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著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

一気読み「ビリーの挑戦」059-064

2018-03-04 | 一気読み「ビリーの挑戦」
一気読み「ビリーの挑戦」059-064
059cut:何とかこの悪習を変えたい
――10scene:4月のオフイス

影野小枝 釧路営業所の朝です。柱時計は11時を回っています。タバコの煙が充満し、奥がかすんで見えるほどです。釧路は霧の都として有名ですけど、これって霧かしら? 漆原さん、何だかいらついている様子です。こっそり質問してみます。
漆原 朝、代理店さんへ行って、いったんオフイスへ戻り、こんな時間まで内勤をしている。私のいた千葉では、考えられないことです。何とかこの悪習を変えなければ、と頭を悩ませています。
影野小枝 漆原さんから、きつくいったらいいじゃないですか。
漆原 いいえ、彼ら自身がそのことに気づかないかぎり、命令しても真の改善にはなりません。命令して、従わせる。これだけはやりたくないのです。
影野小枝 どうやって気づかせるのですか?
漆原 楽しく働けるようになること。仕事が楽しくなると、自然にムダを省くようになります。集中するとは、ムダを省くことなのです。
影野小枝 タバコの煙、ひどいですね。漆原さんはタバコを吸わないのですか?
漆原 やめて5年ほどになります。
影野小枝 禁煙になさったらいいのに。
漆原 オフイス環境を考えるのも、彼らの仕事の一貫です。だから、私からは絶対に命令しません。
影野小枝 せっかく5日間も合宿したのに、あまり効果が上がっていませんね。
漆原 活動内容は劇的に変化したのですけど、習慣は簡単には変わりません。今の段階は、彼らが気づいてくれるのを、ひたすら待つことです。
影野小枝 でも1年以内に、業績を倍増しなければならないのですよね。漆原さんは悠長過ぎるような気がするのですが……。
漆原 もう少し見守っていてください。モチベーションというやつに火がついたら、彼らの意識・行動はもっと変化します。
 
060cut:こんな環境で元気が出ますか
――10scene:4月のオフイス

影野小枝 漆原さんの改善が、どのくらい進んでいるのか。ちょっとだけ、前任者の鈴木さん時代のオフイスを再現してみましょう。これは夕方のオフイスです。
疲れ切った顔で、寺沢さんがオフイスに戻りました。タバコの煙が充満しています。
寺沢(うつむきながら、小さな声で)ただいま……。
鈴木(顔を上げずに)おかえり……。
チームメンバー(顔を上げず、書き物をしながら)おかえり……。
影野小枝 寺沢さん、日報を記入しはじめました。
鈴木 テラ、何かいい話があったか?
寺沢 ダメでした。
鈴木 ダメだって。気合が足りないからだ。おれが若いころは、売れるまで帰ってこなかった。
寺沢 すみません。
鈴木 日報書き終わったら、エッちゃんのところでパーッとやるぞ。
影野小枝 かなり暗いですね。こんな環境で、元気が出ますか。まるで葬儀の会場みたいです。

061cut:「おれたちが」という3人称
――10scene:4月のオフイス

影野小枝 現在の夕方のオフイスです。柱時計は午後6時半を指しています。漆原さんは帯広へ出張で不在です。寺沢さんを除く3人が缶コーヒーを飲みながら談笑しています。
熊谷 (時計を見ながら)テラ、遅いな。6時半に飲み会だと伝えてあるのに。
石川 忘れているのかも?
熊谷 あいつが飲み会を忘れるはずはないよ。
田中 電話くらいよこしてもいいのに。先に行きましょうか?
影野小枝 電話が鳴っています。受話器を取った田中さんが、寺沢さんであると指で合図をしました。
田中 テラ、どうした? えー、K病院の医局説明会、取れたのか。すごいじゃないか。で、いつだ? 明日!
石川(ガッツポーズをしながら)10年間も拒否され続けた、念願の説明会が実現した。漆原さんはすごいよ。こいつを男にしてもらいたいってこの前、薬局長に土下座をしたのだから。
熊谷 テラもよくがんばったよ。難攻不落の薬局長が、ついに首をタテに振った。歴史的な快挙といえる。
石川 ドクターは使いたがっているのだから、説明会が実現すれば採用になる。
熊谷 それにしても、あの薬局長がよく説明会を許可したものだ。いきなり明日というのは残酷だけど。
田中 残念だけど、飲み会は中止ですね。テラの面倒をみてやるのが、最優先事項です。
石川 テラが最高の医局説明会ができるように、おれたちが特訓しよう。今日は徹夜になるかもしれないぞ。
影野小枝 10年前、K病院は前リーダーの鈴木さんが担当していました。鈴木さんは薬局でトラブルを起こし、それ以来、R製薬の新製品は一切採用されていません。それが漆原さんの熱意で、門戸が開かれました。みなさん、喜んでいますね。飲み会を中止して、寺沢さんをサポートするといっています。おれたちという3人称が、チーム内に生まれたようですね。

062cut:本当の勝負は明日だ
――10scene:4月のオフイス

影野小枝 K病院の内科医局説明会を終えて、寺沢さんの慰労会をしています。中華料理屋の丸テーブルにメンバーが顔を揃えています。
漆原 インパクトのある説明会だった。テラ、おめでとう。
寺沢 ありがとうございます。釧路のメンバー全員がきてくれたので、大船に乗ったつもりでやることができました。
石川 ドクターもびっくりしていたぜ。5人も押しかけてきた説明会は、はじめてだっていっていた。
熊谷 猛特訓の成果が出たな。大成功だったよ。
寺沢 緊張しましたけど、終わってみたら自信に変っていました。医局説明会って、ドクターの方から集まってくれるのだから、一挙にディテール数が増えますね。
田中 本当の勝負は明日だ。明日、どのくらいの症例が獲得できるか。これが医局説明会のすべてだからな。昨日はありがとうございました。ところで、何例かお試しいただけますでしょうか。これをやらなければ、説明会の意味はない。
漆原 みんなで、今日の説明会を演出した。立派だった。これまでに、いろいろな医局説明会を経験してきたけど、テラのためにみんなが力を合わせた。だから、説明会は成功した。1人でできることは、限られている。でも力を合わせると、すごい世界が出現するのだ。
熊谷 何で説明会に5人もくるのだって、W先生に質問されたよ。
石川 それで、何と答えた?
熊谷 10年越しの悲願達成の瞬間を見たい。だから全員できました、と答えました。
寺沢 質よりも量だ。W先生は、そうほめてくれました。
影野小枝 みんなうれしそうです。何かが動き出した。そんな感じがします。

063cut:卵と鶏を同時に突き出された
――10scene:4月のオフイス
影野小枝 喫茶店「場」です。漆原さんと常連Cさんが話をしています。
常連C 営業リーダーの使命は、「業績向上」と「部下育成」だろう。部下を持ったばかりの営業リーダーから、2つの使命についての相談を受けた。どちらを優先すべきでしょうか、だってさ。あまりにも真剣なので、戸惑ってしまったよ。
漆原 新任リーダーは、2つを別ものと考えているのですね。2つの使命は車の両輪のようなもので、バランスが取れていなければ真直ぐには走れない。どちらかを優先するという類の話ではないと思いますけど。
常連C 質問者の目は、真剣だった。卵と鶏を同時に突き出され、「どっちが先ですか」と詰問されている感じがした。「どっちも大切」などと、答える雰囲気じゃなかった。
漆原 二者択一なら、絶対に部下育成を優先すべきです。ていねいに部下を指導すれば、業績は自然についてきますよ。
常連C おれもそういったさ。でも彼は頷かなかった。納得していなかった。肩に力が入っているな、とほほえましく思った。同時に「部下育成」を最優先するマネジメントを、思い描けないのだとも感じた。
漆原 その人は、「業績向上」といってもらいたかったのでしょうね。できたての営業リーダーにとって、その方が断然やりやすい。つい昨日まで現役のバリバリだったのだから、部下と同行して商談をまとめることはたやすいことのはずですよね。
常連C きみが新人だったころの、上司を思い出してごらん。どっちを優先していた?
漆原 まともな指導を受けた、という記憶がないのですが……。
常連C それでも、きみはこうして責任者に抜擢された。まともな指導がなくたって、営業マンは成長するのかもしれないね。
漆原 そうは思いません。ちゃんとした指導を受けていたら、部下育成でこんなに悩まなかったと思います。
常連C 自分の部下のレベルをどこまで引き上げたいのか。上司は部下と話し合い、ゴールを共有する。そして現場で同行指導をする。これを着実にやれば、業績は自動的についてくる。そう教えたのだけど、彼にはピンとこなかったようだ。
漆原 部下育成って、難しいですね。

