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谷崎潤一郎『痴人の愛』(新潮文庫)

2018-02-03 | 書評「た」の国内著者
谷崎潤一郎『痴人の愛』(新潮文庫)

生真面目なサラリーマンの河合譲治は、カフェで見初めた美少女ナオミを自分好みの女性に育て上げ妻にする。成熟するにつれて妖艶さを増すナオミの回りにはいつしか男友達が群がり、やがて譲治も魅惑的なナオミの肉体に翻弄され、身を滅ぼしていく。大正末期の性的に解放された風潮を背景に描く傑作。(「BOOK」データベースより)

◎自然主義から耽美派へ

 明治30年代の後半から文壇を支配していたのは、「自然主義文学」でした。島崎藤村『破戒』(新潮文庫)、田山花袋『蒲団』(新潮文庫、山本藤光の推薦作)などが代表的な作品です。夏目漱石は、自然主義文学を嫌っていました。森鴎外とともに、日本の自然主義文学の流れをせき止めたのが夏目漱石だったのです。

谷崎潤一郎は永井荷風とともに「耽美派」としてくくられています。これらの流れを整理しておきましょう。
 
1.明治18年:坪内逍遥『小説真髄』(岩波文庫、近代文学はいかにあるべきかを述べた論文)
2.明治20年:二葉亭四迷『浮雲』(新潮文庫、坪内逍遥の理想を実現。口語文で書かれています。山本藤光の推薦作)
3.明治23年:森鴎外『舞姫』(新潮文庫、写実主義よりも美しい小説を描くことを主張。浪漫主義文学の代表。山本藤光の推薦作)
4.明治25年:幸田露伴『五重塔』(岩波文庫、欧州文化吸収に急ぐことに疑問を抱きました。擬古典主義として、あえて古典的文体に固執しています。山本藤光の推薦作)
5.明治38年:夏目漱石『吾輩は猫である』(新潮文庫、自然主義文学を嫌悪していました。山本藤光の推薦作)
6.明治39年:島崎藤村『破戒』(新潮文庫、自然主義文学の代表作)
7.明治40年:田山花袋『蒲団』(新潮文庫、自然主義文学の代表作。山本藤光の推薦作)
8.大正5年:永井荷風『腕くらべ』(岩波文庫、耽美派文学の代表作)
9.大正13年:谷崎潤一郎『痴人の愛』(新潮文庫、耽美派文学の代表作)
 
 谷崎潤一郎文学の源流にあるのは、「女性への憧憬」と「マゾヒズム」です。谷崎潤一郎文学は母・セキの存在をぬきにしては語れません。母は評判の美人でした。女性への崇拝の基点となるのが、母・セキの存在だったのです。

 谷崎には『母を恋ふる記』(『金色の死・谷崎潤一郎大正期短篇集』講談社文芸文庫所収)という作品があります。興味のある方はお読みください。この作品や『吉野葛』『少将滋幹の母』(ともに新潮文庫)などには、その影響が強くでています。

「マゾヒズム」に関しては、初期作品『刺青』(新潮文庫)からその兆候は認められます。そして顕著に「マゾヒズム」があらわれているのが、『痴人の愛』『(「)卍』『春琴抄』『癇癪老人日記』(いずれも新潮文庫)などです。

 集英社文庫として『谷崎潤一郎マゾヒズム小説集』(「少年」「幇間」「魔術師」など所収)『谷崎潤一郎フェティシズム小説集』(「刺青」「悪魔」「青い花」など所収)の2冊があります。興味のある方はお読みいただきたいと思います。

◎「女性への憧憬」と「マゾヒズム」

『痴人の愛』には「女性への憧憬」と「マゾヒズム」が、コインの裏表のようにくるくるだしいれされています。『痴人の愛』には、冒頭から読者を作中に引きこんでしまう力があります。谷崎潤一郎は、人間の「のぞき」願望を熟知しています。それゆえこのような書きだしを思いついたのでしょう。

――私はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる私達夫婦の間柄に就いて、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いて見ようと思います。それは私自身に取って忘れがたい貴い記録であると同時に、恐らくは読者諸君に取っても、きっと何かの参考資料となるに違いない。(本文P5より)

 谷崎潤一郎には、有名な「小田原事件」という騒動があります。谷崎潤一郎が志賀直哉の媒酌で結婚したのは、1915(大正5)年29歳のときでした。その後、妻・千代と不仲になり、親しかった佐藤春夫に奪われてしまいます。谷崎潤一郎は佐藤春夫と絶交し、そのことを公開してしまいます。谷崎の居住地が小田原にあったことから、この騒動は「小田原事件」と呼ばれています。
 
