ガウスの旅のブログ

学生時代から大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。現在は岬と灯台、歴史的町並み等を巡りながら温泉を楽しんでいます。

旅の豆知識「文学と温泉」

2017年09月30日 | 旅の豆知識
 文学に描かれている温泉は結構あって、その温泉地に行って、文学碑を見て初めて知るようなこともしばしばです。文学の舞台に温泉が適しているのか、それとも文学者が温泉を愛するためなのか...。でも、温泉地で文学の場面を想像してみるというのも楽しいことなのです。
 特に、近代文学でその作品が書かれた当時の状況をよくとどめている時には、自分が入っている温泉の様子と作品の一説がオーバーラップしてとても印象深いものです。本や案内などで見つけた温泉も含めて、近代文学に描かれた温泉をいろいろと訪ねてみたいものです。

〇近代文学に描かれたお勧めの温泉

(1)下風呂温泉「長谷旅館」(青森県下北郡風間浦村)――井上靖著小説「海峡」
 北東北旅行の途中、下北半島へ行き、下風呂温泉に至りました。国道279号左手には、津軽海峡が広がり、今日は北海道も望めます。温泉街は国道から一本山側に入った旧道沿いに並んでいました。その、細長い町並みの、大畑寄りに、下風呂温泉のバス停があり、その前が「カクチョウ長谷旅館」です。屋号が記号のように長の字が四角で囲まれ、続いて長谷旅館と書かれていました。創業は明治4年(1871)とのことで、表は改装されていますが、玄関を入ると木造3階建の古いたたずまいで、昭和33年(1958)3月、井上靖が、逗留して小説「海峡」を書いた当時のままです。女将に案内を乞うと、入浴のみも可能とのことなので、さっそく入れさせてもらうことにしました。井上靖が宿泊した部屋はどこだったかを訪ねてみると、2階の参号室とのことで、快く見学させてもらうことができました。当時の調度のままにしてあり、窓からは津軽海峡が望めます。ただし、昔は、窓下に国道は走ってなく、護岸工事も施されていなかったので、そのまま海に連なっていたとのことですが...。それでも、当時の雰囲気がよく伝わってきて、井上靖は、どんな感じで机に向かっていたのだろうか、どうやって海峡を眺めていたのだろうかと想像をたくましくしてみました。その後、階下の浴槽に浸かったのですが、硫黄の臭いが立ちこめ、濁った熱めのお湯がとうとうと注ぎ込まれ、硫黄分が堆積していました。躯の内部から硫黄泉が滲み込んでくるそんな感じが実体験できました。湯に入りながら、小説の場面を思い浮かべ、追想してみるのも面白いものです。しかし、ほんとうに熱い湯で、長くは浸かっていられませんでしたが...。小説の執筆当時の状況を感じさせてくれる旅館は、そう多くはありません。そういう意味で、とても貴重な体験をしたと、女将に感謝して、下風呂温泉を後にして、恐山へと向かいました。

(2)鉛温泉「藤三旅館」(岩手県花巻市)――田宮虎彦著小説「銀心中」
 ゴールデンウィークに2泊3日の秋田・岩手の旅に出て、鉛温泉へ立ち寄りました。ここは、花巻温泉郷の奥にある一軒宿の温泉で、開湯は今から約500年前とのこて。ここの温泉主・藤井家の遠祖が木こりをしているとき、一匹の白猿が桂の木の根本から湧出する泉で手足の傷を癒しているのを見て、温泉の発見につながったといいます。とても古い温泉で、建物も木造3階建の堂々たるもので、豊沢川の渓谷に沿い、高倉山の山容が美しい景観の地にあります。この温泉は田宮虎彦の小説『銀心中』の舞台となったことで知られていますが、その一説にあるのが、白猿の湯のことで、古めかしい湯治部の階段を下りた地下にあり、1階まで吹き抜けになっています。楕円形をした洗面器状の浴槽の深さは1.25mもあり、小柄な人は立っても首まで浸かってしまいそうです。立ったままの姿勢で入浴すると血液循環を促進させ、体機能を活性化すると言われています。ここの湯は引湯ではなく、浴槽の下から天然に適温の温泉が湧きだしているのです。男女混浴で脱衣所も浴場の中にあってまる見え、しかし、そんなことも気にならないほど不思議な雰囲気が漂っていて、おおらかに湯に浸かることができます。立ち泳ぎをしながら、浴槽内を移動する感じはまるでプールのようです。別に男女別の浴室も用意さ れていますが、やはり、名物のこの浴槽に入りたいものです。

(3)畑毛温泉「清琴楼」(栃木県那須郡塩原町)――尾崎紅葉著小説「金色夜叉」
 塩原温泉郷めぐりで泊まったのは、塩原温泉郷の中の畑下温泉にある「清琴楼」という老舗旅館で、以前から泊まってみたかった温泉旅館の一つだったんです。というのも、明治の文豪、尾崎紅葉の「金色夜叉」に書かれていたのを読んだからです。この名文の中に、箒川沿いの自然豊かな宿の風景が目に浮かぶように感じたのです。実際に、尾崎紅葉は、1899年(明治32)6月上旬から1ヶ月余り逗留したとのことです。当時は、「佐野屋」という旅館名で、時の人気小説家尾崎紅葉が長期滞在していたにもかかわらず、旅館の方は全く気が付かなかったとのこと。ところが、読売新聞紙上に「金色夜叉」の続続編として掲載されたのを読んだ宿の主人が、これは自分の旅館のことにちがいないと、後で問い合わせてわかったという逸話が残されています。そして、旅館名も小説に出てくる「清琴楼」に変えたとか...。現在、本館は明治時代に建てられたままで残されており、尾崎紅葉の泊まった部屋が「紅葉の間」として保存され、見学できるのです。調度品や資料なども当時のままの物が展示されています。残念ながら、宿泊できるのは、棟続きの別館や新館の方だけで、私は、昭和初期に立てられた木造3階建の別館の方へ泊まりました。こちらもそうとうレトロな感じでしたが、窓から箒川の眺めは、「金色夜叉」の文章を彷彿とさせるものでとても気に入りました。せせらぎが聞こえ、川風が入ってきてとても気分がいいんです。建物の内部はきれいにしてあって、従業員のもてなしも良くてびっくりしました。ポットのお湯なんか何度も代えに来るし、布団の敷き方のとてもていねいなんですね。そして、露天風呂がとても良かった。前を流れる箒川の中州にあって、橋を渡っていきます。とても開放的で、見晴らしも良く、源泉掛け流しになっていて、すごく気持ちよく入浴できました。内湯もレトロな感じで、気に入りました。食事は、部屋へ運んでくれて、ズワイガニの足、ゆば、茹で豚、刺身、天ぷら、茶碗蒸しなど何品も出てきて、美味しくいただきました。後は、プロ野球の巨人阪神戦を見ながら、気持ちよく寝てしまいました。翌日は、カメラ片手に散歩しながら、「もみじの湯」という川沿いの露天風呂に入ったんです。箒川沿いにある開放的な混浴の露天風呂ですが、誰も入っていなくって、独占状態で、湯を楽しみました。戻ってきて朝食後、宿を立って、回顧の吊り橋の方へ向かいました。

(4)中棚温泉「中棚荘」(長野県小諸市)――島崎藤村著随筆「千曲川のスケッチ」
 長野県の佐久地方への1泊2日の旅に出て、その途中、中棚温泉に立ち寄りました。ここは、小諸城跡から下った、千曲川を見下ろす丘の中腹にあり、1898年(明治31)創業の「中棚荘」だけの1軒宿の温泉です。そして、島崎藤村ゆかりの温泉として、広く知られていて、以前から行ってみたかったところでもありました。藤村は、1899年(明治32)4月、旧師木村熊二の招きで小諸義塾へ赴任し、英語・国語教師として、1905年(明治38)3月に退職するまで、6年間この地で過ごしました。その間、たびたびこの中棚温泉を訪れています。その時の様子が、随筆『千曲川のスケッチ』の中の「中棚」に描かれています。また、『千曲川旅情の詩』の一節「千曲川いざよう波の 岸近き宿にのぼりて 濁り酒濁れる飲みて……」の岸近き宿は、この「中棚荘」を詠ったものと言われています。現在でも、大正時代の客室が現存し、昔ながらの湯宿の情景を思い起こさせてくれます。尚、当初は温度の低い鉱泉でしたが、近年600m掘削して、新源泉の湧出に成功し、露天風呂も造られています。10月~4月は、内湯にリンゴが浮かべられ、「初恋リンゴ風呂」として親しまれています。ぷかぷかと浮かぶたくさんのリンゴからは、とてもいい香りが漂っていましたし、露天風呂からは、千曲川や北アルプスまで眺望でき、とても気分良く入浴できる温泉です。

(5)湯ヶ野温泉「福田家・共同浴場」(静岡県賀茂郡河津町)――川端康成著小説「伊豆の踊子」
 湯ヶ野温泉には3度目の訪問になりましたが、昔ながらの風情を保った温泉街が残されています。特に、河津川の渓谷沿いは名作『伊豆の踊子』の情景を思い浮かべられるような状態のままです。今回は、「川端康成生誕100年祭」の行事の一つとして、“福田家旅館”が無料見学できました。最初に、女将にたのんで、入浴料金を払って、あの川端康成が好んで入ったという榧風呂に入浴させてもらいました。脱衣場から階段を下りた地階のような所に正方形の榧製の浴槽があり、湯がコンコンと注ぎ込まれています。静かに湯に浸かっていると、河津川のせせらぎの音がよく聞こえ、とても心地よいのです。閉ざされた空間の中で、心身をリラックスさせるにはもってこいだと思い、思索を重んじる小説家に好まれたのが良くわかる気がしました。湯から上がって、旅館内を見学させてもらいましたが、川端康成が『伊豆の踊子』を執筆した当時と変わらない建物が残されていて、2階にその泊まった部屋がそのままの姿であるのです。そこからは、河津川の渓谷が一望でき、対岸の共同浴場がよく見えます。1階には、いろいろな資料が展示してあり、今までに何度も映画化されたおりの主演者のパネルも見ることが出来ました。玄関前には、伊豆の踊り子の像があり、旅館の並びには、文学碑も建てられていて、まさに“伊豆の踊子”の宿といった風情で、とても感慨深い見学となりました。

(6)城崎温泉「御所の湯」(兵庫県城崎郡城崎町)――志賀直哉著小説「暗夜行路」
 朝、家を出るまでは、どこに行くか決まっていなかったのですが、とりあえず、駅で兵庫県の城崎温泉までの切符を買い、志賀直哉の「暗夜行路」をたどって旅をすることにしました。東海道新幹線で京都駅まで出て、JR山陰本線の特急「きのさき」に乗り換えて、城崎温泉へ直行しました。駅前の観光案内所で紹介してもらって、1泊2食付き9,770円(込込)で、「なるや」に泊まることにしました。宿に向かう途中、「城崎町文芸館」で、志賀直哉をはじめ、多くの文人墨客の足跡について知見を新たにしました。その後、15時にチェックインしましたが、温泉街の中心、大谿川沿いにある5室しかない小さな和風旅館で、家庭的雰囲気が漂い、もてなしも良く、とても気に入りました。荷物を置くと、最初に大師山へロープウエイで上り、温泉寺を見学してから、外湯巡りへと向かいました。まずは、『暗夜行路』の主人公時任謙作の気分で「御所の湯」へ入浴、続いて、駅まで戻って、2000年7月にオープンした駅舎温泉「さとの湯」へ入浴してから宿へと戻りました。夕食には松葉ガニも出て、おいしくいただき、酒もすすんで、心地よく腹を満たしました。翌日は、JR山陰本線の普通列車に乗り、香住駅で下りて、これも時任謙作と同じように、大乗寺で丸山応挙を鑑賞しました。

(7)道後温泉「道後温泉本館」(愛媛県松山市)――夏目漱石著小説「坊ちゃん」
 四国一周旅行の途中、JR予讃本線松山駅前に1泊朝食付3,000円という安宿をとり、伊予鉄道の路面電車で道後温泉へと向かいました。こういうので、ゴトゴトと揺られての温泉行きも情緒があっていいものです。終点で下りて、温泉街を5分も歩くと木造三層楼の堂々とした建物が見えてきました。それが、「坊ちゃん」も入ったという道後温泉本館です。明治27年(1894)の建造で、小説が書かれた頃はまだ新しかったのですが、今でも当時のままの建物で風格があり、黒光りしています。坊ちゃんのように上等の高い料金を払うことなく、一番安い料金で“神の湯”へ入湯しました。見事な湯釜があり、山部赤人の長歌が刻み込まれています。浴槽も広々としていて、浴客の少ないのを見計らって、坊ちゃんのように泳いでみましたが、少しだけにとどめ、他の客の迷惑にならないように遠慮しました。でも、当時のままに残されていることで、小説の場面を彷彿とさせることができるところなのです。3階には夏目漱石の愛用した坊ちゃんの間が残され、自由に見ることも可能ですし、観覧料を払えば、皇室専用浴室の又新殿も見学することが出来ます。

☆近代文学に描かれた温泉一覧

<北海道>
・朝日温泉「朝日温泉旅館」(北海道岩内郡岩内町) 水上勉著小説「飢餓海峡」

<東北>
・湯野川温泉「共同浴場」(青森県下北郡川内町) 水上勉著小説「飢餓海峡」
・下風呂温泉「長谷旅館」(青森県下北郡風間浦村) 井上靖著小説「海峡」
・浅虫温泉 浅虫温泉街(青森県青森市) 太宰治著小説「思い出」
・浅虫温泉 浅虫温泉街(青森県青森市) 太宰治著小説「津軽」
・嶽温泉 嶽温泉街(青森県弘前市) 石坂洋次郎著小説「草を刈る娘」
・大鰐温泉 大鰐温泉街(青森県南津軽郡大鰐町) 太宰治著小説「津軽」
・鉛温泉「藤三旅館」(岩手県花巻市) 田宮虎彦著小説「銀心中」
・岩手湯本温泉 ? (岩手県和賀郡西和賀町) 正岡子規著紀行文「はて知らずの記」
・湯田川温泉「湯田川温泉街・共同浴場」(山形県鶴岡市) 横光利一著小説「夜の靴」
・温海温泉「瀧の屋旅館」(山形県鶴岡市) 横光利一著小説「夜の靴」
・作並温泉「岩松旅館」(宮城県仙台市青葉区)正岡子規著紀行文「はて知らずの記」
・飯坂温泉 飯坂温泉街(福島県福島市) 正岡子規著紀行文「はて知らずの記」

<関東>
・畑毛温泉「清琴楼」(栃木県那須郡塩原町) 尾崎紅葉著小説「金色夜叉」
・湯宿温泉「金田屋旅館」(群馬県利根郡みなかみ町) 若山牧水著紀行文「みなかみ紀行」
・草津温泉「一井旅館」(群馬県吾妻郡草津町) 若山牧水著紀行文「みなかみ紀行」
・草津温泉「一井旅館」(群馬県吾妻郡草津町) 志賀直哉著小説「矢島柳堂」
・四万温泉「田村旅館」 (群馬県吾妻郡中之条町) 若山牧水著紀行文「みなかみ紀行」
・花敷温泉「関晴館」 (群馬県吾妻郡中之条町) 若山牧水著紀行文「みなかみ紀行」
・法師温泉「長寿館」 (群馬県利根郡みなかみ町) 若山牧水著紀行文「みなかみ紀行」
・伊香保温泉「金太夫」(群馬県北群馬郡伊香保町) 林芙美子著小説「浮雲」
・伊香保温泉「千明仁泉亭」(群馬県北群馬郡伊香保町) 徳富蘆花著小説「不如帰」
・姥子温泉「秀明館」(神奈川県箱根町) 夏目漱石著小説「吾輩は猫である」
・塔ノ沢温泉「環翠楼」(神奈川県足柄下郡箱根町)島崎藤村著小説「春」
・湯河原温泉「天野屋旅館」(神奈川県足柄下郡湯河原町) 夏目漱石著小説「明暗」

<中部>
・松之山温泉 松之山温泉街(新潟県十日町市) 坂口安吾著小説「黒谷村」
・松之山温泉 松之山温泉街(新潟県十日町市) 坂口安吾著小説「逃げたい心」
・越後湯沢温泉「高半旅館」(新潟県南魚沼郡湯沢町) 川端康成著小説「雪国」
・山田温泉「藤井荘」(長野県上高井郡高山村) 森鴎外著紀行文「みちの記」
・戸倉上山田温泉「笹屋ホテル」(長野県埴科郡上山田町) 志賀直哉著小説「豊年虫」
・田沢温泉「ますや旅館」(長野県小県郡青木村) 島崎藤村著随筆「千曲川のスケッチ」
・中棚温泉「中棚荘」(長野県小諸市) 島崎藤村著随筆「千曲川のスケッチ」
・崖ノ湯温泉「山上旅館」(長野県松本市) 岡田喜秋著紀行文「山村を歩く」
・深沢温泉「深沢温泉旅館」(山梨県北杜市) 岡田喜秋著紀行文「山村を歩く」
・熱海温泉 熱海温泉街(静岡県熱海市) 尾崎紅葉著小説「金色夜叉」
・湯ヶ島温泉「共同浴場」(静岡県伊豆市) 梶井基次郎著小説「温泉」
・湯ヶ島温泉「西平共同浴場」(静岡県伊豆市) 井上靖著小説「しろばんば」
・湯ヶ野温泉「福田家・共同浴場」(静岡県賀茂郡河津町) 川端康成著小説「伊豆の踊子」
・新穂高温泉「中崎山荘」(岐阜県高山市) 井上靖著小説「氷壁」
・湯谷温泉「湯谷ホテル(廃業)」(愛知県新城市) 若山牧水著紀行文「鳳来寺紀行」

<近畿>
・龍神温泉 龍神温泉街(和歌山県田辺市) 有吉佐和子著小説「日高川」
・城崎温泉 城崎温泉街」(兵庫県城崎郡城崎町) 志賀直哉著小説「城崎にて」
・城崎温泉「三木屋・御所の湯」(兵庫県城崎郡城崎町) 志賀直哉著小説「暗夜行路」
・城崎温泉 城崎温泉街(兵庫県城崎郡城崎町) 島崎藤村著紀行文「山陰土産」

<中国>
・岩井温泉「明石屋」(鳥取県岩美郡岩美町) 島崎藤村著紀行文「山陰土産」
・三朝温泉「依山楼岩崎」(鳥取県東伯郡三朝町) 島崎藤村著紀行文「山陰土産」
・奥津温泉 奥津温泉街(岡山県苫田郡奥津町) 藤原審爾著小説「秋津温泉」

<四国>
・道後温泉「道後温泉本館」(愛媛県松山市) 夏目漱石著小説「坊ちゃん」

<九州>
・筋湯温泉「共同浴場」(大分県熊玖珠郡九重町) 川端康成著小説「波千鳥」
・法華院温泉「法華院温泉山荘」(大分県直入郡久住町) 川端康成著小説「波千鳥」
・小天温泉「那古井館」(熊本県玉名郡天水町) 夏目漱石著小説「草枕」
・内牧温泉「山王閣」(熊本県阿蘇市) 夏目漱石著小説「二百十日」
・垂玉温泉「山口旅館」(熊本県阿蘇郡南阿蘇村) 与謝野鉄幹他4名著紀行文「五足の靴」
・栃木温泉「小山旅館」(熊本県阿蘇郡南阿蘇村) 与謝野鉄幹他4名著紀行文「五足の靴」

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旅の豆知識「活火山」

2017年09月29日 | 旅の豆知識
 旅行先では、活火山を見学したことがないでしょうか。現在でも噴煙を上げている火山で、火口付近に近寄れないところもありますが、平穏時は火口を見学することができる場合もあります。
 しかし、ひとたび火山が噴火すると噴石が飛び散ったり、溶岩が流れ出したりして、大惨事になることもしばしばです。2014年(平成26)9月27日の御嶽山の噴火によって、登山者の多くが巻き込まれた惨事は記憶に新しいところではないでしょうか。
 このような噴火被害について、遺跡公園として残されているところもあり、溶岩流の跡や巨大な噴石などを見るとそのすさまじさを実感できたりします。その一方で、水の流れを堰き止めて、大小の湖沼を創出したり、奇怪な溶岩地形を造り出して、後に風光明媚な観光地となったりしました。また、地熱により、温泉を湧出させたり、地熱発電に利用されたりして、火山の恩恵に浴することもあるのです。
 旅行先で、噴火被害に心を痛めながらも、風光明媚な地を愛でつつ、温泉に浴するのも良いかと思うのですが.....。

