ガウスの旅のブログ

学生時代から大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。現在は岬と灯台、歴史的町並み等を巡りながら温泉を楽しんでいます。

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紀伊山中の旅③

2018年11月24日 | 旅行
早朝起きだしたが、外がとても寒そうなので、恒例の朝の散歩を取りやめて、朝風呂に浸かって、体を温めることにした。ほんとうに心地よい硫黄泉(硫化水素型)で、浴後もポカポカしている。
 朝7時から朝食を取り、早めに「中村屋」を出て、国道168号を北上したが、この道は改良されて走りやすい部分とカーブが多く道幅が狭い部分が混在している。注意しながら運転していき、谷瀬の吊り橋に立ち寄っていくことにした。
 有料駐車場に車を入れ、吊り橋上を歩き始めたが、とても高さがあるので足がすくむ。真ん中近くまで来たが、怖くなってきたので、引き返すことにしたが、村の青年はこの吊り橋上をオートバイで走ると聞いて驚く。とはいっても、眺望は素晴らしく、橋上から何回かカメラのシャッターを切っておいた。
 車に戻って、再び北上を開始し、旧西吉野町を過ぎるあたりからは、徐々に開けてきて、紀伊山中を抜け出した。五條市街地へと入ってくると家並みも増え、市役所の駐車場へ車を入れたが、土日祝日は無料開放と書かれている。
 ここから、少し南へ歩いて、国の重要伝統的建造物群保存地区の五條新町を散策しようと考えたのだ。パンフレットによると中世に成立した町場を起源とする五條と江戸時代初めに整備された二見城の城下町に由来する新町の2地区で形成されているとのことだった。古い家並の続く新町通りを西へと歩いていくとコンクリート造りの線路橋が目に留まる。解説版によると五新鉄道跡(国鉄により五條から新宮へと計画された未成線)とのことで、とても興味を持った。滞在交流ラボ「標」までいって引き返し、新町橋近くの「まちなみ伝承館」と「まちや館」を見学したが、いずれも堂々とした造りの民家で、入館無料なのがよかった。さらに東へ歩いて新町口まで行って、引き返し、市役所の駐車場へと戻っていく。
 今日は、3連休の中日で秋の行楽シーズンで、天気も良いので渋滞が心配される。そこで、早めに帰途に就くことにして、ルートを検討したが、飛鳥から桜井へ抜け、国道165号で県境を越えて、三重県へ入っていくことにした。
 桜井市内のファーストフード店で昼食を済ませ、国道を東へと走ったが、結構混んでいてなかなか思うようには走れなかった。そこで、青山峠を越え、榊原温泉を過ぎたところから左折し、スーパー農道「グリーンロード」を走ることにする。さすがにこの道は空いていて、軽快に走り続け、亀山市域から国道306号に乗り換えて、北上していったが、愛知県に入り、帰宅するまでには結構時間がかかってしまった。

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紀伊山中の旅②

2018年11月23日 | 旅行
早朝起きだして、少し明るくなってから洞川温泉街を散策してみることにしたが、標高も高く、かなり冷え込んでいるので、防寒対策をしっかりして、宿を出た。
 この温泉街は、とてもレトロな雰囲気が漂っていて、昭和時代前期の町並みを感じさせる稀有なところとなっている。今でも数は減ってきているものの、毎年5月から9月まで大峰山参拝の白装束の人々が団体で訪れているとのことなので、昔の風情を保っているのであろう。古いながらも、荒廃した様子がなく、「陀羅尼助」や「温泉宿」の看板が活きている気がする。そんなことを考えながら、町並みを巡り、気に入った風景をカメラに写しつつ、ゆっくり歩いていたが、結構寒さを感じた。それで、40分ほどで旅館へ戻り、朝風呂に浸かって、体を温めた。
 朝食後、「紀の国屋甚八」を出立したが、心和む温泉街だった。虻峠を越えて、国道309号へ出て左折し、行者還ルートに挑むことにしたが、近畿三大酷道の一つといわれる悪路と聞いていたので、気を引き締めて運転することとした。
 舗装はされているものの、道幅は狭くなり、乗用車一台がやっとで、カーブが多いのだがガードレールすらない区間もある悪路だ。慎重にハンドルを回しながら、進んでいったが、崖下に転落したらひとたまりもないと思うとゾッとする。それでもなんとか、トンネルを越え、ヘアピンカーブの下り坂も乗り切って、国道169号まで出ることができ、ホッとした。
 その後は、紀伊山中の深いV字谷となった北山川沿いを南下していったものの、道路はとてもよくなっていて、安心して車を走らせることが出来る。途中から、池原ダムによって形成されたダム湖の縁を走ることになったが、なかなか良い景観を見せてくれた。しかし、ダム湖に沈んだ村々もあるかと思うと景色を愛でているばかりではいられない。
 ダムサイトの公園で小休止してから、再び車を走らせ、桃崎集落から右折して北山村方面へと向かうとまた道が細くなって、カーブが増えた。それでも、なんとか乗り切って、道の駅「おくとろ」で再び休憩を取った。ここは、日本で唯一飛び地となっている村で、和歌山県に属するものの、周囲はすべて奈良県と三重県に囲まれている。道の駅には、「飛び地の村訪問証明書」なるものが置いてあったので、一枚いただいて記念とした。
 休憩後は、再び国道169号を南下したが、時々車窓から見える瀞峡の景観はなかなかのもで、途中車を停めて、カメラに収めておく。熊野川の宮根橋を渡ると国道168号線へと出て、左折して熊野本宮を目指した。
 昼前には、熊野本宮大社の駐車場に車を入れ、参拝をすまし、宝物館を見学してから、門前町にある食堂の一つ「しもじ大宮店」に入って、昼食をとった。その後、大斎原へいって、熊野本宮大社旧社地を見たが、1989年(明治22)8月の大水害までは社殿が建ち並んでいたところとのことで、現在はパワースポットの一つとして人気があるらしい。
 それからは、湯の峰温泉へと向かう熊野古道を少し歩いてみようと思ったが、入口から階段続きで、急斜面を登らざるを得ず、すぐに引き返してきてしまう。
 今度は趣を変えて、山中の秘湯に浸かることにし、国道168号を北上し、十津川村を目指したが、以前来た時より、道路が改良されているようにも思った。しかし、国道425号へ左折するところを間違え、山道に迷い込んで、どんどん高度が上がって行ってしまい、熊野古道の果無峠まで達してしまった。
 仕方がないので、Uターンして国道168号まで戻り、再び425号へ入りなおした。少し進んでから、県道735号に入ると上湯川沿いの悪路となり、再び慎重にハンドルを切りながら、谷底にある上湯温泉の露天風呂へとたどり着いた。入浴料500円也を払って、入れさせてもらったが、実に開放的な浴槽で、上湯川が間近に見える。泉質には、硫黄を含んでいるようで、硫化水素臭がしたが、ぬるぬる感も充分あって、とても心地が良い。いつまでも浸かっていたい気分だったが、適当に切り上げて、来た道を戻っていった。
 国道168号に復してからは、さらに北上し、十津川村の中心部へと入っていき、村役場の駐車場に車を入れて、道路の向かい側の高台にある村立歴史民俗資料館を訪ねた。ここの展示で、熊野本宮社殿を押し流した1989年(明治22)8月の大水害が、十津川村にも甚大な被害を与え、家や田畑の流出がおびただしく、生計を立てるために北海道へ集団移住して、新十津川村が出来たことを知る。歴史はいろいろなところでつ繋がってくるのだ。
 見学後は、近くの道の駅でお土産を買ってから、今日の宿のある湯泉地温泉へと向かった。ほんの5分ほどで、予約してあった「中村屋」へと到着したが、こじんまりとした宿であるが、女将さんの応対はていねいで、好感を持つ。
 2階の部屋に荷物を置いてから、まず浴場へと行ってみたが、内湯だけではあるものの、とうとうと源泉がかけ流されていた。入浴してみると肌触りがよく、ぬるぬる感が強くて、心地が良い。硫化水素臭もして、山奥の温泉らしいムードがしてとても気に入る。浴後、しばらく部屋で休んでいると、階下の食堂で夕食の準備ができたと呼ばれた。行ってみると牡丹鍋の用意がしてあり、豪快に猪肉が並べられていて、岩魚の塩焼きも付いている。お酒を冷で2合頼み、ぐつぐつと煮え立つ鍋を賞味しながら、上機嫌となった。
 食後は、部屋に戻り、横になってテレビを見ていたら、まどろんできたので、床に就いた。続く


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紀伊山中の旅①

2018年11月22日 | 旅行
今日から、2泊3日で紀伊山中を旅することにして、自家用車で出発したが、天気は曇っているもののまずまずだった。東名阪自動車道から西名阪道に入ったところで、この先で事故渋滞があるとの表示が出ていたのが、気になってくる。仕方がないので、伊賀インターで一端下に降りて、その区間を回避することにした。
 渋滞区間を通り過ぎて、友生インターから、再び西名阪道に復し、その後は順調に走って、針インターで下り、国道369号線を南下した。途中で国道370号線へと乗り換え、さらに南下して、大宇陀の町並みへと入ってきた。
 そこの道の駅に車を駐車して、徒歩で散策してみることにしたが、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されているだけあって、レトロな建物が並んでいる。最初に、まちづくりセンター「千軒舎」を見学したが、この街並みが戦国時代から江戸時代前期に城下町として形成されたことが知れた。その後は、街道沿いの商人の町として栄え、薬草や葛、和紙などの商いでにぎわったとのこと。
 町並みには、立派なうだつの上がった商家もあって、なかなか見ごたえがある。そんな中の一軒森野旧薬草園を見学していくことにした。ここは、吉野葛の生産と薬草の販売で繁盛したとのことで、今でも吉野葛を商っている。広い邸内には、斜面状の薬草園があり、今でも約250種の薬草が植わっているそうだ。じっくりと園内を散策したが、斜面の上り下りで疲れたものの、紅葉がきれいだった。
 見学後は、ちょうど昼時になっていたので、近くにある「宇陀牛の丼・件(くだん)」という店に入って、牛丼を食べたが、独特の味付けで、美味しかった。食後は、「薬の館」という建物も見学したが、「藤沢薬品(現:アステラス製薬)」の創業者の家とのことで、薬に関する展示に見ごたえがあった。この地を拠点として発展していった製薬会社がいくつもあったとのことで、興味が沸く。
 それからは、道の駅に戻って、車で国道370号を南下し、下市町から国道309号に乗り換えて、どんどん紀伊山中へと入っていった。新川合トンネルをくぐって、天川村へと至ったが、道路も随分改良されているようだ。
 村役場の近くから県道21号線へと入り、虻峠を越えて、洞川温泉街へたどり着いたが、標高も800mを超え、肌寒さを感じるようになる。最初に、面不動鍾乳洞へ行ってみようと車を駐車してから、モメレール「どろっこ」に乗り込んだが、大木を輪切りにしたような面白い形をしていた。これは、とにかくゆっくりと急斜面を登って行って、鍾乳洞の前へと運んでくれる。洞内は30分ほどで一周出来たが、細やかな鍾乳石が随所にあって、印象に残った。
 その後、再びモノレールで下ってきてからは、龍泉寺と村立資料館を見学したが、意外なことに雨が降り出してきた。それでも、まだ宿に入るには少し早かったので、車で峠下って、天河大弁財天社を参拝してくることにする。ここは、芸能の神様として有名で、浅見光彦探偵が登場する「天河殺人事件」(内田康夫著)の舞台ともなっていて、興味深かった。
 再び洞川温泉街へと戻って、今日の宿「紀の国屋甚八」へと入ったが、創業300余年とのことで、レトロな建物で、気に入る。まず、温泉へ入ったが、ちょうど良い湯温で、長途のドライブの疲れを癒してくれた。その後、別室での夕食となったが、川魚や山菜など地のものばかりが並び、お酒も頼んで、美味しく飲みかつ食べる。食後は、明日のコースを考えながら寝てしまった。続く

