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安達千夏『あなたがほしい』(集英社文庫)

2018-03-16 | 書評「あ」の国内著者
安達千夏『あなたがほしい』(集英社文庫)

第22回すばる文学賞受賞作。男を抱くことはできても、愛せない。女を愛していても、抱き合うことをおそれてしまう――。年下の友人・留美に対する同性愛の欲望を意識しながらも、中年の建築家・小田との官能と友愛に充ちた関係に癒しと安らぎをおぼえるヒロイン・カナ。しかし留守中の留美の不在に、カナの秘めた想いは次第に募るのだった……。新感覚の性愛を鮮烈に描いた恋愛小説の傑作。(アマゾン内容紹介)

◎処女作がいちばん

安達千夏作品『モルヒネ』(祥伝社文庫)と『かれん』(角川文庫)を続けて読みました。ともに生と死と恋を、ミキサーでかくはんしたような作品でした。やっぱり安達千夏はデビュー作が一番だと、20年ほど前にPHP研究所メルマガ「ブックチェイス」に書いた書評を読み返してみました。そして現時点でのお勧めは、この作品だろうと思いました。当時の書評を再掲させていただきます。

(加筆修正して再掲)
今年度の「すばる文学賞」受賞作です。書店に平積みされており、けばけばしいPOP広告までつけられていました。帯には気取った著者の写真が刷りこまれています。左手を曲げて顎を支えている写真でした。
 瞳は真っ直ぐに、私を見ています。最近の文芸書は、著者の写真入りのものが増えています。この傾向はいつからのことなのでしょうか。私はできることなら、著者の写真を見たくありません。

本を読む前に立派な肖像写真を見せられると、どうしても主人公とその写真がオーバーラップしてしまいます。特に一人称で書かれた作品の場合は、その傾向が強くなります。このことと、『あなたがほしい』の作品評価は別ですが。
(再掲おわり)

安達千夏『あなたがほしい』を、集英社文庫で再読しました。ほとんどストーリーを忘れていたため、新刊を読む感覚でした。

◎ギャップを織り上げる

『あなたがほしい』の主人公「私」は、社名を出せば誰でも頷くハウジングメーカーの営業をしています。三十歳を目前にした「私」には、「留美」という恋い焦がれる年下の同性がいます。留美は西洋美術史を専攻し、ベルギーへ留学しています。一方、「私」には私を「カナちゃん」と呼ぶ、小田という四十歳のセックス・フレンドがいます。

 本書は、留美への慕情と小田との代替セックスを縦軸に、「私」の職場の同僚や元同級生の顧客とのやりとりを横軸にして構成されています。「私」の位置をX軸とY軸との交点・ゼロだとすると、留美はY軸の上にある存在であり、小田はY軸の下方にある位置づけになっています。

「私」は小田とのセックスでは、常に自らが主導していないと気がすみません。「私」は小田とのセックスをこう位置づけています。
 
――そうだ。私たちは間違いなく親友で、恋人ではない。歯に衣着せず言い合い、打ち明け、嫉妬や詮索とも無縁で、尊敬と嘲笑を共存させ得る関係。肌を合わせるのは、たまたま彼が雄で私が雌だったから。初めは成りゆきで、その後は単に後腐れなく都合がいいから。(本文より)

 小田は、「私」(カナ)が留美に抱いている想いを知っています。そのうえで、自分がその代役であることに甘んじています。小田は個人で建築の設計事務所を持っています。そこへカナを引き抜こうと誘い続けます。
やがて「私」の前に、かって同級生だった女性が客として現れます。彼女は夫と二人の子供、という平凡な家庭をもっていました。妻であり母親である元同級生は、マイホームの夢をもち積極的でした。

これらの話しに加えて、同僚の佐藤くんとの仕事上のやりとりを随所に散りばめながら、物語はエンディングへと進みます。冒頭にも書きましたが、縦糸と横糸が交互に編みこまれた非常に構造がしっかりとした作品でした。ただし留美との関係については、もう少し張り詰めた糸を使ってほしかったと思います。

ちょっと欲張った感じではありますが、マイホームを求める一般的な家庭と、それを供給する男と女。その男と女は、性愛でのみつながっている不均衡な関係。大手企業に勤める若者とたった一人で会社を経営している中年。これらのギャップを、安達千夏はみごとに織り上げています。

著者が一人称ではなく、三人称でこの作品を書いていたら、もっと違った作品となっていたでしょう。これだけしっかりとした「設計」ができるのですから。再読してみて、安達千夏はもっと大きな作品が書けると確信しました。
(山本藤光:初稿1999.01.28改稿2018.03.16)

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