〇「活火山」とは?
 活動的で近い将来噴火を起こす可能性のある火山のことですが、日本では、おおむね過去1万年以内に噴火した記録があるか、現在活発な噴気活動のある火山とされています。
 火山噴火予知連絡会によって、(1)過去1万年間の噴火の頻度、規模、爆発性などを定量化した1万年活動度指数、(2)過去100年間の観測データに基づく100年活動度指数。の2つの尺度が決められ、これによって、活火山はA・B・Cの3段階に分類されました。(ただし、海底火山と北方領土の火山は、データ不足のため評価の対象外)2017年(平成29)7月現在、Aランク(最も活動度が高い)の火山は13、Bランク(活動度は中程度)は36、Cランク(活動度は最も低い)の火山は38、対象外の火山は23で、合計110となっています。

☆「活火山」が実感できる所のお勧め

(1)有珠山(北海道有珠郡壮瞥町・虻田郡洞爺湖町・伊達市)
 洞爺湖の南に位置する二重式火山で、直径約1.8 km の外輪山の中に大有珠(標高737m)、小有珠などの溶岩円頂丘やオガリ山、有珠新山(669m)などの潜在円頂丘が形成されています。また、山麓にも溶岩円頂丘の昭和新山や、潜在円頂丘の金比羅山、四十三山(明治新山)などが有りました。江戸時代から噴火活動が活発化し、20世紀中だけでも4度も噴火活動が観測された、活発な活火山です。有珠善光寺・善光寺自然公園には、大小様々な溶岩の塊が散在していますし、昭和新山は、1944-45年(昭和19-20)の有珠山噴火で隆起して出来た溶岩ドームとして有名になりました。1977年(昭和52)の噴火で断層ができて建物が破壊された跡が、火山遺構公園として残されていますし、2000年(平成12)の噴火で落下した噴石の直撃を受けた建物跡である旧とうやこ幼稚園や熱泥流が発生して埋まった建物跡が遺構公園しとして保存されています。また、拠点施設としては、「道の駅 そうべつ情報館」「洞爺湖ビジターセンター・火山科学館」があって、見学しながらいろいろと学ぶことができました。

(2)磐梯山(福島県耶麻郡猪苗代町・磐梯町・北塩原村)
 猪苗代湖の北にそびえる成層火山(標高1,816m)で、現在も沼ノ平火口内など数か所で小規模な噴気活動は継続しています。1888年(明治21)7月15日の水蒸気爆発により小磐梯が山体崩壊を起こし、発生した爆風と岩屑なだれにより北麓の集落(5村11集落)が埋没するなどの被害を及ぼし477人の死者を出しました。この山体崩壊により長瀬川とその支流がせき止められ、桧原湖、小野川湖、秋元湖、五色沼をはじめ、大小さまざまな湖沼が形成され、現在の裏磐梯の景観は、この時に形成され、磐梯朝日国立公園の一部となっています。現在は、五色沼湖沼群とよばれる、毘沙門沼、赤沼、みどろ沼、弁天沼、瑠璃沼、青沼などを巡る遊歩道があって、特に紅葉の季節は美しく、人気コースになりました。近くにある「磐梯山噴火記念館」は、磐梯山の噴火100年を記念して、1988(昭和63)年に作られた火山の博物館で、1888(明治21)年の噴火の様子を大型模型と大型映像で再現しています。当時の火山研究の成果や多くの噴火写真を展示し、子どもたち向けには、磐梯山地方の民話を紙芝居風に紹介。日本や世界の火山を紹介し、世界で初めて作られた地震計の模型も展示していました。

(3)浅間山(長野県小諸市・群馬県吾妻郡嬬恋村・長野原町)
 長野県と群馬県境にあるある安山岩質の成層火山(標高2,568m)で、活発な活火山として知られ、過去に何度も噴火を繰り返してきました。とりわけ、1783年(天明3)の大噴火では、鎌原村が溶岩土石流の下敷きとなり、鎌原観音堂の階段を駆け上がった人だけが助かりました。近年、発掘調査が行われ、当時の村の生活や災害の規模が把握され、注目を集めています。隣接する「嬬恋郷土資料館」では、埋没した鎌原村から発掘された品々などを中心に展示し、火山災害と生活文化の実態に迫っています。映像コーナーでは、天明3年の噴火の悲劇と、浅間山の美しい自然を、手軽に見ることが出来ました。これらによって、浅間山の噴火被害の恐ろしさを学びました。しかし、鎌原観音堂に駆け上がった僅かな村人が、生き残ったもの同士で家族関係を結び、村を復興させたことを知り、人の歩みの力強さを感じたのです。また、鬼押出し溶岩に囲まれた中を散策できる「鬼押出し園」や「浅間園」、「浅間火山博物館」も噴火と溶岩流のすさまじさを体験できるところでした。湯の平高原の入口には、小諸市の「火山館」もあります。

(4)伊豆大島(東京都大島町)
 全島が、玄武岩からなる成層火山で、数万年前から活動を始め、1986年(昭和61)の噴火では、全町民が約1カ月島外に避難したことは有名です。現在は、三原山(標高758m)の火口付近まで行くことができるようになりました。駐車場や茶屋のあるところから、火口までは、徒歩で往復1時間半から2時間かかるとのことでしたが、外輪山を下り、火口原を横切り、内輪山を登って行くので、結構ハードでした。途中には、三筋の溶岩の流れの跡が残っていて、噴火のすさまじさを感じます。なんとか噴火口の見える位置まで上がっていきましたが、風が強くて閉口したものの、はるか海の向こうに富士山も見えて、感動しました。その後は、元町方面へ戻り、「伊豆大島火山博物館」へ行って、展示や映像を見て火山のことを学びましたが、結構充実していたのです。その後、島の南西側の一周道路を南下していきましたが、その道路沿いにある「地層大切断面」は、伊豆大島の火山噴火史を物語るもので、高さ30m・長さ800mに わたって続きみごとなものでした。さらに島の南部にある波浮港にも行きましたが、ここは、9世紀の割れ目噴火による水蒸気爆発で出来た火口跡に水がたまったもので、1703年(元禄16)の大地震と大津波によって、外壁が一部崩れ、外海と繋がったものです。

(5)阿蘇山(熊本県)
 九州中央部に位置する活火山で、外輪山と数個の中央火口丘から成り、外輪山は南北25km、東西18kmに及び世界最大級の阿蘇カルデラを成しています。中央火口丘群のうち、最高峰の高岳(1,592m)をはじめ、根子岳、中岳、杵島岳、烏帽子岳の五峰を阿蘇五岳と呼んでいました。現在も噴煙を上げているものの、平穏時は火口を見学することができる中岳には、自動車道やロープウェイで行くことが出来ます。また、大観峰からは、阿蘇カルデラが一望できますし、北外輪火砕流の跡では、広大な火砕流台地を見ることができ、らくだ山では、岩脈の表面の様子や柱状節理を観察できました。南阿蘇湧水群や池山・山吹では、湧水地や湧出する水の恵みが感じられます。火山の恵みである温泉も小国郷温泉で体感でき、宿泊することもできました。拠点施設としては、「阿蘇火山博物館」、「道の駅阿蘇/ASO田園空間博物館」があり、立ち寄って、いろいろと学習できます。

(6)桜島(鹿児島県鹿児島市)
 約29,000年前の巨大な噴火によって、姶良カルデラが形成され、そこに海水が流れ込み錦江湾となりました。その後、約26,000年前にカルデラの南端で起きた噴火で誕生したのが桜島(標高1,117m)で、成層火山を成しています。有史以来頻繁に噴火を繰り返してきましたが、1914年(大正3年)1月12日に始まった大正大噴火では、多量の溶岩が流出して大隅半島と陸続きになり、死者58名を出し、黒神集落の埋没鳥居は、その脅威を今に伝える災害遺産となりました。湯之平展望所は、一般人が登れる最高地点の標高373mにあり、北岳の荒々しい山肌を間近に見ることができ圧巻です。錦江湾の向こう側には、鹿児島市街地の街並みが広がり、日没後にはその夜景も楽しめるスポットとなりました。また、溶岩なぎさ遊歩道は、「桜島」溶岩なぎさ公園と烏島展望所を結ぶ、全長約3㎞の遊歩道で、大正大噴火で流れ出た溶岩地帯の上につくられています。この道は、「遊歩百選」にも選ばれ、貴重な生物も生息していて、海の観察も楽しめ、周辺には、金子 兜太をはじめ、有名俳人の桜島にゆかりのある句碑が立ち並んでいました。黒神ビュースポットは、現在活発な噴火活動を続けている昭和火口を観察するのに最も適した展望所で、昭和溶岩の上にあり、溶岩堤防などの火山地形、砂防施設、植生遷移などが観察できます。拠点施設でもある「桜島ビジターセンター」は、シアタールームの大型スクリーンにより生きた桜島の魅力を紹介していました。また、展示室では、大噴火の歴史や地形の変化、植物の変遷を模型や展示で分かりやすく解説し、大迫力の映像と音響で桜島の噴火も体感できます。


☆日本の活火山一覧(火山噴火予知連絡会、活動度による分類)

<北海道>
・十勝岳(北海道)ランクA
・樽前山(北海道)ランクA
・有珠山(北海道)ランクA
・北海道駒ケ岳(北海道)ランクA
・浅間山(長野県・群馬県)ランクA
・知床硫黄山(北海道)ランクB
・羅臼岳(北海道)ランクB
・摩周(北海道)ランクB
・雌阿寒岳(北海道)ランクB
・恵山(北海道)ランクB
・渡島大島(北海道)ランクB
・アトサヌプリ(北海道)ランクC
・丸山(北海道)ランクC
・大雪山(北海道)ランクC
・利尻山(北海道)ランクC
・恵庭岳(北海道)ランクC
・倶多楽(北海道)ランクC
・羊蹄山(北海道)ランクC
・ニセコ(北海道)ランクC

<東北>
・岩木山(青森県)ランクB
・十和田(青森県・秋田県)ランクB
・恐山(青森県)ランクC
・八甲田山(青森県)ランクC
・秋田焼山(秋田県)ランクB
・岩手山(岩手県)ランクB
・八幡平(岩手県・秋田県)ランクC
・秋田駒ヶ岳(秋田県)ランクB
・鳥海山(秋田県・山形県)ランクB
・栗駒山(宮城県)ランクB
・蔵王山(宮城県・山形県)ランクB
・鳴子(宮城県)ランクC
・肘折(山形県)ランクC
・吾妻山(福島県)ランクB
・安達太良山(福島県)ランクB
・磐梯山(福島県)ランクB
・沼沢(福島県)ランクC
・燧ヶ岳(福島県)ランクC

<関東>
・那須岳(栃木県)ランクB
・高原山(栃木県)ランクC
・男体山(栃木県)ランクC
・日光白根山(栃木県・群馬県)ランクC
・榛名山(群馬県)ランクB
・草津白根山(群馬県)ランクB
・赤城山(群馬県)ランクC
・伊豆大島(東京都)ランクA
・三宅島(東京都)ランクA
・伊豆鳥島(東京都)ランクA
・神津島(東京都)ランクB
・西之島(東京都)ランクB
・硫黄島(東京都)ランクB
・新島(東京都)ランクB
・利島(東京都)ランクC
・御蔵島(東京都)ランクC
・八丈島(東京都)ランクC
・青ヶ島(東京都)ランクC
・箱根山(神奈川県)ランクB

<中部>
・新潟焼山(新潟県)ランクB
・妙高山(新潟県)ランクC
・横岳(長野県)ランクC
・焼岳(長野県・岐阜県)ランクB
・御嶽山(長野県・岐阜県)ランクB
・乗鞍岳(長野県・岐阜県)ランクC
・アカンダナ山(岐阜県)ランクC
・白山(福井県・岐阜県)ランクC
・弥陀ヶ原(富山県)ランクC
・富士山(静岡県・山梨県)ランクB
・伊豆東部火山群(静岡県)ランクB


<中国>
・三瓶山(島根県)ランクC
・阿武火山群(山口県)ランクC

<九州>
・雲仙岳(長崎県)ランクA
・福江火山群(長崎県)ランクC
・阿蘇山(熊本県)ランクA
・九重山(大分県)ランクB
・鶴見岳・伽藍岳(大分県)ランクB
・由布岳(大分県)ランクC
・霧島山(鹿児島県・宮崎県)ランクB
・桜島(鹿児島県)ランクA
・薩摩硫黄島(鹿児島県)ランクA
・諏訪之瀬島(鹿児島県)ランクA
・米丸・住吉池(鹿児島県)ランクC
・池田・山川(鹿児島県)ランクC
・開聞岳(鹿児島県)ランクC
・中之島(鹿児島県)ランクB
・硫黄鳥島(鹿児島県)ランクB
・口之島(鹿児島県)ランクC
・口永良部島(鹿児島県)ランクB

A:100年活動度または1万年活動度が特に高い活火山
B:100年活動度または1万年活動度が高い活火山
C:100年活動度および1万年活動度がともに低い活火山
注:上記以外にデータ不足で対象外となっている北方領土や海底の火山があります

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旅の豆知識「日本の地質百選」

2017年09月28日 | 旅の豆知識
 旅行先では、火山や山岳、渓谷、高原、河川、海岸、洞窟など、自然が造形したいろいろなところへ行くことがあると思いますが、これがどのようにして出来たのだろうと興味を持たれることもあるのではないでしょうか?
 日本は、火山列島の上にありますので、地質的にみてもとても貴重な所が結構あるのです。近年、こういう地球科学的な価値を持つ自然の造形にスポットが当たり、日本でも、2008年(平成20)に「日本ジオパーク委員会(JGC)」が設立され、「日本ジオパーク」(現在43地域)というものが認定されるようになりました。
 それ以前の2007年(平成19)5月に、「日本の地質百選」が選定され、この取り組みを後押ししたのです。その中には、まだ「日本ジオパーク」に認定されていない地質的に貴重なところも含まれていますので、そういったところを訪ねで見るのも面白いかと思います。

〇「日本の地質百選」とは?
 日本の地質は世界的に見ても特異なものであり、地質学的にみた日本の貴重な自然資源を観測できる、計120ヶ所を選定したものです。「特定非営利活動法人地質情報整備・活用機構」と「社団法人全国地質調査業協会連合会」が共同で発案し、諸団体の協力のもと設立された「日本の地質百選選定委員会」によって選ばれました。2007年(平成19)5月の第一次選定で、83件が選定され、2009年(平成21)5月10日の「地質の日」の第二次選定で、37件が選定され、第一次の1件が変更され、合計120件となりました。選定の対象となったのは、火山、ユニークな地層、汎用岩石の産出地などですが、風光明媚なところも含まれていて、興味深いものです。

☆「日本の地質百選」のお勧め

(1)仏ヶ浦(青森県下北郡佐井村)
 下北半島西海岸の中央部に位置する国の名勝、天然記念物です。高さ100m近い岩体が聳え立っていて、日本海の拡大期に起こった海底火山の規模を物語っていました。仏ヶ浦駐車場から海岸に下りるのが大変で、断崖絶壁を下っていく途中からは、木の階段となって、ずっと続いていき、やっとのことで、海岸にまでたどり着いたのです。しかし、景色はすばらしく、白砂の浜に奇岩が並び、仏像、仏具の姿に見えるので、この名前が付いたとのことでした。遠くの海岸線の山が、海にせまっていて、しばし絶景に見とれながら散策しましたが、内田吐夢監督の映画『飢餓海峡』でも、主人公(三国連太郎)がこんな断崖をよじ登っていくシーンがあったことを思い出しました。とても静かで、一人では不気味な感じさえし、早々に切り上げて、帰路の階段を上っていきましたが、とてもきつくて、あえぎながらやっと駐車場に戻ったのです。

(2)筑波山(茨城県つくば市・石岡市・桜川市)
 関東地方東部、茨城県つくば市・石岡市・桜川市にまたがる標高877mの山で、西側の男体山(標高871m)と東側の女体山(標高877m)からなっていて、全域が水郷筑波国定公園に指定されています。この筑波山山頂へは、ロープーウェイかケーブルカーを使って登ることが出来ます。そうすると、男体山と女体山の山頂とその周囲に分布する巨石や奇岩(すべて斑糲岩)を見ることが出来ますが、マグマの冷却過程で形成された多方向の割れ目と、地表露出後の風化・侵食がつくり出したものでした。この付近からの眺望はとてもすばらしく、関東平野を一望のもとに出来て感動します。山頂付近のブナ林は、約2万年前の氷河期の生き残りと言われる貴重なものでした。これらのブナの生い茂る登山道や自然研究路沿いでは、カタクリをはじめ四季折々の動植物を楽しむことができるのです。また、筑波山南麓の筑波山梅林には、過去の土石流などがもたらしたマサや斑糲岩の巨礫などからなる山麓緩斜面堆積物が分布し、林道沿いでは、筑波花崗岩が風化・侵食でもろくなり、マサ化していく様子を観察できました。尚、山麓に鎮座する筑波山信仰の歴史を今に伝える筑波山神社は、筑波男大神と筑波女大神の夫婦二神を主神とする名社で、ぜひ参拝しておきたいところです。

(3)秩父・長瀞(埼玉県秩父郡長瀞町・皆野町)
 荒川中流部の峡谷で、約4kmにわたって、秩父赤壁と呼ばれる断層崖と岩石段丘などが続いています。その西岸に露出する結晶片岩の岩石段丘は岩畳と呼ばれ、地下深いところで高い圧力を受けてつくられ、長い年月をかけて隆起し、地表にあらわれたもので、結晶片岩はうすくパイ生地のように剥がれやすくなっていました。この岩畳一帯で、荒川は青く淀んだ瀞(川底が深くて、水の流れの静かな所)となり美しさを増し、水の渦巻き運動によって形成された大小さまざまな甌穴がみられます。この流域では、舟下りが行われていて、付近一帯の景観は観光客の目を楽しませていました。また、明治時代にナウマン博士が調査に訪れたことから「日本地質学発祥の地」碑があります。尚、この近くに「埼玉県立自然の博物館」があって、地層の様子や大地の成り立ちがわかる地学展示がされ、パレオパラドキシアなどの貴重な化石、地域の岩石や鉱物等を見ることができました。

(4)佐渡金山(新潟県佐渡市)
 佐渡の金銀鉱床は、大陸時代の火山活動によって形成されたと言われ、その後、島が隆起し、金銀鉱床が発見され、江戸時代には、幕府直轄の金山があった所です。幕府の財政を支える上で、大きな役割を果たすと共に、罪人の流刑地としても有名になりました。今では、「史跡佐渡金山」として、坑道が観光用になり、電動人形によって、当時の採掘の様子が再現されています。金山遺跡のうち相川鉱山関係遺跡が「佐渡金銀山遺跡」として、1994年(平成6)に国の史跡に指定され、2015年(平成27)に追加されました。それは、道遊の割戸、宗大夫間歩、南沢疏水などの採鉱関係のものと、佐渡奉行所跡、旧時報鐘楼、旧御料局佐渡支庁庁舎などの経営関係遺跡、佐渡鉱山の開発に功のあった佐渡奉行大久保長安の建てた大安寺です。また、大立竪坑櫓、大立竪坑捲揚機室、道遊坑及び高任坑、高任粗砕場などが「旧佐渡鉱山採鉱施設」として、2012年(平成24)に国の重要文化財に指定されています。