064cut:一人称が三人称に変わった
――10scene:4月のオフイス
影野小枝 ビデオ製作会社打ち合わせです。 
監督 一人称の世界が、三人称に変わった。あのシーンはいいな。
製作 10年間拒絶されていた医局説明会に、許可が出た。バラバラだったチームが、磁石に寄せ集められるクリップみたいに変化する。
助監督 その方法が土下座。ここはいただけませんね。インパクトのある違った行動にしたいですね。いまどきの若者に、土下座を勧めるのは抵抗があります。
製作 こいつを男にしてやってください。漆原は深く頭を下げた。これじゃ迫力が出ない。
監督 土下座で行こう。営業リーダーが身体を張った。そんな姿を見せられて、寺沢は仕事の原点を体感することになる。


一気読み「ビリーの挑戦」050-058

2018-03-03 | 一気読み「ビリーの挑戦」
一気読み「ビリーの挑戦」050-058
050cut:合宿の打ち上げ
――08scene:合宿3日目
影野小枝 コの字型の配膳に、豪華な料理が並んでいます。合宿の打ち上げ会場です。支店長も同席しています。
支店長 5日間の合宿、ご苦労さんでした。みんなの発表を聞いていて、熱い気持ちが伝わってきました。仕事バリバリ家でゴロゴロでは、良質な仕事は生まれない。私にとって、耳の痛い報告もありました。(笑)対(つい)をつながなければ、成果は上がらないとの発表も腑に落ちました。支店と現場を密につなぐため、私も努力します。本日の発表を忘れずに、さらなる努力を期待しています。
漆原 パブロフ犬状態のきみたちを見たら、長話はできそうもない。簡単な総括ですませて乾杯しよう。まずは、熱心に課題に取り組んでくれたことに感謝したい。この5日間が、やがて大きな成果につながる。全国最下位チームから、はい上がる原動力となる。きみたちと過ごして、私はその可能性を確信した。では5日前よりも、ちょっぴり賢くなったみんなで乾杯しよう。カンバイ!(一同唱和する)
太田 終わりましたね。正直いって、しんどかったです。
石川 めったに使わない脳みそを、フル稼働したからな。
山崎 太田が朝の30分間読書を宣言したのには、驚いたよ。しかもマンガではなく、新書を1ヶ月に1冊は読む。さらに感想をみんなにメールで発信する。目からウロコだ。
太田 感想文を送るなんて、いっていませんよ。あまりプレッシャーをかけないでください。発表してから、シマッタと思っているのですから。
山之内 山崎は英会話で、乾はホームページの開設。うちのチームはアカデミックになったものだ。
乾 山之内さんが経営を勉強するために、株にトライするなんていわなければ、もっとアカデミックだったけれど。
田中 釧路は石川さんの畑仕事、熊谷さんのボランティア活動、テラは男の料理と肉体派ばかりですね。
石川 田中のゴジラグッズ集めも、十分に肉体的だよ。
影野小枝 楽しそうですね。日常が充実すると、仕事にプラス効果が生まれる。私も大切なことを教わりました。支店長と漆原さんが何かを話し合っています。

支店長 漆原リーダーには、ずいぶん投資をした。ノートパソコンに5日間の研修。こういう要求は、自信がなければできないものだ。たいしたものだよ、きみは立派なリーダーになるだろう。私が保障するよ。
漆原 ありがとうございます。支店長にそういっていただくと、うれしくなります。絶対に、期待を裏切らないように努力を継続します。
支店長 この合宿を見て、計画段階あるいはスタート時点では、たっぷりと時間をかけるべきだと実感した。これからでも遅くはないので、他のチームにも実行させようと思う。1年間の成果を思い描く。そのためには、リーダーとMRがじっくりと話しこみ、それぞれのゴールを共有する。大切なことだ。
漆原 同感です。スタート段階の面談・合意で、1年間のすべてが決まると確信しております。MRの「PDCAサイクル」のすべてに、上司は関与しなければなりません。ところで支店長、「モナリザチェック」ってご存知ですか?
支店長 聞いたこともない。
漆原 教えられて、私が毎朝唱えているものです。モはMRに向けた目線で、モチベーションは上がっているか。ナはチームに向けた目線で、ナレッジは循環しているか。リは自分自身に向けた目線で、リーダーシップを発揮しているか。最後のザは仕事に向けた目線で、定冠詞のザがつくような仕事をしているかです。
支店長 モナリザチェックね、私も唱えてみようかな。

051cut:仕事バリバリ、家でゴロゴロ
――08scene:合宿3日目
影野小枝 ビデオ製作会社の打ち合わせです。
監督 ここは実写だな。
助監督 料理も本物をふんだんに並べて……。
製作 ダメダメ。そんなに予算は、かけられないの。
助監督 映像はリアルでなければなりません。ほかの場面は節約しますから、ここは実写でやりましょうよ。
製作 ダメっていっているでしょう。
助監督 何だか、原作者に似てきた。
監督 仕事バリバリ、家でゴロゴロのフレーズはいいな。日常を磨くと、仕事の質も向上する。何だか耳が痛い話だ。
助監督 対(つい)をつなぐ、もいいですよね。
製作 私はモナリザチェックが気に入っている。
影野小枝 全国最下位チームをトップクラスまで引き上げる。漆原さんの合宿は終わりました。不思議なものですね。あれだけ怠惰だったメンバーに、規律みたいなものが芽生えてきたようですね。

052cut:合宿での個別面談
――08scene:合宿3日目
影野小枝 合宿中に漆原さんは、盛んに個別面談をしていました。早朝だったり、昼食後だったり、夜だったりと、時間はまちまちなのですが、ちょっと押さえておきましょう。
漆原 太田は内勤希望と自己申告書に書いているけど、営業職は嫌いか?
太田 ぜんぜん自信が持てません。みなさんの足を引っ張るのが忍びなくて……。
漆原 たったひとつ断言できることは、営業でダメなら内勤ではもっとダメになる。この前もいったけど、私がしっかりと手ほどきするから、1年間がんばってみることだな。
大田 それでもダメなら?
漆原 いい質問ではないな。ダメになることを前提に熱烈指導はしたくない。きみに一流のMRになる気があるなら、私も伴走させてもらう。
太田 やってみます、1年間。死ぬ気になって。
影野小枝 太田さん、泣いています。やる気に火がつきましたかね。もうひとりだけ、個別面談の模様を紹介させていただきますね。

乾 炉端焼きの梶山悦子の件ですが、来年彼女が帯広へきてくれることになりました。お母さんの回復が順調で、店はだいじょうぶとのことです。
漆原 それはよかったな。結婚するまで、乾はリーダー道の勉強だな。来月のチーム会議が終わったら、会わせてくれないか。きみが惚れたのだから、いい人なんだろうな。
乾 実は前の鈴木所長が熱をあげていたので、こっそりとつき合っていました。来月の会議の自慢コーナーで婚約の報告をするつもりです。
漆原 そりゃいい。みんなもびっくりするぞ。  
影野小枝 乾さん、幸せそうですね。うらやましい。

053cut:一人のノウハウが店を変える
――09scene:プロフェッショナル魂
影野小枝 午後2時。漆原さんと熊谷さんは、ラーメン店で遅い昼食をとっています。本日は熊谷さんとの同行のようです。
漆原 行列ができる店っていっていたけど、誰も並んでなくてよかったな。
熊谷(小さな声で)料理人が替わって、味が落ちたのです。お客さんは敏感だから、たちまち引いてしまいます。客は潮の干満と同じですよ。
漆原 熊谷は詩人だな。そうか、客は潮の干満か。でも、うまいぜ。こんなラーメンは絶対に、東京では味わえない。
熊谷 ここにいた料理人は、向かいのラーメン屋へ鞍替えしました。あっちは、ほら、まだ並んでいますよ。
漆原 道路をはさんだ、向かいの店に引き抜かれたのか。何があったか知らないが、辞めた料理人は鼻高々だろうな。
熊谷 以前は閑古鳥が鳴いているような店だったのですが、最近ではタウン誌でも紹介されるようになりました。時間があれば、向こうに並んだのですが。
漆原 向かいの店へトラバーユか、ずいぶん挑発的だな。何があったのだろうか……。
影野小枝 漆原さんは、考えこんでしまいました。たった一人のノウハウが、店を変えてしまう。おそらく、そんなことに引っかかっているのでしょう。
篠原 熊谷、もう一軒行ってみよう。まだ食えるだろう。おごるよ。

