私が年賀状を出し始めたのは、何時からだったろう・・・!?
随分・昔の事で、記憶にないが、最盛期には、200枚を超えて出していた。
友人・知人・会社関係者、親類に及んでいた。
現役を退き、一気に減少した。
そして、兄弟たちとの「年賀」は、廃止を決めた。
日常的に電話連絡が出来ていること等が、要因であった。
仕事仲間だった数人から「年賀状による挨拶を中止します」との年賀を頂いている。
年賀の廃止に伴って「パソコン(メール)を使って、近況を報告させて頂きます」との人も居る。
定期配布される「機関紙」で、思いもしなかった人の訃報を知った。
この人は、仕事仲間であったものの、異業種で議論を重ね・切磋琢磨?された。
私より若く・元気そのもの!との認識であった。
例え、この人と年賀のやり取りをしていたとしても、その訃報は機関紙によって知る事となったと思う。
家族との”お付き合い”が伴われなければ、情報提供は無いだろう・・
種々・思案の結果、年に一度の挨拶である」年賀状」を辞めようと思う。
情報交換・安否確認などは、直接”声”で必要に応じ、確認も出来るだろう!
普通葉書で「年賀状」交換の廃止を伝達しようと思ったが、年賀状の販売も開始されている。
不本意ではあるが、年賀状で伝えなければ成らないだろう。
私の”生存”状況は、Blog「ふくちゃんの絵日記」で判る様に継続したい。
随分・昔の事で、記憶にないが、最盛期には、200枚を超えて出していた。
友人・知人・会社関係者、親類に及んでいた。
現役を退き、一気に減少した。
そして、兄弟たちとの「年賀」は、廃止を決めた。
日常的に電話連絡が出来ていること等が、要因であった。
仕事仲間だった数人から「年賀状による挨拶を中止します」との年賀を頂いている。
年賀の廃止に伴って「パソコン(メール)を使って、近況を報告させて頂きます」との人も居る。
定期配布される「機関紙」で、思いもしなかった人の訃報を知った。
この人は、仕事仲間であったものの、異業種で議論を重ね・切磋琢磨?された。
私より若く・元気そのもの!との認識であった。
例え、この人と年賀のやり取りをしていたとしても、その訃報は機関紙によって知る事となったと思う。
家族との”お付き合い”が伴われなければ、情報提供は無いだろう・・
種々・思案の結果、年に一度の挨拶である」年賀状」を辞めようと思う。
情報交換・安否確認などは、直接”声”で必要に応じ、確認も出来るだろう!
普通葉書で「年賀状」交換の廃止を伝達しようと思ったが、年賀状の販売も開始されている。
不本意ではあるが、年賀状で伝えなければ成らないだろう。
私の”生存”状況は、Blog「ふくちゃんの絵日記」で判る様に継続したい。