(5)秋吉台・秋芳洞(山口県美祢市)
 日本有数のカルスト地形がみられるところで、カルスト台地といくつもの鍾乳洞があることで知られています。その中で最大のものである「秋芳洞」の入口は、大きな洞口が開き、清流がとうとうと流れ出していました。中に入っても洞内は広く、みごとな鍾乳石や石筍がみられます。この洞窟の規模はたいしたもので、数階建てのビルがすっぽりと入ってしまうほどのものでした。そこを巡っていくと、百枚皿、洞内富士、千町田、千畳敷、黄金柱などの見所が随所に展開していて、目を見張らせるのです。最奥の黒根新洞まで足を延ばして、戻ってきましたが、結構な距離を歩いたことになり、少々疲れました。再び車に乗って、今度は、この鍾乳洞の上部に展開するカルスト台地秋吉台の景観を眺めてみることにしたのです。展望台の少し先に「美祢市立秋吉台科学博物館」があって、無料で入場できましたが、そこに展示された秋吉台生成の過程には興味を持ち、そこに生息する面白い動植物にも関心を持ちました。さらに、車でカルスト平原をドライブしましたが、ここが、アメリカ軍の演習場にされかかって、住民の反対で、自然公園として守られたことを知って、その雄大な自然が残されたことがうれしかったのです。所々に地形の凹凸があり、いたるところから石灰岩が墓標のようにつきだしていました。途中、車を停めて、付近を散策してみましたが、蝶やトンボが飛び交い、秋の風情を醸し出していて、その広々とした景観と共に心に焼き付いたのです。この自然をいつまでもそのままにしておいてほしいと願わずにはいられませんでした。

(6)御所浦(熊本県天草市)
 天草地域は、風光明媚な多島海と、ケスタ地形に現れる特徴的な地質・地形から成ります。御所浦には、白亜紀の地層が分布していますが、1997年(平成9)に、天草で初めてとなる恐竜化石や日本最大級の肉食恐竜の歯化石などが発見されました。そこで、「太古のロマンが蘇る恐竜の島 御所浦」を標語に掲げ、「恐竜の島」としてアピールしてきたのです。「御所浦白亜紀資料館」をはじめ「トリゴニア砂岩化石採集場」・「アンモナイト館」・「ニガキ化石公園」などのジオサイトがあります。特に人気なのは化石採集場で、約1億年前の浅い海にいた貝化石が容易に採集でき、アンモナイトやサメの歯などが見つかることもあるとか.....。また、この周辺には希少な植物や昆虫が生息していて、それらを観察することもできます。

☆「日本の地質百選」一覧

1.知床半島(北海道)
2.白滝黒曜石(北海道)[日本ジオパーク認定]
3.神居古潭渓谷の変成岩(北海道)
4.夕張岳と蛇紋岩メランジュ(北海道)
5.夕張の石炭大露頭(北海道)
6.幌尻岳の七つ沼カール(北海道)
7.有珠山・昭和新山(北海道)[世界ジオパーク認定]
8.恐山の金鉱床(青森県)[日本ジオパーク認定]
9.仏ヶ浦(青森県)[日本ジオパーク認定]
10.龍泉洞(岩手県)
11.唐桑半島(宮城県)
12.松島(宮城県)
13.蔵王火山(宮城県・山形県)
14.尾去沢鉱山(秋田県)
15.男鹿一ノ目潟(秋田県)[日本ジオパーク認定]
16.鳥海山(秋田県・山形県)[日本ジオパーク認定]
17.磐梯山(福島県)[日本ジオパーク認定]
18.筑波山(茨城県)[日本ジオパーク認定]
19.華厳の滝(栃木県)
20.足尾銅山(栃木県)
21.浅間山(群馬県・長野県)[日本ジオパーク認定]
22.跡倉クリッペ(群馬県)[日本ジオパーク認定]
23.瀬林の漣痕と恐竜足跡(群馬県)
24.秩父・長瀞(埼玉県)[日本ジオパーク認定]
25.犬吠埼(千葉県)[日本ジオパーク認定]
26.養老渓谷・黒滝不整合(千葉県)
27.伊豆大島(東京都)[日本ジオパーク認定]
28.三宅島(東京都)
29.父島無人岩[ボニナイト](東京都)
30.城ヶ島(神奈川県)
31.箱根火山(神奈川県)[日本ジオパーク認定]
32.佐渡金山(新潟県)[日本ジオパーク認定]
33.佐渡小木海岸(新潟県)[日本ジオパーク認定]
34.新津油田(新潟県)
35.糸魚川-静岡構造線[糸魚川](新潟県)[世界ジオパーク認定]
36.小滝・青海川ヒスイ峡(新潟県)[世界ジオパーク認定]
37.魚津埋没林(富山県)
38.立山カルデラ(富山県)
39.白峰百万貫岩(石川県)[日本ジオパーク認定]
40.東尋坊(福井県)
41.糸魚川-静岡構造線[早川](山梨県)[日本ジオパーク認定]
42.富士山(山梨県・静岡県)
43.八ケ岳(長野県・山梨県)
44.上高地と滝谷花崗岩(長野県)
45.御嶽山(長野県・岐阜県)
46.中央構造線[大鹿村](長野県)
47.神岡鉱山(岐阜県)
48.根尾谷断層(岐阜県)
49.飛水峡・上麻生礫岩(岐阜県)
50.丹那断層(静岡県)
51.大崩海岸(静岡県)
52.鳳来寺山(愛知県)
53.中央構造線[月出](三重県)
54.石山寺珪灰石(滋賀県)
55.天橋立(京都府)
56.玄武洞(兵庫県)[世界ジオパーク認定]
57.生野鉱山(兵庫県)
58.六甲-淡路断層系(兵庫県)
59.玉置山(奈良県)
60.鳥取砂丘(鳥取県)[世界ジオパーク認定]
61.隠岐島前カルデラ(島根県)[日本ジオパーク認定]
62.石見銀山(島根県)
63.羅生門(岡山県)
64.久井の岩海(広島県)
65.須佐ホルンフェルス(山口県)
66.秋吉台・秋芳洞(山口県)[日本ジオパーク認定]
67.宍喰浦舌状漣痕(徳島県)
68.サヌカイト(香川県)
69.砥部衝上断層(愛媛県)
70.龍河洞(高知県)
71.横倉山・佐川(高知県)
72.久礼メランジュ(高知県)
73.雲仙(長崎県)[世界ジオパーク認定]
74.阿蘇(熊本県)[世界ジオパーク認定]
75.御所浦(熊本県)[日本ジオパーク認定]
76.玖珠二重メサ(大分県)
77.青島(宮崎県)
78.市木不整合(宮崎県)
79.霧島火山群(鹿児島県)[日本ジオパーク認定]
80.桜島(鹿児島県)[日本ジオパーク認定]
81.屋久島(鹿児島県)
82.奥武島の畳石(沖縄県)
83.大東隆起環礁(沖縄県)
84.アポイ岳と高山植物群落(北海道)[日本ジオパーク認定]
85.霧多布湿原(北海道)
86.オンネトー湯の滝(北海道)
87.十和田湖・奥入瀬渓谷(青森県)
88.大船渡の中古生界(岩手県)[日本ジオパーク認定]
89.久慈層群と琥珀(岩手県)[日本ジオパーク認定]
90.荒砥沢ダムの上流崩壊地(宮城県)
91.豊川油田(秋田県)
92.千屋断層(秋田県)
93.五浦海岸(茨城県)[日本ジオパーク認定]
94.大谷石(栃木県)
95.塩原湖成層と木の葉石(栃木県)
96.葛生石灰岩(栃木県)
97.秩父・ようばけ(埼玉県)[日本ジオパーク認定]
98.丹沢山地の変成岩(神奈川県)
99.信濃川河岸段丘と活褶曲(新潟県)
100.能登珪藻土(石川県)
101.犀川沿い大桑層(石川県)
102.ふくい恐竜渓谷(福井県)[日本ジオパーク認定]
103.昇仙峡(山梨県)
104.白骨温泉と湯俣の噴湯丘(長野県)
105.鵜沼のチャート(岐阜県・愛知県)
106.瑞浪の化石(岐阜県)
107.南あわじの鞘形褶曲(兵庫県)
108.古座川弧状岩脈(和歌山県) [日本ジオパーク認定]
109.山陰海岸(鳥取県・兵庫県)[世界ジオパーク認定]
110.三瓶埋没林(島根県)
111.阿波の土柱(徳島県)
112.大島シュードタキライトと変成岩類(愛媛県)
113.室戸岬の斑レイ岩(高知県)[世界ジオパーク認定]
114.竜串・見残し海岸(高知県)
115.平尾台カルスト(福岡県)
116.有明海干潟(佐賀県)
117.小値賀島単成火山群(長崎県)
118.肥後変成帯(熊本県)
119.竹田の阿蘇火砕流堆積物(大分県)
120.甑島の白亜紀―古第三紀層(鹿児島県)

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旅の豆知識「ジオパーク」

2017年09月27日 | 旅の豆知識
 旅行先では、火山や山岳、渓谷、高原、河川などにいろいろな地形を見ることがあると思いますが、これが風光明媚な景観を造形していて、感動することも少なくないと思われます。
 日本は、火山列島の上にありますので、地形や地質的にみても貴重なものが結構あるのです。近年、こういう地球科学的な価値を持つ自然の造形にスポットが当たり、「ジオパーク」というものが認定されるようになりました。これは、ユネスコが関与した世界的な取り組みなのですが、日本でも近年「日本ジオパーク」というものが認定されてきています。
 これは、「大地の遺産」を保全し、教育やツーリズムに活用しながら、持続可能な開発を進めるものなので、見学施設やガイドの整備にも取り組まれ、いろいろな見学コースも整えられてきています。旅行計画の中に、こういうところを取り入れてみるのも面白いかと思います。

〇「ジオパーク」とは?
 地質学(geology)と公園(park)の合成語で、「大地の公園」「大地の遺産」「地質遺産」などとも表現されていました。地球科学的な価値を持つ遺産を保全し、教育やツーリズムに活用しながら、持続可能な開発を進める地域認定プログラムです。
 2004年(平成16)に、「国際連合教育科学文化機関(UNESCO)」の支援により、「世界ジオパークネットワーク(GGN)」が発足し、各国のジオパーク委員会による推薦地域を審査し,条件を備えた地域を世界ジオパークに認定してきました。日本でも、2008年(平成20)に「日本ジオパーク委員会(JGC)」が設立され、国内のジオパーク認定、および世界ジオパークへの加盟申請などを行っています。また,日本ジオパークに認定されたところ、および日本ジオパークを目指す地域協議会などにより、「日本ジオパークネットワーク」が設立されました。
 そして、2008年(平成20)12月8日に、初めて7地域(洞爺湖有珠山、糸魚川、島原半島、アポイ岳、南アルプス[中央構造線エリア]、山陰海岸、室戸)が日本ジオパークに決まり、同時に、世界ジオパークへの3地域(洞爺湖有珠山、糸魚川、島原半島)の推薦が決定したのです。その後、日本ジオパークの認定と世界ジオパークへの加盟申請が順次行われてきて、2017年(平成29)7月現在、43地域が日本ジオパークに認定され、その内8地域が世界ジオパークに認定されました。これらの地域では、地史や地質現象を示す地質遺産を保全し、地球科学や環境問題の教育・普及活動を行うとともに、観光資源として地域の活性化を目指すと共に、地質災害に対する理解や防災への取り組みも行われています。

☆「日本ジオパーク」のお勧め

(1)洞爺湖有珠山ジオパーク(北海道)
 2008年(平成20)12月8日に、初めて日本ジオパークに認定された7地域の一つで、翌年8月に最初に世界ジオパークにも認定されています。北海道の洞爺湖、有珠山を中心とし、火山活動により形成された地質や自然、さらにはそうした自然に育まれた縄文文化の遺跡群などを含む、伊達市、豊浦町、壮瞥町、洞爺湖町の4市町がその対象地域となりました。洞爺湖ジオサイト(神秘の水をたたえるカルデラ湖)、中島ジオサイト(噴火で形成された溶岩ドーム群からなる)、北黄金貝塚ジオサイト(縄文時代早期~中期頃の遺跡群)、カムイチャシ史跡公園ジオサイト(アイヌの砦・館跡)、小幌洞窟ジオサイト(先史時代の遺跡)、有珠善光寺・善光寺自然公園ジオサイト(大小様々な溶岩の塊が散在しています)、昭和新山ジオサイト(1944-45年の有珠山噴火で隆起して出来た溶岩ドームが有名)、1977年火山遺構公園ジオサイト(噴火で断層ができて建物が破壊された跡)、旧とうやこ幼稚園ジオサイト(2000年噴火で落下した噴石の直撃を受けた建物跡)、2000年噴火遺構公園ジオサイト(熱泥流が発生して埋まった建物跡)などが見所です。拠点施設としては、「道の駅 そうべつ情報館」「洞爺湖ビジターセンター・火山科学館」があって、見学しながらいろいろと学ぶことができました。

(2)糸魚川ジオパーク(新潟県)
 2008年(平成20)12月8日に、初めて日本ジオパークに認定された7地域の一つで、翌年8月に最初に世界ジオパークにも認定されています。フォッサマグナの西端の大きな断層である糸魚川-静岡構造線にまつわるものがいろいろと観察でき、糸魚川市域がその対象地域となりました。親不知ジオサイト(日本アルプスが日本海に落ち込む断崖絶壁)、青海海岸ジオサイト(砂利浜であり、ヒスイをはじめ多種多様な岩石を観察できる)、糸静線‐塩の道(北部)ジオサイト(フォッサマグナの西縁を境する大断層の断層露頭や枕状溶岩が見学できる)、小滝川ヒスイ峡ジオサイト(日本最初のヒスイ産地)、蓮華ジオサイト(氷河によってできた湿原や湖沼がある)、月不見の池ジオサイト(地すべり地の地下を流れ下った巨礫集積地の湧水)、海谷渓谷ジオサイト(海底火山の内部がよく保存されている)、弁天岩ジオサイト(フォッサマグナの海底火山を由来とする岩礁)、権現岳ジオサイト(フォッサマグナの地層中の貫入岩体が見られる)、筒石浜徳合ジオサイト(フォッサマグナの海底にたまった砂岩泥岩互層が見られる)などが見所です。拠点施設としては、「フォッサマグナミュージアム」「糸魚川ジオステーション ジオパル」があり、面白く体験や勉強が出来ました。

(3)山陰海岸ジオパーク(京都府・兵庫県・鳥取県)
 2008年(平成20)12月8日に、初めて日本ジオパークに認定された7地域の一つで、2010年(平成22)10月に世界ジオパークにも認定されています。日本列島がユーラシア大陸から分かれて、約2,500万年前の日本海形成の時代から現在に至るまでの過程を知ることが出来る貴重な地質や地形が数多く見られ、その地質・地形・気候をうまく活用した、多様な生活文化が各地に息づいているので、「日本海形成に伴う多様な地形・地質・人々の風土と暮らし」をテーマとし、京都府(京丹後市)、兵庫県(豊岡市、香美町、新温泉町)、鳥取県(岩美町、鳥取市)の1府2県の3市3町がその対象地域となりました。小天橋ジオサイト(約7kmの美しい砂浜が続く)、玄武洞公園ジオサイト(新生代第四期における地球磁場の逆転の発見につながった場所)、猿尾滝ジオサイト(上段落差39m、下段落差21m、総落差60mの大きな滝)、三尾大島ジオサイト(発達した柱状節理が一面に石の杭を隙間なく打ち込んだように見える)、浦富海岸ジオサイト(日本海の荒波によって侵食された荒々しい岩石と、岬に囲まれた白砂青松の浜が織りなすみごとな景観)、鳥取砂丘ジオサイト(広大な海岸砂丘)などが見所です。拠点施設としては、「新温泉町山陰海岸ジオパーク館」「山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館」があり、楽しく学ぶことができました。

(4)室戸ジオパーク(高知県)
 2008年(平成20)12月8日に、初めて日本ジオパークに認定された7地域の一つで、2011年(平成23)9月に世界ジオパークにも認定されています。プレートテクトニクス理論を陸上で初めて実証した四万十帯(付加体)の地質や、地震隆起と海水準変動によって形成された海成段丘などが観察でき、高知県室戸市全域が対象地域となりました。枦山-西山台地ジオサイト(大規模な海成段丘)、行当-黒見海岸ジオサイト(約4,000万年~3,000万年前に海底に堆積した地層)、室津港サイトジオサイト(地震のたびに地盤が隆起し干上がってしまうため、人の力で港を掘り下げたもの)、室戸岬ジオサイト(巨大地震が繰り返し発生した痕跡など)、日沖-丸山海岸ジオサイト(玄武岩の枕状溶岩)などが見所です。拠点施設としては、「室戸世界ジオパークセンター」があり、3つのコーナーの展示と大型スクリーンを備えた「ジオシアター」などがあって、興味深いものでした。

(5)島原半島ジオパーク(長崎県)
 2008年(平成20)12月8日に、初めて日本ジオパークに認定された7地域の一つで、翌年8月に最初に世界ジオパークにも認定されています。長崎県島原半島にある世界有数の活火山である雲仙火山を中心とし、何度も噴火災害を受けながら、その恵みを活用しながら生きてきた人々が暮らす、「活火山と人との共生」がテーマで、島原市、雲仙市、南島原市の行政区域をもって構成されました。早崎海岸ジオサイト(島原半島をつくりだした最初の噴火が起きた場所)、原城跡ジオサイト(火砕流が堆積した場所で「島原・天草一揆」の最終激戦地)、龍石海岸ジオサイト(雲仙火山の最初期の地層)、白土湖ジオサイト(眉山の崩壊でできた窪地に水がたまってできた湖)、千々石断層ジオサイト(東西に走る断層が観察できる)、雲仙地獄ジオサイト(高温の噴気や熱水が噴き出している所)、仁田峠第二展望所ジオサイト(妙見岳カルデラと複数の溶岩ドームが見られる)、土石流被災家屋保存公園ジオサイト(普賢岳の平成噴火での被災家屋跡)、垂木台地森林公園ジオサイト(平成の普賢岳噴火により樹木が焼けて荒地となった跡)などが見所です。拠点施設としては、「がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)」があり、火山噴火の脅威と防災について、体感しながら学習できました。

(6)阿蘇ジオパーク(熊本県)
 2009年(平成21)10月に、日本ジオパークに認定され、2014年(平成26)9月に世界ジオパークにも認定されています。世界最大級の阿蘇カルデラと、現在も噴煙を上げているものの、平穏時は火口を見学することができる中岳など、日本を代表する活火山で、テーマは「阿蘇火山の大地と人間生活」とし、阿蘇地域の8市町村がその対象地域となりました。その中の大観峰カルデラジオサイト(阿蘇カルデラが一望できる)、中岳ジオサイト(活火山の火口が見られる)、火山の神ジオサイト(火山への信仰が感じられる)、小国郷温泉ジオサイト(火山の恵みの温泉を体感できる)、北外輪火砕流ジオサイト(広大な火砕流台地を見ることができる)、池山・山吹ジオサイト(阿蘇火砕流の中を通って湧出する水の恵みが感じられる)、らくだ山ジオサイト(岩脈の表面の様子や柱状節理を観察できる)、南阿蘇湧水群ジオサイト(湧水地が体感できる)、大峯火山ジオサイト(断層活動が観察できる)、蘇陽峡ジオサイト(噴火と水がつくりあげた渓谷で紅葉の名所)などが見所です。拠点施設としては、「阿蘇火山博物館」、「道の駅阿蘇/ASO田園空間博物館」があり、立ち寄って、いろいろと学習できました。

☆「日本ジオパーク」一覧(日本ジオパークネットワークへの加盟を認定されたジオパーク)

<北海道>
・洞爺湖有珠山ジオパーク(北海道)2008年12月加盟⇒2009年8月に世界ジオパークネットワークに加盟
・アポイ岳ジオパーク(北海道)2008年12月加盟⇒2015年9月に世界ジオパークネットワークに加盟
・白滝ジオパーク(北海道)2010年9月加盟
・とかち鹿追ジオパーク(北海道)2013年12月加盟
・三笠ジオパーク(北海道)2013年9月加盟

<東北>
・下北ジオパーク(青森県)2016年9月加盟
・八峰白神ジオパーク(青森県)2012年9月加盟
・三陸ジオパーク(青森県・岩手県・宮城県)2013年9月加盟
・男鹿半島・大潟ジオパーク(秋田県)2011年9月加盟
・ゆざわジオパーク(秋田県)2012年9月加盟
・鳥海山・飛島ジオパーク(秋田県・山形県)2016年9月加盟
・栗駒山麓ジオパーク(宮城県)2015年8月加盟
・磐梯山ジオパーク(福島県)2011年9月加盟