054cut:客の好みで調理が変わる
――09scene:プロフェッショナル魂
影野小枝 2人は向かいのラーメン屋さんにいます。20分並んで、店内に入った漆原さんと熊谷さんは、さっきと同様に、みそラーメンを注文しました。
料理人(漆原に向かって)麺とスープは、お任せでいいですか?
熊谷 ぼくはいつも麺硬めですが、漆原さんはどうしますか?
漆原 (料理人に向かって)私はお任せでお願いします。(熊谷に向かって小声で)お客さんの好みで、麺やスープが変わるのか?
熊谷 そうです。前の店のときから、そういう方針でした。あの料理人のすごいところは、2回目からは何も質問しません。お客さんの好みが、すべてインプットされているようです.
漆原 腕に自信のある料理人は、おれの味を黙って食えってなりがちじゃないか。それだけでもすごいのに、お客の好みを覚えているのか?
熊谷 だって、ぼくには質問しなかったじゃないですか。
漆原 この店、何時までやっているの?
熊谷 たいてい、夜の10時ころには「完売」って札が出ています。スープか麺がなくなった時点で、閉店になります。 
影野小枝 漆原さんは、ラーメンのはしごをしましたが、閉店時間を確認しましたね。何を考えているのでしょうか?

055cut:やってみせやらせてみる
――09scene:プロフェッショナル魂
影野小枝 開業医を出て、熊谷さんと漆原さんは駐車場まで歩いています。
熊谷 ちょっと質問してもいいですか? 漆原さんは一つしかない椅子にぼくを座らせましたけど、ドクターは漆原さんに椅子を勧めたのですよ。
漆原 私がきみに座るように勧めたのが、そんなに不思議だったか?
熊谷 上司と同行しているのですから、偉い人が座るのが当然だと思います。
漆原 主役はきみだぜ。そんなことで、遠慮するなよ。ところで、きみの顧客ニーズを探る話法だけど、ちょっと変えてみたらどうだろう?
熊谷 何か変ですか?
漆原 変ではないのだけれど、ワンパターンになっている。あれでは時間がかかり過ぎると思う。今度のところで、私がやってみるから、よく見ていてくれればいい。

影野小枝 新しい開業医の診療室です。椅子には漆原さんが座っています。
漆原 先生、U社のP(競合品名)をなぜお使いになっているのでしょうか? 差し支えなければ、お聞かせいただきたいのですが……。
医師 特に理由はないけど、長年の習慣かな。
漆原 先生、明確な理由がないのなら、ぜひ当社のFをお試しいただきたいのですが。U社の製品も優れていますけど、当社のFは服用後に眠くなる率が少ないというデータがございます。
医師 仕事中に眠くなって困る、といっている患者さんが何人かいるよ。眠気が少ないのなら、勤め人には使えるな。
漆原 ぜひ使ってみてください。同効薬を患者さんによって使い分けていただければ、MR冥利につきます。
影野小枝 さっきの開業医を出て、次の病院に向かう車中の様子です。
熊谷 びっくりしましたよ。マジ焦りました。いきなり、Pをなぜ使っているかでしょう、ですから。ドクターが怒り出すのではないかと、ハラハラしました。
漆原 そんなことで怒るドクターだったら、もう行かなくてもいいよ。ほとんどのドクターは、使い慣れている薬剤を大切にしている。確たる理由は、意外にないものなのだ。
熊谷 あんな質問、ありなのですね。驚きました。
 
056cut:どちらが楽しく働けるか
――09scene:プロフェッショナル魂
影野小枝 その日の午後九時半。漆原さんはカウンターでラーメンを食べています。他にお客さんはいません。
漆原 おいしかったよ。ごちそうさま。
料理人 お客さん、昼間もきてくれましたよね。まいど。
漆原 聞いてみたいことがあったので、質問してもいいかい?
料理人 スープの秘密以外なら、構わないけど……。
漆原 変な質問で申し訳ないのだけど、どうしても聞いてみたくて。なぜあっちの店を辞めたの?
料理人 お客さん、週刊誌の記者なの?
漆原(名刺を差し出し)いやいや、薬屋さんだよ。
料理人 薬屋さんが何で?
漆原 あなたに興味を持った、っていえばいいかな。
料理人 もの好きっているんだね。あっちの店を辞めたのは、金にうるさくなったからかな。もうかってくると、もっともっとと強要してくる。いちいち客の好みに合わせるな。時間のムダだ。スープも麺も大量に用意しろ。そんなときに、この店のオーナーから声がかかったのさ。お客さんに、おいしいといってもらえる店にしたいって。
漆原 向かいに移ったのは、たまたまだったの?
料理人 そう。別に前の店を恨んじゃいない。問題はどちらが楽しく働けるか、の選択だけだよ。お客さん、今度は濃い目のスープをためしてごらん。すべてのお客さんが濃い目を希望すると、売上は2割ほど落ちるけどね。お客さんがスープまで飲み干してくれたら、こんなうれしいことはないのさ。
漆原 ごめん、スープ残しちゃって。
料理人 いいってことよ。だから今度は、濃い目で挑戦してみてよ。
漆原 楽しく働けるか、か。いい言葉だね。
料理人 じゃあ、後片づけするので、またきてちょうだい。

057cut:対(つい)をつなぐ
――09scene:プロフェッショナル魂
影野小枝 喫茶店「場」です。漆原さんは常連客と話をしています。
漆原 この前、うちのメンバーを5日間缶詰にして、1年間のプランニングをしました。いちばん受けたのは、仕事バリバリ家でゴロゴロのフレーズでした。みんな同感で、全員が日常を磨く決意表明をしたのですよ.
常連C できるやつって、一様に子煩悩であり家庭を大切にしている。
常連E おれの部下を思い浮かべてみたのだけど、優秀な連中はなるほど家庭を大切にしている。
常連C だろう。おれの鋭い感性は、捨てたものじゃないだろう。
常連D 単身赴任に安住して、ゴルフ三昧で家族のもとに帰らない。Cさんの口から、家庭の話が飛び出すとは思わなかった。
常連C 墓穴を掘ったかな。手厳しいご指摘をありがとう。
漆原 対(つい)をつなぐって、本当に大切なことですよね。
常連F そういえば、本社から山のように届く資料には、ロクなものがない。まったく現場のニーズに合致していない。これも現場と本社という対がつながっていない典型だな。
漆原 つながなければならない対って、たくさんありますね。上司と部下、親と子、妻と夫、形式知と暗黙知……。
常連C 姑と嫁、現在と未来……。
常連D 美女と美男、役員と組合……。
漆原 これらのすべてをつなげるとなると、たまりませんね。
常連D 欲張らないことだね。何をつなげるかを明確にして、着実に実行すればいい。

058cut:厳しく自分を律する仕事
――09scene:プロフェッショナル魂
影野小枝 ビデオ制作会社打ち合わせです。
監督 通りをはさんで、2軒のラーメン屋がある。片方は行列のできる店だった。やがてその店の主は、もうけに走りはじめる。腕利きの料理人が、それに嫌気を覚える。彼は楽しく働くために、向かいの店へと移る。いまの仕事に対して、どいつもこいつも不平不満だらけだから、この言葉は視聴者に響くぜ.
製作 このエピソードは、漆原が赴任したチームのメンバーを暗示している。厳しく自分を律する仕事こそが楽しい。いい加減にやっている仕事は楽しくない。原作者はこの場面で、漆原が一皮むけたといっていた。
助監督 対(つい)をつなぐ。ここの表現が難しそうです。仕事バリバリ、家でゴロゴロを大げさに表現してみますか?
製作 要するに、営業リーダーは日常を磨け、というのが原作者の主張だ。だから、家でゴロゴロしていると、必ず仕事の方が破綻する。
助監督 逆もありですよね。仕事一途で家族を顧みないから、家庭が崩壊する。
監督 そっちは画像(え)にする必要はなかろう。あくまでも、これは研修ビデオなのだから。