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銚子電気鉄道線乗りつぶしの旅

2018年09月08日 | 旅行
今日は、真夏日にはなるが、猛暑にはならないとの予報だったので、いろいろと考えた末、余っている「青春18きっぷ」の最後を使って、日帰りで千葉県へ行って、銚子電気鉄道線の乗りつぶしをしてくることにした。
 特別に早起きをし、手早く朝食を済ませてから、自宅を出て、武蔵野線の始発電車へと乗り込み、東へと向かった。新松戸駅で常磐線へ乗り換えて北上して、我孫子駅で成田行き普通列車に乗り継ぐ。土曜日の早朝なので乗客は少なく、しばらくすると窓外には田園風景が広がってきた。電化はされているが単線なので、電車のすれ違いに時間がかかり、小林駅で5分ほど停車するとのことだったので、改札まで駆けて行って駅スタンプを押してきた。
 成田駅での乗り継ぎ時間が結構あったので、改札で駅スタンプを押してから、駅前のロータリーまで出て、駅舎の写真も撮影する。その後、この駅始発の銚子行きに乗り込み、のんびりと車窓を見ていたが、低空で飛行機が侵入してきて、成田国際空港への着陸態勢に入っていたので、何枚か望遠で捉えた。とにかく成田後の車窓風景はのんびりしていて、睡魔に襲われる。
 佐原駅で鹿島線の鹿島神宮行きにに乗り換えようと下車したが、20分ほど時間があったので、改札で駅スタンプを押してから、外へ出て駅舎の写真を撮り、トイレも済ませて、電車に乗ろうとしたが、0番線がわからず、誤って改札入り口前に止まっている1番線の電車に乗ってしまったら、すぐに扉が閉まった。不安がよぎるのと同時に、反対方向へと走り出し、成田方面へと戻っていくではないか.....。焦ったがどうしようもなく、次の大戸駅で飛び降りたものの、佐原駅へ戻る電車は1時間後だった。しかもこの駅は無人駅でろくな待合室もなく、日差しがきつくて、汗が滴る中で、待つこととなる。そこで、少しでも涼を求めて、30分後に来る成田行きに乗り込み、次の駅でUターンしてくることとしたが、こういう時に融通が利くのが、「青春18きっぷ」なのだ。
 ということで、下総神崎駅まで行き、改札で駅スタンプを押してから、戻る電車に乗り込んだ。再び着いた佐原駅で、0番線を確認したら、駅舎の先の1番線の反対側に作ってあり、鹿島神宮行きが停まっている。今度は、しっかりと行先表示を確認してから、電車に乗り込んだが、1時間余りのロスとなった。鹿島線は、利根川を渡り、水郷地帯を行くので、橋が多く、田園風景が続いている。そんな景色を愛でながら、終点までやってきたが、時間を大分ロスしているので、鹿島神宮参拝をあきらめ、駅スタンプを押しただけで、来た電車で折り返すことになった。
 その電車を香取駅で降り、銚子行きに乗り換えたが、とにかくこの辺りは利根川沿いに平野が広がり、長閑さが漂っている。車窓からぼんやりと眺めているといつしかまどろんでいったが、終点で降りるので心配はない。
 銚子駅では、銚子電鉄線の乗り換え時間が30分以上あったので、改札で駅スタンプを押してから、外へと出た。この駅には駅弁はないとのことだったので、駅前のコンビニで弁当を買い求めることにする。その後、銚子電鉄線の乗り場へ行き、ベンチで弁当を食べてから、11時40分発の電車に乗り込んだ。車内で、1日乗車券「弧廻手形」(700円)を買い求めたが、濡れせんべい1枚とお守りの引換券が付属しているのをユニークに思う。
 この銚子電気鉄道は、この銚子駅から外川駅(6.4km・駅数10)を結ぶ銚子電気鉄道線を運行するローカル私鉄事業者だ。1922年(大正11) に銚子鉄道として会社を設立し、翌年7月5日に、銚子遊覧鉄道の廃線跡を転用して、銚子駅~外川駅間が非電化で開業する。1925年(大正14年)に 直流600Vで電化されたが、1945年(昭和20)に太平洋戦争による空襲で変電所と車庫が焼失し、運転休止に追い込まれまれる。戦後の同年12月に国鉄から蒸気機関車を借り入れて運転再開し、翌年に電車運転を再開、1948年(昭和23)に企業再建整備法により銚子電気鉄道となった。1976年(昭和51)から食品製造販売事業開始し、1995年(平成7)より、「銚電のぬれ煎餅」の販売を開始し、評判となる。2006年(平成18)に経営危機に陥り、多方面の支援を受けて、経営が継続されるが、現在でも鉄道事業は赤字で、食品製造販売事業などで補って存続しているとのことだ。
 入線してきた電車は、前が3000形(元伊予鉄道700系)と後ろが2000形(元京王電鉄2010系)の2両編成でとてもレトロな感じがした。先頭車両の一番前右側最前列に座席を占めたが、土曜日なので鉄道ファンなど結構乗客が多く、すぐに満杯となり、立っている人も見られた。しかも、次の、中ノ町駅では、小学校の団体客が乗り込んできて混雑し、お年寄りの方も乗ってきたので席を譲って、窓際に立った。
 沿線風景は、とても長閑で、単線なのでゆっくりと走る。しかも、閉塞運転でタブレット交換をしているのを見て驚いた。窓外の景色にシャッターを切りながら、20分ほどで終着の外川駅へと着く。
 この駅は、とてもレトロな駅舎で、改札も出札も昭和時代前期の風情のままだ。改札を出て駅スタンプを押し、何回もシャッターを切ってから、折り返しの電車に乗り、次の犬吠駅で下車した。
 この駅でも駅スタンプを押してから、1日乗車券付属の引換券で、売店にて濡れせんべい1枚を手に入れる。次の電車まで1時間以上あるので、徒歩10分ほどのところにある犬吠埼灯台まで行ってみたが、結構暑くて汗が出る。灯台の入り口で200円を払って、上まで登り、太平洋を眼下にしたが、風がとても強く、風の当たる側には行けないほどだった。それでも、大海原や海岸線をカメラに収めてから、下りてきた。付属する資料館や元霧笛室を見学し、周辺の歌碑などを見ながら、犬吠駅へと戻っていく。
 電車に乗り込んでからは、再び沿線の写真を撮りながら、銚子駅へと到着したが、総武本線経由の電車までは1時間以上待ち時間があったので、やむなく、14時5分に出発する成田線の千葉行きへ乗り込んだ。それからは、窓から外を見ていると疲れも加わって、眠くなってきてしまうが、行きに見た風景なので、自然に任せて進んでいく。成田駅を過ぎたら、押鉄旅に切り替えようと考えるようになり、佐倉駅で下車して、駅スタンプを押すこととする。それからも、四街道駅、千葉駅、稲毛駅、津田沼駅、船橋駅で下車して、駅スタンプを押しながら西船橋駅へと到着した。
 ちょっと疲れてきたので、乗り換えた武蔵野線では途中下車せずに進み、19時前には自宅に帰りつくことができた。