<関東>
・茨城県北ジオパーク(茨城県)2011年9月加盟
・筑波山地域ジオパーク(茨城県)2016年9月加盟
・浅間山北麓ジオパーク(群馬県)2016年9月加盟
・下仁田ジオパーク(群馬県)2011年9月加盟
・ジオパーク秩父(埼玉県)2011年9月加盟
・伊豆大島ジオパーク(東京都)2010年9月加盟
・銚子ジオパーク(千葉県)2012年9月加盟
・箱根ジオパーク(神奈川県)2012年9月加盟

<中部>
・佐渡ジオパーク(新潟県)2013年9月加盟
・糸魚川ジオパーク(新潟県)2008年12月加盟⇒2009年8月に世界ジオパークネットワークに加盟
・苗場山麓ジオパーク(新潟県)2014年12月加盟
・南アルプス(中央構造線エリア)ジオパーク(長野県)2008年12月加盟
・立山黒部ジオパーク(富山県)2014年8月28日加盟
・白山手取川ジオパーク(石川県)2011年9月加盟
・恐竜渓谷ふくい勝山ジオパーク(福井県)2009年10月加盟
・伊豆半島ジオパーク(静岡県)2012年9月加盟

<近畿>
・南紀熊野ジオパーク(和歌山県・奈良県)2014年8月28日加盟
・山陰海岸ジオパーク(京都府・兵庫県・鳥取県)2008年12月加盟⇒2010年10月に世界ジオパークネットワークに加盟

<中国>
・隠岐ジオパーク(島根県)2009年10月加盟⇒2013年9月に世界ジオパークネットワークに加盟
・Mine秋吉台ジオパーク(山口県)2015年8月加盟

<四国>
・四国西予ジオパーク(愛媛県)2013年9月加盟
・室戸ジオパーク(高知県)2008年12月加盟⇒2011年9月に世界ジオパークネットワークに加盟

<九州>
・島原半島ジオパーク(長崎県)2008年12月加盟⇒2009年8月に世界ジオパークネットワークに加盟
・おおいた姫島ジオパーク(大分県)2013年9月加盟
・おおいた豊後大野ジオパーク(大分県)2013年9月加盟
・阿蘇ジオパーク(熊本県)2009年10月加盟⇒2014年9月に世界ジオパークネットワークに加盟
・天草ジオパーク(熊本県)2014年8月28日加盟 - 2014年10月に天草御所浦ジオパークが合併
・霧島ジオパーク(鹿児島県・宮崎県)2010年9月加盟
・桜島・錦江湾ジオパーク(鹿児島県)2013年9月加盟
・三島村・鬼界カルデラジオパーク(鹿児島県)2015年8月加盟

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旅の豆知識「鉄道トンネル」

2017年09月26日 | 旅の豆知識
 旅行先では、鉄道に乗って、トンネルを潜ることが結構あると思いますが、車窓からの眺めはないものの、通過した後に新しい景色が展開すると感動したりしませんか?
 川端康成の名著『雪国』冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた...」の情景は、上越線の列車で清水トンネルを群馬県側から新潟県側へ抜けた時に、雪景色が展開した時のものだと言われ、名文章として知られています。
 このように、トンネルの暗闇から明所に出た時の光景は、とても心に残るものとなると思われます。最近は、鉄道ファンならずとも、トンネルに興味を持つ人が少なくないのでは....。トンネルの中にある地下駅が注目されたり、通過音に興味を持つ人がいたりします。
 それと共に、トンネルにまつわる悲劇も忘れてはならないと思います。東海道本線の丹那トンネル(静岡県)の開削は難工事で、15年余りの歳月と67名の犠牲者を出していますし、北陸本線の北陸トンネル(福井県)内で起きた列車火災では、30名の死者を出すという大惨事も起きました。
 旅をするときには、便利なトンネルではありますが、こういった歴史も考えながら列車で通過すると、また違った感じもするのではないでしょうか.....。

〇「鉄道トンネル」とは?
 鉄道を通すために、山腹や地下などを掘り貫いた通路のことで、隧道(ずいどう)とも呼ばれています。日本の鉄道トンネルの第1号は、東海道本線の大阪~神戸間に、明治時代前期の1871年(明治4)に完成した石屋川トンネル(延長61m)で、イギリスからのお雇い外国人の設計によるものでした。1880年(明治13)には、東海道本線の大津市内にあった逢坂山トンネル(延長665m)を日本人の独力により建設したのです。
その後、1884年(明治17)には、北陸本線の滋賀県と福井県の県境に柳ヶ瀬トンネル(延長1,320m)を完成させました。地形が急峻で、火山の多い国土で、軟弱地盤のある中で、トンネル技術の改良研究が発達していき、1903年(明治36)には、笹子トンネル(延長4,656m)、1931年(昭和6)には、清水トンネル(延長9,702m)、1934年(昭和9)には、丹那トンネル(延長7,804m)、1944年(昭和19)には、関門トンネル(延長3,614m)などが続々と掘削されました。
 また、太平洋戦争後になると、1962年(昭和37)に、北陸本線の北陸トンネル(延長13,870m)、1972年(昭和47)に、山陽新幹線の六甲トンネル(延長16,250m)、1980年(昭和55)に、上越新幹線の大清水トンネル(延長22,221m)などの長大トンネルが次々と建設されていきます。
 その頂点に立つのが1988年(昭和63)に開通した青函トンネル(延長53,850m)で、このトンネルは、鉄道トンネルとして世界第2位の長さ、海底トンネルとしては、世界一の長さと深さを保っています。

☆日本の「鉄道トンネル」が実感できる所のお勧め

(1)青函トンネル(青森県・北海道)
 昭和時代後期の1988年(昭和63)3月13日に、JR北海道の海峡線の津軽今別駅 - 木古内駅間(青森県東津軽郡今別町~北海道上磯郡木古内町)に開通したトンネルです。総延長は53,850mあり、当時は、鉄道トンネルとして世界第1位の長さを持っていましたが、2016年(平成28)6月1日にスイスのゴッタルドベーストンネルが開通しして、第2位となりました。しかし、海底トンネルとしては、世界一の長さと深さを保っています。1954年(昭和29)9月26日に、青函連絡船洞爺丸事故が発生し、青函トンネル建設計画が本格的に浮上、1961年(昭和36)に調査線に昇格、ボーリング、物理探査、深海観測などの調査が重ねられ、ました。掘削は1964年(昭和39)に北海道側で始まり、2年後には本州側も掘削を開始、1971年(昭和46年)に本工事に着手し、1985年(昭和60)に本坑が全貫通、1987年(昭和62)11月には、トンネルとして完成、翌年3月13日に海峡線として開通します。そして、2016年(平成28)3月26日に、北海道新幹線の新青森駅~新函館北斗駅間開業に伴い、北海道新幹線との共用が開始されました。また、「道の駅みんまや」(青森県東津軽郡外ヶ浜町)に、「青函トンネル記念館」(冬季休業)があり、青函トンネル竜飛斜坑線のケーブルカーで、海面下140mの「体験坑道駅」まで下りることができ、青函トンネルを体験できる貴重な施設となっています。尚、北海道側には、「福島町青函トンネル記念館」があって、青函トンネルに関する資料が展示され、トンネルミュージアムなどもあって、見学できます。

(2)新清水トンネル(新潟県)
 昭和時代後期の1967年(昭和42)9月29日に、国鉄(現在はJR東日本管理)の上越線湯檜曽駅 - 土樽駅間(群馬県利根郡みなかみ町~新潟県南魚沼郡湯沢町)に開通した下り線専用のトンネルです。総延長は、13,490mあり、1963年(昭和38)の着工から、3年ほどで完成し、トンネル内に湯檜曽駅・土合駅下りホームが設けられました。これにより、1931年(昭和6)9月1日に開通していた清水トンネル(単線)は、上り線専用となりましたが、川端康成著の『雪国』冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた...」の情景は、清水トンネルを群馬県側から新潟県側へ抜けた時のものだと言われ、新清水トンネルの方でないとその景色は見られなくなったのです。新清水トンネル中に土合駅(下りホーム)が設けられましたが、駅舎から24段の階段を上り、143mの連絡通路を歩き、462段の階段(長さ338m)を下らないと地下ホームへたどり着けなくなりました。しかし、トンネルの中の地下ホームを体験できる数少ない場所となっています。

(3)赤倉トンネル(新潟県)
 平成時代の1997年(平成9)に、北越急行ほくほく線のしんざ駅 - 魚沼丘陵駅間(新潟県十日町市~南魚沼市)に開通したトンネルです。笠置山を貫くトンネルで、総延長は10,472mあり、トンネル内に赤倉信号場と美佐島駅が設けられました。美佐島駅のホームは、地上の駅舎から階段を下った、赤倉トンネル内の地下10.1mの位置に作られていて、トンネル内部の様子を体感できます。ただし、ホームと地下通路を隔てる扉は普段施錠されているため、駅利用者は快速列車等の通過時にホームに立ち入ることはできず、普通列車到着時しかホームに入れないものの、地下待合室で待機することは可能です。

(4)頸城トンネル(新潟県)
 昭和時代後期の1969年(昭和44)9月29日に、国鉄(現在はえちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)の北陸本線能生駅 - 名立駅間(新潟県糸魚川市~上越市)に開通したトンネルです。総延長は、11,353m あり、2015年(平成27)の当該区間経営分離により、JRグループ以外の鉄道トンネルで日本最長となりました。この地域は、フォッサマグナの西縁部にあたり、非常に複雑な地質条件を有するため、地すべり災害の発生しやすいところで、北陸本線も度々被害に遭ってきたのです。そこで、線路を山側に移して、トンネル化することが計画され、その電化複線工事と相まって、1966年(昭和41)3月に着工されました。そして、3年余の工期を経て完成したのですが、途中の筒石駅は頚城トンネル内に作られたのです。現在でも、筒石駅は使われていて、改札から下りホームまでは290段(176m)、同じく上りホームまでは280段(212m)下りなければなりませんが、トンネル内の駅を体感することができました。

(5)北陸トンネル(福井県)
 昭和時代中期の1962年(昭和37)6月10日に、国鉄(現在はJR西日本管理)の北陸本線敦賀駅 - 南今庄駅間(福井県敦賀市~南条郡南越前町)に開通したトンネルです。総延長は13,870mあり、当時としては、上越線の清水トンネル(総延長9,702m)を抜いて、日本一の長さのトンネル(地下鉄を除く)でした。その後、1972年(昭和47)に山陽新幹線の六甲トンネル(総延長16,250m)が完成するまで日本一のトンネルでしたが、現在でも新幹線を除く在来線狭軌の鉄道トンネルとしては、日本一の長さ(地下鉄を除く)です。このトンネルは、当時の国鉄によって1952年(昭和27)頃から検討がはじめられ、1957年(昭和32)に着工しました。その後、5年ほどの工期を経て、開通にこぎつけたもので、その日には記念切手も出されました。また、このトンネルの掘削中に温泉が湧出し、敦賀トンネル温泉(北陸トンネル温泉)として利用されています。尚、1972年(昭和47)11月6日に、このトンネルを通過中であった急行「きたぐに」の食堂車で火災が発生し、30名の死者を出すという大惨事があり、その後、トンネル内の空調や安全対策の強化が図られることになりました。この事故については、北陸トンネル敦賀側坑口の左に慰霊碑が作られています。

(6)丹那トンネル(静岡県)
 昭和時代前期の1934年(昭和9年)12月1日に、国鉄(現在はJR東日本管理)の東海道本線の熱海駅 - 函南駅間(静岡県熱海市~田方郡函南町)に開通したトンネルです。総延長は、7,804mあり、当時としては、清水トンネル(単線)に次ぐ日本第2位の長さで、鉄道用複線トンネルとしては日本最長でした。当時の東海道本線は御殿場経由で、急勾配区間(1000分の25)があって輸送が大変だったので、その勾配を緩和(1000分の10)した短縮路として計画され、1918年(大正7)3月21日に工事に着工したのです。しかし、多量の高圧湧水、温泉余土、断層などのために難渋し、1920年(大正9)4月1日に熱海口工事現場で崩落事故が発生し、42名が巻き込まれて16名が死亡、また、1923年(大正12)2月10日には三島口で崩落事故が発生し16名が巻き込まれ全員が死亡、1930年(昭和5年)11月26日に発生した北伊豆地震でも崩壊事故があり5名が遭難、3名が犠牲になりました。それでも、15年余りの歳月をかけて、1933年(昭和8)6月19日にトンネルが完成、翌年12月1日に開通したのです。丹那トンネル工事の犠牲者全67名の殉職碑が、鉄道省によって熱海側の坑門の真上に建立されましたし、丹那神社としても祀られました。

☆日本の鉄道トンネルの長さベスト20(地下鉄線・未成線・実験線は除く)

1.青函トンネル(青森県・北海道)JR北海道新幹線[奥津軽いまべつ駅~湯の里知内(信)] 延長53,850m 1988年開通
2.八甲田トンネル(青森県)JR東北新幹線[七戸十和田駅~新青森駅] 延長26,455m 2010年開通
3.岩手一戸トンネル(岩手県)JR東北新幹線[いわて沼宮内駅~ 二戸駅] 延長25,808m 2002年開通
4.飯山トンネル(長野県・新潟県)JR北陸新幹線[飯山駅~上越妙高駅] 延長22,225m 2014年開通
5.大清水トンネル(群馬県・新潟県)JR上越新幹線[上毛高原駅~越後湯沢駅] 延長22,221m 1982年開通
6.新関門トンネル(山口県・福岡県)JR山陽新幹線[新下関駅~小倉駅] 延長18,7135m 1975年開通
7.六甲トンネル(兵庫県)JR山陽新幹線[新大阪駅~新神戸駅] 延長16,250m 1972年開通
8.榛名トンネル(群馬県)JR上越新幹線[高崎駅~上毛高原駅] 延長15,350m 1982年開通
9.五里ヶ峯トンネル(長野県)JR北陸新幹線[上田駅~長野駅] 延長15,175m 1997年開通
10.中山トンネル(群馬県)JR上越新幹線[高崎駅~上毛高原駅] 延長14,857m 1982年開通
11.北陸トンネル(福井県)JR北陸本線[敦賀駅~南今庄駅] 延長13,870m 1962年開通
12.新清水トンネル(新潟県)JR上越線(下り線)[水上駅~土樽駅] 延長13,490m 1967年開通
13.安芸トンネル(広島県)JR山陽新幹線[東広島駅~広島駅] 延長13,030m 1975年開通
14.筑紫トンネル(福岡県・佐賀県)JR九州新幹線[博多駅~新鳥栖駅] 延長11,935m 2011年開通
15.北九州トンネル(福岡県)JR山陽新幹線[小倉駅~博多駅] 延長11,717m 1975年開通
16.福島トンネル(福島県)JR東北新幹線[郡山駅~福島駅] 延長11,705m 1982年開通
17.頸城トンネル(新潟県)えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン[能生駅~名立駅] 延長11,353m 1969年開通
18.塩沢トンネル(新潟県)JR上越新幹線[越後湯沢駅~浦佐駅] 延長11,2175m 1982年開通
19.蔵王トンネル(福島県・宮城県)JR東北新幹線[福島駅~白石蔵王駅] 延長11,215m 1982年開通
20.赤倉トンネル(新潟県)北越急行ほくほく線[しんざ駅~魚沼丘陵駅] 延長10,472m 1997年開通

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旅の豆知識「タワー」

2017年09月25日 | 旅の豆知識
 旅行先では、タワーに登ることがあると思いますが、高所からの眺望が良く、爽快な気分になれます。特に有名だったのは、1958年(昭和33)に完成した「東京タワー」(333m)で、以前は、東京へ旅行した時に必ず立ち寄る名所の一つでしたが、もともとはテレビの電波等を送信するための総合電波塔で、正式名称は「日本電波塔」でした。現在は、2012年(平成24)に完成した「東京スカイツリー」(634m)にその機能が移されています。
 同じように、1954年に完成した名古屋テレビ塔や1957年に完成したさっぽろテレビ塔なども総合電波塔でした。しかし、純全たる展望用・ランドマークとしてそそり立っているタワーも結構あります。海浜などの眺望の良いところに建てられて、観光名所となっている所も少なくないので、旅先で立ち寄ってみても良いのでは.....。
 また、全国の有名なタワー20で構成される「全日本タワー協議会」というのがあって、「スタンプラリー」を実施しています。スタンプを集めると認定証と記念品がもらえますので、チャレンジしてみても面白いのではないでしょうか。

〇「全日本タワー協議会」とは?
 1961年(昭和36)に、東京タワー、通天閣、名古屋テレビ塔の3つで発足しましたが、現在は、日本国内の20のタワーで運営されている協議会で、全国を4つのブロックに分けて活動しています。
 2006年(平成18)から、10月1日を「展望の日」と定め、各加盟タワーにおいて、来場者へ特典プレゼントを贈呈するなどのイベントが行われるようになりました。
 また、2010年(平成22)の「展望の日」から、「All-Japan20タワーズスタンプラリー」を実施していて、各加盟タワーを訪問してスタンプを集め、ブロック全てのスタンプを集めた来場者にはブロック認定証と記念品が、20タワー全てのスタンプを集めた来場者には完全制覇認定証と特別記念品が贈られています。

☆日本の「タワー」のお勧め

(1)さっぽろテレビ塔(北海道札幌市中央区)
 札幌市の中心部にある大通公園西端に位置する総合電波塔で、総工費1億7,000万円で、1957年(昭和32)8月24日に開業・電波の発射を開始しました。設計者は内藤多仲で、高さ147.2m、90m地点に展望台があり、札幌市内を一望できます。現在でも、札幌市のシンボルで、観光名所ともなっていて、観光客も多く訪れていました。

(2)東京スカイツリー(東京都墨田区)
 地上デジタル放送用の総合電波塔で、2008年(平成20)に着工、2012年(平成24)5月に完成し、翌年からNHKと在京民放5局の電波を送出しています。高さ634mで、地上350m地点に展望台「天望デッキ」、450m地点には展望台「天望回廊」が設けられました。アラブ首長国連邦の超高層ビル「ブルジュハリファ」(828m)に次いで高さ世界第2の人工建造物ですが、自立式鉄塔としては世界一となっています。観光・商業施設「東京ソラマチ」や水族館、プラネタリウム、オフィスビルなどを併設していて、連日多くの観光客が訪れ、東京の新名所となりました。

(3)東京タワー(東京都港区)
 1958年12月23日に竣工した総合電波塔で、正式名称は「日本電波塔」といい、各種電波の送受信に用いられていました。しかし、2012年(平成24)の東京スカイツリー開業に伴い、翌年5月からは、放送大学以外の地上デジタルテレビ放送7局の送信所がスカイツリーに移転し、予備電波塔となっています。設計は、内藤多仲により、正方形の断面をもった立体トラスの鋼構造で、高さは333mあり、150mと250mのところにある展望台からは、関東平野が一望できます。以前は、東京へ旅行した時に必ず立ち寄る観光名所の一つでした。尚、2013年(平成25)には、国の登録有形文化財となっています。

(4)名古屋テレビ塔(愛知県名古屋市中区)
 名古屋市中心街の久屋大通公園に、1954年(昭和29)6月19日に竣工し、翌20日には開業・電波の発射を開始した、日本で最初の集約電波塔でした。内藤多仲の設計によるもので、東京タワーよりも4年早く、完成当時は、東洋一の高さ(180m)を誇る高層建築物だったのです。90m地点にスカイデッキ、100m地点にスカイバルコニーと2つの展望台を有し、名古屋市内を一望でき、市民に親しまれました。

(5)通天閣(大阪府大阪市浪速区)
 大阪の新世界中心部に建つ展望塔で、初代は、第5回内国勧業博覧会の跡地に、1912年(大正元)、パリのエッフェル塔に倣って造られました。当時の高さは75mありましたが、太平洋戦争中に、金属回収のため撤去されたのです。戦後、地元民の熱意により1956年(昭和31)に再建され、高さは103mとなり、大阪の観光名所となりました。公式キャラクターは「ビリケン」で、市民に親しまれています。尚、2007年(平成19)5月15日に、国の登録有形文化財となりました。