一気読み「ビリーの挑戦」040-049

2018-03-02 | 一気読み「ビリーの挑戦」
一気読み「ビリーの挑戦」040-049
040cut:1週間の合宿研修をやりたい
――07scene:1週間の研修
影野小枝 R製薬札幌支店のマネージャー会議を終え、漆原さんは支店長室にいます。
漆原 支店長、どうしてもご承認願いたいことがあります。メンバーに対して、1週間の合宿研修をやりたいと考えます。まったく基本ができておらず、チームがバラバラの状態です。これでは、支店長と約束した数字は実現できません。
支店長 ずいぶん深刻なようだな。それで、どんな研修をやるつもりだ?
漆原(紙片を渡しながら)これが企画書です。
影野小枝 企画書には、次のようなプログラムが書かれています。

◎1日目:現状分析
・50項目の「意識・行動に関するアンケート調査」により、支店内の他チームとのギャップを抽出する。
・他チームとのギャップについての検討および改善策の提案(グループ討論)
◎2日目:年間計画作成
・年間販売計画を顧客別にブレークダウンさせる。
・年間のディテーリング数(宣伝回数)を顧客別に割り振る。
◎3日目:顧客別アクションプラン作成
・6つのキーワード(どこで、だれに、なにを、どんな方法で、いつまでに、どんな成果を上げるのか)を使い、活動内容を明確にする。
・自分自身で攻略する先、営業リーダーと連携して攻略する先を明確にする。
・連携先については、営業リーダーと個別面談を実施する。
◎4日目:チーム戦略の理解
・営業リーダーが実施する「人間系ナレッジマネジメント」を理解させる。
・主力品の話法を磨く(ロールプレイおよび話法の発表会)
◎5日目:1年後のゴール発表
・重点顧客について、1年後のゴール発表会を実施

支店長 ふんだんに盛りこまれているな。きみがやりたいなら、喜んで許可しよう。5日目の発表会には、私が出席できることが条件だが。
漆原 ありがとうございます。必ず、勢いのあるスタートを切ります。支店長の参加は大歓迎です。再来週に実施しますので、22日の午後にお待ちしております。
影野小枝 5日間の合宿に、許可が下りました。すごいことですね。営業活動を止めてまで実行するのですから、勇気のある挑戦ですね。

041cut:今日の成果を思い描く
――07scene:1週間の研修
影野小枝 標茶町・藤花温泉ホテルの広間です。浴衣着のメンバーが、ホワイトボードに注視しています。
漆原 さっき配布した、ウィークリー・ダイアリーの使い方を説明する。左側の予定欄には毎朝、今日の成果を思い描いて書きこむ。右側のメモ欄には気づいたことや考えたことを日付に関係なく、最初のページから順番に記録する。その際、日付を忘れずに書くこと。それからメモを書いたら、必ず3行をブランクにしておくこと。(ホワイトボードの図を示しながら)こんな感じだ。
太田 なぜ3行をブランクにするのですか?
漆原 いい質問だ。書いたメモについてさらに考えたら、そこに追加記入する。そうすると、考えたことがどんどんふくらむわけだ。では、表紙の裏をあけて。そこにこれからいうことを大きく書いてもらいたい。「ワタシハカンペキナMRデス」。もう一度繰り返す。「ワタシはカンペキなMRです」。(ホワイトボードを指差し)寺沢、ここに書いてみろ。
影野小枝 寺沢さん、ホワイトボードに次のように書きました。「私は完壁なMRです」。
漆原 ありがとう。このように、きっちりと書けた人は手を挙げて。
影野小枝 全員が勇んで手をあげています。
漆原 太田、携帯電話で「カンペキ」という文字を調べてくれないか。(一同、不審そうな表情)よし、それをここに書いてみろ。
石川 土じゃなくて、玉なのですか。ずっと間違って覚えていました。
山之内(携帯電話で確認して)本当だ。まいったな。
漆原 それが今回の合宿の原点だ。苦しくなったら、自分が書いた字を眺めてもらいたい。これではダメだとやる気になる。
乾 1人の正解者もいない。恥ずかしい話だな。
漆原 間違って覚えていること。知らぬまま過ごしていること。世の中にはザラにある話だ。お互いにもっと自分自身を磨こう。偉そうにいっているが、実は私もつい最近、完璧という正しい漢字を知ったばかりだ。さて、本題に入ろう。今日は4月18日。ダイアリーの今日のところに、合宿で学びたいことを書いてほしい。
影野小枝 この合宿で漆原さんは、メンバーに何を伝えるのでしょうか。楽しみですね。それにしても、私も壁という字を書いていました。

042cut:全部が劣っている
――07scene:1週間の研修
漆原 きみたちにやってもらった「意識・行動アンケート」だが、支店内の他のチーム平均との比較を見てもらう。(スライドをスクリーンに映す)まずこれが、うちのチームが勝っている項目だ。石川、大きな声で読み上げてくれ。
石川 うちのチームが平均よりも勝っているものは、「車の走行距離」だけですか。うちは「毎日100キロ以上走っている」が100%で、平均は14%となっています。
山之内 この地区の特殊事情もあるし、このくらいの差があっても当然だと思います。
太田 これは勝っている項目でしょうか? 訪問効率を考えるなら、劣っている項目に入れるべきじゃないですか?
漆原 鋭い指摘だな。残念ながら、50項目のアンケートのなかで、うちのチームが勝っているものがなかった。だから仕方なしに入れてみたのだが、大田のいうとおりだよな。
乾 全部が劣っているのですか?
漆原 そうだ、これが劣っている方のワースト10。(スライドを映しながら)山之内、読み上げてくれ。いずれもイエスと答えた数のパーセンテージだ。
影野小枝 山之内さんは、釧路営業所と他のチームの比較表を読み始めました。最初の数字は釧路営業所で、後ろのは他のチームの平均です。

・毎月1回以上医局説明会を実施している        (0%、32%)    
・毎日15人以上の医師と面談している            (13%、74%)
・チームメンバーの数字に対する責任感はどこよりも強い(0%、62%)
・新しい学術資材はていねいに読んでいる           (38%、74%)
・毎月1回営業リーダーのフル同行がある           (0%、23%)
・チーム内にはライバルがいる                (0%、36%)
                           
漆原 そのくらいでいいだろう。このように、うちのチームの意識・行動は、支店の平均と明らかに違っている。これからの時間は2グループに分かれて、ギャップをどう解消すべきかを検討してもらう。鶴さんチームは、田中、寺沢、乾、太田。残りは亀さんチームだ。ディスカッションにあたり、ひとつだけ注意しておく。地域の特殊事情は考えないこと。以上だ。
影野小枝 意識・行動アンケートによって、他のチームとのギャップは明確になりました。このアンケートは株式会社コラボプランのオリジナルのもので、「質を測るものさし」と呼ばれています。

043cut:ギャップをどう埋めるのか
――07scene:1週間の研修
影野小枝 2つのグループがディスカッションをしています。
石川 驚いた結果だな。では他のチームとのギャップをどう埋めるかについて、話し合おう。
山之内 まず量的な問題を片づけよう。「1日の面談ドクター数15人以上」だが、うちの該当者は1人だけということだな。
山崎 おそらく乾だと思います。それにしても、支店平均が74%というのは眉唾ものです。74%ものMRが1日15人以上のドクターと、面談しているはずがありません。
石川 そういってしまうと、身も蓋もない。道東地区ということを抜きにしても、うちのチームは訪問効率が悪いということだ。
熊谷 医局説明会の数もぜんぜん違うし、上司同行も大きなギャップがある。
山崎 やる気の問題ですよ。これだけ明確な差があるのだから、結果を厳粛に受け止めるべきでしょう。
石川 悔しいけど、おれもそう思う。
影野小枝 おやおや、何だか寂しい結論になりましたね。今度は鶴さんチームを見てみましょうか。

乾 このギャップは、あっちにいる亀さんチームが足を引っ張っているからだ。これじゃ浮かばれないよ。
田中 うちのチームの体質は、あまりにも生ぬるい。このアンケートで、それが浮き彫りになった。
太田 ギャップを埋めるには、綿密な行動計画書の作成しかありませんね。
寺沢 中核病院を基点として、その周辺の開業医をあてはめる。そうしなければ、走行距離は短縮されませんし、面談ドクター数も上がりません。
乾 つまり自分のテリトリーを5分割して、そこに曜日をあてはめるというわけだ。
田中 テラのアイデア、いただきだな。それしかないよ、方法は。
乾 最下位の理由を見たり枯れ尾花、か。
影野小枝「意識・行動のアンケート」により、ギャップを浮き彫りにする。その結果を自分たちで考えさせる。とりあえず、1週間の合宿は滑り出しました。