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JR両毛線・八高線乗りつぶしの旅

2018年09月03日 | 旅行
今日は、台風21号が北上してきているものの、まだそれほとには天気は崩れず、関東一帯は曇りとの予報だった。そこで、余っている「青春18きっぷ」を使って、日帰りで北関東へ行って、JR両毛線と八高線の乗りつぶしをし、駅スタンプも収集してくることにした。
 特別に早起きをし、急いで朝食を済ませてから、自宅を出て、武蔵野線の始発電車へと乗り込み、西へと向かった。南浦和駅で京浜東北線へ乗り換え、ここから北進して、大宮駅で宇都宮行き普通列車に乗り継ぐ。平日の早朝なので、がらすきかと思ったが、結構通勤客が乗っていて、まどろんでいる。それでも、前の方の車両の席は空いていて、ゆったりと座ることができた。利根川を渡り、栃木県境も越えて、小山駅へと至って、両毛線へと乗り換えたが、待ち時間はそれほどない。
 ここから両毛線の旅となるが、のんびり、じっくり行こうと決めて、先頭車両へ乗り込んだ。ほどなくして発車したが、電化はされているものの、単線となっている。
 まず、栃木駅で下車し、駅のスタンプを押してから改札口を出て、駅舎の写真も撮ったが、高架化されていて、立派な駅前広場があった。20分ほどでホームへ戻り、次の電車で西へと進む、今度は佐野駅で下車し、改札で駅スタンプを押したが、行き違いのために停車時間が長かったので、同じ電車に戻って、次へと進む。
 足利駅でも停車時間を利用して、駅スタンプを押し、さらに西進していく。車窓から沿線風景を眺めていたが、とてもレトロな雰囲気のする山前駅舎が見えたので、下車してみることにした。一応有人駅で、駅スタンプも置いてあったので、押印後駅舎の外に出て写真を撮ったが、昔ながらのたたずまいが気に入ったものの、雨がぱらついてきたのが気になる。
 次の電車へ乗り込んだが、桐生駅止まりだったので、終点で降りて、駅スタンプを押し、改札の外へ出て、駅の写真を撮ったが、この駅も高架化されていて、立派な駅前広場があった。暑さ対策なのか、駅舎前の歩道にミストが出る仕掛けがあったのが気になる。その後、ホームへと戻ったが、向かいのホームのわたらせ渓谷鉄道の1両編成の車両が目についたので、近くまで行って、カメラに収めておいた。
 再び電車に乗り込んだものの、次の岩宿駅の雰囲気が気になり、下車することとする。改札を出て、駅スタンプを押し、駅前広場に出てみたが、田舎の小駅のたたずまいで、赤い屋根が印象的だったので、何回もシャッターを切った。観光案内板によると徒歩15分のところに日本の旧石器時代発見の嚆矢となった岩宿遺跡があるとのことで、行ってみたいとも思ったが、少し雨も降っていたので、次の電車でさらに進むことにする。
 次の国定駅へ到着すると、対向する電車が遅れているので、8分ほど停車するとのアナウンスがあった。それで、急いで改札まで行き、駅のスタンプだけを押してきた。そのまま同じ電車で進み、伊勢崎駅で下車して駅スタンプを押す。この駅も高架化されていて、駅舎も駅前広場も立派だったので、カメラに収めておいた。
 次発はこの駅が始発となっていて、折り返しとなる電車が早めに入ってきたので、早々に乗り込む。電車は群馬県の県都に向かって進み、前橋駅へと着いたが、ここも高架化されていて、なかなか立派な造りだった。途中下車し、駅スタンプを押し、駅前広場に出て写真も撮ったが、さすがに県庁所在地だけあって、大きくてゆったりとした感じがする。
 次の電車は、この駅始発の上野東京ラインの東海道本線直通で、15両編成と長い。先頭車両まで歩いて行って、電車のヘッドをカメラで写してから、車両に乗り込んだが、ガラガラだった。
 出発した電車は、数分で利根川を越え、新前橋駅へと入っていったが、この駅で上越線と合流することになる。再びこの駅で下車し、改札近くにあった駅スタンプを押したものの、次の電車まで待ち時間が数分しかなかったので、改札から外へは出ずにホームへと戻っていった。
 次は、交通の要衝となっている高崎駅で下車したが、信越本線、上越新幹線、北陸新幹線、八高線、上信電鉄の乗換駅となっていて大きな感じだ。11時10分発の八高線への乗り換えまで、20分ほど余裕があったので、駅スタンプを押してから、昼食を買い込むことにする。駅弁販売所では、「峠の釜めし」、「だるま弁当」などの名物駅弁も売っていたが、1,000円ほどするので、構内のコンビニで、安く済ませることにした。弁当とお握り1個で500円余を払い、それを持って、八高線の高麗川行ディゼルカーへと乗り込む。発車までに食べ終わり、のんびりと車窓を眺めながら行くことになったが、この線は非電化の単線で時間がかかり、列車本数も少ない。従って、一度下りると1時間は待たなければならないので、途中下車は控えることとする。
 八高線は首都圏最後のローカル線と言われるだけあって、車窓風景は田舎そのものだ。あまりにものんびりしているので、東北地方か、北陸地方でも走っているかの錯覚に陥ってしまう。外秩父山系の山並みや田んぼをぼんやりと眺めているととても癒され、ディゼルカーのエンジン音も心地よく響いてくる。
 そんな景色と雰囲気を愛でながら、1時間半ほどかかって、高麗川駅へと到着した。ここでの八王子行きの乗り換え時間が20分ほどあったので、改札口を出て駅スタンプを押し、例のごとく駅舎の写真を撮ってみたが、とてもレトロな感じがして、好感を持つ。
 ここからは、川越線も分岐しているが、どちらも電化されていて、近代へと近づいていく。八王子方面も最初の内は、変わらない田舎の風景が続くが、入間市を過ぎるあたりから、宅地造成地が目につくようになり、駅も新しく大きくなってくる。拝島駅周辺は首都圏の雰囲気が漂い、青梅線や五日市線、西武線との乗り換えターミナルともなっていた。
 この駅で下車し、駅スタンプを押していたら、急に青梅線に乗って、押鉄旅をしてみたくなってくる。こういう時は、気分のままに行くことにしているので、その電車に乗ってしまった。
 それからは、各駅に下車して、駅スタンプを押していくが、電車間隔が10分ほどなので、そんなに待つこともなく進み、15時には青梅駅まで到達した。ここから先は、1時間に1本くらいしかないので、Uターンすることとする。
 その後は、立川駅で途中下車してから、中央本線で、西国分寺駅まで行き、武蔵野線へと乗り換えて、17時頃には帰宅することが出来た。電車にばかり乗っていたよう見えるかもしれないが、途中下車して階段を上り下りし、駅スタンプを押したり、写真を撮ったりしていたので、万歩計は1万5千を超えており、結構疲れを感じた。

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松本電鉄上高地線乗りつぶしの旅

2018年08月25日 | 旅行
今日は、猛暑になるとの予報だったので、少しでも涼しいところはないかと考えた結果、余っている「青春18きっぷ」を使って、日帰りで長野県へ行って、アルピコ交通の松本電鉄上高地線の乗りつぶしをしてくることにした。
 特別に早起きをし、朝食を済ませてから、自宅を出て、武蔵野線の始発電車へと乗り込み、西へと向かった。西国分寺駅で中央本線へ乗り換えさらに西進して、高尾駅で松本行き普通列車に乗り継ぐ。土曜日の早朝なので、長野県方面へと向かう登山客が結構乗っていた。それでも座席を確保することができ、まどろみながら車窓を眺めていく。とにかく早起きしたために、睡魔が襲ってきて、目の焦点が合わなくなってきた。山梨県へ入ると雲が多くなり、途中雨がパラついたりしたが、中央本線の最高地駅である信濃境を過ぎるころには、晴れ模様になってきた。早朝の電車だけに途中で特急に抜かれることも少なく、順調に走って、出発から4時間半ほどで、9時35分には松本駅へと到着した。
 その後は、いよいよ松本電鉄上高地線へ乗ろうと思ったが、次は10時10分までないとのアナウンスだったので、いったん駅の外へ出ることとした。松本駅改札の自販機で、松本電鉄の新島々駅(片道700円)までの切符を買おうとしたが、その脇に一日乗車券(1,000円)があると書かれていたものの、その購入ボタンがない。不思議に思って、JRの駅員に尋ねてみると駅前のアルピコ交通バスセンターで販売しているとのことだった。そこで、まだ出発時間に余裕があったので、駅前広場を横切り、バスセンターまで足を運んで購入することとした。普通に往復乗車するだけでも1,400円(700円×2)かかるので、かなりお得なことは確かだ。しかも、その一日乗車券にはかわいい女の子(渕東 なぎさ)のイラストが描いてあって、気に入った。
 駅に戻って、松本電鉄上高地線のホームへと向かったが、そこには渕東なぎさ(身長152cmの19歳との設定)のイラストがラッピングされた「なぎさTRAIN」の3000系電車が待っていた。車両に乗り込んで座っていると車掌と思しき人が、乗車記念カードとコンサートの案内を配っていて、不思議に感じる。そうこうしているとバイオリンを持った男性が現れ、最後尾車両での演奏が始まったのだ。なんでも新島々駅へ着くまで、車内で無料のバイオリン生演奏が聞けるとのことで、とても驚いた。
 そんな中で、定刻通り10時10分に発車したが、電車の走行音とバイオリンの音がミックスしてなかなか面白い。アルピコ交通もなかなか粋な企画をするものだと感心し、その車両に乗り合わせた幸運を喜んだ。この上高地線は14.4kmの延長なのに14駅もあって、駅間距離が短い。その駅名標には、イラストが描いてあったりして、結構楽しめるのだが、少し雨が降ってきて気になった。車窓には、北アルプスの山々や田園風景も見え、バイオリンの音色をバックにして、心地よく30分ほどで執着新島々駅へと到着した。ここからは、多くの人々がバスに乗り換えて、上高地方面へと向かっていったが、私は駅舎の写真を撮り、駅スタンプを押しただけで、この電車で折り返すことにする。
 帰りの電車もバイオリンの生演奏が聞けて良かったが、沿線の風景を見ながら少し考えてみた。地方の私鉄は、自家用車の普及と沿線人口の減少で、苦境が続き、廃線に追い込まれるところも少なくない。その中で、この松本電鉄上高地線が頑張っていられるのはなぜだろうかと思う。一つは、上高地への観光客をある程度あてにでき、バスとうまく連携していること、一つは、沿線に高校や大学があって通学客が多いこと、一つは、松本駅でのJR線への乗り継ぎが便利なことなどが考え付いた。こういう路線は、地域住民の足としても貴重なので、いつまでも存続してほしいと願わずにはいられなかった。
 松本駅からは、12分ほどの待ち時間で、11時34分発の甲府行き普通があったので、売店で山賊焼弁当(760円)を買って乗り込むことにする。この弁当を社内で食べたが、安い割には結構美味しかった。
 昼間の普通列車は特急に追い抜かれるため、停車時間の長い駅がある。そこで、塩尻駅、岡谷駅では待ち時間を利用して、駅スタンプを押しに行ったが、これも普通列車の旅の楽しみなのだ。
 13時47分には甲府駅に着き、そんなに待ち時間もなく高尾行きの普通へと乗り継げた。ここら辺では、雨は降っていないものの雲が多く、車窓からの富士山が隠されているのを残念に思う。
 15時半前に高尾駅へと着き、ホームへ下り立つと暑さでむっとした。関東平野は相当の猛暑となっているようだが、それをおして、駅の改札へ行き、駅スタンプを押す。これをしばらく続け、中央本線の各駅に降りて、スタンプを押しながら西国分寺駅まで行ったが、あまりの暑さに辟易とする。その後は、武蔵野線へと乗り換え、自宅へ直行したが、日没までには帰着することができた。

