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住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉文庫)

2020-01-13 | 書評「す・せ・そ」の国内著者
住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉文庫)

ある日、高校生の僕は病院で一冊の文庫本を拾う。タイトルは「共病文庫」。それはクラスメイトである山内桜良が綴った、秘密の日記帳だった。そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて―。読後、きっとこのタイトルに涙する。「名前のない僕」と「日常のない彼女」が織りなす、大ベストセラー青春小説! (「BOOK」データベースより)

◎ミステリー仕立て

住野よるは、大阪在住の男性作家です。生年月日は明らかにされていません。本書は投稿サイトに応募された、著者のデビュー作です。

青春と病。このテーマは、多くの読者の共感を呼びます。古くは、堀辰雄『風立ちぬ』(新潮文庫)や実話を物語にした河野實・大島みち子『愛と死をみつめて』(大和書房)などの話題作があります。
住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉文庫)もその系譜の作品です。しかし、前記の作品と大きく異なるのは、二人の主人公のキャラクターの特異性です。病におかされている、女の子は明るく社交的です。一方、男の子は暗く非社交的です。

二人は高校のクラスメートです。まったく真逆の性格の二人は、一冊の日記で結びつけられます。山内桜良は膵臓を病んでおり、余命いくばくもありません。そのことを彼女は、「共病文庫」というタイトルのノートに書き留め続けていました。その日記を偶然に、もう一人の主人公である「僕」が読んでしまいます。病院の待合室に置き忘れられていたのです。
それから二人のぎこちない交際がはじまります。本書が優れているのは、登場人物のキャラクターがとがっていること。そして何よりも、ミステリー仕立ての構成の見事さにあります。
本書は2016年本屋大賞の第2位に輝いており、映画化もされたようです。死を自覚した女子校生の明るさとネクラの男子高校生という対比も見事ですが、二人の日常に少しずつ深みが増す展開こそ本書の魅力です。

◎草舟とは

物語の冒頭は「クラスメートであった山内桜良の葬儀は」と、主人公の片割れが死んでしまっているところからつづられます。そして本稿「僕」と「山内桜良」との馴れ初め場面へとさかのぼります。ただし「僕」の姓名はあかされません。「僕」は、「【秘密を知ったクラスメートくん】」などと表記されます。この呼称は二人の関係が進化するにつれて、【地味なクラスメートくん】【仲良しくん】などと変わっていきます。その後「僕」の名前は、有名な小説家を二人合わせたよう、と描写されたりします。そして最後にフルネームで紹介されます。私はこの仕掛を高く評価しています。これだけでも十分に読者を引っ張る原動力になっています。

さらに著者は、「草舟」なる単語をひんぱんに用います。最初に登場するのは21ページです。私はここで、活字を追うことを中断することになります。意味がわからなかったのです。

――抵抗も空しく、気がつけば僕は本格的な七輪を挟んで彼女と向いあっていた。本当に草舟っぷりがいたについている。(P21)

電子辞書に「くさぶね」や「そうしゅう」と入力しました。しかし「該当なし」と出ます。仕方がないので、ネット検索を試みました。すると同じ単語の意味を求める、読者の問いがありました。そして下記が回答者さんのコメントです。

――「草舟」は草の葉っぱを折って作った舟のことだと思います。この文章では、軽い力で流されてしまう喩え(たとえ)として使っていますね。(tanishi_aさん)

住野よるは、この単語を10回ほど用います。本書が秀逸なのは、前記の「僕」の呼称と「草舟」の意味に変化が生まれる点にあります。「草舟」の最後は、次のように説明されています。

――誰も、僕すらも本当は草舟なんかじゃない。流されるのも流されないのも、僕らは選べる。(P249)

◎病・死・青春

『君の膵臓をたべたい』の読みどころのもう一つは、「共病文庫」にどんなことが書かれているか、にあります。死を覚悟している桜良の底抜けな明るさの裏に、いかなる内なる葛藤があるのか。「僕」が知りたいのは、その点でした。桜良の死後、「僕」はそのノートを受け取ります。そして号泣することになります。
 これ以上、作品に深入りすることは避けます。本書は「病」と「死」という厚切りパンにはさまれた、具だくさんの青春小説です。この極上の食材をつくった、住野よるに拍手を贈りたいと思います。至極満足しました。
 本書は少しでも多くの人に味わっていただきたいと思います
山本藤光2020.01.13

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