(6)福岡タワー(福岡県福岡市早良区)
 福岡市のシーサイドももち地区にあるランドマークタワー(電波塔)で、1989年(平成元)のアジア太平洋博覧会(通称:よかトピア)にあわせて建設されました。高さは234mあり、展望室は高さ123mのところにあって、日本で1番高い海浜タワーと称していて、玄界灘の眺望がすばらしいのです。また、ハーフミラーを張り合わせた近代的外観を呈していて、見た目もなかなか良いものでした。

☆全日本タワー協議会加盟タワー一覧

<イースト>
・さっぽろテレビ塔(北海道)
・五稜郭タワー(北海道)
・銚子ポートタワー(千葉県)
・千葉ポートタワー(千葉県)
・東京タワー(東京都)
・横浜マリンタワー(神奈川県)

<セントラル>
・名古屋テレビ塔(愛知県)
・東山スカイタワー(愛知県)
・東尋坊タワー(福井県)
・ツインアーチ138(愛知県)
・クロスランドタワー(富山県)

<カンサイ>
・通天閣(大阪府)
・京都タワー(京都府)
・神戸ポートタワー(兵庫県)
・空中庭園展望台(大阪府)

<ウエスト>
・福岡タワー(福岡県)
・ゴールドタワー(香川県)
・海峡ゆめタワー(山口県)
・夢みなとタワー(鳥取県)
・別府タワー(大分県)

☆日本のタワーの高さベスト10(一般に登れるもの限定)

1.東京スカイツリー(634m) 東京都墨田区 2012年完成
2.東京タワー(333m) 東京都港区 1958年完成
3.福岡タワー(234m) 福岡県福岡市早良区 1989年完成
4.スカイタワー西東京(195m) 東京都西東京市 1988年完成
5.名古屋テレビ塔(180m) 愛知県名古屋市中区 1954年完成
6.ゴールドタワー(158m) 香川県綾歌郡宇多津町 1988年完成
7.海峡ゆめタワー(153m) 山口県下関市 1996年完成
8.さっぽろテレビ塔(147.2m) 北海道札幌市中央区 1957年完成
9.セリオン[秋田市ポートタワー](143m) 秋田県秋田市 1994年完成
10.ツインアーチ138[木曾三川公園] (138m) 愛知県一宮市 1995年完成

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旅の豆知識「吊り橋」

2017年09月24日 | 旅の豆知識
 旅行先では、いろいろな橋を通ることがあると思いますが、特に、長大な橋は、「吊り橋」となっていることが多いと思います。
 現在では、本州と九州、本州と四国の間に3ルートなどと長大な「吊り橋」が見られるところが増えています。橋の上を歩ける歩道や展望台が併設されているところもありますので、ぜひ立ち寄ってみることをお勧めします。また、近くにその橋の技術や歴史を展示した記念館があったりしますので、見学してみるのも良いかと思います。

〇「吊り橋」とは?
 空間に張り渡したケーブルに沿って橋床をつるした橋のことで、ケーブルを空中高く支持するための塔、ケーブルを地盤に定着させるためのアンカー、つりケーブルでつり下げた補剛桁などから構成されます。古くから、原始的な形態のものが存在したと考えられますが、現在でも山間部に見られ、徳島県祖谷の蔓橋などが残されていました。近代の吊橋では、床の部分をプレートガーダーまたはトラスを組み合わせて剛性を高める構造が用いられています。世界の代表的な吊り橋としては、1937年に完成したサンフランシスコのゴールデン・ゲート橋(中央径間1,280m)が著名です。
 日本においても、太平洋戦争後に計画されるようになり、その長大吊り橋の嚆矢としては、1961年に完成した徳島県の小鳴門橋(中央径間160m)と1962年(昭和37)に完成した北九州市の若戸大橋(中央径間367m)があげられます。
 その後、1973年(昭和48)に関門橋(中央径間712m)、1983年(昭和58)に因島大橋(中央径間770m)、1985年(昭和60)に大鳴門橋(中央径間876m)、1988年(昭和63)に南備讃瀬戸大橋(中央径間1,100m)、1998年(平成10)に明石海峡大橋(中央径間1,991m)と次々に建設されていったのです。

☆「長大吊り橋」のお勧め

(1)白鳥大橋(北海道室蘭市)
 北海道室蘭市にある国道37号(白鳥新道)の橋で、室蘭港をまたいでいて、中央径間が720mあって、現在東日本一の長大吊り橋となっています。通行無料の自動車専用道路になっていますが、積雪寒冷地における国内初の吊り橋として建設されたことから、着雪を除去する技術や振り子の原理を利用しコンピュータ制御により振動を除去する(ハイブリッド型TMD)などの技術的特徴がありました。この橋は、1982年(昭和57)に白鳥大橋の都市計画が決定、1985年(昭和60)には、建設工事に着工し、1998年(平成10)6月13日に開通したのです。尚、北海道室蘭市にある道の駅「みたら室蘭」には、「白鳥大橋記念館」があって、白鳥大橋建設の歴史を紹介していました。

(2)東京港連絡橋<レインボーブリッジ>(東京都)
 平成時代の、1993年(平成5)8月26日に開通した、東京都港区芝浦地区と台場地区とを結ぶ吊り橋です。1987年(昭和62)着工されましたが、当時建設中の東京臨海副都心と都心とを繋ぎ、また都心への交通集中を解消するという役割がありました。しかし、空と海と陸の交通の要所となる東京港周辺という立地から、上空は羽田空港への飛行機のため、主塔の高さに制限があり、下は大型船が通行するための航路設計が必要で、工法等にも様々な制約があったのです。それでも、6年ほどで竣工し、一般公募により「レインボーブリッジ」の愛称が決められました。この橋は、芝浦側アプローチ部1,465mと吊り橋部918mと台場側アプローチ部1,367mから構成され、吊り橋部の中央径間は570m、幅は29m、主塔の高さは126mあります。通常は吊り橋部のみの橋長798mの橋とされていて、建設当時は、東日本最長の吊り橋でしたが、1998年(平成10)に白鳥大橋(北海道室蘭市)に抜かれたのです。また、吊り橋部は上下2層構造になっていて、上部が首都高速11号台場線、下部が新交通システムゆりかもめの軌道と一般道の車道・歩道となっている鉄道道路併用橋で、下層の両外側に歩道があり、歩いて渡ることが可能で、見晴らしが抜群でした。

(3)明石海峡大橋(兵庫県神戸市垂水区・淡路市)
 兵庫県神戸市垂水区・淡路市とを結ぶ吊り橋で、中央径間が1,991mもあり、現在、世界最長の吊り橋となっています。1970年(昭和45)7月に、本州四国連絡橋公団が設立され、1973年(昭和48)10月に、工事実施計画が認可されました。その後、1986年(昭和61)4月26日に起工式が行われ、1988年(昭和63)5月に工事が着工、1996年(平成8年)9月に閉合し、平成時代の1998年(平成10)4月5日に開通しました。神戸側の橋桁内に舞子海上プロムナードという遊歩道と展望台が設けられています。橋台内のエレベータで、47mの高さまで上がり、そこから海側まで150mほど歩けるのですが、床が透明になっている部分があって、スリリングで、直接海面を望むことができました。また、神戸側の陸上には、「橋の科学館」が開設されており、明石海峡大橋を中心に橋についての技術的・歴史的展示があって、勉強になります。

(4)大鳴門橋(徳島県鳴門市・兵庫県南あわじ市)
 昭和時代後期の1985年(昭和60)6月8日に開通した、兵庫県南あわじ市と徳島県鳴門市間の鳴門海峡の最狭部を結ぶ吊り橋です。この橋の橋長は1,629m、中央径間は876m、幅は25m、主塔の高さは144.3mあり、2階構造になっていて、上部が6車線の自動車専用道用、下部が新幹線規格の鉄道用となっていました。しかし、現在は上部の自動車道の4車線が供用されているだけです。開通当初は、中央径間の長さ日本一の吊り橋でしたが、1988年(昭和63)開通の南備讃瀬戸大橋(香川県、中央径間1,100 m)と1998年(平成10)開通の明石海峡大橋(兵庫県、中央径間1,991 m)に抜かれました。建設にかかる経緯は、1970年(昭和45)7月に本州四国連絡橋公団が設立され、1973年(昭和48)9月 に本州四国連絡橋の工事に関する基本計画が指示され、1976年(昭和51)7月2日に起工式が行なわれ、1984年(昭和59)3月に橋桁がつながって、1985年(昭和60)6月8日の開通に至ったものです。その後、1998年(平成10)の明石海峡大橋の開通により、本四架橋ルートの1つである神戸淡路鳴門自動車道として供用されるようになり、近畿と四国をつなぐ重要ルートになりました。当初は、本州四国連絡橋公団が管理していましたが、民営化により2005年(平成17)10月1日から、本州四国連絡高速道路(株)が管理するようになったのです。また、1987年(昭和62)8月10日の道の日に、旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された「日本の道100選」にも選定されました。尚、1985年(昭和60)4月に、大鳴門橋を望む位置に有料の「大鳴門橋架橋記念館」(鳴門市鳴門町土佐泊浦福池)が出来て、この橋に関する様々なことが展示されていて、観光名所ともなっています。さらに、2000年(平成12)4月に、大鳴門橋の橋桁下部に設置された延長約450mの遊歩道および展望台である「渦の道」(うずのみち)が開設され、有料ですが、橋の中ほどまで歩いて行って渦潮を真下に見下ろすことができるようになりました。とても人気があって、2016年(平成28)8月16日には来場者数1,000万人を突破したのです。

(5)瀬戸大橋(香川県坂出市・岡山県倉敷市)
 昭和時代後期の1988年(昭和63)4月10日に開通した、瀬戸内海をまたいで本州(岡山県倉敷市)と四国(香川県坂出市)を結ぶ10の橋の総称です。下津井瀬戸大橋(吊り橋:1,447m)、櫃石島高架橋(高架橋:1,316m)、櫃石島橋(斜張橋:792m)、岩黒島高架橋(高架橋:93m)、岩黒島橋(斜張橋:792m)、与島橋(トラス橋:877m)与島高架橋(高架橋:717m)、北備讃瀬戸大橋(吊り橋:1,611m)、南備讃瀬戸大橋(吊り橋:1,723m)、番の州高架橋(高架橋:2,939m)からなり、2階建て構造で、上部が4車線の瀬戸中央自動車道用、下部がJR本四備讃線が走る鉄道用ですが、さらに新幹線が敷設できるようになっていました。橋梁部は9,368 m、高架部を含めると13.1kmの延長があります。尚、香川県坂出市番の州緑町に「瀬戸大橋記念館」、岡山県倉敷市児島に「倉敷市瀬戸大橋架橋記念館」があって、瀬戸大橋に関するいろいろな展示がされていて勉強になりました。

(6)来島海峡大橋(愛媛県今治市)
 平成時代の1999年(平成11)5月1日に開通した、瀬戸内海の大島と四国の間にある来島海峡をまたぐ長大な3連吊り橋で、来島海峡第一大橋(中央径間600m)、来島海峡第二大橋(中央径間1,020m)、来島海峡第三大橋(中央径間1,030m)の総称です。中央が西瀬戸自動車道(しまなみ海道)で、北側に自転車・歩道、南側にバイク道を併設し、全長は4,105mありました。歩行者は無料で、歩きながらすばらしい眺望を楽しむことができますが、結構スリリングです。また、今治市吉海町に亀老山展望台、今治市小浦町に糸山公園展望台があって、そこからの来島海峡大橋の眺望はすばらしいものでした。

☆日本の長大吊り橋ベスト15(中央径間の長さで比較しています)

1. 明石海峡大橋(兵庫県神戸市垂水区・淡路市)中央径間1,991m…1998年開通
2. 南備讃瀬戸大橋(香川県坂出市)中央径間1,100m…1988年開通
3. 来島海峡第三大橋(愛媛県今治市)中央径間1,030m…1999年開通
4. 来島海峡第二大橋(愛媛県今治市)中央径間1,020m…1999年開通
5. 北備讃瀬戸大橋(香川県坂出市)中央径間990m…1988年開通
6. 下津井瀬戸大橋(岡山県倉敷市・香川県坂出市)中央径間940m…1988年開通
7. 大鳴門橋(徳島県鳴門市・兵庫県南あわじ市)中央径間876m…1985年開通
8. 因島大橋(広島県尾道市)中央径間770m…1983年開通
9. 安芸灘大橋(広島県呉市)中央径間750m…2000年開通
10. 白鳥大橋(北海道室蘭市)中央径間720m…1998年開通
11. 関門橋(福岡県北九州市門司区・山口県下関市)中央径間712m…1973年開通
12. 来島海峡第一大橋(愛媛県今治市)中央径間600m…1999年開通
13. 東京港連絡橋<レインボーブリッジ>(東京都)中央径間570m…1993年開通
14. 大島大橋(広島県尾道市・愛媛県今治市)中央径間560m…1988年開通
15. 豊島大橋(広島県呉市)中央径間540m…2008年開通

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旅の豆知識「地下鉄」

2017年09月23日 | 旅の豆知識
 旅行先では、いろいろな乗り物に乗ることがあると思いますが、大都市部を旅した時には、少なからず地下鉄を利用したことがあるのではないでしょうか。ほとんどが地下トンネルを走っているので、眺望は良くありませんが、スピードも速く、定時運行されているので、利便性の高いものです。
 やはり旅先では、確実に目的地にたどり着くためには、時間に正確な乗り物は頼りになります。また、一部ではありますが、地上の高架を走る部分もあって、都市部を見晴らせて、ふいに感動したりもするのです。
 さらに、鉄道車両に興味のある人は、レトロな車両に巡り合って、興味を持たれるかもしれません。そんな方は、東京都江戸川区にある東京メトロの「地下鉄博物館」を訪ねてみることをお勧めします。

〇「地下鉄」とは?
 地下鉄道の略語で、地下にトンネルを掘り、そこに敷設された都市高速電気鉄道のことですが、一部地上を走る部分も含めて言う場合が多くありました。日本での法規上は、大阪市営地下鉄を除き「鉄道事業法」に基づくものです。大都市部では、鉄道用地取得が困難なため、やむを得ず地下に建設したもので、建設費はかかりますが、用地買収の手数が少く、道路との交差がないので高速運行が可能で、市街地景観も維持でき、沿線の騒音も小さいなどの利点があります。
 日本最初の地下鉄は、昭和時代前期の1927年(昭和2)に、東京市の上野駅~浅草駅間(2.2km)の開通によるものでした。この路線は、1939年(昭和14)までに延伸されて、浅草駅~渋谷駅間が全通し、1941年(昭和16)に設立された帝都高速度交通営団に引き継がれ、営団地下鉄銀座線となります。一方、大阪市では、1933年(昭和8)に、梅田(仮駅)~心斎橋駅間(3.1km)が開通しました。
 太平洋戦争後は、東京でも大阪でも新しい路線の建設や延伸が行われ、他の都市でも、1957年(昭和32)の名古屋市の名古屋駅~栄町駅間(2.4km)の開通を皮きりに広がって行きます。その後、札幌市(1971年)、横浜市(1972年)、神戸市(1977年)、京都市(1981年)、福岡市(1981年)、仙台市(1987年)などで開業し、2001年(平成13)時点の営業キロ数は672.9kmに達しました。それからも各地で新路線や延伸が進み、現在は、15事業者49路線で、営業キロ数は796.4kmとなっています。

☆「地下鉄」のお勧め

(1)札幌市営地下鉄(北海道札幌市)
 1971年(昭和46)に、全国4番目の地下鉄として、南北線の北24条駅~真駒内駅間の12.1kmが開業したのが最初でした。その後、1976年(昭和51)に東西線、1978年(昭和53)に南北線延伸、1982年(昭和57)に東西線延伸、1988年(昭和63)に東豊線、1994年(平成6)に東豊線延伸、さらに1999年(平成11)東西線の再延伸がされ、現在では、3路線48.0kmが運行されています。この地下鉄の特徴は、全線がゴムタイヤを用いた案内軌条式鉄道(ゴムタイヤ式地下鉄)であることで、乗り心地が優れていました。

(2)東京メトロ(東京都区部)
 日本最初の地下鉄として、1927年(昭和2)に、東京市の上野駅~浅草駅間(2.2km)が開通し、この路線は、1939年(昭和14)までに延伸されて、浅草駅~渋谷駅間が全通しました。そして、1941年(昭和16)に、「東京地下鉄道」と「東京高速鉄道」によって行われていた、東京市の地下鉄建設・運営事業が統合されて、「帝都高速度交通営団」に引き継がれ、営団地下鉄銀座線となります。太平洋戦争後、新たな路線の建設が進み、丸ノ内線(池袋駅~荻窪駅および中野坂上駅~方南町駅)、日比谷線(北千住駅~中目黒駅)、東西線(中野駅~西船橋駅)、千代田線(綾瀬駅~代々木上原駅および綾瀬駅~ 北綾瀬駅)、有楽町線(和光市駅~新木場駅)、半蔵門線(渋谷駅~押上駅)、南北線(目黒駅~赤羽岩淵駅)の路線を建設・運営してきました。しかし、2004年(平成16)3月31日に、国と東京都が出資する特殊会社である「東京地下鉄株式会社」(愛称は東京メトロ)へ受け継がれています。現在では、9路線195.1kmを運行する日本最大の地下鉄事業者となりました。今でも、最初に開業した銀座線には、駅ホームやトンネル等にレトロな感じが残っていて、一見の価値があります。

(3)名古屋市営地下鉄(愛知県名古屋市・日進市)
 日本3番目の地下鉄として、1957年(昭和32)に、名古屋駅~栄町駅間(2.4km)が開通しました。その後、次々と新路線がつくられたり、延伸されたりして、 現在では、東山線(高畑駅~藤が丘駅)、名城線(環状線)(金山駅~栄駅~大曽根駅~八事駅~金山駅)、名港線(金山駅~名古屋港駅)、鶴舞線(上小田井駅~赤池駅)、桜通線(中村区役所駅~徳重駅)、上飯田線(上飯田駅~平安通駅)の 6路線93.2kmが運行されています。東山線の一社駅~藤が丘駅間は、地上区間で高架線となり、見晴らしが良いのが特徴です。

(4)京都市営地下鉄(京都府京都市)
 1981年(昭和56)に、烏丸線の北大路駅~京都駅間が初めて開業しました。その後、新路線がつくられたり、延伸されたりして、 現在では、烏丸線(国際会館駅~竹田駅)、東西線(六地蔵駅~太秦天神川駅)の2路線31.2kmが運行されています。烏丸線では、竹田駅から近鉄京都線と相互直通運転が、東西線では、京阪京津線の電車が浜大津駅から御陵駅を経て太秦天神川駅まで直通運転され、利便性の向上が図られていました。

(5)大阪市営地下鉄(大阪府大阪市他)
 日本2番目の地下鉄として、1933年(昭和8)に、梅田(仮駅)~心斎橋駅間(3.1km)が開通しました。その後、次々と新路線がつくられたり、延伸されたりして、 現在では、御堂筋線(江坂駅~中百舌鳥駅)、谷町線(大日駅~八尾南駅)、四つ橋線(西梅田駅~住之江公園駅)、中央線(コスモスクエア駅~長田駅)、千日前線(野田阪神駅~南巽駅)、堺筋線(天神橋筋六丁目駅~天下茶屋駅)、長堀鶴見緑地線(大正駅~門真南駅)、今里筋線(井高野駅~今里駅)の8路線129.9kmを運行する、日本第2位の事業者となっています。特に、最初に出来た心斎橋駅、淀屋橋駅はとても立派に作られているので、一見の価値があります。

(6)福岡市地下鉄(福岡県福岡市)
 1981年(昭和56)に、1号線の室見駅~天神駅間が最初に開業しました。その後、次々と新路線がつくられたり、延伸されたりして、 現在では、空港線(姪浜駅~中洲川端駅~福岡空港駅)、 箱崎線(中洲川端駅~貝塚駅)、七隈線(橋本駅~天神南駅)の3路線29.8kmが運行されています。空港線ではJR九州筑肥線との相互直通運転が行われ、福岡空港へのアクセス路線としても活用されていました。