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福島交通飯坂線乗りつぶしの旅

2018年08月20日 | 旅行
今日は、天気が良くて気温もそれほど高くないとの予報だったので、余っている「青春18きっぷ」を使って、日帰りで福島県へ行って、福島交通飯坂線の乗りつぶしをしてくることにした。
 早起きをし、朝食を済ませてから、自宅を出て、5時過ぎには武蔵野線へと乗り込んだ。南浦和駅で、京浜東北線へ乗り換え、大宮駅で宇都宮線へ乗ろうと思ったが、小金井行の普通列車しかなかったので、とりあえずそれで進むことにした。すでに明るくなっていたので、ぼんやりと車窓を眺めながら、関東平野を北行していく。
 終着の小金井駅では、次の宇都宮行きまで少し時間があったので、改札を出て、駅のスタンプを押す。そろそろ通勤客が増えてきていたので、ホームへ戻って、電車を待ったが、まだのんびりした感じだった。
 しばらくして電車に乗り込み、宇都宮駅で黒磯行きへと乗り継ごうとしたものの、ここでも30分ほどの待ち時間があった。再び改札を出て、駅のスタンプを押してから、ホームへ到着した電車へと乗り込む。
 次の終着黒磯駅でも30分ほどの待ち時間があり、なかなか前へと進んでいかない。ここから県境を越えて福島県へと入るあたりが、沿線では一番人口の少なそうなところで、電車も昼間帯は1時間に1本くらいしかないのだ。
 やっとのことで、新白河行きへと乗車できたが、乗り換えるごとに電車の編成が短くなっていく。山間部のような人気のないところを走って行って、東北地方へと入っていったが、やっと来たという感じがする。
 新白河駅で、郡山行に乗り換えるのにも時間がかかったが、やっとのことで福島県中通りを進むことができる。郡山駅で福島行きに乗り換え、福島交通飯坂線の始発、福島駅へとたどり着いたのは、正午近かった。
 今朝電車に5時過ぎに乗ったのだから、かれこれ7時間近くかかったことになる。まあ、「青春18きっぷ」の旅とはこんなようなものなのだが....。
 結構時間がかかってしまったので、昼食時間を惜しんで、福島交通の乗り場へと急いだが、阿武隈急行の駅を兼ねていた。改札口で、一日乗車券がないか聞いてみたが、飯坂温泉入浴料込みのものしかないとのことだったので、自販機で飯坂温泉駅までの切符(370円)を買い求めることにした。
 福島交通は、福島県内において、福島市の福島駅から飯坂温泉駅(9.2km・駅数12)を結ぶ飯坂線を運行するローカル私鉄事業者だ。1924年(大正13)に、福島飯坂電気軌道として、福島駅~飯坂駅(現在の花水坂駅)間が開業した。同年に飯坂電車に社名変更し、1927年(昭和2)3月23日に、花水坂駅~飯坂温泉駅間が延伸開業し全通する。同年10月1日に、福島電気鉄道が飯坂電車を合併し、飯坂西線となり、1962年(昭和37)7月12日に福島交通に社名変更した。尚、鉄道事業以外に、自動車運送事業(路線バス、貸切バス、貨物運送等)、保険業務、旅行業などを営んでいるとのことだ。
 ここからは、先頭車両の一番前の窓際に陣取って、車窓を楽しみながら沿線の写真を撮っていくことにする。沿線には、レトロな駅舎や鉄橋があって、被写体には困らない。23分ほどで、終着飯坂温泉駅へと到着したが、この駅が一番立派だった。来た電車は2分で折り返すとのことだったので、駅前の写真を撮ったり、昼食も買い求めたかったので、25分後の次発で戻ることとする。
 駅舎の外へと出てみると大きな松尾芭蕉の像がある。そういえば、「奥の細道」の旅で芭蕉は飯坂温泉へ泊まっているのだった。それをカメラに収め、駅の脇を流れる川面の風景にシャッターを切ってから、昼食を購入するため、構内のコンビニへと入った。結局、時間節約のために、オニギリとカレーパンを買って、駅のベンチで食べることにする。ちょっと味気ない感じもするが、ここへ来るまでに時間がかかりすぎているし、適当な食堂もなさそうだったので、致し方ない。
 食後は、自販機で福島駅までの切符(370円)を買い、再び飯坂線へと乗り込んだ。復路は座席に座りながら、車窓から沿線の風景を楽しんでいくが、長閑な感じがする。終点の福島駅の脇には、JR線への乗り換え口があり、簡単にホームへ出ることができ、すぐに郡山行きへ乗ることができる。
 郡山駅では、水郡線か磐越東線を経由して、常磐線を使って戻ることも考えたが、適当な時間の列車がなかったので断念し、来た線路をひたすらに復していくことにした。
 しかし、新白河駅での乗り換えには、50分ほどの時間を要し、黒磯駅、宇都宮駅でも待ち時間があって、帰着が遅くなりそうだった。そこで、宇都宮駅での待ち時間を利用して、構内のコンビニへ行って、夕食を買い求めることにする。チキンカツカレーピラフを買い求めたが、冷たくなっていて、あまり美味しくはなかった。
 この駅からは、湘南新宿ラインの逗子行きへ乗り込んだが、車窓はだんだん暗くなっていき、小山駅あたりでは、ほとんど見えなくなってしまったので、あとはまどろみながら、席に座り続けることとなる。
 結局、浦和駅、南浦和駅で乗り換え、自宅へと帰り着いたのは、夜8時近くとなっていて、かなり疲れてしまった。

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近江鉄道乗りつぶしの旅

2018年08月12日 | 旅行
お盆に愛知県の実家に帰省中だが、天気もまずまずとのことなので、「青春18きっぷ」を使って、日帰りで滋賀県へ行って、近江鉄道の乗りつぶしをしてくることにした。
 朝食後実家を出て、中央本線に乗って、金山駅まで行き、東海道本線の米原行き新快速に乗り換える。結構混んでいたが、なんとか窓側の席を確保して、ぼんやりと窓外の景色を眺めていた。電車は名古屋駅から満席となって、立っている人も多くなり、濃尾平野を順調に走って行って、米原駅へとたどり着く。
 米原駅で下車し、駅のスタンプを押してから、近江鉄道の改札口へと向かったが、次の電車までには30分以上の待ち時間があった。近江鉄道は、滋賀県内において、米原市の米原駅~甲賀市の貴生川駅間(47.7km・駅数25)を結ぶ本線と彦根市の高宮駅~犬上郡多賀町の多賀大社前駅間(2.5km・駅数3)を結ぶ多賀線と東近江市の八日市駅~近江八幡市の近江八幡駅間(9.3km・駅数7)を結ぶ八日市線の3路線を運行するローカル私鉄事業者だ。1896年(明治29)6月16日に近江鉄道株式会社が設立され、1898年(明治31)に彦根駅~愛知川駅間が開業、1900年(明治33)に彦根駅~貴生川駅間が開通、1914年(大正3)に多賀線が開業する。1931年(昭和6)に米原駅~彦根駅間が開業し、本線が全通した。1944年(昭和19)には、八日市鉄道株式会社を合併して、八日市線となる。2016年(平成28)2月29日には西武鉄道の完全子会社となり、鉄軌道事業以外に、自動車運送事業、観光事業、不動産事業、旅行業なども営んでいるとのことだ。
 まず、近江鉄道の土日祝日限定の一日乗車券「1デイスマイルチケット」(880円)を購入し、時刻表ももらってから、駅周辺の様子をカメラに収めながら時間をつぶす。そして、9時19分発の普通列車に乗り込んだが、日曜日のこととて、とてもすいていた。
 車窓から沿線の風景や対向する電車、駅などにシャッターを切りながら、進んでいったが、単線をのんびり走る風情を味わっていく。
 彦根市街を過ぎ、高宮駅で下車して、支線となっている多賀大社駅行きへと乗り換えたが、とてもスムーズにいって良かった。6分ほどで終点へ着き、降り立ったが、多賀大社をイメージした駅舎となっている。折り返しの電車までには、30分ほどの時間があったので、徒歩10分のところにある多賀大社まで急いで行ってみることにした。沿道は門前町の風情があり、土産物屋や昔ながらの料亭、旅館なども散見される。なんとか10分ほどで鳥居をくぐり、参拝をすませて戻ってきたが、電車出発のギリギリだった。
 再び、高宮駅まで戻り、今度は貴生川駅行きに乗り換え、先頭車両の一番前の窓際に陣取って、車窓を楽しみながら沿線の写真を撮っていく。
 今度は、八日市駅で下車し、駅前の写真を撮り、スタンプを押してから、近江八幡駅行きへと乗り込んだ。再び先頭車両の一番前の窓際に陣取って、沿線写真を撮っていったが、レトロな駅舎や鉄橋があって、被写体には困らない。18分ほどで、近江八幡駅に到着したが、ここはJR東海道本線との乗換駅になっていて、とても立派だった。
 駅前に、大きなスーパーマーケットがあったので、その4階のレストランコーナーで昼食をとることとする。その中に、名古屋方面ではなじみの「スガキヤ」があったので、入店してざるラーメン(390円)を注文した。
 食後は、再び近江鉄道へと乗り込んで、八日市駅へと戻っていく。ここで、貴生川駅行きへ乗り換えようと思ったが、49分も待ち時間があったので、駅周辺を歩いてみることとした。駅前の本町アーケード街へ行ってみたが、閉店や移転してシャッターを下ろしている店舗が目立ち、活気がなく、人通りもあまりない。結構日差しがあって暑くなってきていたので、しばらくして駅に戻ったが、駅舎内にも冷房の効いているスペースがなく、汗をかきながら待つこととなった。
 やっと到着した貴生川駅行きに乗り込み、再び沿線風景をカメラに収めながら、進んでいったが、とてものどかな風景が展開している。それも45分ほどで終着となり、近江鉄道全線乗りつぶしが完了した。
 ここからはJR草津線に乗り換えたのだが、少し待ち時間があったので、駅舎の写真を撮り、スタンプを押してから、下りの柘植行きを待つことにする。 
 その後は、柘植駅ですぐに関西本線亀山駅行きへと乗り換えることができた。しかし、空には入道雲が広がり暗くなってきて不気味な感じがする。案の定、加太駅で雨が振り出し、これ以上前に進めなくなってしまった。今年初めまで、土砂崩れで長期不通となっていた区間だけに、不安がよぎる。それでも、10分ほどで前進できることになりホッとした。
 亀山駅からは、それほど待ち時間もなく、名古屋駅行きの快速へと乗り継ぐことができたが、前方には暗雲が立ち込めていることは変わっていない。
 なんとか名古屋駅まではたどり着くことができたが、乗り換えようとした中央本線は、大雨のためにかなり延着していた。それから乗り込んだ瑞浪駅行きも途中スピードを落としての運行ととなったものの、なんとか無事に実家に帰りつくことができて、胸をなでおろす。

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イイナパーク川口・赤山城跡の旅

2018年07月26日 | 旅行
天気も良く、数日来の猛暑も少し落ち着いたので、昼食後、新しく今年の4月にオープンした「イイナパーク川口」と赤山城跡へ行ってみることにした。
 自家用車で東京外環自動車道の下道を進み、川口ジャンクションから首都高速川口線の下道へと入っって行くと、しばらくして、「イイナパーク川口」仮駐車場の看板があったので左折する。この施設は、まだ建設途上で、駐車場も砂利敷きの仮のものではあるが、スペースは広かった。平日でもあるので、車はまばらにしか停まっていず、一番入口に近いところへ駐車する。
 しばらく砂利道を歩いていくと、川口市立の「歴史自然資料館」が開館していたので、見学していくこととした。入館は無料であるが、展示物は少なく、映像中心となっている。
 まず、土の家展示室に入ったが、「赤山陣屋と伊奈氏」、「安行の植木」がテーマとなっていた。イメージ映像とパネル展示がメインだったが、概略はつかむことができた。次に、レンガの家展示室へ入ったが、こちらは大型ディスプレーによる映像展示のみとなっている。それでも4タイトルほどを連続して放映していたので、30分くらい見させてもらった。いずれの映像も新しく制作されたもので、興味深く視聴した。
 その後は、館外に出て、公園内を散策してみたが、まだ半分ほどしか完成しておらず、しかも物産館もオープンしていなかったので、まだこれからといった感じがする。それでも、子供たちが何人か飛び跳ねるような遊具で楽しんでいた。
 公園を出ると徒歩10分ほどのところにある赤山城跡へと向かってみる。ここは、江戸幕府の関東郡代を勤めた伊奈氏の陣屋の跡とのことだが、江戸時代の道筋が残っているとのことだった。途中は、家臣の屋敷が立ち並んでいたところだが、建物は変わっているものの、屋敷の地割には面影が感じられる。しばらく曲がりくねりながら歩くと、赤山城跡と大きく書かれた石碑が立っていた。その周辺には、堀や土塁の跡も一部残り、県の旧跡になっているとのことだが、屋敷地は畑となっている。それでも昔の面影が感じられ、何枚か写真を撮らせてもらった。
 それからは、堀跡をたどって林の中へ入り、どんどん進んでいったら、少し開けたところに出た。陽差しが強くなってきて、暑さも感じられてきたので、駐車場へと戻ることにする。
 次に、伊奈氏の菩提寺となっている源長寺に立ち寄ってから、帰途に着いたが、結構気温が上がっていて、汗が流れるようになっていた。

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旅の豆知識「ダム湖百選」

2018年06月05日 | 旅の豆知識
 旅行先で、ダムやダム湖に立ち寄ることも少なくないかと思います。秋の紅葉、初夏の新緑、春の桜、冬の雪化粧など四季折々に、風情を感じ、湖上遊覧なども楽しめたり....。
 また、ダムそのものにも、きれいな弧を描くアーチ式、どっしりとした重力式、周辺の石材で固められたロックフィル式などそれぞれの構造美を感じられたりもします。しかし、その一方で水没を余儀なくされ、故郷を離れていった人々のことも忘れることができません。ダムサイトに水没した集落の暮らしぶりを展示する資料館などもあったりして、興味深いのです。
 ダムやダム湖を訪れたならば、自然の美しさとともに、そこにあった人々の歴史にも目を向けてみたいと思うのですが.....。
 そんな中で、「ダム湖百選」というのが、選定されていますので、ダムやダム湖巡りの時の参考にしてみてはいかがでしょうか。
 
〇ダム湖百選とは?

