橋本治『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫)

あまりにも多くの人たちが日本の古典とは遠いところにいると気づかされた著者は、『枕草子』『源氏物語』などの古典の現代語訳をはじめた。「古典とはこんなに面白い」「古典はけっして裏切らない」ことを知ってほしいのだ。どうすれば古典が「わかる」ようになるかを具体例を挙げ、独特な語り口で興味深く教授する最良の入門書。(「BOOK」データベースより)
◎古典の読み方ステップアップ
多くの人に、日本の古典をもっと親しんでもらいたい。ずっとそう思っています。古典文学を読むのは、国文学を専攻した私でもちゅうちょしてしまいます。日本人なら、せめて「古事記」「源氏物語」「枕草子」「徒然草」「小倉百人一首」「竹取物語」「伊勢物語」あたりの、上代・中古・中世(鎌倉時代)・近世(江戸時代)くらいの著作にはふれたいものです。そのための格好の古典文学の入門書があります。
橋本治『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫)は、語り調で平易な案内をしてくれています。さらに、阿刀田高監修『日本の古典50冊』(知的生き方文庫)を併読すれば、難解な古典でも「読んでみようかな」という気持ちになります。いきなり原書を選ぶ人はいないでしょうが、できるだけ「口語訳」「新訳」などの冠がついた著作を手にしたほうが楽に読むことができます。
近代(明治)以前の著作について、私が薦めるステップアップ読書法はつぎのとおりです。
【古事記】
1阿刀田高『楽しい古事記』(角川文庫)。
2福永武彦訳『現代語訳・古事記』(河出文庫)
3三浦佑之訳・注釈『完全版・口語訳古事記』(文藝春秋)
【源氏物語】
1.橋本治『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫)
2.西村亨『源氏物語とその作者たち』(文春新書)
3.与謝野晶子『全訳源氏物語』(全5巻、角川文庫)
【枕草子】
1田辺聖子『むかし・あけぼの・小説枕草子』(角川文庫)
2橋本治『桃尻語訳・枕草子』(上中下巻。河出文庫)
3角川書店編『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラッシック日本の古典)
【徒然草】
1荻野文子『ヘタな人生論より徒然草』(河出文庫)
2斉藤孝『使える徒然草』(PHP新書)
3角川書店編『徒然草』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラッシック日本の古典)
【小倉百人一首】
1吉海直人『こんなに面白かった百人一首』(PHP文庫)
2高信太郎『3日間で覚えられる百人一首』(講談社アルファ文庫)
3白洲正子『私の百人一首』(新潮文庫)
【竹取物語】
1星新一『竹取物語』(角川文庫)
2北杜夫『竹取物語』(「21世紀少年少女古典文学館2」、俵万智「伊勢物語」併載、講談社)
3角川書店編『竹取物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラッシック日本の古典)
4川端康成『竹取物語』(新潮文庫絶版)
【伊勢物語】
1俵万智『恋する伊勢物語』(ちくま文庫)
2津島佑子『伊勢物語・土佐日記を旅しよう』(講談社文庫絶版)
3角川書店編『伊勢物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラッシック日本の古典)
◎古典はやさしいものです
古典は難しくない、やさしいものです。橋本治は、さまざまなたとえを駆使して、古典を身近なものに見せてくれます。私は源氏物語を、瀬戸内寂聴『源氏物語』(全10巻、講談社文庫)を通読しました。口語訳なので、すいすい読むことができました。そこで満足していたら、橋本治『窯変源氏物語』(全14巻、中央公論社、現・中公文庫)が出版されました。読んでみて納得しました。原文を超えたいわゆる「超訳」のおもしろさを実感したのです。
それからは前記のように、橋本治の『桃尻語訳枕草子』(全3巻、河出文庫)や『双調平家物語』(全16巻、中公文庫)を読みあさったのです。そしてはまりました。橋本治の文章は、難解な古典に糖衣がけしてくれたのです。
超訳の楽しさを知ってから『痛快世界の冒険文学』(全24巻、講談社)を買いそろえ、現代作家の踊るような文章を楽しんでみました。第1回配本の「志水辰夫・文/原作ベルヌ『十五少年漂流記』などには、原作の魅力とは異なる共感を覚えたものです。
橋本治『これで古典がよくわかる』の魅力を、一部紹介させていただきます。全編がこのように平易な記述になっています。古典ぎらいにとって、こんなにわかりやすい入門書は存在しないと思います。
――紫式部は、清少納言以上に漢詩や漢文にくわしい人です。その彼女が清少納言をいやがるのは、「女が漢字にまつわる知識をふりまわすのはみっともない」という〈美学〉があったからでしょう。(本文P75より)