044cut:先頭をきって引っ張る
――07scene:1週間の研修
影野小枝 合宿初日を終えて、藤花ホテルの石川さんと山之内さんの部屋をのぞいてみます。
山之内 疲れましたね。それにしても、ショッキングなアンケート結果でした。
石川 漆原さんは、一切コメントをはさまなかった。なかなかできることじゃない。あの人、意外に腰が座っているかも。
山之内 今後の方針について「多数決では結論を出さない」といったときだけ、表情が厳しくなりました。
石川 徹底しているよ。考え抜かせて、全員が納得するまで議論を終えない。結局くたびれて、妥協してしまった。
山之内 訪問効率を上げるには、鶴さんチームの方法しかないですよ。
石川 未開拓の病院を中心にすえることには、まだ抵抗がある。面談ドクター数を増やすためだけに、可能性のない病院へ行くのはナンセンスだと思う。
山之内 しかし、みんなでそうしようと決めたのだから、おれたちが先頭を切って引っ張るべきでしょう。
石川 ところで、明日のプログラムは何だっけ?
山之内 年間計画を顧客別に割り振る。そこにディテーリング計画を重ねる。
石川 ディテーリング回数まで、顧客別に割り振るのか?

◎漆原の日記
 合宿初日を終えた。アンケート結果は、実に正直だった。メンバーにはショックが大きかったようだが、あれが現実だ。他チームとのギャップが鮮明になったのだから、あとは彼らの自覚を待つのみだ。

045cut:意識・行動の違い
――07scene:1週間の研修
影野小枝 ビデオ制作会社の打ち合わせ場面です。
製作 アンケートにより、チームメンバーが少しずつ目覚めはじめる。石川と山之内の会話もポジティブなものに変化している。
助監督 ダメなチームと普通のチームとでは、あんなに意識・行動が違うものなのですか?
製作 あれは原作者の実体験らしい。
監督 メンバーの意識・行動が変われば、実績は自動的についてくる。そのメッセージを、どこで視聴者に伝えるかが難しい。
製作 漆原の日記のなかに、そのメッセージを入れてもらおうか?
監督 できれば画像で伝えたいですね。中里、何かよい方法を考えておいてくれ。

046cut:合宿をムダにはできない
――08scene:合宿3日目
影野小枝 朝の散歩から戻ったメンバーは、温泉に入っています。漆原さんはいません。
熊谷 いい気分だ。毎朝5時半起床。6時に散歩で、温泉に入り、7時に朝飯を食う。何だか、健康的でぜいたく過ぎる生活だよ.
山之内 アルコールはビール1本だけ。10時就寝というのがなければ、極楽だよ。
太田 お尻に座りタコができてしまいました。頭もパニック状態ですし、極楽どころかぼくには地獄ですよ。
山崎 それにしても、ビリーさんはすごいよ。これだけの合宿許可を取っただからさ。あの人の熱意には驚かされる。
太田 1日の成果を思い描く。これって、簡単なようで難しいですね。
石川 今日は顧客別アクションプラン作成だから、思い描きやすいさ。ところで、太田は好きな女がいるか?
太田 たくさんいて、困っています。
石川 彼女と交際しはじめたとしよう。ゴールは何だ?
寺沢 エッチです。(笑)
石川 仕事も同じで、好きになったら、成果は思い描けるってものよ。
山崎 石川さんは、ビリーさんに洗脳されてきましたね。いうことが似てきました。
影野小枝 温泉を出た2人が、ロビーで語り合っています。
田中 乾さん、昨日ディテーリング数を上げるには、2品目宣伝をすべきだっていっていましたよね。ぼくもチャレンジしていますが、ドクターは忙しいので2つ目を聞いてくれません。
乾 最初に訴えたい製品を、口にしているだろう。それではダメだ。まず現在処方中の薬剤に関して、お礼を述べる。そのあとに、ところでと、メインの製品を訴求する。この順番にしなければならない。
田中 チーム会議では、そういう話をどんどん聞かせてもらいたいですね。
乾 いままでは鈴木さんのワンマンショーだったけど、漆原さんなら現実になりそうだな。
田中 この合宿をムダにできませんからね。漆原さんは聞く耳を持っているみたいだし、どんどん提案してみますよ。

047cut:チームにとってのメリット
――08scene:合宿3日目
影野小枝 3日目の会議が終わりました。顧客別アクションプランの発表を終えたところです。
漆原 ご苦労さん、いい発表だった。ところで顧客別アクションプランを立案していない病院が、全部で14軒ある。(ホワイトボードを指差し)もう一度確認してもらいたい。ここはアクションプランなしでいいのだな。
(全員が頷く)
漆原 これらの病院は没収する。
熊谷 わずかながらも、実績はあります。没収するって、どういう意味ですか?
漆原 担当を外すという意味だ。もちろん、わずかばかりの実績もゼロになる。
熊谷 それはないですよ。私の病院なのですから。
漆原 では質問しよう。この病院を熊谷が担当し続けていて、業績を伸ばせるのか?
熊谷 自信はありません。
漆原 担当を替えて、そのMRが業績を伸ばしたと仮定しよう。誰のメリットになる?
熊谷 そのMRのメリットになります。
漆原 それだけか?
乾 チームにとって、メリットになります。
漆原 そのとおりだ。熊谷、納得できたか?
熊谷 はい。チーム評価ということを、忘れていました。すみません。
漆原 謝ることはないさ。一人ひとりのがんばりが、チーム評価を底上げする。それを忘れないでもらいたい。さて、釧路の6軒と帯広の8軒は、石川と山之内に担当してもらう。もちろん連携病院として、私も攻略には協力する。

048cut:リーダー像が変りました
――08scene:合宿3日目
影野小枝 引き続き合宿会場です。
漆原(書類を眺めながら)石川は月売を、1200万円まで引き上げるのか。これに払い下げの6病院が加わる。チャンスだな。
石川 何としてでも、やりとげます。計画立案の大切さを学びましたので、そのとおりに実行すればいいだけですから。
漆原 私は月の半分は帯広に入る。だから留守のときは、全面的にきみに任せる。大変だけど、そっちも手伝ってもらいたい。
石川 まかせてください。そのためには、当面は数字でみんなを引っ張ります。いただいた6病院は、来週から訪問を開始します。宝の山だといいのですが。
漆原 石川、もっと自信を持て。病院は宝の山に決まっているだろう。
山之内 漆原さんを見ていて、私のリーダー像が変わりました。
漆原 どう変った?
山之内 できればやりたくない、と。
漆原 なぜだ?
山之内 やりたくないというよりも、未熟者がやるべきじゃないと思いました。
漆原 山之内は、月売を1000万円にする計画だな。実現の可能性はどうだ?
山之内 絶対に実現します。あと1軒、あと1製品の気合で、乗り越えてみせます。
漆原 気合も大切だけど、そろそろKDDやGNPの世界を、KMに転換することだよ。
山之内 何ですか、KDDとかGNPって?
影野小枝 それぞれの意味は、このあとに出てきます。それよりも、少しずつですが、輪郭が整ってきましたね。

◎漆原の日記
 MRとの連携攻略先のリストアップ終了。まだ気合が空回りしている部分があるが、目に勢いが出てきた。石川と山之内には、リーダー教育。太田と寺沢には、集中同行が必要だろう。乾と山崎にも、リーダー教育をしなければならない。

049cut:信憑性に疑いがない
――08scene:合宿3日目
影野小枝 温泉ホテル藤花の広間です。支店長も臨席しています。壁には模造紙が張られています。模造紙の数字は月均の数字であり、左から現状、4月会議で発表した目標、今回の合宿での修正目標という順序で並んでいます。単位は万円です。

石川:現状の実績725―4月の目標925ー今回の目標1200
熊谷:現状の実績480―4月の目標630―今回の目標1000
田中:現状の実績1050―4月の目標1250―今回の目標1500
寺沢:現状の実績790―4月の目標970―今回の目標1200
山之内:現状の実績475―4月の目標725―今回の目標1000
山崎:現状の実績860―4月の目標1000―今回の目標1200
乾:現状の実績1100―4月の目標1300―今回の目標1500
太田:現状の実績520―4月の目標600―今回の目標800
合計:現状の実績6000―4月の目標7400―今回の目標9400