 2005年(平成17)3月16日に、財団法人ダム水源地環境整備センター(現在の一般財団法人水源地環境センター)が選定した65のダム湖のことです。地域に親しまれ、地域にとってかけがえのないダム湖を選定、顕彰することによって、より一層地域に親しまれ、地域の活性化に役立つことを願って認定されたもので、学識経験者によるダム湖百選選定委員会を設立し、市町村長から応募があった165のダム湖(砂防、治山、鉱滓ダムを除く、高さ15m以上のダム)より選ばれました。選定基準は、(1)好ましい景観、(2)生態系への配慮、(3)歴史的な価値、(4)人と自然とのふれあい、(5)上下流の交流、(6)学習の場としての利用、(7)地域の人々の関心などとなっています。今後、ダム湖百選に関心が高まり、さらに認定の要望があれば時期をみて再募集し、追加していくこととされました。

☆「ダム湖百選」の中のお勧め

(1) 定山湖・豊平峡ダム(北海道札幌市南区)
 石狩川水系豊平川の上流部に建設された多目的(上水道、洪水調節、発電、灌漑)のアーチ式コンクリートダムです。堤高102.5m、堤頂長305.0m、堤体積285,000m³、流域面積184.0km²、湛水面積150.0ha、総貯水容量47,100,000m³、有効貯水容量37,100,000m³あり、この水を利用して、豊平峡発電所(認可出力51,900kW)で発電を行ってきました。このダムは、1965年(昭和40)より建設が開始され、7年の歳月を掛け1972年(昭和47)に完成しましたが、定山渓ダム(小樽内川)と共に豊平川ダム統合管理事務所によって運用されています。ダム湖は、定山湖(じょうざんこ)と命名され、支笏洞爺国立公園内にあり、湖と緑が織りなす雄大な自然の景観美あふれる、札幌有数のレジャー・スポットで、秋の紅葉が特に有名となり、多くの観光客が訪れてきました。ダム周辺には、遊歩道、展望台、レストハウス等が整備されているほか、学習施設「豊平峡ダムミュージアム」があります。尚、環境保護のために一般車両はダムサイトへ至る道路の通行ができず、豊平峡入り口にある駐車場に車を停め、ハイブリッド電気バスに乗り換えて行くこととなりました。

(2) 銀山湖(奥只見湖)・奥只見ダム(福島県南会津郡桧枝岐村・新潟県魚沼市)
 阿賀野川水系只見川の上流部に建設された発電用の重力式コンクリートダムです。堤高157.0m(重力式ダム日本一)、堤頂長480.0m、堤体積1,636,000m³、流域面積595.1km²、湛水面積1,150.0ha、総貯水容量601,000,000m³(日本第2位)、有効貯水容量458,000,000m³あり、この水を利用して、奥只見発電所(認可出力560,000kW)で発電を行ってきました。このダムは、1954年(昭和29)に工事を始めましたが、豪雪地帯であることと右岸側の岩盤に風化しやすいシルト岩や蛇紋岩があったことなどによって困難が多く、7年の歳月が掛かり、1961年(昭和36)にダムと発電所が完成します。これによって、江戸時代銀鉱採掘で栄えた銀山平の集落(現・新潟県魚沼市)はほとんど水没しました。越後三山只見国定公園内に位置し、ダム工事の資材輸送路として作られた道路とトンネルは、奥只見シルバーラインとよばれる観光道路となり、春から秋にかけては湖上遊覧船が就航して、多くの観光客が訪れます。

(3) 奥多摩湖・小河内ダム(東京都西多摩郡奥多摩町)
 多摩川上流にある、多目的(上水道、洪水調節、発電、灌漑)の重力式コンクリートダムです。大正時代の1926年(大正15)に、ダム建設候補地として調査が開始され、1932年(昭和7)に認可申請されました。1936年(昭和11)に事業認可され、1938年(昭和13)に着工、太平洋戦争による中断をはさみ、19年の歳月をかけて、1957年(昭和32)11月26日に完成しました。高さ149m、基底幅131m、堤頂長 353m、頂標高は約530m、有効貯水量約1億9千万m3あり、下流4ヵ所に7万kWの発電所があります。この建設には、約200億円の経費がかかり、工事中に87名が犠牲となり、総数945世帯が移転を余儀なくされました。水没した旧小河内村は、石川達三の1937年(昭和12)発表の小説『日蔭の村』のモデルとなりました。このダムによってできた奥多摩湖の湖畔には、1万本の桜が植えられて桜の名所となり、ニジマス、ヤマメ、ハヤ釣りでも知られ、四季折々に楽しめる観光地となっています。尚、ダムサイトには「奥多摩 水と緑のふれあい館」という資料館も出来ました。

(4) 黒部湖・黒部ダム(富山県中新川郡立山町)
 富山県東部の黒部川上流に建設された水力発電専用のアーチ式コンクリートダムで、黒四(くろよん)ダムとも呼ばれてきました。アーチ式では日本最大、世界でも有数のもので、堤高186.0m(日本一)、堤長492m、体積157.5万立方m、有効貯水量1億4,880万立方mあります。ダムの約10km下流の地下150mにある黒部川第4発電所は、落差576m、最大水量毎秒72トン、最大出力33.5万kWの発電能力を有してきました。関西電力が昭和時代中期の1956年(昭和31)7月に着工し、513億円もの巨費を投じて建設され、延べ1,000万人を超える作業者が建設に従事(殉職者は171名)する難工事でしたが、1963年(昭和38)に竣工して、6月5日に完工式が行われます。ダム完成後は、ダム建設資材を運搬した大町~扇沢間の道路と扇沢~黒部ダム駅間の関電トンネルは観光目的に転用され、1971年(昭和46)に、信濃大町-扇沢-黒部ダム-黒部平-大観峰-室堂-美女平-立山-富山をトロリーバス、ロープウェイ、ケーブルカー、バス、電車で結ぶ、立山黒部アルペンルートとして、人気の観光地となりました。また、ダムサイトの左岸に黒部湖遊覧船の船着き場があり、夏季には遊覧船が運航し、ダム近くに展望台があります。尚、1968年(昭和43)には、この難工事を描いた映画『黒部の太陽』(主演:三船敏郎、石原裕次郎)が公開され、大ヒットして有名となりました。

(5) 佐久間湖・佐久間ダム(静岡県静岡県浜松市天竜区佐久間町・愛知県北設楽郡豊根村)
 天竜川中流にある発電用を主とする重力式コンクリートダムです。太平洋戦争後の急増する電力需要に対応するため、1952年(昭和27)の「電源開発促進法」で成立した電源開発会社が最初に行なったダム工事でした。1953年(昭和28)に着工し、アメリカから大型建設機械および施工技術を導入した工法によって、わずか3年後の1956年(昭和31)に竣工し、10月15日に完成式が行われましたが、ダム工法を革新した画期的な事業とされています。堤高155.5m(当時日本一、現在でも第9位)、堤頂長293.5m、堤体積112万m3、総貯水量3.3億m3(日本第8位)、有効貯水量2億544万4千万m3、湖水面積7.15平方kmで、上流端は約33km上流の長野県下伊那郡天竜村平岡に達します。所属の佐久間発電所の最大出力は35万kW、50Hzと60Hzの周波数調整器があり、関東・関西両地域に送電できるのが大きな特徴でした。しかし、このダム工事のための事故死者は96名に上り、建設にあたって248世帯が水没し、飯田線の付替え工事も行われています。副次的に豊川用水の水源にもなり、2004年(平成16)から国土交通省によって、洪水調節目的を付加して多目的ダムとするダム再開発事業が進められてきました。ダムによって形成された人造湖は佐久間湖と命名され、周辺にはサクラとツツジが植えられて名所となり、新緑や紅葉も美しく、1969年(昭和44)には、天竜奥三河国定公園の一部として指定されました。尚、ダム堰堤東岸には「佐久間電力館」がありましたが、1997年(平成7)に「さくま電力舘」(入場無料)としてリニューアルオープンし、佐久間ダムの歴史や電気の科学を学ぶことができるようになりました。

(6) 恵那峡・大井ダム(岐阜県恵那市)
 木曽川中流にある、発電用の重力式コンクリートダムです。福沢諭吉の養子で、電力王と呼ばれた福沢桃介が手がけ、日本初のダム式発電の施設とてして、大正時代の1924年(大正13)に竣工しました。高さは53.4mで、その上流は12kmにおよぶダム湖となり、総貯水量は2,940万立方m、ダムに付設する大井発電所が48,000kW、1983年(昭和58)に直下流に増設された新大井発電所が32,000kWで両方合わせて、8万kWの認可出力があります。このダムによって誕生した人造湖は、地理学者の志賀重昴によって恵那峡と命名され、両岸は花崗岩質の岩石で,奇岩怪石が点在し、遊覧船で巡ることができるようになりました。サクラ、ツツジ、紅葉の名所として知られる観光地となり、恵那峡県立自然公園に属しています。また、2007年(平成19)には、経済産業省から大井ダムが「近代化産業遺産」にも認定されました。尚、土木学会により近代土木遺産にも選定されています。

☆「ダム湖百選」一覧(65ヶ所)