☆日本で営業中の「地下鉄」(日本地下鉄協会の分類)一覧

・札幌市営地下鉄(札幌市交通局)3路線48.0km 46駅 日本唯一のゴムタイヤ式地下鉄
・仙台市地下鉄(仙台市交通局)2路線28.7km 29駅
・埼玉高速鉄道線(埼玉高速鉄道)1路線14.6km 8駅 総延長の97%が地下区間
・都営地下鉄(東京都交通局)4路線109.0km 98駅
・東京メトロ(東京地下鉄) 9路線195.1km 141駅
・りんかい線(東京臨海高速鉄道)1路線12.2km 8駅
・東葉高速線(東葉高速鉄道)1路線16.2km 9駅
・横浜市営地下鉄(横浜市交通局)3路線53.5km 40駅
・みなとみらい線(横浜高速鉄道)1路線4.1km 6駅
・名古屋市営地下鉄(名古屋市交通局)6路線93.2km 87駅
・京都市営地下鉄(京都市交通局)2路線31.2km 31駅
・大阪市営地下鉄(大阪市交通局)8路線129.9km 100駅
・神戸市営地下鉄(神戸市交通局)4路線30.6km 25駅
・アストラムライン(広島高速交通)1路線0.3km 2駅 総延長の10%が地下区間
・福岡市地下鉄(福岡市交通局)3路線29.8km 35駅

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旅の豆知識「モノレール」

2017年09月22日 | 旅の豆知識
 旅行先では、いろいろな乗り物に乗ることがあると思いますが、都市部や遊園地等で、モノレールを利用したことがあるのではないでしょうか。高いところを走っているので、スリリングで、眺望もよかったりします。
 昔は、モノレールといえば、遊園地等の遊戯施設や遊覧用のものが主流でした。しかし、都市部の交通機関として、地下鉄などより建築費が安く、道路上に設置できるので、用地買収が最小限で済むなどの利点により、設置・運行されるところが増えてきました。
 道路の上の高いところを走るので、その都市の様子もよくわかり、旅先で乗ってみても面白いので、お勧めです。

〇「モノレール」とは?
 1本の走行軌条(走行桁)を用いて車両を走行させる鉄道(単軌鉄道ともいう)のことで、日本の法令上では、鉄道事業法に基づく「鉄道(懸垂式鉄道/跨座式鉄道)」と軌道法に基づく「軌道(懸垂式モノレール/跨座式モノレール)」が存在しています。形式によって分類すると、地上数mの高さに架設された1本の桁に吊下がって走る懸垂(けんすい)式と、桁の上にまたがって走る跨座 (こざ) 式に大別され、さらに下記のように区分されました。
<懸垂式>
(1)ランゲン式:鉄骨で空中に支えられた鉄のレールに鉄の車輪がのり、車輪の車軸は逆L字型に曲がって車両を懸垂するもので、日本には現在ありません。
(2)日本車両式:レールは鋼板製箱型でゴムタイヤ車輪がレールに乗り、タイヤが外れないように補助車輪が左右からレールを挟んでいて、車両は片側補助車輪の車軸に懸垂されるもので、東京都交通局の上野懸垂線に採用されています。
(3)サフェージュ式:レールは鋼板製箱型の筒状で、車両を懸垂するために箱の下面中央部は開いていて、その開口部両側を、車両の屋根上の支柱につけられたゴムタイヤ車輪が走行するもので、千葉都市モノレールや湘南モノレールで採用されています。
<跨座式>
(1)アルウェグ式:レールは太いI字型の鉄筋コンクリートで、走行用ゴムタイヤがレールの上にのり、補助車輪が左右からレールを挟んで安定を保つもので、東京モノレールで採用されています。
(2)日本跨座式:アルウェグ式の改良型で、軌道桁を太くし、ゴムタイヤを使用するが、現在日本の跨座式モノレールの主流になっています。
(3)ロッキード式:コンクリート製の桁の上に鉄のレールを乗せ、その上を鉄の車輪が走るもので、姫路市営モノレールと向ヶ丘遊園モノレール線に採用されましたが、現在は廃止されて存在しません。
 日本で最初のモノレールは、大阪市で行われていた交通電気博覧会で、1928年(昭和3)に運用された懸垂式のものでした。太平洋戦争後は、1951年(昭和26)に、豊島園で遊戯施設として運行され、1957年(昭和32)には、上野動物園内に懸垂式モノレールが開業し、これが現存する最古のものとなっています。その後も、1961年(昭和36)に奈良ドリームランド、1962年(昭和37)に犬山のラインパークに、遊覧用のものが開業しましたが、いずれも廃止されました。1964年(昭和39)には、東京モノレールが浜松町~羽田(現、天空橋)間13.1kmを15分で結ぶ本格的都市交通機関として営業運転を開始し、その後は、都市交通機関として建設されるようにもなります。そして、1996年3月末時点で、モノレールは6事業者(総延長31.4km)でしたが、消長を経て、現在では、10事業者(総延長111.9km)によって運行されています。

☆「モノレール」のお勧め

(1)東京都交通局(東京都台東区)
 1957年(昭和32)12月17日、路面電車にかわる新しい都市交通機関の研究と園内遊覧用を兼ねて、東京都交通局が上野動物園に330mの懸垂式モノレールを建設しましたが、現存する最古のモノレールとなりました。日本車両会社が製造し、レールは鋼板製箱型でゴムタイヤ車輪がレールに乗り、タイヤが外れないように補助車輪が左右からレールを挟んでいて、車両は片側補助車輪の車軸に懸垂されるもので、日本車両式(上野式)モノレールといわれています。

(2)東京モノレール(東京都港区・品川区・大田区)
 1964年(昭和39)9月17日にモノレール浜松町駅~(旧)羽田駅間が開業し、1993年(平成5)9月27日に、整備場駅~羽田空港駅間の開業に伴い、整備場駅~(旧)羽田駅が廃止されました。さらに、2004年(平成16)12月1日に、羽田空港駅~羽田空港第2ビル駅間が開業して、現在17.8 kmの総延長となったのです。このモノレールは、日本初の本格的都市交通機関として建設され、アルウェグ式を採用した跨座式モノレールでした。東京国際空港(羽田空港)への重要なアクセスルートで乗客も多く、途中、海上に敷設されている箇所もあって、なかなか見晴らしが良いのです。

(3)湘南モノレール(神奈川県鎌倉市・藤沢市)
 1970年(昭和45年)3月7日に、江の島線が部分開業(大船駅~西鎌倉駅)し、翌年7月1日に、延伸(西鎌倉駅~湘南江の島駅)されて、6.6 kmの全線が開通しました。サフェージュ式を採用した懸垂式モノレールで、全線単線で8駅あり、所要時間は13分45秒です。観光地を結んでいて、見晴らしも良いのですが、経営的には厳しい状況が続きました。

(4)大阪高速鉄道大阪モノレール線(大阪府豊中市・吹田市・摂津市・守口市・門真市)
 1990年(平成2)6月1日に、千里中央~南茨木間が開業、1994年(平成6)9月30日に柴原~千里中央間が開業、1997年(平成9) 4月1日に大阪空港~柴原間が開業、同年8月22日に南茨木~門真市間が開業とどんどん延伸していき、現在は、総延長21.2 kmと日本のモノレールでは最長の路線となっています。日本跨座式を採用した跨座式モノレールで、全線複線で14駅あり、大阪国際空港(伊丹空港)や万博記念公園などへの重要なアクセス路線となりました。現在、門真市から東大阪市の瓜生堂への延伸計画が進められています。

(5)スカイレールサービス広島短距離交通瀬野線(広島県広島市)
 1998年(平成10)8月28日に、広島短距離交通瀬野線(みどり口駅~みどり中央駅) として開業しました。独特のロープ駆動懸垂式による懸垂式モノレールで、小型車両(定員25人)を用い、駅間は一定の速度で循環するワイヤーロープを握索機で握ることにより駆動し、駅部ではロープを放してリニアモーター駆動するというものです。総延長1.3kmの全線複線で、3駅あり、高低差160mという、日本一の最急勾配(263‰)を登って行くのが見所です。

(6)沖縄都市モノレール(沖縄県那覇市)
 2003年(平成15)8月10日に、第三セクター方式により沖縄都市モノレール線(那覇空港駅~首里駅)が開業しましたが、愛称は「ゆいレール」といい、総延長12.9kmあります。日本跨座式を採用した跨座式モノレールで、全線複線で15駅あり、那覇空港や首里城への重要なアクセス路線となりました。日本最南の鉄道路線であり、この路線の赤嶺駅は日本最南端の鉄道駅となっています。尚、首里駅からてだこ浦西駅までの区間が延伸工事中で、2019年春に開通する予定となりました。

☆日本で営業中の「モノレール」一覧

・東京モノレール(東京都) 跨座式:アルヴェーグ式 羽田空港線[17.8km] 1964年開業
・東京都交通局(東京都) 懸垂式:日本車両式 上野懸垂線[0.3km] 1957年開業
・多摩都市モノレール(東京都) 跨座式:日本跨座式 多摩都市モノレール線[16.0km] 1998年開業
・千葉都市モノレール(千葉県) 懸垂式:サフェージュ式 1号線[3.2km] 1995年開業
・千葉都市モノレール(千葉県) 懸垂式:サフェージュ式 2号線[12.0km] 1988年開業
・舞浜リゾートライン(千葉県) 跨座式:日本跨座式 ディズニーリゾートライン[5.0km] 2001年開業
・湘南モノレール(神奈川県) 懸垂式:サフェージュ式 江の島線[6.6km] 1970年開業
・大阪高速鉄道(大阪府) 跨座式:日本跨座式 大阪モノレール線[21.2km] 1990年開業 、
・大阪高速鉄道(大阪府) 跨座式:日本跨座式 国際文化公園都市モノレール線(彩都線)[6.8km] 1998年開業
・スカイレールサービス(広島県) 懸垂式:ロープ駆動懸垂式 広島短距離交通瀬野線[1.3km] 1998年開業
・北九州高速鉄道(福岡県) 跨座式:日本跨座式 小倉線[8.8km] 1985年開業
・沖縄都市モノレール(沖縄県) 跨座式:日本跨座式 沖縄都市モノレール線[12.9km] 2003年開業

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9月の秋ヶ瀬公園の散策

2017年09月21日 | 散策
今日は、天気が良くて、気温は30℃近くになるものの、湿度は30%台で、過ごしやすい日になると天気予報で言っていたので、昼から秋ヶ瀬公園(さいたま市桜区)へ行き、蝶の写真を撮りながら散策することにした。
 昼食後、車を西へ走らせ、国道463号線をの進んで、荒川の羽根倉橋の手前から、下におりて、荒川河川敷にある秋ヶ瀬公園へと至ったが、天気は晴れているものの、そんなに暑くもなくて、散策するにはうってつけだ。
 ピクニックの森の駐車場に車を入れたが、平日のこととて空いている。いつものように、防虫スプレーを手や足に噴きつけ、カメラを首から下げて、散策を開始する。
 そうすると、最初にキタキチョウに出会ったが、花に止まって吸蜜していたので、何枚か撮らせてもらった。次にヤマトシジミも発見したが、シャッターチャンスがないままにどこかへ行ってしまったので、ピクニックの森の奥の方へと歩いて行く。周辺には、赤いヒガンバナがたくさん咲いていて印象的だったので、何回かシャッターを切っておいた。
 そうしたら、イチモンジチョウとアカボシゴマダラの夏型を発見したので、続けてカメラに収めておいた。池の畔に行くとヒメウラナミジャノメがリズミカルに飛んでいたので、追いかけて撮影した。
 さらに森の中を進んでいくと、道端にイチモンジセセリ、チャバネセセリ、ムラサキシジミを次々と見つけたので、順次シャッターを切っていった。それにしても、やぶ蚊が多いのには閉口する。ちょっと油断していると刺されてしまうのだ。
 それでも、我慢しながら藪の中を進んでいくと、ヒメジャノメとコミスジが飛んでいたので、葉上に止まったところを望遠で捉える。
 グランド脇の広場まで来ると、いろいろな雑草が花開いていたが、飛び出してきたアオスジアゲハは、1回しかシャッターチャンスがなくうまく撮れなかったのは残念だ。それでも、花に止まって吸蜜していたモンシロチョウは接写させてもらう。
 さらに、蝶がいないか探しているとコムラサキのメスが飛んできて、葉上に止まったので、望遠で捉え、連続してシャッターを切る。
 その周辺の花には、何種類かの蝶が集っていたので、良く観察しながら、ツバメシジミ、ツマグロヒョウモンのオス、アサマイチモンジ、イチモンジセセリをカメラに収めることに成功した。
 さらに歩いて行くと、道路脇の茂みに、ヒカゲチョウがたくさんいるのを発見したので、じっくりとカメラを構えて、何枚も撮らせてもらった。
 それからは、三ツ池の方を巡ったが、ツマグロヒョウモンのメス、イチモンジセセリ、コミスジを見つけたので、撮影しながら、駐車場まで戻ってきた。約2時間の散策で、17種類の蝶、多くの花々に出会え、そんなに暑くもなくて快適だったので、やぶ蚊には刺されたものの、まずまずだったと思う。
 その後は、秋ヶ瀬橋のたもとから上に上がり、途中のロジャースに立ち寄ってから帰途に着いたが、さしたる渋滞もなく、スムーズに走れたので、結構早めに自宅に戻ることができた。

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旅の豆知識「普通索道」

2017年09月20日 | 旅の豆知識
 旅行先では、いろいろな乗り物に乗ることがあると思いますが、山への急勾配を登るときに、ロープウェイを利用したことがあるのではないでしょうか。急傾斜で高いところを上がっていくので、スリリングで、とても眺望がよかったりします。やはり旅先での印象は、景観のすばらしさが大きいと思われますが、スリルを味わった体験も貴重です。
 高度経済成長期以降、スキー場が急速に増え、そこに、ゴンドラなどと呼ばれるタイプのものが出来、ロープウェイとそれらを含めて、法律上は「普通索道」と分類されています。スキー場に建設されたものでも、夏場も観光用に運行されているところもあって、旅行先でそういうものを利用してみるのも、面白いのではないでしょうか。

〇「普通索道」とは?
 索道とは、空中に架設した鋼索に運搬器を取りつけ、人や荷物を運搬する装置とされていました。日本では、「鉄道事業法施行規則第47条」により普通索道と特殊索道の2つに分類され、普通索道は、「扉を有する閉鎖式の搬器を使用して旅客又は旅客及び貨物を運送する索道をいう」とされ、一般にロープウェイやゴンドラなどと呼ばれ、特殊索道は、「外部に解放された座席で構成されるいす式の搬器を使用して旅客を運送する索道をいう」とされ、一般にチェアリフトや滑走式リフト(Jバー・Tバーリフト)などと呼ばれています。
 また、普通索道は、その方式によって、交走式と循環式に大別され、さらに単線や複線などの分類によって、以下の7つに分けられました。
<交走式>
・単線交走式普通索道(交走式ゴンドラ)
 1本のロープに固定された閉鎖式の搬器が、交互に往復する索道
・複式単線交走式普通索道(交走式フニテル)
 1本ずつ並列に張られたワイヤロープに固定された閉鎖式の搬器が、交互に往復する索道
・複線交走式普通索道(交走式ロープウェイ)
 閉鎖式搬器を懸垂しているロープとけん引するロープが別々で、それぞれの搬器が交互に往復する索道
<循環式>
・単線固定循環式普通索道(固定循環式ゴンドラ)
 一定の間隔で1本のワイヤロープに固定された閉鎖式の搬器が、循環運転する索道
・単線自動循環式普通索道(自動循環式ゴンドラ)
 停留場間では一定の間隔で1本のワイヤロープに固定された閉鎖式搬器が、停留場ではワイヤロープの放索と握索を自動的に行い循環する索道
・複式単線自動循環式普通索道(自動循環式フニテル)
 停留場間では一定の間隔で1本ずつ並列に張られたワイヤロープに固定された閉鎖式搬器が、停留場ではワイヤロープの放索と握索を自動的に行い循環する索道
・複線自動循環式普通索道(複線自動循環式ゴンドラ)
 閉鎖式搬器を懸垂しているワイヤロープとけん引するワイヤロープが別々で、停留場では双方のワイヤロープの放索と握索を自動的に行い循環する索道
 動力を用いた近代的な普通索道は、明治時代の1890年(明治23)に、栃木県の足尾銅山に架設された貨物輸送用のものが最初とされています。人員輸送用としては、遊戯施設として、大正時代の1912年(大正元)に、大阪の新世界に、娯楽場ルナパークと通天閣を結ぶ4人乗りロープウェーが開業したのが最初でした。本格的な人員輸送用としては、昭和時代前期の1927年(昭和2)に、三重県矢ノ川峠において開業したロープウェー(1,254m)が最初とされていますが、1936年(昭和11)には、休止撤去されています。現存する日本最古の人員輸送用の普通索道は、1929年(昭和4)に開業した奈良県の吉野ロープウェーで、2012年(平成24)に機械遺産に認定されました。
 太平洋戦争中には、不要不急施設として、撤去されるものもありましたが、戦後は新設されるところもあって、1955年(昭和30)時点では、普通索道は12路線あったのです。しかし、高度経済成長期の観光ブーム・スキーブームにも乗って、観光地やスキー場などに建設されて急速に増え、1996年(平成8)3月末時点では、普通索道が188路線(302.6km)にもなりました。しかし、その後乗客の減少や施設の老朽化等により休止・廃止されるところもあって、現在運行されている普通索道は、157路線となっています。

☆「普通索道」のお勧め

(1)旭岳ロープウェイ(北海道上川郡東川町)
 このロープウェイ(3線交走式、101人乗ゴンドラ2輛)は、北海道の最高峰旭岳の5合目にあにあたる旭岳温泉の山麓駅(標高約1,100m)から、山頂姿見駅(標高約1,600m)にかけて運行しています。昔は、小型のロープウエイで、待ち時間が長かったそうですが、2000年(平成12)6月26日から、スイスガラベンダ社制の101人乗りロープウェイに掛け替えられて、運転再開されました。北海道のほぼ中央に位置する大雪山国立公園(広さ23万ha)は、2,000m級の山々がおよそ50kmにもわたって連なっていますが、その中の主峰旭岳(2,290m)に上るメインルートとなっています。山頂姿見駅から、姿見の池まで散策してみましたが、すばらしい紅葉と、山々の眺望を楽しむことが出来ました。

(2)明智平ロープウェイ(栃木県日光市)
 このロープウェイ(3線交走式、16人乗ゴンドラ2輛)は、1950年(昭和25)に出来たものです。明智平パノラマレストハウスから展望台まで、16人乗りの赤い小さなゴンドラは随時出発していて、約3分で、運んでくれました。ここからの眺めはすばらしく、華厳の滝と中禅寺湖が一望でき、まるで絵葉書を見ているようです。しばし写真を撮りながら見とれていました。山道を少し散策してから、下りのロープウェイに乗りましたが、とても印象に残ったのです。

(3)駒ヶ岳ロープウェイ(長野県駒ヶ根市)
 このロープウェイ(3線交走式、61人乗ゴンドラ2輛)は、高低差が950mあることと、終点の千畳敷駅の標高が2,611.5mと高いことの2つが日本一です。これは、わが国最初の試みとして、標高2,956mの駒ヶ岳目指して架けられた高山ロープウェイでした。開通は、1967年(昭和42)ですが、開業以来30年を経過する中で、1998年(平成10)11月1日にリニューアルオープンしたそうです。このロープウェイに乗ろうとすると、菅の台から先は、一般車は通れないので、専用バスに乗り換えなければなりません。そのバスで、ヘアピンカーブを幾度となく回り、標高を上げながら、37分でロープウェイの始点しらび平駅(標高1,661.5m)に到着します。そこからは、距離2,335.5mを秒速7.0mという高速で上っていき、7分30秒で、終点千畳敷駅(標高2,611.5m)まで運んでくれるのです。晴れていれば、眼下にはすばらしい景色が展開します。氷河によって出来た千畳敷カールを散策すると様々な高山植物と出会うことが出来、天気さえよければ、富士山をはじめ南アルプス連峰、御岳山、乗鞍岳、北アルプスを一望できるのです。ほんとうにすばらしい景観です。