漆原 支店長の許可をいただいて、きみたちには大きな投資を行った。その成果は、(張り紙を見て)9400万円まで伸ばせることを確認した。それぞれが熟考しての数字なので、信憑性に疑いがない。ではこの数字の根拠を、元気よく発表してもらいたい。1年後に、自分はどうなっているのか。仕事と日常の両面について、できるだけ具体的に発表すること.
石川 まずはサブリーダーとして、もっと自覚を持ちます。今回教わった「人間系ナレッジマネジメント」を徹底的に勉強します。売上については、現状の月均725万円を絶対に1200万円まで引き上げます。活動は3軒の基幹病院を中心に、全科訪問を展開します。日常については、畑を借りて子どもたちと農業をやります。自然の恵みの大切さを、子どもたちに教えます。秋には芋煮会を企画し、みなさんをご招待します。
熊谷 私と山之内さんは、売上倍増を宣言しました。無謀だと思われるかもしれませんが、KDD、GNP営業からKMに変えることで、実現可能と信じております。
支店長 発言中に申し訳ないが、KDDとかGNPとは何のことだ?
熊谷 すみません。KDDは勘と度胸と出たとこ勝負、GNPは義理と人情とプレゼントという意味です。KMはいわずもがなの、ナレッジマネジメントの略です。
支店長(爆笑しながら)わかった。すごい方針転換だな。
影野小枝 発表はまだまだ続きますが、みなさんの気合が伝わってきました。支店長も満足そうです。でも漆原さんがいちばんうれしそう。


一気読み「ビリーの挑戦」026-039

2018-02-27 | 一気読み「ビリーの挑戦」
一気読み「ビリーの挑戦」026-039
026cut:全員にノートパソコンを支給する
――05scene::4月チーム会議
影野小枝 釧路営業所の会議室です。4月会議の前日です。8人の部下が勢ぞろいしています。室内には、水色のケーブルが横たわっています。
漆原 明日は、はじめてのチーム会議です。その前に、みなさんにプレゼントがあります。こちらは、本社システム部の木村さんです。これから、全員にノートパソコンを支給します。
影野小枝 歓声が上がりました。
漆原 チームの半分が駐在員です。このハンデを克服するために、支店長にお願いして許可してもらいました。これからは、チームのコミュニケーションをパソコンでおこないます。パソコンをすでに、持っている人はいるかい?
山之内 持っています。チームでは、私と石川さんしか持っていません。
漆原 これから、木村さんに指導してもらいます。このチームが有効活用できたら、全社導入になるとのことです。責任は重いよ。しっかりと学ぶように。
木村 昨日は、釧路名物の炉辺焼きを堪能しました。私としては、みなさんの覚えが悪く、長いこと滞在できればとの邪心もあるのですが。
石川 そうなるって。太田とパソコンって、絶対にミスマッチだから。
太田 バカにしないでください。いまどきパソコンを使えないのは恥ですよ。
木村 漆原さんからの指示で、みなさんには、ワード、エクセル、メール、インターネットを覚えていただきます。ただしインターネットで、エッチなサイトは見ないでください。見たら記録が残りますからね。
石川 太田、分かったな。見ちゃいけないのだよ。
影野小枝 チームに、ノートパソコンが導入されました。これが、チーム再建の武器になるのでしょうか。チームのみなさんには、結構インパクトのあるプレゼントだったようですね。

027cut:数字に関心を持たなければならない
――05scene::4月チーム会議
影野小枝 初めてのチーム会議の朝です。8人のチームメンバーは、席についています。会議室はホワイトボードに向かって、スクール形式に座席が配置されています。漆原さんが入ってきました。
漆原 おはよう。はじめてのチーム会議だけど、この机の配置ではダメだな。ロの字型に並べ替えてもらいたい。石川、なぜこの形式ではダメなのだろうか?
石川 講義みたいな形式では、ディスカッションがしにくいからだと思います。
漆原 そう、そうだよな。お互いの顔を見ながら意見交換をするには、これではちょっと不向きだよな。
影野小枝 チームメンバーが席の移動をはじめました。その間、漆原さんはホワイトボードの左隅に全員の名前を記入しています。
漆原 よし、ありがとう。これから、いくつかの質問をするので、大きな声で答えてもらいたい。いいね、回答の順番は、(ホワイトボードを指差し)この通りとする。
影野小枝 漆原さんは横軸に「月平均売上」と書きました。部下たちは、ざわざわとノートを広げはじめています。
漆原 ダメだ。ノートは閉じる。自分の頭で考えて、答えてほしい。まずは、前年度の月平均売上だ。はい、石川から。
石川(電卓を叩きながら)650万円くらいだと思います.
漆原(手元の書類に目を落として)725万円だよ。(電卓を叩き)誤差率12%だ。
影野小枝 漆原さんはホワイトボードに、月平均売上と誤差率の数字を記入しました。漆原さん、始動したようですね。展開を見てみましょう。
漆原 誤差率がいちばん低かったのは7%の山崎だ。逆に太田は28%。これはひど過ぎる。もっと自分の数字に関心を持たなければならない。きみたちは何を評価されて、給料をもらっているのだ?
影野小枝 続いて、漆原さんは横軸に「市場規模」と追記しました。そして、その横に「シェア」と書きました。
漆原 太田、きみの担当先は、どのくらいの市場規模だい。市場における医薬品の購入額は、いったい月間で何億円くらいなのだろう?
太田 わかりません。
漆原 正直でよろしい。では山崎は、どうだ?
山崎 12億だと思います。以前に調べたことがあります.
漆原 正解だ。正確には12.6億円。では、きみの市場シェアは、何パーセントだ?
山崎 860万円割る2.6億円だから……0.72%となります。

028cut:実績は日計表で管理をさせる
――05scene::4月チーム会議
影野小枝 細かい数字が出てきましたので、少し筆者の山本先生に解説していただくことにします。漆原さんは月平均売上とシェアに、関心を向けさせたいようですね。それにしても、自分の市場規模や月間売上を知らないなんて驚きです。
筆者 私が若いころは、売上伝票から帳簿に写し取ったものです。いまはコンピュータが全部やってくれるので、営業マンが数字に無頓着になっています。自ら計算することがない分、数字に関する気づきも生まれないのです。
影野小枝 どうしたら、自分の数字に責任を持つようになりますか?
筆者 日計表で管理をさせるのが、最善でしょう。今日の売上に関心を持たせ、それを帳簿で管理させる。時代に逆行するようですが、これが営業マンの基本です。
影野小枝 漆原さんは、どうするつもりなのでしょうか。そんなことをさせたら、部下からの反発は目に見えています。何か秘策があるのですか?
筆者 こっそりと、教えてあげます。毎月の実績が出揃ったら、全員が100円以下の金額分を、集金箱に入れるルールができます。太田のアイデアなのですが、そのお金を忘年会の費用にします。これで毎月の数字への関心が、高まることになります。
影野小枝 最高は999円の負担。ゼロが3つ揃ったら、お金は入れなくてもいいわけですね.
筆者 そうです。楽しそうなやり取りが、目に浮かぶでしょう。

029cut:活動と成果の整合性は大切
――05scene:4月チーム会議
影野小枝 再び会議室の場面に戻します。
漆原 ABC分析を知っている人? 誰もいない。今度は売上の大きな顧客から、順番に並べてもらう。ノートパソコンを立ち上げ、私からのメールを開くこと。(自らのパソコンを立ち上げ)これがみんなの、昨年度における顧客別売上実績だ。これから送信するから、売上の大きい順番に並べ替えること。
山之内 すごい。計算式まで、入っている。
漆原 やり方がわからない人は、手をあげて。山之内、教えてあげてくれるかな。
影野小枝 太田さんが手を挙げています。山之内さん、パソコンをのぞきこみ、指導をはじめました。
山之内 これがいちばんだろう。まずここをクリックして、上へ移動する。2番目は……これをその下に移動する。すると、自動的に累計実績が計算されて、全売上に占める割合が出る。
太田 これが3番目だから……。
漆原 累計シェアが50%を超えたら、そこでいったん中止すること。
太田 あれ、3番目で52%になりました。
漆原 太田、シェア52%の意味はわかるか?
太田 えーと、全売上に占める割合ですから、この3軒で、私の実績の半分以上を占めているということだと思います。
漆原 そのとおり。そこまでが、Aランクの顧客だよ。
山崎 私は7軒でした。
漆原 では、山崎に質問しよう。きみと太田では、どちらが効果的な営業をしているのかな? 売上は別にして、との条件つきだけど。
山崎 太田の方が楽だと思います。たった3軒で、半分を稼ぎ出しているのですから。
漆原 よし。それでは別の質問をしよう。どちらのリスクが高いと思う?
山崎 太田の方です。1軒でもこけたら、大変なことになります。
漆原 そうだよね。次はBランクの顧客を選定したい。シェア75%までを整理してみること。それが済んだら、今度は90%まで並べ替えること。そこまでがCランクの顧客となる。
影野小枝 顧客のABC分析は、順調に進んでいるようですね。漆原さんは質問を投げかけ、MRに考えさせようとしています。ABC分析から、何を導き出そうとしているのでしょうか。

