さきの大戦で無辜の民が云々という言葉は、すこし、表現を得て、犠牲を言いかえている。その思いには、言い方がどうであっても、事実に目をつむるものではない。そこに起こった歴史は南北朝鮮半島の事情となって、いまなお、70年余、南北ラインの休戦協定から、1953年7月27日の朝鮮戦争休戦協定から65年になる、その時間にある苦しみである。南北戦争という名をもってすれば、自立、独立の争いであり、誤解を恐れずに言えば、民族紛争であるから、米国、ベトナム、韓国と北朝鮮のように見ていくと、南北問題とは異なって、アメリカが関与する戦争である。 . . . 本文を読む
成年式と成人式は同じか。それは違う。その淵源を求めるなら、語の起源によって、ちがいを知ることになる。中日新聞がトップ記事に見出しにした。記事には、見出しが、成人式は名古屋が発祥? 定説の埼玉・蕨に先駆け と見えて、名古屋市の成年式としてそれを報じた1934年、昭和9年の日本青年新聞の記事を掲げる。ただこの記事は研究論文の発表前の情報によってスクープとするもので、いまから述べる真偽のほどは、3月以降のこととなるが、どうも、名古屋市が行ったというところで、名古屋市連合青年団主催とあるが、それをもって名古屋市主催であるかどうかのところで、記事に齟齬がありそうである。成年となれば、またこの語には、元服式の意味あいがあって、元服精神の復活 名古屋市連合青年団主催の青年団成年式 と見える通りのことである。どうも、名古屋で成年式が行われた、というのと、名古屋市発祥で、名古屋市が成年式を行ったというのは、この記事を読む限り、同一には見えない。記事の解説につけた青年団の意味にも、時代が影響している。成年と言わず、成人というようになった時代の変遷があることを、この新聞論調らしくないところでなかろうか。
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生を享けて20年の歳月は早い。それから20年は長い。そして20年はと考えるが、そのころが程よいときかと思う。それを10年で区切る節目にすると、成人までの10年は物心ついてからの、はじめの10年に比べれば、10歳から20歳までの成長期のかけがえのない10年となる。生まれてからの10年には意識の目覚めが訪れてくる、おそかれはやかれ、幼児が子供となるときである。そして、20歳までの10年で理屈をこねるようになる。その頂点に来るのが成人式である。体力年齢を同じように重ねてみても、10代の半ばからピークが始まって、聖人いときにはそれを維持する、鍛錬しなおす、訓練を重ねるちょうどのときである。成人を迎えてから10年を見ると学而、而立、そして不惑の教えにある、吸収の成長をまとめ上げてゆくことになる。こう見てくると、その教えにも、20歳からの20年にも、通過儀礼としての節目が現れるから、未熟、未完のうちにも、激情と行動のエネルギーが蓄えられていることである。心して過ぎよ、清秋の真っただ中、疾風怒濤を凪ぐときに、悔いのない、はたちをむかえるとよい。 . . . 本文を読む