(4)吉野山ロープウェイ(奈良県吉野郡吉野町)
 奈良市の南方、近畿日本鉄道吉野山線の終着吉野駅からいくらも歩かないところに、吉野山ロープウェイ(4線交走式、28人乗ゴンドラ2輛)の山麓駅があります。1929年(昭和4)3月12日開通した、現存する日本最古の普通索道なのです。ここから、高低差103m、距離349mを3分ほどで山上駅まで運んでくれました。以前は、吉野山への参拝客がつづら折りになった山道を上っていったそうですが、このロープウェイが出来て、ずいぶん楽になったとのことです。

(5)千光寺山ロープウェイ(広島県尾道市)
 このロープウェイ(3線交走式、31人乗ゴンドラ2輛)は、1957年(昭和32)に出来たもので、このゴンドラがレトロな感じで、尾道らしいのです。上って行く、その途中から見える千光寺や尾道市街、瀬戸内海の眺望はすばらしく、あっというまに山上駅へと運んでくれました。その先にある展望台から、見える景色は、まさに絶景で、尾道水道から向島そして、瀬戸内海の島々が遠望できるすばらしい眺めなのです。対岸には、旧日立造船のドッグが見え、渡船が往復していて、とても絵になるので、何枚も写真を撮ってしまいました。

(6)阿蘇山ロープウェイ(熊本県阿蘇市)
 このロープウェイ(4線交走式、 91人乗ゴンドラ2輛)は、1958年(昭和33)に世界で初めて活火山に架けられたものだそうです。登山バス終点の山麓駅から、中岳火口縁の山頂駅まで、 高低差108m、距離858mを4分間で運んでくれます。ゴンドラは、91人乗りと大型です。中岳火口からは、噴煙が上がり、まさに活動中の活火山の様子を見ることが出来ます。

☆日本で営業中の「普通索道」一覧

<北海道>
・藻岩山ロープウェイ(札幌振興公社)札幌市南区
・札幌国際スキー場・スカイキャビン8(札幌リゾート開発公社) 北海道札幌市南区
・札幌国際スキー場・スカイキャビン6(札幌リゾート開発公社) 北海道札幌市南区
・サッポロテイネ・テイネエイトゴンドラ(加森観光) 北海道札幌市手稲区
・キロロスノーワールド・キロロゴンドラ(キロロアソシエイツ) 北海道余市郡赤井川村
・小樽天狗山スキー場・小樽天狗山ロープウエイ(中央バス観光商事) 北海道小樽市
・ニセコアンヌプリ国際スキー場・アンヌプリゴンドラ(中央バス観光商事) 北海道虻田郡ニセコ町
・ニセコビレッジスキーリゾート・ゴンドラ(ニセコビレッジ) 北海道虻田郡ニセコ町
・ニセコマウンテンリゾート グラン・ヒラフ・ヒラフゴンドラ(ニセコ高原観光) 北海道虻田郡倶知安町
・ニセコマウンテンリゾート グラン・ヒラフ・エース第2センターフォー(ニセコ高原観光) 北海道虻田郡倶知安町
・ウィンザースノービレッジ(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル) 北海道虻田郡洞爺湖町
・ルスツリゾート・ウエストゴンドラ(加森観光) 北海道虻田郡留寿都村
・ルスツリゾート・イーストゴンドラ1号線(加森観光) 北海道虻田郡留寿都村
・ルスツリゾート・イーストゴンドラ2号線(加森観光) 北海道虻田郡留寿都村
・ルスツリゾート・イゾラゴンドラ(加森観光) 北海道虻田郡留寿都村
・有珠山ロープウェイ(ワカサリゾート) 北海道有珠郡壮瞥町
・旭岳ロープウェイ(ワカサリゾート) 北海道上川郡東川町
・黒岳ロープウェイ(りんゆう観光) 北海道上川郡上川町
・サホロリゾート・サホロゴンドラ(加森観光) 北海道上川郡新得町
・カムイスキーリンクス・ゴンドラ(旭川北インター開発公社) 北海道旭川市
・富良野スキー場・富良野ロープウェー(プリンスホテル) 北海道富良野市
・富良野スキー場・北の峰ゴンドラ(プリンスホテル) 北海道富良野市
・アルファリゾート・トマム ・アルファキャビン(星野リゾート・トマム) 北海道勇払郡占冠村
・マウントレースイ・シャトル6ゴンドラ(夕張リゾート) 北海道夕張市
・登別温泉ロープウェイ(登別温泉ケーブル) 北海道登別市
・函館七飯スノーパーク・七飯ゴンドラ(鈴木商会) 北海道亀田郡七飯町
・函館山ロープウェイ(函館山ロープウェイ) 北海道函館市

<東北>
・八甲田ロープウェー(八甲田ロープウェー) 青森県青森市
・青森スプリング・スキーリゾート・ゴンドラ(青森リゾート) 青森県西津軽郡鯵ヶ沢町
・安比高原スキー場・安比ゴンドラ(岩手ホテルアンドリゾート) 岩手県八幡平市
・安比高原スキー場・ザイラーゴンドラ(岩手ホテルアンドリゾート) 岩手県八幡平市
・夏油高原スキー場・第1ゴンドラ(夏油高原開発) 岩手県北上市
・岩手高原スノーパーク・ゴンドラリフト(鈴木商会) 岩手県岩手郡雫石町
・雫石スキー場・雫石ロープウェイ(プリンスホテル) 岩手県岩手郡雫石町
・雫石スキー場・雫石ゴンドラ(プリンスホテル) 岩手県岩手郡雫石町
・リゾートパークオニコウベ・テレキャビン(オニコウベ) 宮城県大崎市
・みやぎ蔵王えぼしスキー場・えぼし高原ゴンドラ(宮城蔵王観光) 宮城県刈田郡蔵王町
・阿仁スキー場・阿仁ゴンドラ(特定非営利活動法人森吉山) 秋田県北秋田市
・蔵王ロープウェイ(山頂線)(蔵王ロープウェイ) 山形県山形市
・蔵王ロープウェイ(山麓線)(蔵王ロープウェイ) 山形県山形市
・蔵王中央ロープウェイ(蔵王観光開発) 山形県山形市
・山形蔵王温泉スキー場・蔵王スカイケーブル(ヤマコー) 山形県山形市
・天元台ロープウェイ(天元台) 山形県米沢市
・猪苗代リゾートスキー場・天鏡台ゴンドラ(セラヴィリゾート泉郷)福島県耶麻郡猪苗代町
・裏磐梯グランデコスノーリゾート・ゴンドラ(東急リゾートサービス) 福島県耶麻郡北塩原村
・アルツ磐梯スキー場・アルツゴンドラ(磐梯リゾート開発) 福島県耶麻郡磐梯町
・あだたら高原スキー場・あだたらゴンドラ(富士急行) 福島県二本松市

<関東>
・筑波山ロープウェイ(筑波観光鉄道) 茨城県つくば市
・鬼怒川温泉ロープウェイ (鬼怒高原開発) 栃木県日光市
・明智平ロープウェイ(日光交通) 栃木県日光市
・ハンターマウンテン塩原・ゴンドラリフト (ハンターマウンテン塩原) 栃木県那須塩原市
・マウントジーンズスキーリゾート那須・ゴンダラ(ハンターマウンテン塩原) 栃木県那須郡那須町
・那須ロープウェイ(東野交通) 栃木県那須郡那須町
・榛名山ロープウェイ(谷川岳ロープウェー) 群馬県高崎市
・伊香保ロープウェイ(渋川市) 群馬県渋川市
・白根火山ロープウェイ(草津観光公社) 群馬県吾妻郡草津町
・パルコール嬬恋スキーリゾート・ゴンドラリフト(パルコール嬬恋) 群馬県吾妻郡嬬恋村
・谷川岳ロープウェー(谷川岳ロープウェー) 群馬県利根郡みなかみ町
・日光白根山ロープウェー(日本製紙総合開発) 群馬県利根郡片品村
・ホワイトワールド尾瀬岩鞍・岩鞍ゴンドラ(尾瀬岩鞍リゾート) 群馬県利根郡片品村
・宝登山ロープウェイ(宝登興業) 埼玉県秩父郡長瀞町
・鋸山ロープウェー(鋸山ロープウェー) 千葉県富津市
・箱根ロープウェイ(箱根ロープウェイ) 神奈川県足柄下郡箱根町
・箱根駒ヶ岳ロープウェー(伊豆箱根鉄道) 神奈川県足柄下郡箱根町
・晴遊閣大和屋ホテル・ロープウェー(晴遊閣大和屋ホテル) 神奈川県足柄下郡箱根町
・よみうりランド・スカイシャトル(よみうりランド) 川崎市多摩区・東京都稲城市

<中部>
・弥彦山ロープウェイ(弥彦観光索道) 新潟県西蒲原郡弥彦村
・湯沢高原ロープウェイ(ハイランドパーク) 新潟県南魚沼郡湯沢町
・ガーラ湯沢スキー場・ディリジャンス(ガーラ湯沢) 新潟県南魚沼郡湯沢町
・ガーラ湯沢スキー場・ランドー(ガーラ湯沢) 新潟県南魚沼郡湯沢町
・苗場スキー場・苗場・田代ゴンドラ (プリンスホテル) 新潟県南魚沼郡湯沢町
・苗場スキー場・プリンス第1ゴンドラ(プリンスホテル) 新潟県南魚沼郡湯沢町
・苗場スキー場・プリンス第2ゴンドラ(プリンスホテル) 新潟県南魚沼郡湯沢町
・かぐらスキー場・みつまたロープウェイ(プリンスホテル) 新潟県南魚沼郡湯沢町
・かぐらスキー場・かぐらゴンドラ(プリンスホテル) 新潟県南魚沼郡湯沢町
・かぐらスキー場・田代ロープウェイ(プリンスホテル) 新潟県南魚沼郡湯沢町
・六日町八海山スキー場・八海山ロープウェー(プリンスホテル) 新潟県南魚沼市
・舞子スノーリゾート・舞子ゴンドラ(舞子リゾート) 新潟県南魚沼市
・妙高杉ノ原スキー場・妙高杉ノ原ゴンドラ(プリンスホテル) 新潟県妙高市
・赤倉温泉スキー場・妙高高原ゴンドラリフト(赤倉観光ホテル) 新潟県妙高市
・キューピットバレイ・ゴンドラ(キューピットバレイ) 新潟県上越市
・立山ロープウェイ(立山黒部貫光) 富山県中新川郡立山町
・イオックス・アローザ・ゴンドラリフト(医王アローザ) 富山県南砺市
・立山山麓スキー場・ゴンドラ(大山観光開発) 富山県富山市
・昇仙峡ロープウェイ(昇仙峡ロープウェイ) 山梨県甲府市
・身延山ロープウェイ(身延登山鉄道) 山梨県南巨摩郡身延町
・河口湖天上山ロープウェイ(富士急行) 山梨県南都留郡富士河口湖町
・志賀高原スキー場・東館山ゴンドラ(志賀高原リゾート開発) 長野県下高井郡山ノ内町
・志賀高原スキー場・焼額山第1ゴンドラ(プリンスホテル) 長野県下高井郡山ノ内町
・志賀高原スキー場・焼額山第2ゴンドラ(プリンスホテル) 長野県下高井郡山ノ内町
・奥志賀高原スキー場・ゴンドラリフト(奥志賀高原リゾート) 長野県下高井郡山ノ内町
・竜王スキーパーク・竜王ロープウェイ(北志賀竜王) 長野県下高井郡山ノ内町
・野沢温泉スキー場・長坂ゴンドラ(野沢温泉) 長野県下高井郡野沢温泉村
・野沢温泉スキー場・日影ゴンドラ(野沢温泉) 長野県下高井郡野沢温泉村
・富士見パノラマリゾート・ゴンドラ(富士見町開発公社) 長野県諏訪郡富士見町
・白樺高原国際スキー場・蓼科牧場ゴンドラ(立科町) 長野県北佐久郡立科町
・横岳ロープウェイ(北八ヶ岳リゾート) 長野県茅野市(2012年4月1日から社名変更)
・白馬五竜スキー場・五竜テレキャビン(五竜) 長野県北安曇郡白馬村
・Hakuba47ウィンタースポーツパーク・第1ゴンドラ(白馬フォーティセブン) 長野県北安曇郡白馬村
・Hakuba47ウィンタースポーツパーク・第4ゴンドラ(白馬フォーティセブン) 長野県北安曇郡白馬村
・白馬八方尾根スキー場・ゴンドラリフト「アダム」(白馬観光開発) 長野県北安曇郡白馬村
・白馬岩岳スキー場・ゴンドラ「ノア」(白馬観光開発) 長野県北安曇郡白馬村
・栂池高原スキー場・栂池ゴンドラ(栂池ゴンドラリフト) 長野県北安曇郡小谷村
・栂池ロープウェイ(栂池ゴンドラリフト) 長野県北安曇郡小谷村
・駒ヶ岳ロープウェイ(中央アルプス観光) 長野県駒ヶ根市
・ヘブンスそのはらSNOW WORLD・高速ゴンドラ(ジェイ・マウンテンズ・セントラル) 長野県下伊那郡阿智村
・御岳ロープウェイ(アスモグループ〈御岳ロープウェイ〉) 長野県木曽郡木曽町
・おんたけ2240・御岳ゴンドラ山頂線(王滝村〈おんたけマネジメント〉) 長野県木曽郡王滝村
・アタミ・ロープウェイ(アタミ・ロープウェイ) 静岡県熱海市
・下田ロープウェイ(下田ロープウェイ) 静岡県下田市
・伊豆の国パノラマパーク・ロープウェイ(大日) 静岡県伊豆の国市
・日本平ロープウェイ(静岡鉄道) 静岡県静岡市駿河区・清水区
・かんざんじロープウェイ(遠州鉄道) 静岡県浜松市西区
・白山一里野温泉スキー場・ゴンドラリフト(スノーエリアマネージメント白山) 石川県白山市
・白山瀬女高原スキー場・ゴンドラリフト(スノーエリアマネージメント白山) 石川県白山市
・獅子吼高原・ゴンドラ(日本施設) 石川県白山市
・金華山ロープウェー(岐阜観光索道) 岐阜県岐阜市
・新穂高ロープウェイ・山麓線(奥飛観光開発) 岐阜県高山市
・新穂高ロープウェイ・山頂線(奥飛観光開発) 岐阜県高山市
・チャオ御岳スノーリゾート・ゴンドラフライングチャオ(飛騨森林都市企画) 岐阜県高山市
・高鷲スノーパーク・ゴンドラ(中部スノーアライアンス) 岐阜県郡上市
・ウイングヒルズ白鳥リゾート・ウイングゴンドラ(アルペン) 岐阜県郡上市

<近畿>
・御在所ロープウェイ(御在所ロープウェイ) 三重県三重郡菰野町
・八幡山ロープウェー(近江鉄道) 滋賀県近江八幡市
・箱館山ロープウェイ (マックアースリゾート) 滋賀県高島市
・びわ湖バレイ(ハイランドパーク) 滋賀県大津市
・比叡山ロープウェイ(京福電気鉄道) 京都府京都市左京区
・金剛山ロープウェイ(千早赤阪村) 大阪府南河内郡千早赤阪村
・六甲有馬ロープウェー(神戸すまいまちづくり公社) 兵庫県神戸市灘区・北区
・摩耶ロープウェー・まやビューライン夢散歩(神戸すまいまちづくり公社) 兵庫県神戸市灘区
・神戸布引ロープウェイ(神戸リゾートサービス) 兵庫県神戸市中央区
・須磨浦ロープウェイ(山陽電気鉄道) 兵庫県神戸市須磨区
・書写山ロープウェイ(神姫バス) 兵庫県姫路市
・姫路セントラルパーク(加森観光) 兵庫県姫路市
・城崎温泉ロープウェイ(城崎観光) 兵庫県豊岡市
・おじろスキー場・香美町小代ゴンドラリフト(おじろ観光協同組合) 兵庫県美方郡香美町
・吉野ロープウェイ(吉野大峯ケーブル自動車) 奈良県吉野郡吉野町
・葛城山ロープウェイ(近畿日本鉄道) 奈良県御所市

<中国>
・瑞穂ハイランド・ゴンドラリフト(瑞穂リゾート) 島根県邑智郡邑南町
・瑞穂ハイランド・第2ゴンドラリフト(瑞穂リゾート) 島根県邑智郡邑南町
・アサヒテングストンスノーパーク・ゴンドラ(ユートピア・マウンテンリゾート) 島根県浜田市
・宮島ロープウェー・山麓線(広島観光開発) 広島県廿日市市
・宮島ロープウェー・山頂線(広島観光開発) 広島県廿日市市
・千光寺山ロープウェイ(尾道市) 広島県尾道市
・岩国城ロープウェイ(岩国市) 山口県岩国市
・下関市火の山ロープウェイ(下関市) 山口県下関市

<四国>
・太龍寺ロープウェイ(四国ケーブル) 徳島県那賀郡那賀町
・箸蔵山ロープウェイ(箸蔵山ロープウェイ) 徳島県三好市
・眉山ロープウェイ(徳島市観光協会) 徳島県徳島市
・寒霞渓ロープウェイ(小豆島総合開発) 香川県小豆郡小豆島町
・雲辺寺ロープウェイ(四国ケーブル) 香川県観音寺市
・松山城ロープウェイ(松山市) 愛媛県松山市
・石鎚登山ロープウェイ(石鎚登山ロープウェイ) 愛媛県西条市

<九州>
・長崎ロープウェイ(長崎市) 長崎県長崎市
・雲仙ロープウェイ(雲仙ロープウェイ) 長崎県雲仙市
・阿蘇山ロープウェー(九州産交ツーリズム) 熊本県阿蘇市
・別府ロープウェイ(別府ロープウェイ) 大分県別府市

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旅の豆知識「路面電車」

2017年09月19日 | 旅の豆知識
 旅行先では、いろいろな乗り物に乗ることがあると思いますが、市街地を巡るときに、路面電車を利用したことはないでしょうか。地下鉄のように長い階段を上り下りすることもなく、市内の様子も走行中に眺めることもでき、レトロな感じも旅情を添えて、とても良い乗り物だと思うのですが....。
 以前は、日本中の主要都市に路面電車があり、最盛期には82事業者に上ったそうですが、モータリゼーションの波に飲み込まれて、廃止されるところが相次ぎ、現在では、19事業者が運行するだけになっています。
 しかし、近年再評価が進んでいて、路線を延長したり、新設を検討している所もあるのです。旅先では、旅情を感じさせる乗り物でもありますので、旅行計画に取り入れてみるのも良いのではないかと思います。

〇「路面電車」とは?
 日本においては、専用の用地ではなく一般道路上に線路を敷設(併用軌道)する電車のことで、「軌道法」の適用を受けるもので、専用敷地をもつ「鉄道事業法」による鉄道と区別されますが、専用の路線区間を有しているものも含まれています。
 日本の最初の「路面電車」は、1895年(明治28)に、京都電気鉄道によって、京都市下京区東洞院塩小路から伏見町油掛(あぶらかけ)間に運転が開始されました。その後、東京、大阪、名古屋などの各都市で敷設されるようになっていきます。最盛期の1932年(昭和7)には82事業者に上りましたが、太平洋戦争後の高度経済成長期に、モーターリゼーションの発達による電車運転速度の低下と運賃値上げなどにより利用者が減少し、廃線になるところが相次ぎました。
 しかし、2006年(平成18)にJR西日本の富山港線が、LRT化され、富山ライトレール富山港線として生まれ変わるなど近年再評価されつつあり、路線の延長や新設を検討しているところもあります。現在では、19事業者によって、「路面電車」の運行が継続されています。

☆「路面電車」のお勧め

(1)札幌市交通局(北海道札幌市)
 1918年(大正7)に札幌電気軌道として開業し、1927年(昭和2)に市営化されました。最盛期には、札幌市内の東西南北を結ぶ総延長25km余の路線がありましたが、利用客の減少や地下鉄の建設によって路線が縮小されてきたのです。しかし、2015年(平成27)に都心線が開通、環状運転を開始し、現在は、総延長8.9kmとなっています。今でも、札幌市民の貴重な足として利用されていますし、冬季の除雪のために運転されるササラ電車は、札幌の冬の風物詩となっています。