030cut:行きやすいところに偏る
――05scene:4月チーム会議
影野小枝 太田さんのABC分析表がスクリーンに映し出されています。
漆原 さて各ランクの顧客は、特定された。それ以外の顧客はDランクと呼ぶ。では、次の作業。シェアの横に、「月間訪問数」を入力すること。終わったら、それぞれの顧客に月何回行っているかの数字を入れて。考え込まないで、エイヤっていう感じで入れてみよう。
影野小枝 太田さんのABC分析表に数字が入りはじめました。C、Dランクにも数多くの2や3の数字が書きこまれています。月間訪問数合計欄に224と出ました。
漆原 太田へ質問。合計欄の数字は、何を意味しているのか?
太田 月間の延べ訪問軒数だと思います。
漆原 よくできた。では、きみの1日の訪問件数は何軒だろう?
太田 10軒くらいだと思います……。
漆原 1カ月の実営業日を23日として、その設定で224を割り算してごらん。.
太田(電卓を叩き)9.7軒です。
漆原 そう、太田は自分の見こみどおりに、訪問件数を理解している。きみはすごいよ。石川は何軒だった?
石川 11.9軒でした。
漆原 太田の表が映っているので、みんなもいっしょに考えてほしい。この表を見て、何か感じることはないだろうか。さらし者にして、太田には悪いけど、ちょっとの間辛抱してよな。太田はどう思う?
太田 2ヶ月に1度しか訪問していない先に0.5と書けば、もっと訪問件数は高くなったと思います。
影野小枝 漆原さんは、ちょっと困っているようです。あなたなら、何を感じますか?
山崎 太田は、C、Dランクに行き過ぎていると思います。もっとも、他人のことはいえない状態ですが、もう少しBランクに入力すべきだと思います。
漆原 いい着眼点だね。みんなも気づいたと思うけど、活動と成果の整合性って大切だよね。太田がCやDへ行っているのは、それぞれを一つでもランクアップさせるためだよな。
山崎 私もそうだったのですが、やっぱり行きやすいところに、ついつい行ってしまう傾向があります。
漆原 そうだよ。さすが、ベテラン。私もつい先日までは、同じだった。誰だって、そうなっちゃうのさ。

031cut:所長っていったら罰金
――05scene:4月チーム会議
影野小枝 ファミリーレストランでの昼食です。釧路と帯広チームが、2つのテーブルに別れて座ろうとしています。
漆原 ダメだよ。寺沢と熊谷はこっちへきて、山之内と乾は向こうだ。
寺沢 所長のそばだと、食い物が喉にとおらないので……。
漆原 いいから、こっちへこい。(寺沢に向かって)きょうから、所長って呼び名もなしだ。漆原さんでいい。そうだ、今度所長っていったら、罰金を取ろう。熊谷、いくらにする?
熊谷 100円では?
漆原 低過ぎる。500円だな。ところで、熊谷は月に何回くらい上司同行をしてもらっていた?
熊谷 ほとんどないです。同行してもらっても、用事ができたって、すぐに帰っちゃいますから。
漆原 田中は?
田中 ぼくは1回くらいかな。市立病院へはよく同行してもらいましたけど。自分の車できて、そのままオフイスへ戻りますので、あまりゆっくりと話すことはありませんでした。
太田 所長は、どのくらい……。
熊谷 あ、所長っていっちゃった。
太田 罰金ですか。高いランチになりました。
漆原 ランチは私がおごるよ。だけど罰金は払いなさい。
寺沢 どうも、ごちそうさまです。
漆原 全員にごちそうするとはいってないぞ。
寺沢 いいじゃないですか。固いこといわないの、漆原さん。

032cut:空のダンボール箱が据えられている
――05scene:4月チーム会議
影野小枝 午後の会議室です。ロの字の真ん中に、空のダンボール箱が据えられています。メンバーの机の上には、新聞が置いてあります。
寺沢 何ですか、これは?
漆原 何だと思う。昼食後は眠くなるだろう。午後は全員参加のディスカッションだ。そのための道具なのだが……。
影野小枝 みんな首を傾げて、新聞とダンボール箱を眺めています。
漆原 まず新聞を丸めて、10個の紙玉を作ること。
乾(紙玉を作りながら)わかった。これをダンボールに投げこむのですね。
漆原 正解、すごいね、乾は読みが鋭いよ。ディスカッションで意見を発したら、紙玉をダンボールに投げ入れる。全員の紙球がなくなった時点で、ディスカッションを終了する。
影野小枝 寺沢さんは紙玉を投げるポーズをしています。
漆原 ディスカッションのテーマは、チームの業績アップだ。どうしたら年度内に、現状の月均6000万を1億円まで引き上げられるか。自分はそのために、どう貢献するのか。私に何を期待するのか。遠慮なく提案してもらいたい。資料は、さっきのABC分析表を使う。石川、全員の分をコピーして、配布してくれ。太田が石川に、あと300万は伸ばせると要求するのも構わない。無礼講でやろう。まず、乾が口火を切って。
乾 えーと、私は現状の1100万円に、あと200万円上乗せするように努力します。(紙玉をダンボールに放り投げ入れる。以下同様)
漆原 具体的なことは聞かないから、とりあえずは気合を示してほしい。乾が200万円のプラス、と。(ホワイトボードに赤字で書きこむ)次は田中だ。1050万円を、さてどうする?
田中 乾さんがプラス200万だから、ぼくは250万といいたいけど、現実を考えると、同じくプラス200万でいきます。
漆原 チーム全体で4000万円アップということは、1人につき500万円になるのだが、乾や田中はすでに1000万円を超えているのだから、ちょっと厳しいかな。次は3番目の売上は、だれだ?
山崎(手を挙げながら)私は1000万プレイヤーの仲間入りが目標なので、プラス140万円とします。
影野小枝 漆原さんは、おおざっぱな気合を求めたようです。あらあら、結局1400万円で終わってしまいしました。あと2600万円足りないようです。
漆原 よし、きみたちには、いま宣言した数字に責任を持ってもらう。それらは、自分一人でできるアップ分だ。残りの2600万円は、私が責任を持とう。きみたちとの同行を通じて、きみたちの計算外のところから捻出したい。では、本格的なディスカッションに入る。チーム強化のために何をすべきか。これを話し合ってほしい。議長は山之内で、記録は石川。私はこれから、貝になる。景気よく紙玉を投げこむように。
山之内 エー、議長を仰せつかった山之内です。よろしく。(紙玉を放り込む)
寺沢 あいさつだけじゃないですか。紙玉は返却。(笑)
影野小枝 紙玉は尽きたようですね。ディスカッションはどんな話になったのでしょうか。それぞれが、いろんな印象を持ち、漆原さんに早くもあだ名がつきましたね。ビリーさん、です。何だか西部劇の世界みたいになってきました。

◎漆原の日記
 はじめての会議。ABC分析をさせ、顧客別に、訪問回数の見直しをさせた。いちばん若い寺沢はひょうきんで、同期の太田はちょっとのんびりしている。帯広は、山之内の意識改革を第一にすべきだろう。
◎太田の日報
 漆原所長のもとでの初めての会議だった。自分の市場規模も知らず、ABC分析も知らなかった。C,Dランクにたくさん通っていたことにも、気がつかないでいた。何か、仕事の基本を初めて知ったような気がする。520万円を600万円にしますと宣言して笑われたが、文句はいわれなかった。ちょっと、目標が小さ過ぎたと反省しています。
◎山之内から石川へのメール
 意外に、まともな所長で安心したよ。ただし数字に厳しそうな感じがする。ぎゅうぎゅう締められそうな、嫌な予感だ。
◎石川から山之内へのメール
 遊び感覚が強過ぎるけど、まあ悪くはないな。ビリのチームの建て直しにきた、ビリーさんのお手並み拝見といこう。