 谷崎潤一郎には、「公にしてしまう」という性癖があったようです。「小田原事件」と『痴人の愛』の冒頭文はつながっているのです。谷崎の2度目の結婚も破綻してしまいます。彼にはずっと船場の御寮人・根津松子の存在がありました。松子こそ、谷崎が求める女神だったのです。『痴人の愛』のナオミは、写真で見る根津松子のイメージと重なります。
 
 東京で電気会社の技士をしている河合譲治28歳は、富豪の息子で堅物でとおっていました。ある日カフエエ(本文の表記にしたがっています)の女給をしていた15歳のナオミを見そめます。彼は自分の手元におき、理想の女性にしたいと願います。彼は西洋的な美人のナオミを、ゆくゆくは妻にしようと考えています。
 
 英語とピアノを習わせ、給料のすべてをナオミの衣装に費やします。田舎娘だったナオミが、少しずつ豹変してゆきます。毎日ナオミの身体を洗い、着せ替え人形のように新しい衣装を着せてみます。ナオミは理想どおりに成長します。河合譲治は「育児日記」のように、成長の過程を記録しています。
 
――彼女の骨格の著しい特長として、胴が短く、脚の方が長かったので、少し離れて眺めると、実際よりは大へん高く思えました。そして、その短い胴体はSの字のように非常にくびれていて、くびれた最低部のところに、もう十分に女らしい円みを帯びた臀の隆起がありました。(本文P44より)

 ナオミの肉体的な成長は、目を見張るものでした。しかし習いごとの腕は上らず、しだいに男友だちの姿が見え隠れするようになります。やがて、主客が逆転してしまいます。

 谷崎潤一郎は、「思想のない作家」といわれてきました。「小田原事件」の渦中にあった、佐藤春夫がいったものです。これについては後年、伊藤整がきっぱりと否定しいます。また谷崎潤一郎は、芥川龍之介とも論争をしています。興味がある方は、芥川龍之介『文芸的な、余りにも文芸的な』(「侏儒の言葉」と併載、岩波文庫)の2章「谷崎潤一郎氏に答ふ」をご覧いただきたいと思います。
 
◎ノーベル文学賞候補だった

 谷崎潤一郎を初期作品から順序良く読むと、小説家の苦悩と変化がみえてきます。そのあたりについては、『文豪ナビ・谷崎潤一郎・妖しい心を呼びさますアブナい愛の魔術師』(新潮文庫)を読んでから、作品を選んでいただきたいと思います。また河野多恵子は、『谷崎文学の愉しみ』(中公文庫絶版)を書いています。引用してみましょう。
 
――谷崎文学の何よりの魅力は、溌剌とした生命感に溢れていることである。人間性と人生との底知れない秘密、不思議さ、意外性を強烈な個性で一作ごとに新しく認識し、力強く表現している。谷崎文学の分つ感動は、読者の人間性の最も深いところに引き起こす感動なのである。(本文P10より)

 私は大学のときに、教生として中央大学付属高校で『陰翳礼賛』(中公文庫)の授業をしたことがあります。そのときに、谷崎文学はひととおり読みました。そして「谷崎潤一郎に思想はない」というのは、とんでもない言いがかりだと思いました。また「およそ文学において構造的美観を最も多量に持ち得るものは小説である」に、「戯曲」であると反論した芥川龍之介も言いがかりに思えたものです。
 
『陰翳礼賛』は、構造美に満ちあふれた著作です。芥川龍之介のいう「戯曲」よりも、この著作には顕著に「構造美」が認められました。

朝日新聞朝刊1面(2009年9月23日)に、「谷崎、ノーベル文学賞候補だった」という活字が躍っていました。1958年の選考資料が明らかになったのです。谷崎潤一郎は41人の候補者リストに名を連ねていました。推薦人として、三島由紀夫は谷崎文学をつぎのように書いています。

――古典的な日本文学と現代的な西洋文学の融合に最高水準で成功した作家。
――主題は限定されているように見えるが、その核心は常に理想主義者の批評的感覚がある。その美の世界に顕著に現れる、人間の本質への洞察の鋭さは驚きをもたらす。繊細だが輝かしく、はかないが重みのある、芸術と呼ばれる仕事を続けてきた。

 谷崎潤一郎は、日本を代表する作家です。ノーベル文学賞の価値は、十分に備えています。ぜひいくつかの作品を読んで、あなたの評価を与えていただきたいものです。
(山本藤光:2010.06.03初稿、2018.02.03改稿)

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