がいます。
私は彼に対してライバル心や
反感など持っていません。
それでも、私の言動や、些細なミスを細かくチェックして、
陰で私の事を批判しているらしいです。
彼は、今私が働いている職場の同僚です。
彼は私の5歳年上ですが、
この職場では、私は彼より1年位先輩です。
彼がこの職場に入って来た時、
丁寧に仕事を教えてあげたという経緯があります。
人に教えることは疲れます。
だからと言って、「見て覚えろ」などと言う
古い日本の価値観が大嫌いな私は、
彼の為にマニュアルを作り、
懇切丁寧に仕事内容を説明しました。
にもかかわらず・・・・・
彼は仕事を覚えたあと、
慣れて来ると、
私の悪口を陰で呟くようになりました。
私の基本的な考え方としては・・・
「結果良ければければ全てよし」
「人間誰でもミスをする、
些細なミスは仲間が補助してあげればよい」
ですが、
彼の気質は・・・
「自分の仕事は完璧に行う、その代り、
他の人がやり忘れたことは些細な事でも
一切補助しない」
「結果以前の問題として、
些細な事でもミスは許されない」
たぶん、彼は私に対してライバル心を持っているのだろう。
私はこの年になってライバル心など持っていない。
プライドなどもあまりない。
私が働いている動機に切実なものは無い。
若い頃から積み上げた長年の成果が実を結び、
働かなくても生活できる状態ではあるが、
それでも・・
懸命に働いている。
私が働く現在の動機は・・

働くと銭がもらえる。
少ない金額でも、定期収入は、無いよりあった方がマシ。

働くと、規則正しい生活がを送ることが出来る。
(肥満防止)

働くと、ストレスが発生する・・
適度なストレスは脳細胞を活性化させる。
(ボケ防止)

働くと、唐揚げ定食が美味しく食べられる。
(生き甲斐の創造)

少額でも収入が増えれば、貯金が減らない。
(私の自己満足・・偽善活動の足しになる)
彼が入って来たとき、
丁寧に仕事を教えてあげたにも関わらず、
慣れて来たら、私に敵対視してくる。

正直言って・・私は腹が立つ。
恩を仇で返す・・・とはこの事のように思えて来る。
もし、私が宗教合併書を発症した偉い先生や、
スピリチャアル屋さんに
この事を相談したら、
どのような回答が返ってくるか???
「 許すことが大切です・・・
恩を仇で返されたとしても、許すのです」
これぞ!!! 究極の上から目線・・・
あんた・・そんなに偉い人なか???
そう質問したくなるだろう。
こういう傲慢が
「 宗教の落とし穴 」
であるといつも感じます
‘ 人を許す ‘ と言う言葉に対して
大きな警戒感を抱いています。
場合によってはこの言葉は適
切かも知れません。
以前のことですが・・・
自動車を運転していたときの出来事です。
信号で停車していたら、
後ろから小型トラックが衝突して来ました。
車から降りてよく見てみると、
後部、バンパーが1ミリ位凹んでいた。
軽微な損害でした。
私は相手に申しあげました・・
「些細な事なので、無かった事にしておきます」
こういう場合は
「許してあげた」が適切な「想い」であると感ます。
しかしながら・・・
人間関係に関わる軋轢。
ライバル心による攻撃。
嫉妬心に起因する事象。
それに対して、
恩を仇で返されたかのように感じられる、
憤り。
このような、背景に「複雑な人間の心理」が
介在する場合、
相手の、その行為に対して込み上げて来る、
「怒り」
この「怒り」を動機として、
「彼を許します」
などと思うことは、
傲慢であると感じます。
逆に・・
この言葉を軽々しく発する人を見ると何かの違和感を感じます。

誰かに対して腹が立った瞬間、
許してあげよう と思った瞬間、
「 許されているのは実は自分ではないだろうか? 」
・・・自分の感情を疑う・・・
お互い様ではないだろうか???
「許す」などと言う傲慢な言葉や思いを捨てて、
自問自答してみる・・
ひょつとしたら、
私が気づいていないだけで、
彼を傷つけ言動があったのではないだろうか??
私としては、親切の積りでやったことが、
彼のプライドを傷つける
行為となっていたのではないだろうか??
真偽は別として、
こういう場合、

お互い様です
と思うことが、

最も健全で

最も安全な思考。
このように考えている今日この頃でございます。
「許す」
などと思うような野暮な心を持ちません・・

「お互い様」ですから、
但し・・私の場合、傲慢で自己陶酔している
「自称・徳を積んだ人」
こういう人間だけは、
強い嫌悪感を捨てることが出来ますせん。
ここが私の欠点です・・