(2)東京都交通局(東京都区部)
 1882年(明治15)に開業した東京馬車鉄道が前身で、後に電化して誕生した東京電車鉄道、新規開業の東京市街鉄道、東京電気鉄道によって、1903~1904年頃に路面電車が登場しました。1909年(明治42)に、3社が合併して東京鉄道となり、さらに1911年(明治44)に東京市による買収により東京市電、1943年(昭和18)の東京都制移行によって都電となったのです。最盛期の1955年(昭和30)には、40の運転系統(総延長約213km)擁する日本最大の路面電車でした。しかし、その後のモータリゼーションの発達や地下鉄の建設、経営悪化等により、順次廃線に追い込まれて、1972年(昭和47)には、現在の荒川線(
総延長12.2km )だけになってしまいます。1974年(昭和49)に、荒川線の恒久的な存続が決定してからは、今日に至るまで都民の足として親しまれています。

(3)富山ライトレール(富山県富山市)
 1924年(大正13)に旅客運輸営業を開始した富岩鉄道が前身で、その後富山電気鉄道を経て、富山地方鉄道富岩線となり、戦時買収により国鉄富山港線となりました。1987年(昭和62)には、国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道の所有となりまます。しかし、北陸新幹線建設に合わせて、2004年(平成16)に富山ライトレール株式会社が設立され、一部路線を変更し、2006年(平成18)に富山駅北~岩瀬浜駅間が路面電車化(LRT化)されました。最も新しい、路面電車運行事業者で、この路線を走る車両の愛称は「ポートラム」といい、市民の足として活躍しています。

(4)万葉線(富山県高岡市・射水市)
 高岡駅停留場~六渡寺駅間が軌道線、六渡寺駅~越ノ潟駅間が鉄道線ですが、万葉線として一体運行されています。1948年(昭和23)に、富山地方鉄道によって、地鉄高岡~伏木港間が開業、1951年(昭和26)に国鉄新湊線の旅客営業廃止に伴って米島口~ 新湊(現在の六渡寺)間が開業し、射水線を経由して地鉄高岡~富山市内軌道線西町間の直通運転が開始されました。1959年(昭和34)に加越能鉄道に譲渡され、射水線、富山市内軌道線との直通運転は継続されましたが、富山市内軌道線への乗り入れは1961年に廃止されています。1966年(昭和41)、富山新港の建設により射水線が分断され、高岡側の路線も加越能鉄道に譲渡されて新湊港線となりました。2002年(平成14)に、加越能鉄道から第三セクターの「万葉線株式会社」に事業譲渡され、新会社にて正式に運行が開始され、現在に至っています。

(5)広島電鉄(広島県広島市)
 1912年(大正元)に、広島電気軌道として電車線を開業し、広島瓦斯電軌を経て、1942年(昭和17)に広島電鉄となりました。しかし、太平洋戦争下の1945年(昭和20)8月6日の原爆投下によって壊滅的打撃を受けたものの、すぐに復興したのです。その後も路線が維持されて、現在、軌道線6路線19.0km、年間輸送人員は市内線だけで、 3,780万8,000人(2013年)と路面電車としては日本一となりました。また、京都、大阪、神戸など各地で廃線となった路面電車の車両を受け入れ、新型車両も投入されたので、「動く電車の博物館」といわれるほどに多彩な車両が走行しているのが特徴です。

(6)長崎電気軌道(長崎県長崎市)
 1915年(大正4)に、長崎電気軌道として、病院下~築町間で、営業を開始し、その後、順次路線を延ばしていきます。しかし、太平洋戦争下の1945年(昭和20)8月9日の原爆投下により、全線不通、車両16両焼失、職員120人死亡という壊滅的打撃を受けました。それでも、戦後復興し、現在は、5路線計11.5kmを運行し、路面電車としては日本一安い運賃(一律120円)が特徴です。また、現役営業車両としては日本最古で、唯一の木造ボギー電車(160形168号 明治44年製)が走っています。

☆日本で営業中の「路面電車」一覧

・札幌市交通局(北海道札幌市)一条線、山鼻西線、山鼻線、都心線
・函館市企業局交通部(北海道函館市)本線、湯の川線、宝来・谷地頭線、大森線
・東京都交通局(東京都区部)荒川線
・東京急行電鉄(東京都区部)世田谷線 全線が専用軌道である。
・富山地方鉄道(富山県富山市)市内軌道線本線、支線、安野屋線、呉羽線、富山都心線
・富山ライトレール(富山県富山市)富山港線
・万葉線(富山県高岡市・射水市)高岡軌道線
・豊橋鉄道(愛知県豊橋市)東田本線、支線
・福井鉄道(福井県)福武線(併用軌道は福井市内のみ)
・京阪電気鉄道(滋賀県大津市)京津線、石山坂本線(併用軌道は大津市内のみ)
・京福電気鉄道(京都府京都市)嵐山本線、北野線
・阪堺電気軌道(大阪府大阪市・堺市)阪堺線、上町線
・岡山電気軌道(岡山県岡山市)東山本線、清輝橋線
・広島電鉄(広島県広島市)本線、宇品線、江波線、白島線、皆実線、横川線
・とさでん交通(高知県高知市・南国市・吾川郡いの町)伊野線、桟橋線、後免線
・伊予鉄道(愛媛県松山市)城南線、大手町線、花園線、本町線
・長崎電気軌道(長崎県長崎市)本線、赤迫支線、桜町支線、大浦支線、蛍茶屋支線
・熊本市交通局(熊本県熊本市)幹線、水前寺線、健軍線、上熊本線、田崎線
・鹿児島市交通局(鹿児島県鹿児島市)第一期線、第二期線、唐湊線、谷山線

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岐阜・石川・富山3県の旅③

2017年09月16日 | 旅行
朝8時に法林時温泉を出立し、来た道を戻っていって、福光の中心街から左折して、県道20号線を北上した。道に迷いながらも、なんとか国道8号線に出て、それからは東に進路を取る。富山市域、滑川市域と通過し、魚津市域に入ってから、右折して国道を離れ、天神山へと向かう。麓から少し登ったところにある「魚津歴史民俗博物館」の駐車場に車を入れた。まず、館内を見学したが、入場無料なのがいい。伝統工芸資料、民俗資料などを興味深く見学してから、外にある「旧沢崎家」も見てみたが、県指定文化財の民家だった。その後、少し徒歩で下って、「吉田記念郷土館」にも入ってみたが、考古資料や産業資料が面白く、特に、米騒動関係の展示に注目した。そういえば、魚津は米騒動発祥の地と言われるところなのだ。
 米騒動は、大正時代の1918年(大正7)に米価急騰に怒った民衆が米屋等を襲った事件だ。第1次世界大戦中のインフレ政策で実質賃金は低下し、さらにシベリア出兵の決定によりいっそう米買占めが行われたことと寺内内閣の米価調節失敗のために、7月以降米価は異常に暴騰した。その中で、民衆の生活難と生活不安が深まり、この年の7月に富山県下新川郡魚津町(現在の富山県魚津市)の主婦達の行動に端を発し、県外への米の積み出しを阻止したり、米屋を襲ったりしたものだ。それが全国に波及して、米屋への安売り要求や打ちこわし、示威行動などが展開されていく。軍隊が出動して鎮圧されたが、この事件で寺内内閣は総辞職に追い込まれ、原敬を首相とする政党内閣が出現することとなる。これらのことは、護憲運動や普通選挙運動、労働運動、農民運動などの発展にも影響を与えた言われているのだ。
 とても興味深かったので、魚津市内の米騒動関係地にも立ち寄ってみることにした。車で山を下り、国道8号線を横切って、魚津市街地へと至り、主婦達が県外への米の積み出しを阻止したところへと行ってみた。
 大町公園には、米俵を3俵模したモニュメントがあったので、まずカメラに収めた。その近くに米の積出をしようとした旧十二吟行の米倉が残されており、案内板もあったので、興味深く見た。
 その後は、国道8号線へ出て、富山市方面へと走り、富山市街にある「きときと寿し」という回転寿司に入って、昼食を済ませたが、新鮮なネタでなかなか美味しかった。
 食後は、進路を南に取り、富山市友杉にある「富山県立イタイイタイ病資料館」へも立ち寄ってみた。館内の展示によると、「イタイイタイ病」は、大正時代から昭和時代にかけて、富山県の神通川流域で起きた公害病なのだ。岐阜県神岡町(現在の飛騨市)の三井金属鉱業神岡事業所(神岡鉱山)から排出されたカドミウム汚染によって、引き起こされ、激痛や病的骨折に襲われて運動不能状態となり、さらに進行すると死に至るもので、1968年(昭和43)に日本の公害病第1号に認定された。患者が「いたい、いたい」と骨の痛みを訴えて死ぬことから「イタイイタイ病」と名付けられ、「公害健康被害補償法」によって認定された患者数は194人(うち死亡者188人)となっていて、水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそくと共に四大公害病の一つひとつとされている。患者らは三井金属を相手に損害賠償訴訟を起こし、1972年(昭和47)に勝訴し、公害防止協定などに基づき患者への補償、神岡鉱業の環境対策、土壌の復元が進み、2013年(平成25)に被害者団体と企業が「全面解決」で合意したという。とても、深刻な公害病だったので、患者の苦しみを感じ、展示を見ていても胸が痛んだ。
 館内を出てからは、学芸員の人に教えてもらった、近くの汚染田の復元が完成した記念碑も見て、一たび公害が起こると大変な苦労になることを実感した。
 その後は、「イタイイタイ病」の原因となった神岡鉱山のあった旧神岡町へ行ってみることにし、国道41号線に出て南下する。神通川に沿って、県境を越えて岐阜県へ入り、旧神岡町へと至ったが、鉱山は閉山したものの、関連工場は操業を続けていた。台風が近づいていて、雨が降り出してきてはいたが、この鉱山の概要を知ろうと、「鉱山資料館」を見学する。館内の展示は、鉱山操業時のもので、少し古い感じはしたが、解説ビデオも上映してもらって、鉱業所のことが少しわかり、精錬の過程でカドミウムが出てくることも理解した。見学後は、並びにある「神岡城」に登って、町並みを見下ろし、「旧松葉家」(県指定文化財)にも立ち寄って、民俗資料を見た。
 それからは、近くにある「江馬氏館跡庭園」へも行ってみたが、閉館時間を過ぎていて中に入れなかったのが残念だった。仕方がないので、今日の宿へ急ぐことにして、国道471号線を奥飛騨温泉郷方面へと向かい、福地温泉にある今日の宿「民宿内山」へ、16時半頃にたどり着いた。

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岐阜・石川・富山3県の旅②

2017年09月15日 | 旅行
朝8時に岩間温泉「山崎旅館」を出立し、来た道を戻っていったが、ほんとうに山深いところにある秘湯の一軒宿なのだと感心した。
 一里野集落まで出ると、道はだいぶ良くなって、スムーズに走れる。川沿いに西へ向かい、国道157号線へ出てからは、北へと向かった。下吉野で左折し、トンネルを越えて、鳥越城跡へと向かったが、途中で道を間違え、引き返すことにはなったものの、なんとかその登り口までは辿りついた。しかし、ここからの上り坂は、きつくカーブも多くて難儀したが、なんとか上の駐車場まで至ることはできた。
 この鳥越城跡は、一向一揆に関係する遺跡でもある。加賀国では一向一揆が守護大名富樫氏を排除して、100年に渡って自治を守ったのだが、織田信長の軍勢に攻められ、鳥越城が最後の拠点として戦ったのだ。最後は、織田方の佐久間盛政によって鎮圧され、三百余人が磔に処せられた言う。加賀一向一揆の栄光と挫折を最後まで担い続けた、白山麓門徒たちの記録として歴史上の意義をもつので、国の史跡に指定されている。現在では、石垣や塀、建物の一部等が復元されていて、歩いて巡ってみたが、山城の様子が彷彿として、興味深いものだった。また、本丸からの見晴らしは抜群で、敵が攻めてきたのがよくわかったものと思われた。
 一巡してからは、山を下り、山麓の道の駅「一向一揆の里」へ立ち寄った。ここには、「鳥越一向一揆歴史館」が併設されていて、加賀一向一揆の資料や鳥越城跡の発掘品などが展示され、興味深く学ぶことができたのだ。
 その後は、国道360号線を西へ向かい、途中で左折して、国道8号線へ出て、西へ西へと走っていった。今度は右折して、北陸自動車道の加賀インターへ行く道に入り、そのまま北上して、吉崎御坊跡(福井県あわら市)へと向かった。
 吉崎御坊は、室町時代の1471年(文明3)に、本願寺第8世の蓮如上人が創建し、浄土真宗(一向宗)布教の北陸の拠点となったところだ。この頃は、一山隆盛を極めたが、1474年(文明6)に火災で本坊などを焼失し、さらに翌年の戦火によって、すべてを失って、蓮如上人は吉崎を退去することになる。その後、仮堂は建てられたが、1506年(永正3)に、一向一揆勢は朝倉貞景と争って敗北し、廃坊となったのだ。
 江戸時代になって、本願寺派と大谷派が別院を山麓に建て、それぞれ吉崎御坊を称している。そこに、本願寺維持財団が運営する「吉崎御坊蓮如上人記念館」があって、蓮如上人の足跡を学ぶことができるので、最初に見学することとした。上映されている映画も見て、係の人から説明も受けて、その概略を把握してから、山上の吉崎御坊跡へと向かった。
 ここは、1975年(昭和50)に国の史跡に指定され、公園として整備されていて、吉崎御坊跡の石碑が立ち、御坊の本堂跡、蓮如上人銅像(高村光雲作)、蓮如上人御腰掛石などがあり、順次見て回って、往時の様子を想像してみた。
 それからは、来た道を戻って、国道8号線へ出て、金沢方面へと向かった。すでに、12時を過ぎていたので、途中の道の駅で昼食に味噌カツ丼を食べ、さらに北東へと走っていった。
 金沢市街へ近づくと環状線で回り込んで、湯涌温泉方面へと進路を変え、「金沢湯涌江戸村」へと至った。ここは、金沢市立の野外民家博物館で、江戸時代後期の建造物を中心に、農家4棟、武士住宅1棟、商家2棟、宿場問屋1棟、武家門1棟、総計9棟からなっている。湯涌温泉街の旧白雲楼ホテル(廃業)の隣にかつて存在した「旧金沢江戸村」の閉鎖にともない、この民家施設を引き継いだ金沢市が、新しく移築したものも含めて、2010年(平成22)9月に「金沢湯涌江戸村」として開設したものだ。
 建造物は、加賀藩ゆかりの地から移築復元されたもので、すべて国の重要文化財、または石川県・金沢市の有形文化財に指定されていて、江戸時代の貴重な建物をこれだけまとまって見学できるところはそうない。しかも、農家、商家、武家屋敷などを比較して見られるし、茅葺き農家の燻蒸や、体験講座、障子貼りなど、さまざまな活動を行っていて、参加することも可能だという。
 園内に入ると江戸時代の建物が並んでいて、興味がわいた。一軒一軒中に入って、じっくりと見学したが、江戸時代の調度品もそろえられていて、なかなか見ごたえがあり、いろいろと撮影しながら歩いたので、結構時間がかかってしまった。
 見学後は、県道10号線で県境を越えて富山県へと入り、刀利ダムあたりから北上して、南砺市にある今日の宿、法林時温泉へ16時過ぎに至った。続く

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岐阜・石川・富山3県の旅①

2017年09月14日 | 旅行
3泊4日で、岐阜・石川・富山3県の秘湯に泊まりながら、史跡や町並みを巡ることにし、早朝5時に、車で旅立つことにした。
 まず、国道17号線バイパスに出て、戸田橋を越え、環八を経由してから、東名高速に乗ったが、平日の早朝なので、さしたる渋滞もなく、1時間ほどでインターから入ることができた。その後も、順調に走り、御殿場ジャンクションからは、新東名高速に乗り換えた。途中のサービスエリアで休憩を挟みながら走り続けて、豊田ジャンクションから東海環状自動車道へ入って北上し、さらに、東海北陸自動車道へと入っていった。
 北行を続け、郡上八幡インターでは、11時前に下りることができた。そのまま、郡上八幡城へと向かったが、その入口からは、急勾配・急カーブの細い山道を上ることになり、運転に苦労した。それでも、なんとか郡上八幡城本丸近くの駐車場へとたどり着くことができた。
 この城は、江戸時代中期には、金森氏3万9千石の居城だったが、宝暦年間に宝暦騒動(郡上一揆)が起こり、領主が改易されたという歴史がある。まず、木造で復興された天守閣を見学したが、その内部にも宝暦騒動(郡上一揆)の展示があった。
 この一揆は、江戸時代中期の宝暦年間に郡上藩で起きた大規模な百姓一揆で、その結果、郡上藩主金森氏が改易され、幕閣中枢部の老中、若年寄の失脚を招いたが、一揆の中心人物4名が獄門、次の10名が死罪、その他遠島1名、重追放6名、所払い33名など一揆側も大量処分を受けたのだ。これに関して、郡上八幡城跡には郡上義民顕彰碑、年貢徴収法改正反対の結束を固めた南宮神社、庄屋、組頭が郡上藩側から呼び出された笠松陣屋跡、一揆の中心人物前谷村定次郎や歩岐島村四郎左衛門などの顕彰碑、一揆の中心人物の首が獄門にされた穀見刑場の跡などの関係地が、郡上市内に散在していることがわかった。
 天守閣最上階からの眺望はとても良く、郡上八幡の城下町を見渡すことができるが、ここでそんな大一揆が起ったのかと考えると感無量の心地がする。
 その後は、車で再び山道を下ったが、途中のホテルの前に、郡上義民顕彰碑があったので見学したが、一揆に参加した農民の傘連判状を刻したもので、とても興味深かった。さらに山道を降りて、「郡上八幡博覧館」にも立ち寄ってみたが、郡上の物産と歴史が展示してあり、郡上踊りの実演と解説もあってとても気に入った。
 見学を終えるとすでに正午を過ぎて、腹も減っていたので、近くにある蕎麦屋「平甚」で昼食をとったが、腰のある蕎麦がすこぶる美味で、食後には、すぐ近くの「宗祇水」にも立ち寄って満足した。
 それからは、しばらく国道156号線を北上し、白鳥町にある「白山文化博物館」を見学したが、白山信仰に関するものと宝暦騒動(郡上一揆)に関する展示が興味深く、とりわけ、さっき見た郡上義民顕彰碑の元になった傘連判状の実物に興味をそそられた。
 見学後は、さらに北上を続け、御母衣ダムを過ぎ、合掌造りで有名な白川村の荻町集落へと到着した。
 ここは、59棟の合掌造り家屋が残る白川郷の山村集落で、この形式の民家は、白川郷(岐阜県)から五箇山(富山県)にかけて分布していて、大きな切妻屋根が特徴で、手を合わせた姿をしているのでこの名が付いたとのことだ。現在残る建物は、江戸時代末期から明治時代末期に建てられたもので、昔は数十人の家族が住んでいて、養蚕をしていたという。1976年(昭和51)に、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、1995年(平成7)には、五箇山の相倉、菅沼と共に、「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として、世界遺産(文化遺産)に登録されたのだ。
 有料駐車場に車を入れ、吊り橋を渡って、集落内へと入っていったが、平日にもかかわらず、観光客が多く、特に外国人が目立つのだった。こういう独特の民家が多数残されているのは、全く稀有のことで、とても面白く、カメラの被写体としても申し分ないので、いろいろと撮影して回った。
 1時間弱見てからは、再び車に乗って、西へ向かい、白山白川郷ホワイトロード(旧 白山スーパー林道)へと入った。とても見晴らしの良い道なのだが、急勾配・急カーブが連続し、運転は慎重にならざるを得なかった。しかし、ふくべの大滝や見晴台などにも立ち寄って、自然の素晴らしさを満喫して通り抜けた。
 その後は、岩間温泉「山崎旅館」の案内板の所から、山道へと入っていったが、これがなかなかの難路で、舗装はされているものの、カーブがきつく、道幅も狭く、谷底が深く、ガードレールもない所もあって、さらに慎重な運転が求められた。しかも、そんな道が15分ほど続いて、やっと目指す岩間温泉「山崎旅館」が見えて、ホッとした。続く

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