1 富里湖・富里ダム(北海道北見市―仁頃川)富里湖森林公園
2 聖台ダム公園・聖台ダム(北海道上川郡美瑛町―宇英別川) 土木学会選奨土木遺産、かおり風景100選
3 かなやま湖・金山ダム(北海道空知郡南富良野町―空知川)富良野芦別道立自然公園、かおり風景100選
4 定山湖・豊平峡ダム(北海道札幌市南区―豊平川)支笏洞爺国立公園、水源の森百選
5 笹流貯水池・笹流ダム(北海道函館市―笹流川)土木学会選奨土木遺産、日本初のバットレスダム
6 かわうち湖・川内ダム(青森県むつ市―川内川)本州最北のダム湖
7 岩洞湖・岩洞ダム(岩手県盛岡市―丹藤川)外山早坂高原県立自然公園
8 御所湖・御所ダム(岩手県盛岡市―雫石川)岩手県立御所湖広域公園
9 田瀬湖・田瀬ダム(岩手県花巻市・遠野市―猿ヶ石川)
10 錦秋湖・湯田ダム(岩手県和賀郡西和賀町―和賀川)湯田温泉峡県立自然公園
11 七ッ森湖・南川ダム(宮城県黒川郡大和町―南川)七ツ森湖畔公園
12 あさひな湖・宮床ダム(宮城県黒川郡大和町―宮床川)
13 釜房湖・釜房ダム(宮城県柴田郡川崎町―碁石川)国営みちのく杜の湖畔公園、湖沼水質保全特別措置法指定
14 七ヶ宿湖・七ヶ宿ダム(宮城県刈田郡七ヶ宿町―白石川)七ヶ宿ダム自然休養公園
15 宝仙湖・玉川ダム(秋田県仙北市―玉川)
16 月山湖・寒河江ダム(山形県西村山郡西川町―寒河江川)
17 羽鳥湖・羽鳥ダム(福島県岩瀬郡天栄村―鶴沼川)
18 田子倉湖・田子倉ダム(福島県南会津郡只見町―只見川)越後三山只見国定公園
19 銀山湖(奥只見湖)・奥只見ダム(福島県南会津郡桧枝岐村・新潟県魚沼市―只見川)越後三山只見国定公園
20 奥利根湖・矢木沢ダム(群馬県利根郡みなかみ町―利根川)利根川水系8ダム
21 ならまた湖・奈良俣ダム(群馬県利根郡みなかみ町―楢俣川)利根川水系8ダム
22 野反湖・野反ダム(群馬県吾妻郡中之条町―中津川)上信越高原国立公園
23 赤谷湖・相俣ダム(群馬県利根郡みなかみ町―赤谷川)利根川水系8ダム
24 草木湖・草木ダム(群馬県みどり市―渡良瀬川)利根川水系8ダム
25 神流湖・下久保ダム(群馬県藤岡市・多野郡神流町・埼玉県秩父市・児玉郡神川町―神流川)利根川水系8ダム
26 狭山湖・山口ダム(埼玉県所沢市・埼玉県入間市―柳瀬川)埼玉県立狭山自然公園
27 多摩湖・村山ダム(東京都東大和市―空堀川)東京都立狭山自然公園
28 奥多摩湖・小河内ダム(東京都西多摩郡奥多摩町・山梨県北都留郡丹波山村―多摩川)東京都立奥多摩湖畔公園
29 宮ヶ瀬湖・宮ヶ瀬ダム(神奈川県相模原市・愛甲郡愛川町・愛甲郡清川村―中津川)神奈川県立あいかわ公園
30 丹沢湖・三保ダム(神奈川県足柄上郡山北町―河内川)丹沢大山国定公園
31 黒部湖・黒部ダム(富山県中新川郡立山町―黒部川)中部山岳国立公園
32 有峰湖・有峰ダム(富山県富山市―和田川)有峰県立自然公園
33 高瀬ダム調整湖・高瀬ダム(長野県大町市―高瀬川)中部山岳国立公園
34 奥木曽湖・味噌川ダム(長野県木曽郡木祖村―木曽川)
35 高遠湖・高遠ダム(長野県伊那市―天竜川)三峰川水系県立自然公園
36 美和湖・美和ダム(長野県伊那市―天竜川)
37 恵那峡・大井ダム(岐阜県恵那市・中津川市―木曽川)飛騨木曽川国定公園
38 阿木川湖・阿木川ダム(岐阜県恵那市―阿木川)
39 佐久間湖・佐久間ダム(静岡県浜松市天竜区・愛知県北設楽郡豊根村・長野県下伊那郡天龍村―天竜川)天竜奥三河国定公園
40 三河湖・羽布ダム(愛知県豊田市―巴川)愛知高原国定公園
41 永源寺湖・永源寺ダム(滋賀県東近江市―愛知川)
42 虹の湖・大野ダム(京都府南丹市―由良川)京都丹波高原国定公園、美山大野ダム公園
43 天若湖・日吉ダム(京都府南丹市―桂川)京都丹波高原国定公園
44 知明湖・一庫ダム(兵庫県川西市―一庫大路次川)猪名川渓谷県立自然公園、兵庫県立一庫公園
45 布引貯水池・布引五本松ダム(兵庫県神戸市中央区―生田川)重要文化財・近代水道百選
46 池原貯水池・池原ダム(奈良県吉野郡下北山村―北山川)野熊野国立公園
47 椿山ダム湖・椿山ダム(和歌山県日高郡日高川町―日高川)
48 神竜湖・帝釈川ダム(広島県比婆郡神石高原町・庄原市―帝釈川)比婆道後帝釈国定公園
49 八千代湖・土師ダム(広島県安芸高田市―江の川)
50 龍姫湖・温井ダム(広島県山県郡安芸太田町―滝山川)
51 本庄貯水池・本庄ダム(広島県呉市―二河川)水道施設関係が重要文化財
52 弥栄湖・弥栄ダム(広島県大竹市・山口県岩国市―小瀬川)
53 小野湖・厚東川ダム(山口県宇部市―厚東川)
54 満濃池・満濃池ダム(香川県仲多度郡まんのう町―金倉川)ため池百選・登録有形文化財、国営讃岐まんのう公園
55 朝霧湖・野村ダム(愛媛県西予市―肱川)
56 さめうら湖・早明浦ダム(高知県長岡郡本山町・土佐郡土佐町―吉野川)
57 上秋月湖・江川ダム(福岡県朝倉市―小石原川)
58 美奈宜湖・寺内ダム(福岡県朝倉市―佐田川)
59 鷹島海中ダム湖・鷹島ダム(長崎県松浦市―浦田比水路・湾)日本唯一の海中ダム
60 北川ダム湖・北川ダム(大分県佐伯市―北川 大分県
61 日向椎葉湖・上椎葉ダム(宮崎県東臼杵郡椎葉村―耳川)九州中央山地国定公園、小説家吉川英治命名
62 大鶴湖・鶴田ダム(鹿児島県薩摩郡さつま町・伊佐市―川内川)
63 福上湖・福地ダム(沖縄県国頭郡東村―福地川)
64 かんな湖・漢那ダム(沖縄県国頭郡宜野座村―漢那福地川)
65 倉敷湖・倉敷ダム(沖縄県沖縄市―与那原川)

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6月の秋ヶ瀬公園の散策

2018年06月01日 | 散策
今日は、天気が良くて、梅雨入り前の貴重な晴れ間となりそうなので、昼から秋ヶ瀬公園(さいたま市桜区)へ行き、蝶の写真を撮りながら散策することにした。
 昼食にラーメンを食べた後、車を西走させ、国道463号線を進んで、荒川の羽根倉橋の手前から、荒川河川敷に下りて、秋ヶ瀬公園へと至ったが、天気は良好で、それほど暑くもなく、散策するのに適していた。
 いつものように、ピクニックの森の駐車場に車を入れたが、平日なので結構空いていた。例のごとく、防虫スプレーを手や足に散布し、カメラを携えて、散策を始めた。
 少し風があって清々しく、歩きやすいのだが、蝶の姿はなかなか見つからない。それでも、まずヒメウラナミジャノメを見つけて、カメラに収めた。
 森の奥へと入っていくと、ハンノキの上の方に“埼玉県の蝶”となっているミドリシジミを発見したので、望遠で捉えたが、かなり距離があったので、今一だった。その周辺をコミスジが飛んでいたので、少し追いかけて、樹上に止まったところで、シャッターを切ったが、少し距離があって、これもうまくは撮れなかった。
 しかし、キタテハは近くを飛び回って、低い葉上に止まったので、うまく撮影できて、ホッとした。周りには、モンシロチョウも舞っていたが、なかなか止まってくれないので、撮り逃がしてしまう。
 一帯には、チョウジソウの花が咲き始めていて、とてもきれいなのだが、ちょうどそこにキタキチョウが止まったのを見つけ、素早く接写した。
 結構、森の中を歩き回ったが、それ以上新たな種には出会わなかったので、場所を移動することにして森を抜けて、グランドの方へと歩いていく。
 そうすると、フェンスのところにキタテハが飛んでいるのを見つけ、追いかけていくと、アカボシゴマダラの春型も発見したので、カメラに収めておいた。
 さらに、注意深く周辺を探してみると、アサマイチモンジを見つけたので、少し追って行って、接写することに成功した。この蝶は埼玉県では、準絶滅危惧(NT2)に指定され、減少傾向が心配されているのだが、秋ヶ瀬公園では健在でうれしく思う。樹上の幹には、サトキマダラヒカゲも止まっていたが、かなり距離があるのをなんとか望遠で捉えた。
 グランド脇の広場まで来ると、いろいろな雑草が開花していたが、飛び出してきたアゲハは、シャッターチャンスないまま撮り逃がしてしまった。それでも、花で吸蜜していたベニシジミはしっかりと接写させてもらった。この蝶は、珍しくはないが、とてもきれいで、花に止まっていると絵になるので好きだ。
 公園を抜けて、水田の畔まで行ってみたが、モンシロチョウとキタキチョウ以外は、見当たらず、再び公園内へと戻ってきた。
 それからは、三ツ池の方を巡り、グランドの脇を抜けていったが、ベニシジミとキタキチヨウくらいしか目につかなかった。それでも注意深く蝶を探してみたが、それ以上めぼしい発見のないまま駐車場まで戻ってきた。
 2時間ちょっとの散策で、11種類の蝶と出会えたが、この時期としては、少ない気がするものの、ミドリシジミやアサマイチモンジにも出会え、気持ちよく散策できたのでで良かったと思う。
 その後は、秋ヶ瀬橋のたもとから上に上がり、途中のロジャースに立ち寄って買い物をしてから帰途に着いたが、特に渋滞もなく、比較的スムーズに走れたので、順調に帰宅することができた。

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5月の見沼たんぼの散策

2018年05月29日 | 散策
今日は天気は曇りがちだが雨は降らないと予報で言っていたし、梅雨入り前に散策もしたかったので、昼食に回転ずしを食べた後、車で北向し、見沼たんぼ(埼玉県さいたま市・川口市)へ行って、散策しながら、蝶の写真を撮ることにした。
 いつものように、さいたま市緑区にある「見沼自然公園」へ行ってみることにしたが、曇ってはいるが、そんなに暑くもなく、ちょうど良い感じがする。
 到着すると、園内の駐車場へ車を入れたが、平日なので結構空きがあった。そこで、公園に一番近いところに駐車スペースを見つけ、駐めることにした。
 今年は2度目の訪問となるが、いつものように、手や足に防虫スプレーを散布し、カメラを携えて、散策を始めたものの、涼しげな風が吹いていて、心地よい。
 最初に、中央の芝生を横切って、池のほとりまで行ってみたが、蓮の花が咲いていた。水鳥の姿はほとんどなくなり、大きな鯉がゆうゆうと泳いでいるのが目に入った。
 池の周辺を歩きながら、蝶を探してみたが、なかなかみつからない。それでも、湿地帯のところへ行ってみると野草の花にキタテハが2頭いたので、まず接写しておいた。
 モンシロチョウの姿も見かけられるが、ひらひらと舞っているばかりで、停まってくれないので、シャッターチャンスがない。
 仕方がないので、公園を抜け出して、畑地の方で蝶を探してみることにした。少し歩いて、畑の縁へ行ってみるといくつかの花が咲いていて、そこに蝶が群れているのを発見した。そこで注意深く観察していくと、多くのモンシロチョウに交じって、ヒメアカタテハ、キタテハ、ベニシジミを見つけ出したので、順次撮影していった。しかし、アオスジアゲハは、勢いよく飛んで行ってしまったので、シャッターチャンスがなかったのは残念だ。
 続いて、畑地の中を歩いていくと、モンキチョウとキタキチョウも見つけたが、撮り逃がしてしまった。農道の道端の雑草には、モンシロチョウ、モンキチョウ、ベニシジミ、キタテハがいたので、何枚か写真を撮りながら、歩いて行く。
 陽は照ったり、陰ったりしていて、そんなに暑くもなくて歩きやすい。そうこうしていると、万年寺の寺林に至ったので、その林縁を注意深く観察してみたが、何も見つけられなかった。
 さらに歩いて行くと、空き地のシロツメクサ、アカツメクサの花に、蝶が群れているのを発見した。じっくり観察していくと、ヒメアカタテハ、モンキチョウ、キタテハ、モンシロチョウが見つけられたので、カメラに収めていく。
 その後、万年寺の境内にも立ち寄ってみたが、あまり蝶の姿はなかったものの、ツツジやアジサイがきれいに咲いていたので、撮影しておいた。そうしていると、アゲハ蝶らしきものが上空を飛んで行ったが確認はできなかった。
 再び、見沼自然公園へ戻る途中では、モンシロチョウ、ルリシジミ、キタテハも見つけたので、適当にシャッターを切りながら歩いていく。そうしていると、田んぼの畔にカルガモが2羽いるのを発見した。望遠で捉えて、シャッターを切っていると急に飛び立ったので、飛翔写真を撮ることができたのは、ラッキーだった。
 見沼自然公園内へと戻ってくるとスジグロシロチョウ、ベニシジミ、モンシロチョウを見つけたので、次々とカメラに収めていったが、結構疲れが出てきた。そこで、ほぼ2時間で散策を終えることにして、トイレに立ち寄ってから、駐車場の車へと戻った。
 結局、10種類の蝶としか出会えず、この時期としては少ないと感じたが、そんなに暑くもなく、気分よく散策できたので、良しとした。
 その後は、来た道を戻っていったが、これといった渋滞もなく、順調に走り、早めに自宅に帰り着いた。

