山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

野中郁次郎・紺野登『知識経営のすすめ』(ちくま新書)

2018-02-01 | 書評「の」の国内著者
野中郁次郎・紺野登『知識経営のすすめ』(ちくま新書)

日本企業は、二度の石油ショック、ニクソン・ショック、円高などを克服し、強い競争力をつくりあげてきた。日本企業に比較優位をもたらしたのは、年功制度・終身雇用という労働形態だけでなく、組織的知識創造をコアとする労働スタイルにあった。それは個別的な直感=暗黙知を形式知化して組織全体のものにし、製品やサービス・業務システムに具体化するという組織の運動能力のことである。トヨタやホンダ、花王、富士通、富士ゼロックスなど優良企業のケース・スタディをもとに、知識創造と知識資産活用の能力を軸として、大転換を迫られている日本的経営の未来を探る。(「BOOK」データベースより)

◎私を変えてくれた1冊

私の書評は四つのジャンル「現代日本文学」「近代日本文学・」「海外文学」「知・教養・古典」から各125冊づつを選んで書評を書いたいます。
「知・教養・古典」ジャンルで、私が特別に大切にしている本は3冊あります。そのなかの1冊が、野中郁次郎・紺野登『知識経営のすすめ』(ちくま新書)です。他の2冊は、西堀栄三郎『石橋を叩けば渡れない』(生産性出版)、花村太郎『知的トレーニングの技術』(ちくま学芸文庫)です。

『知識経営のすすめ』を読むにあたって、マネジャーの方は「チーム運営」と読みかえてページをくくってください。私が「人間系ナレッジマネジメント」を提唱して、ビジネスをさせてもらったのは、本書および著者2人との出会いによるものと断言できます。

私が日本ロシュという製薬会社で「SSTプロジェクト」事務局長をしていたときに、野中郁次郎先生が取材にいらっしゃっいました。まだナレッジマネジメントなる言葉を、知らない時代の話です。SSTは優秀者のスキル・ノウハウを、同行指導により平均者に直接伝授するプロジェクトのことです。

◎日常のなかで交換されている2つの知

「ナレッジマネジメント」というと、「そんな難しい話は」という反応がかえってくることがあります。ナレッジマネジメントを理解するには、「暗黙知」と「形式知」の存在を理解することだけでかまいません。この2つの「知」を意図的に連動させるのが「ナレッジマネジメント」なのです。

「意識」を説明するときに、よく氷山の絵が用いられます。水面上にある小さな部分を「顕在意識」、水面下の大きな部分を「潜在意識」と呼びます。「知」の世界も、氷山を用いて説明することができます。

水面上にある知を「形式知」と呼びます。マニュアル、テキスト、データベースなど、文字や言葉で表されている知のことです。水面下の部分は「暗黙知」といい、スキル、ノウハウ、勘など文字や言語に表出されていない知のことです。私たちの「知」は氷山のように、圧倒的に「暗黙知」の部分が大きいのです。

 私たちの日常のなかで、2つの「知」は自然に交換されています。例示してみましょう。
・料理のレシピ(形式知)を見て、料理を作る(暗黙知)。
・料理番組を見て(暗黙知)、必要項目をメモする(形式知)。
・ゴルフ場で手取り足取り(暗黙知)、スイングを教える(暗黙知)。
・本(形式知)を読んでいて、大切な箇所を書き抜く(形式知)。
 
――ナレッジマネジメントとは、簡単に言えば、個々人の知識や企業の知識資産(Knowledge Asset)を組織的に集結・共有することで効率を高めたり価値を生み出すこと。そして、そのために仕組みづくりや技術の活用を行うことです。(本文より)
 
 これまでの多くの企業はナレッジマネジメントと称して、システムやデータベースに傾注していました。ベストプラクティス(成功実践例集)などは、暗黙知を形式知に置換する作業です。私がいちばん注目したのは、「暗黙知」から「暗黙知」への転換プロセスだったのです。いわゆる徒弟制度、名人芸の伝承などをイメージしてもらえばいいと思います。
 
 本書では「暗黙知」と「形式知」の連動を、前例のような4つの循環として説明しています。「SECI(セキ)プロセス」というのですが、できるだけやさしく解きあかしてみたいと思います。私は日本ロシュの営業企画部長時代に、日本ナレッジマネジメント学会でSSTプロジェクトの実践例を紹介しています。難解なSECIをこうして説明していますと、つぎのような話をしました。会場は笑いに包まれました。

 むかし「愛と貧乏脱出大作戦」というテレビ番組がありました。つぶれそうな店の店主3人が、達人の店に修行にやってきます。

(1)達人は自ら料理をつくってみせます。彼らはそれぞれ必死でメモをとります。
(2)その夜、3人は自分のメモだけでは不安なので、額を寄せ集めてより完璧なメモに仕上げます。
(3)翌日3人はまとめあげたメモを参考にしながら、達人の料理に挑みます。当然うまくはいきません。
(4)達人は料理をつくってみせて、もういちど彼らにやらせてみます。
 こうした毎日をくりかえし、つぶれそうな店の店主たちの料理の腕は、少しずつ達人に近づいていきました。めでたし、めでたし。

 いかがでしょうか。(1)は暗黙知から形式知の変換場面です。あとの説明は省略させていただきます。「愛と貧乏脱出大作戦」は、まさに「SECIプロセス」を映像化した番組だったのです。

◎SECIをぐるぐる回す

 ナレッジマネジメントとは、SECIを意図的に循環させるものです。最初はぎこちなくまわっていた「SECIプロセス」が、やがて自然体でまわるようになります。私はいくつもの企業でその指導を実施し、企業に根づいた事例を知っています。営業リーダーの仕事で説明させていただきます。
 
S(共同化):営業リーダーが部下と同行し、現場で自分のスキル、ノウハウを伝授する。 
E(表出化):チーム会議で優秀者の成功例を発表させる。
C(結合化):発表された成功例をみんなで磨き上げる。
I(内面化):磨き上げた成功例を現場で実践してみる。

 いかがでしょうか。強いチームは、この循環がスムースにおこなわれています。つまり「個人知」が「組織知」になっているのです。

『知識経営のすすめ』は、企業のマネジャーの必読書です。これを理解していなければ、いつまでもチームは強くなりません。本書から大切なポイントを引用しておきます。
 
【個人「知」から組織「知」】
――ナレッジマネジメントの多くは、知識資産の共有から出発するものです。基本的には個人のレベルの知識を組織的に集結・連結して活用し、その単純な総和以上のものを発揮しようというのが狙いです。(本文より)

【場(空間)】
――知識を共有する空間、意思決定のために知識を結集する空間、地理的に分散した人々と本社を結びつけるための空間……。ナレッジマネジメント、あるいは知識経営の実践においては空間(場)が大きな意味を持ちます。(本文より)

 野中郁次郎先生には、大きな力を与えていただいています。拙著の推薦文も書いていただきました。一橋大学大学院の講義にも招いていただきました。「人間系がんばれ」のメッセージもいただきました。いただいているばかりで、恐縮しています。
(山本藤光:2012.10.30初稿、2018.02.01改稿)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