――今じゃ、和歌というものは〈お勉強〉ですが、昔は和歌というものが〈生活必需品〉でした。いくら「中国製の文化」がえらいということになったって、〈生活必需品〉には勝てません。「日本製の和歌というのはいいものだ。和歌というものは、人間の心を伝える大事なものである」という〈文化的な気運〉が生まれて、『古今和歌集』という「国家事業」は生まれるのです。(本文P79より)
鶴岡八幡宮の巨木が倒壊しました。本書はそれ以前に書かれているので、こんな文章には笑ってしまいます。
――「歴史は暗記ものだからたいへんだ」と思っている人だって、「頼朝、頼家、実朝」の「源氏三代将軍」ぐらいは暗記しているでしょう。おまけに、実朝は暗殺されていて、鶴岡八幡宮には、彼を暗殺しようとした公暁(くぎょう)が隠れていたと伝えられる大いちょうの木だってまだ残っているんです。(本文P154より)
◎ちょっと寄り道
橋本治は東大の大学祭で、つぎのような立看板にコピーを書いて、有名になりました。
――とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く
そして小説でのデビュー作『桃尻娘』(ポプラ文庫)を発表します。女子高生の口語体を駆使した本書は、文壇からは評価されませんでしたが、若者からは圧倒的な支持を受けました。
――今日、アレが来た。アー、ホントにやっと来たって感じでサ、よかったよかった、心配してたのよねえ、だって新学期からズーッとなかったのよ。そりゃ、いつもキッチリ来るわけじゃないけどサ、「アー、ヤバイヤバイどうしようかな」って思いかけてたの。数一の時間、「アッ、来るッ!」って突然分かってサ、もうホントに声出しそうになっちゃった。アー、よかった。(本文P8より)
引用文庫では「数一の時間」となっています。初出「小説現代Gen」第3号では、「数二の時間」となっていたようです。雑誌は読んでいませんけれど、清水良典『最後の文芸時評』1999年四谷ラウンドの引用ではそうなっていました。橋本治はなぜ、文庫化にあたり「数二」にしたのでしょうか。あるいは、清水良典の引用ミスなのでしょうか。考えこんでしまいました。
◎『たけくらべ』をすらすら読むことができる人へ
樋口一葉『たけくらべ』(新潮文庫)は難解だと書いたら、「そんなのすらすら読めてあたりまえだろう」という叱責メールをいただきました。さらに「原書を1冊読めば、樋口一葉くらい楽勝だよ」と重ねられました。そんなすごい人とは、つきあいたくありません。私には世間並みの知力しかありませんし、だいいち苦労して原書を読むなどという時間ももちません。
したがって、こんな稚拙なブックガイドしかできないでいるのです。ごめんなさい。
(山本藤光:2010.05.08初稿、2018.02.08改稿)

あまりにも多くの人たちが日本の古典とは遠いところにいると気づかされた著者は、『枕草子』『源氏物語』などの古典の現代語訳をはじめた。「古典とはこんなに面白い」「古典はけっして裏切らない」ことを知ってほしいのだ。どうすれば古典が「わかる」ようになるかを具体例を挙げ、独特な語り口で興味深く教授する最良の入門書。(「BOOK」データベースより)
◎古典の読み方ステップアップ
多くの人に、日本の古典をもっと親しんでもらいたい。ずっとそう思っています。古典文学を読むのは、国文学を専攻した私でもちゅうちょしてしまいます。日本人なら、せめて「古事記」「源氏物語」「枕草子」「徒然草」「小倉百人一首」「竹取物語」「伊勢物語」あたりの、上代・中古・中世(鎌倉時代)・近世(江戸時代)くらいの著作にはふれたいものです。そのための格好の古典文学の入門書があります。
橋本治『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫)は、語り調で平易な案内をしてくれています。さらに、阿刀田高監修『日本の古典50冊』(知的生き方文庫)を併読すれば、難解な古典でも「読んでみようかな」という気持ちになります。いきなり原書を選ぶ人はいないでしょうが、できるだけ「口語訳」「新訳」などの冠がついた著作を手にしたほうが楽に読むことができます。
近代(明治)以前の著作について、私が薦めるステップアップ読書法はつぎのとおりです。
【古事記】
1阿刀田高『楽しい古事記』(角川文庫)。
2福永武彦訳『現代語訳・古事記』(河出文庫)
3三浦佑之訳・注釈『完全版・口語訳古事記』(文藝春秋)
【源氏物語】
1.橋本治『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫)
2.西村亨『源氏物語とその作者たち』(文春新書)
3.与謝野晶子『全訳源氏物語』(全5巻、角川文庫)
【枕草子】
1田辺聖子『むかし・あけぼの・小説枕草子』(角川文庫)
2橋本治『桃尻語訳・枕草子』(上中下巻。河出文庫)
3角川書店編『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラッシック日本の古典)
【徒然草】
1荻野文子『ヘタな人生論より徒然草』(河出文庫)
2斉藤孝『使える徒然草』(PHP新書)
3角川書店編『徒然草』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラッシック日本の古典)