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旅の豆知識「新日本観光地百選」

2018年04月22日 | 旅の豆知識
 昔からある景勝地を訪ねてみると、「日本百景」(1927年選定)などと共に、「観光地百選」選定と書かれた、看板やパンフレットを目にすることがあります。こちらの方は、太平洋戦争後の1950年(昭和25)に毎日新聞社が主催して、選定された観光地です。その後、他の新聞社や雑誌社でも同様の企画がいくつか行われましたので、現在では、区別するために「新日本観光地百選」と呼ばれることが多いようです。この企画は、郵政省や国鉄ともタイアップして、選定された各部門の1位の観光地が、「観光地百選切手」(1950~53年発行・全20種)となって発売されたり、国鉄が十月中旬の観光週間に10ヶ所それぞれを目的地とした特別周遊券を発行したりしたので有名となりました。
 現在でもそれらの観光地に行くと記念碑が立っていたり、ガイドブックやパンフレットに掲載されたりしていて、観光地宣伝に一役買っているところもあります。そんなことも頭に入れながら、「新日本観光地百選」の観光地を巡ってみるのも面白いかと思います。
 
〇新日本観光地百選(しんにほんかんこうちひゃくせん)とは?

 昭和時代中期の1950年(昭和25)に毎日新聞社が主催、運輸省観光部、文部省文化財保護課、厚生省国立公園部、国鉄、GHQ経済科学局が後援して選定された日本の観光地百選です。10のカテゴリー(山岳、平原、温泉、瀑布、海岸、河川、都邑、湖沼、渓谷、建造物)にわけ、それぞれ1位から10位まで選出しました。
 1950年(昭和25年)7月30日に、日本観光地百選事業を毎日新聞が社告、葉書による一般投票で募集(9月15日に締め切り)、10月11日に投票数の多い順に決定し、発表されましたが、各観光地の関係者が競って応募したため、応募総数は77,500,854通にも及びます。
 外国人観光客来日による外貨獲得による刺激策として期待されたものでしたが、戦後復興に伴い日本国内での一般観光旅行の再開を促す契機ともなりました。
 各部門の1位である10ヶ所については、郵政省が「観光地百選切手」として、毎回1ヶ所2種類ずつを発行(全20種)し、人気となります。国鉄は十月中旬の観光週間に10ヶ所それぞれを目的地とした特別周遊券を発行、さらに、歌人・俳人10人(斎藤茂吉、吉井勇、荻原井泉水、釈超空、山口誓子、水原秋櫻子など)が1人ずつ各場所にちなむ短歌や俳句を作って紹介しました。また、入選した100ヶ所については記念スタンプをつくって、設置されます。
 尚、11月2日には、11位から15位までで、5万票以上獲得したところ、38ヶ所が準入選地として選定され、観光ルートの設定に考慮されることになりました。
 これらの選定された所では、記念碑の建立や祝賀会、記念行事が催されたり、山岳部門で1位となった「蔵王山」ではこれを機に、その西麓にある山形県南村山郡堀田村は村名を“蔵王村”に改称、同村内の温泉である高湯も“蔵王温泉”に改称されています。

☆「新日本観光地百選」(毎日新聞・1950年)一覧

<海岸> 
1位 和歌浦友ヶ島(和歌山県)------1,406,208票
2位 三陸フィヨルド(岩手県)------1,369,463票
3位 九十九島(長崎県)------------1,324,477票
4位 日南海岸(宮崎県)------------1,211,430票
5位 桜島(鹿児島県)----------------955,717票
6位 渭南海岸(高知県・愛媛県)-------907,606票
7位 唐津松浦潟(佐賀県)------------892,656票
8位 丸亀塩飽諸島(香川県)----------880,870票
9位 鷲羽山(岡山県)----------------830,817票
10位 柏崎福浦八景(新潟県)----------821,821票
隼入 三浦海岸(神奈川県)------------722,875票 
隼入 淡路島(兵庫県)----------------710,414票 
隼入 南知多(愛知県)----------------684,685票 
隼入 伊豆石廊崎(静岡県)------------543,864票 
隼入 太華山連島(山口県)------------506,519票 

<山岳> 
1位 蔵王山(山形県・宮城県)------2,330,676票
2位 達磨山(静岡県)--------------1,074,252票 
3位 霧島山(鹿児島県・宮崎県)------952,798票
4位 乗鞍岳(長野県・岐阜県)---------918,340票
5位 八幡平(岩手県・秋田県)---------606,393票 
6位 英彦山(福岡県)----------------600,652票
7位 両神山(埼玉県)----------------553,197票
8位 鳳来寺山(愛知県)--------------503,476票
9位 伯耆大山(島根県)--------------462,458票
10位 三瓶山(島根県)----------------281,615票
隼入 金剛連山(奈良県・大阪府)-------268,781票 
隼入 吉野山(奈良県)----------------201,031票 
隼入 阿蘇山(熊本県)----------------200,468票 
隼入 磐梯吾妻(福島県)--------------190,425票 
隼入 鳥海山(秋田県・山形県)---------173,823票

<湖沼> 
1位 菅沼・丸沼(群馬県)------------649,861票
2位 富士五湖(山梨県)--------------641,396票
3位 浜名湖(静岡県)----------------518,307票
4位 琵琶湖(滋賀県)----------------442,555票
5位 村山山口貯水池(埼玉県・東京都)-324,395票
6位 大沼(北海道)------------------252,017票
7位 阿寒三湖(北海道)--------------251,193票
8位 相模湖(神奈川県)--------------237,623票
9位 十和田湖(青森県・秋田県)-------234,634票
10位 宍道湖(島根県)----------------195,636票
隼入 一碧湖(静岡県)----------------114,726票 
隼入 榛名湖(群馬県)-----------------93,526票 
隼入 洞爺湖(北海道)-----------------69,038票

<瀑布>
1位 赤目四十八滝(三重県)----------708,145票
2位 袋田滝(茨城県)----------------462,186票
3位 白糸滝(静岡県)----------------435,237票
4位 浄蓮滝(静岡県)----------------218,823票
5位 関の尾滝(宮崎県)--------------185,486票
6位 秋保大滝(宮城県)--------------172,284票
7位 養老滝(岐阜県)----------------168,650票
8位 箕面滝(大阪府)----------------143,367票
9位 黒山三滝(埼玉県)---------------91,853票
10位 奈曽の白滝(秋田県)-------------88,226票
隼入 作木常清滝(広島県)-------------66,883票

<温泉> 
1位 箱根(神奈川県)--------------1,086,596票
2位 白浜(和歌山県)----------------979,680票
3位 別府(大分県)------------------831,480票
4位 飯坂(福島県)------------------772,748票
5位 湯田(山口県)------------------759,408票
6位 芦原(福井県)------------------746,850票
7位 伊香保(群馬県)----------------695,832票
8位 三朝(鳥取県)------------------680,210票
9位 塩原(栃木県)------------------660,764票
10位 熱海(静岡県)------------------653,320票
隼入 吾妻十湯(山形県)--------------583,981票
隼入 伊豆長岡(静岡県)--------------511,483票
隼入 伊東(静岡県)------------------438,028票
隼入 美作三湯(岡山県)--------------400,537票
隼入 上の山(山形県)----------------105,462票

<渓谷> 
1位 昇仙峡(山梨県)--------------1,183,654票
2位 瀞峡(和歌山県・三重県・奈良県)1,069,164票
3位 高千穂峡(宮崎県)--------------864,700票
4位 中津川渓谷(神奈川県)----------557,843票
5位 鬼怒川川治龍王峡(栃木県)------513,895票
6位 耶馬溪(大分県)----------------384,872票
7位 恵那峡(岐阜県)----------------347,680票
8位 鈴鹿湯の山(三重県)------------272,737票
9位 黒部峡(富山県)----------------254,529票
10位 日向神(福岡県)----------------151,294票
隼入 保津峡(京都府)----------------147,435票
隼入 鳴子峡(宮城県)----------------127,001票
隼入 三段峡(広島県)----------------113,347票
隼入 石鎚面河渓(愛媛県)-------------54,197票

<河川> 
1位 宇治川(京都府)----------------984,490票
2位 日本ライン(愛知県)------------775,157票
3位 長良川(岐阜県)----------------620,014票
4位 天竜下り(静岡県)--------------220,043票
5位 球磨川(熊本県)----------------200,927票
6位 阿賀野川ライン(新潟県)--------170,390票
7位 筑後川(福岡県)----------------169,977票
8位 江戸川ライン(東京都)----------167,549票
9位 川内川(鹿児島県)--------------138,816票
10位 庄川峡(富山県)----------------123,654票
隼入 日置川峡(和歌山県)------------104,652票
隼入 西城川(広島県)-----------------95,567票

<平原> 
1位 日本平(静岡県)----------------860,455票
2位 那須高原(栃木県)--------------748,909票
3位 小倉平尾台(福岡県)------------726,501票
4位 富良野芦別平原(北海道)--------548,332票
5位 妙高高原(新潟県)--------------408,366票
6位 秋吉台(山口県)----------------402,051票
7位 日田盆地(大分県)--------------254,628票
8位 野呂山高原(広島県)------------242,503票
9位 浅間高原(群馬県)--------------233,202票
10位 霧ヶ峰高原(長野県)------------224,609票
隼入 富士見台(長野県)--------------188,524票
隼入 大菩薩高原(山梨県)------------175,051票
隼入 志賀高原(長野県)--------------167,699票
隼入 菅平高原(長野県)---------------91,888票

<建造物> 
1位 錦帯橋(山口県)--------------1,238,218票
2位 耕三寺(広島県)--------------1,006,791票
3位 熊本城(熊本県)----------------790,930票
4位 姫路城(兵庫県)----------------729,463票
5位 伊勢神宮(三重県)--------------671,970票
6位 高崎白衣観音(群馬県)----------529,492票
7位 出羽三山神社(山形県)----------464,485票
8位 遊行寺(神奈川県)--------------407,714票
9位 高幡不動尊(東京都)------------386,479票
10位 彦根城(滋賀県)----------------366,240票
隼入 金刀比羅宮(香川県)------------359,593票
隼入 宇佐八幡宮(大分県)------------300,920票
隼入 深大寺(東京都)----------------226,015票
隼入 法隆寺(奈良県)----------------104,884票

<都邑> 
1位 長崎(長崎県)------------------951,048票
2位 秩父(埼玉県)------------------945,618票
3位 尾道(広島県)------------------939,130票
4位 日光(栃木県)------------------846,392票
5位 札幌(北海道)------------------830,677票
6位 鎌倉(神奈川県)----------------765,261票
7位 日本水郷(千葉県・茨城県)-------655,872票
8位 高松(香川県)------------------622,637票
9位 博多(福岡県)------------------590,668票
10位 函館(北海道)------------------573,602票
隼入 網走(北海道)------------------488,645票
隼入 宝塚(兵庫県)------------------355,813票
隼入 弘前(青森県)------------------254,543票
隼入 奈良(奈良県)------------------206,275票
隼入 神戸(兵庫県)------------------171,291票
 ※準入:準入選地(38ヶ所)=11位から15位までで、5万票以上獲得したところ

☆観光地百選切手(毎回1ヶ所2種類ずつ全20種を発行)

・1951年(昭和26)2月15日発行---蔵王山(山岳部門1位)
 「8円切手(ザンゲ坂の樹氷)」、「24円切手(地蔵岳中腹の樹氷)」
・1951年(昭和26)4月2日発行---日本平(平原部門1位)
 「8円切手(茶摘み)」、「24円切手(日本平からの富士)」
・1951年(昭和26)5月25日発行---箱根温泉(温泉部門1位)
 「8円切手(大涌谷)」、「24円切手(芦ノ湖)」
・1951年(昭和26)5月25日発行---赤目四十八滝(瀑布部門1位)
 「8円切手(千手の滝)」、「24円切手(荷担の滝)」
・1951年(昭和26)6月25日発行---和歌浦・友ヶ島(海岸部門1位)
 「8円切手(和歌浦の観海閣)」、「24円切手(友ヶ島の沖の島野奈浦)」
・1951年(昭和26)8月1日発行---宇治川(河川部門1位)
 「8円切手(宇治川ライン)」、「24円切手(宇治橋)」
・1951年(昭和26)9月15日発行---長崎(都邑部門1位)
 「8円切手(大浦天主堂)」、「24円切手(崇福寺竜宮門)」
・1951年(昭和26)10月1日発行---菅沼・丸沼(湖沼部門1位)
 「8円切手(丸沼)」、「24円切手(菅沼)」
・1951年(昭和26)10月15日発行---昇仙峡(渓谷部門1位)
 「8円切手(覚円峰)」、「24円切手(長潭橋)」
・1953年(昭和28)5月3日発行---錦帯橋(建造物部門1位)
 「10円切手(広重の版画)」、「24円切手(錦帯橋)」

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4月の見沼たんぼの散策

2018年04月19日 | 散策
今日は天気が良いと予報で言っていたので、昼食後、車で北に向かい、見沼たんぼへ行って、蝶の写真を撮りながら、散策してみることにした。
 さいたま市緑区にある「見沼自然公園」へ行ってみることにしたが、春らしい清々しい天気で、気分がとてもいい。
 到着すると、園内の駐車場へ車を入れたが、平日なのに結構混んでいたものの、公園に一番近いところに駐車スペースを見つけ、なんとか駐めることができた。
 今年は初めての訪問となるが、いつものように、カメラを首から下げて、散策を開始したものの、気温も湿度も、ちょうどよい感じで、心が弾む。
 最初に、公園の端のツツジが咲いているところへ行ってみたが、そこで、キアゲハを見つけたので、追いかけて、なんとかカメラに収めた。次に、ベニシジミが目にとまったが、この蝶は、珍しいものではないものの、とてもきれいなのでついつい撮影してしまう。次に、ヒメウラナミジャノメが飛んでいたので、すばやく数カットの撮影をした。
 その後は、中央の池に向かったが、鯉がたくさんいて、子供がエサをやっているのが、とても愛らしく感じられる。水面には、カルガモとヒドリガモが何羽か泳いでいたが、冬季よりは大分数が減ってきているようだ。これも何回かシャッターを切っておいた。
 続いて、園内を散策したが、モンシロチョウが飛んでいるものの、動き回っていたので、カメラには収められなかったのが残念!
 湿地帯のところへ行ってみると、キタテハが2頭花に止まっていたので、撮影しておいた。周辺には、タンポポやホトケノザなどの野草の花が咲いていて、とても春らしい景色だ。
 それから、公園を抜け出したが、畑地では、モンシロチョウとキタテハ、ベニシジミくらいしか見つけられなかったので、適当に撮影しながら、歩を進めていった。
 さらに、農道を歩いていくと道端の雑草にヤマトシジミ、モンシロチョウ、モンキチョウ、ベニシジミ、キタテハが群れていたので、何枚か写真を撮りながら、歩いていく。
 そうこうしていると、万年寺の寺林に至ったので、その林縁を注意深く観察してみたものの、何も見なかった。
 さらに歩いて行くと、畑地に菜の花がたくさん咲いていて、モンシロチョウがいくつも舞っていた。とても春らしい長閑な風景だったので、しばしたたずみながら、シャッターを切っていた。
 その後、万年寺の境内にも立ち寄ってみたが、全く蝶の姿はなかったが、ツツジやフジがきれいに咲いていたので、カメラに収めておく。
 再び、見沼自然公園へ戻る途中では、キアゲハ、モンキチョウも見つけたので、適当にシャッターを切っていく。
 見沼自然公園内へと戻ってくるとベニシジミ、ヤマトシジミ、ヒメウラナミジャノメを見つけたので、次々とカメラに収めたが、結構歩き疲れてきた。そこで、2時間弱で散策を終えることにして、駐車場へと戻っていった。
 結局、7種類の蝶としか出会えず、この時期としてはちょっと少ない感じがしたものの、清々しん天気で、暑くもなく、とても気分よく散策できたので、良かったのではないかと思う。
 その後は、来た道を戻っていったが、さしたる渋滞もなく、軽快に走り、途中のスーパーマーケットで買い物をしてから、早めに自宅に帰ってきた。

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(帰省旅行⑤) 帰省先からの復路

2018年01月04日 | 旅行
正月に愛知県の実家に帰省中だったが、三ヶ日が過ぎたので、帰途に就くことにし、早朝実家を出立した。往路は東海道本線を使ったので、趣を変えて復路は中央本線を使うことにする。「青春18きっぷ」を使用して、中津川行の普通列車に乗り込み、東へと向かった。
 車窓はまだ暗く、闇の中を走っていったが、岐阜県に入るあたりから、徐々に明るくなり始める。朝の長閑な田園風景を眺めていると、終点の中津川駅が近づいたが、車内放送によると乗り換えはスムーズにできそうで、安堵した。なにしろ、中央本線と言っても中津川から先はローカル線と変わらず、本数も少ないし、列車の時刻を確認してこなかったので.....。
 乗り換えた、松本行き普通列車は、木曽川沿いの景勝地を進んでいく。車窓からの渓谷美はなかなかのもので、中央本線の楽しみの一つでもある。まだ冬休み中だとは思うが、途中駅からは高校生が何人か乗ってきて、はしゃいでいた。部活の練習にでも行くのだろうか....?
 普通列車なので、駅で特急列車に追い抜かれるため、停車時間が長かったりするが、それもまたのんびり旅行にはアクセントともなる。停車駅の様子をじっくりと観察し、駅の構造など確認したりこの周辺の人々は、どんな生業を立てているのかと想像するのも楽しいことなのだ。
 そうこうしている内に、木曽川の渓谷は深くなり、車窓に寝覚ノ床や木曽の桟などの景勝地を見ながら進んで、鳥居峠の分水嶺をトンネルで越えた。
 ここからは、水域としては日本海側へ注ぐところとなる。そんなことを考えているうちに、木曾谷を抜け、乗換の塩尻駅へ到着した。
 ここで、甲府行きの普通列車に乗り換えるのだが、少し待ち時間があったので、ホーム上を少し歩いて、座り続けてきた、腰を伸ばしてみる。
 塩尻駅を出た列車は、岡谷への短縮ルートを通り、諏訪、茅野と過ぎて、長野・山梨県境を越えたが、まだ昼前でもあるし、天気も良いので、急に小海線へ乗ってみたくなった。こういう時、臨機応変の対応ができるのが、「青春18きっぷ」の強みとなっている。乗り換え時間もそんなに長くないので、思い切って、小淵沢駅で下車してしまった。
 久しぶりに小海線へ乗ることとなったが、標高1,000mを超える高原地帯を走る路線として知られている。車窓からの眺めは素晴らしく、八ヶ岳山麓の牧場や富士山の遠景も楽しめる。とても気分は良いのだが、とにかくゆっくりと走り、単線なので、すれ違いに時間もかかったりして、小淵沢駅で、駅弁を買ってこなかったことを後悔した。
 このまま、小諸駅まで乗り続けると昼食時間を大きく過ぎてしまう。どうしようかと悩んだが、途中駅で降りて、弁当かパンでも買って、腹を満たすこととする。ところが、八千穂駅で下車してみたものの、まだ正月4日のこととて、駅前の売店や食堂がどこも閉まっていたことには閉口した。
 やむを得ず、時刻表を見て、逆方向へ戻る列車が早く来るので、それに乗って、小淵沢駅へと戻ることとする。このような行き当たりばったりの旅ができるのも、「青春18きっぷ」の良いところなのだろうか.....。
 小淵沢駅へ到着した時刻は、昼をかなり過ぎてはいたが、ここで駅弁を買って、ベンチで食べることにした。その後、甲府行きの普通列車に乗り込んてだが、甲府盆地へと降りていくにしたがって、車窓からきれいな富士山が見えてくる。これは、写真に撮っておかなければとシャッターを切ったが、次々と車窓が変化し、富士山の様相も変わるので、カメラを離せなくなってしまう。こうなれば、どこまで、富士山が見え続けるか確かめてみたくなってくる。
 甲府駅で、高尾駅行きの不通に乗り換え、車窓を確認していったが、近隣の山々に見え隠れしながらも、勝沼駅付近までは、富士山を捉えることができたのは、新たな発見だった。
 笹子トンネルを過ぎてからは、車窓に富士山を見ることはできず、それで風景を愛でながら、高尾駅へと到着した。その後は、西国分寺駅まで行って、武蔵野線へ乗り換え、埼玉県の自宅へと戻っていった。

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