【小倉百人一首】
1吉海直人『こんなに面白かった百人一首』(PHP文庫)
2高信太郎『3日間で覚えられる百人一首』(講談社アルファ文庫)
3白洲正子『私の百人一首』(新潮文庫)
【竹取物語】
1星新一『竹取物語』(角川文庫)
2北杜夫『竹取物語』(「21世紀少年少女古典文学館2」、俵万智「伊勢物語」併載、講談社)
3角川書店編『竹取物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラッシック日本の古典)
4川端康成『竹取物語』(新潮文庫絶版)
【伊勢物語】
1俵万智『恋する伊勢物語』(ちくま文庫)
2津島佑子『伊勢物語・土佐日記を旅しよう』(講談社文庫絶版)
3角川書店編『伊勢物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラッシック日本の古典)
◎古典はやさしいものです
古典は難しくない、やさしいものです。橋本治は、さまざまなたとえを駆使して、古典を身近なものに見せてくれます。私は源氏物語を、瀬戸内寂聴『源氏物語』(全10巻、講談社文庫)を通読しました。口語訳なので、すいすい読むことができました。そこで満足していたら、橋本治『窯変源氏物語』(全14巻、中央公論社、現・中公文庫)が出版されました。読んでみて納得しました。原文を超えたいわゆる「超訳」のおもしろさを実感したのです。
それからは前記のように、橋本治の『桃尻語訳枕草子』(全3巻、河出文庫)や『双調平家物語』(全16巻、中公文庫)を読みあさったのです。そしてはまりました。橋本治の文章は、難解な古典に糖衣がけしてくれたのです。
超訳の楽しさを知ってから『痛快世界の冒険文学』(全24巻、講談社)を買いそろえ、現代作家の踊るような文章を楽しんでみました。第1回配本の「志水辰夫・文/原作ベルヌ『十五少年漂流記』などには、原作の魅力とは異なる共感を覚えたものです。
橋本治『これで古典がよくわかる』の魅力を、一部紹介させていただきます。全編がこのように平易な記述になっています。古典ぎらいにとって、こんなにわかりやすい入門書は存在しないと思います。
――紫式部は、清少納言以上に漢詩や漢文にくわしい人です。その彼女が清少納言をいやがるのは、「女が漢字にまつわる知識をふりまわすのはみっともない」という〈美学〉があったからでしょう。(本文P75より)
――今じゃ、和歌というものは〈お勉強〉ですが、昔は和歌というものが〈生活必需品〉でした。いくら「中国製の文化」がえらいということになったって、〈生活必需品〉には勝てません。「日本製の和歌というのはいいものだ。和歌というものは、人間の心を伝える大事なものである」という〈文化的な気運〉が生まれて、『古今和歌集』という「国家事業」は生まれるのです。(本文P79より)
鶴岡八幡宮の巨木が倒壊しました。本書はそれ以前に書かれているので、こんな文章には笑ってしまいます。
――「歴史は暗記ものだからたいへんだ」と思っている人だって、「頼朝、頼家、実朝」の「源氏三代将軍」ぐらいは暗記しているでしょう。おまけに、実朝は暗殺されていて、鶴岡八幡宮には、彼を暗殺しようとした公暁(くぎょう)が隠れていたと伝えられる大いちょうの木だってまだ残っているんです。(本文P154より)
◎ちょっと寄り道
橋本治は東大の大学祭で、つぎのような立看板にコピーを書いて、有名になりました。
――とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く
そして小説でのデビュー作『桃尻娘』(ポプラ文庫)を発表します。女子高生の口語体を駆使した本書は、文壇からは評価されませんでしたが、若者からは圧倒的な支持を受けました。
――今日、アレが来た。アー、ホントにやっと来たって感じでサ、よかったよかった、心配してたのよねえ、だって新学期からズーッとなかったのよ。そりゃ、いつもキッチリ来るわけじゃないけどサ、「アー、ヤバイヤバイどうしようかな」って思いかけてたの。数一の時間、「アッ、来るッ!」って突然分かってサ、もうホントに声出しそうになっちゃった。アー、よかった。(本文P8より)
引用文庫では「数一の時間」となっています。初出「小説現代Gen」第3号では、「数二の時間」となっていたようです。雑誌は読んでいませんけれど、清水良典『最後の文芸時評』1999年四谷ラウンドの引用ではそうなっていました。橋本治はなぜ、文庫化にあたり「数二」にしたのでしょうか。あるいは、清水良典の引用ミスなのでしょうか。考えこんでしまいました。
◎『たけくらべ』をすらすら読むことができる人へ
樋口一葉『たけくらべ』(新潮文庫)は難解だと書いたら、「そんなのすらすら読めてあたりまえだろう」という叱責メールをいただきました。さらに「原書を1冊読めば、樋口一葉くらい楽勝だよ」と重ねられました。そんなすごい人とは、つきあいたくありません。私には世間並みの知力しかありませんし、だいいち苦労して原書を読むなどという時間ももちません。
したがって、こんな稚拙なブックガイドしかできないでいるのです。ごめんなさい。
(山本藤光:2010.05.08初稿、2018.02.08改稿)