033cut:パソコン機能の4つ
――05scene:4月チーム会議
影野小枝 ビデオ製作会社打ち合わせをのぞいてみます。
監督 数字の羅列の場面は、退屈過ぎるな。これじゃ、視聴者が飽きちゃうよ。中里ちゃんよ、何とかうまい料理を考えてみてよ。
助監督 要するにここでは、メンバーの数字に対する関心度が、低いことを強調したいわけです。だれか一人にフォーカスをあてて、全体も同じだと表現すればいいと思います。
監督 中里ちゃん、きみは成長したよ。それ採用ね。
製作 では太田に絞りこんで、書き直してもらいましょう。
監督 ところで、漆原はパソコンの機能のうち、4つだけに絞って指導を依頼したけど、あれってどんな意味があるの?
製作 原作者に説明してもらった。ざっとこんなぐあいになる。

◎知のステップアップ
知の創出:インターネット
知の編集:ワード
知の発信:メール
「の検証:エクセル

助監督 理にかなっていますね。
製作(コピー用紙を配りながら)これが、知のステップアップに関する具体例だ。

知の創出:顧客ニーズを探る。競合会社の戦略を知る。
知の編集:顧客攻略計画を立案する。顧客ニーズにふさわしいツールや話法を準備する。
知の発信:顧客と商談を実施する。
知の検証:顧客との商談結果を検証する。新たな情報を整理する。

助監督 これって「PDCAサイクル」のことですよね。上からAPDCとなっていますけど……・
監督 いいね、できれば「PDCAサイクル」に置き換えて説明したいね。その方が一般的だし。
製作 なにしろ原作者が頑固なんで、すんなり納得してくれるかな? でもお願いしてみる。 

034cut:豊かな生活を思い描く
――06scene:部下面談
影野小枝 帯広の市民会館の一室です。年度計画について、漆原さんは部下と個別面談をしています。
漆原 これが太田の80万円アップ計画だな。日報には、目標が低過ぎたと書いてあったけど……。
太田 はい、もっとできると思います。でも……。
漆原 でも、何だい?
太田 大きなことを書いて実現しなかったら、最悪の評価になるって、みんなそういっています。だから確実な数字をと思いました。
漆原 太田にとって、評価って何だ? そんな手抜きみたいなことまでして、よい評価がほしいのか。太田は、何のために働いているのだ?
太田 生活するために、働いています。
漆原 仕事は楽しいか?
太田 楽しくありません。もしかしたら、営業には向いていないかもしれません。
漆原 じゃあ、何に向いているのだ?
太田 内勤が……。
漆原 内勤職っていっても、いろいろあるけど。
太田 営業以外なら何でも……。
漆原 どうして営業に向いていないと思った?
太田 いくらがんばっても、売上が伸びないからです。
漆原 1年間、私と一緒にやって、それでも仕事が楽しくならなかったら、内勤職への配転を考えてやる。太田とは週1回の同行をしよう。まずは月間購入額の大きな病院リストを作成しておくこと。
太田 どうやって調べたらいいのですか?
漆原 調べ方は、石川に教わるといい。ところで「生活するために働いています」は、なかなかの回答だったぞ。太田はいまよりも、豊かな生活を思い描いたことがあるか? 大きなテレビがあって、特性の机やベッドも部屋に鎮座している。そんなぜいたくな生活を、夢見る習慣が必要だな。そうしたら元気が出る。働く意欲が湧く。
影野小枝 太田さんは入社2年目ですが、もう営業職には見切りをつけているみたいですね。面談のいちばんバッターがこれですから、漆原さんは大変です。漆原さんはポテンシャルのある顧客を、優先的に攻略したいようです。次の面談をのぞいてみましょうか.

035cut:チームの人は怠け者
――06scene:部下面談
影野小枝 会場は太田さんのときと同じです。
漆原 乾はチームの稼ぎ頭だ。入社11年目か。何か知っておいてほしいことがあるかい?
乾 このチームの人は、怠け者だと思います。私個人がどんなにがんばっても、チーム評価の部分で足を引っ張られ、いつも低い評価しかもらえません。
漆原(書類を見ながら)きみの評価は、3年連続B(評価は上位からEABCPとなっている)か。1100万にしては、確かに低いな。
乾 鈴木所長は、一緒にオフイスにいる部下に甘い評価をしていました。帯広にはめったにこないし、普段の努力を測りようがありません。その点、田中は有利です。私より4年後輩なのに、等級は同じですから。
漆原 乾は、何をどうしたいと思う?
乾 漆原さんは駐在経験がありますか? 宅急便で送られてきた荷物を、仕事が終わってから、センターまで取りに行く。ファックスもなく、書類棚もない。ファックスをするために、コンビニまで行かなければならない。書類は並べておくところもない。おまけに、仲間うちで語り合う機会もない。ストレスだらけですよ。
漆原 ごめん、駐在の世界は知らない。一度家を、見せてもらうよ。ところで、乾の趣味は何だ?
乾 特別にありません。
漆原 仕事以外に、夢中になれる何かを探そう。何でも構わない。仕事と日常のバランスを取ることが大切だ。
乾 大学時代は読書が趣味でしたが、最近は読む気力もなくなりました。休みの日はボーとしているだけです。
漆原 彼女はいないのか? 彼女ができたら、自然に日常は充実してくる。
乾 実は釧路に、結婚したいと思っている女性がいます。なかなか会えないのですが……彼女は炉端焼き屋をしています。銀行員だったのですが、母親が倒れて、その店を継ぐことになりました。
漆原 そうか、今度一緒に行ってみよう。
乾 そんなわけで、できれば釧路での勤務を希望します。
漆原 乾にはリーダー教育を、したいと思っている。そのためには、むかしのように本をたくさん読むこと。釧路は考えておくけど、しばらくはMRとして超一流を目指してもらいたい。
乾 今の話は内緒です。まだみんなに、公開してませんので……。
影野小枝 乾さん、正直に彼女のことを話しました。炉端焼きのエッちゃんですね。

036cut:じっくりと自分を磨いておく
――06scene:部下面談
影野小枝 会場は帯広市民会館です。3人目の面談がはじまりました。
山崎 だいたい、前の所長が長過ぎたのです。私も帯広へきてから5年になりますが、みんな姥捨て山っていっています。いつ戻してもらえるのかが明確だったら、みんなのやる気は変わります。
漆原 おいおい、物騒なことをいうなよ。住めば都っていうけど、山崎はダメか?
山崎 女房はここでもらいましたし、子どもは小学校です。私は離れたくはないのですが、内地からきた連中には厳しい環境だと思います。やる気のある、若い人を送りこんでほしいと思います。
漆原 お子さんは何年生? 男、女?
山崎 女の子で、ぴかぴかの1年生です.
漆原 うちとは2年違いだ。山崎はきちんと父親をしているのだろうな?
山崎 任せておいてください。これでも子煩悩です。
漆原 山崎と山之内は同じ年齢だけど、彼についてどう思う?
山崎 一応帯広のリーダー格ですから、あまり文句はいいたくないのですが、自覚が足りません。彼は新卒で、私は中途採用なので、社内の扱いが違います。売上も一斉テストも、私の方がはるかに上なのですけど……。
漆原 焦らないで。あまり早く偉くなると、あとは落ちるだけだから、いまのうちにじっくりと自分を磨いておくことだな。
山崎 英会話を勉強しています。やがてはプロダクト・マネージャーになって、海外でビジネスをしたいと思っています。
漆原 いい心がけだ。きみがプロマネになれるように、応援させてもらうよ。だから勉強は欠かすな。TOEIC TESTで、700点は目指さなくてはならんぞ。いま何点だ?
山崎 まだまだ、そんなレベルではありません。
影野小枝 今度も評価がらみですね。評価に関しては、結構根が深いみたいですね。でも、山崎さんには夢がありました。

037cut:きみの嫁探しをさせてもらう
――06scene:部下面談
影野小枝 帯広組の最後の面談です。山之内さんはサブリーダーです。
山之内 私はずっと、帯広を支えてきました。新人だった太田には同行指導をしましたし、実質的にリーダーの仕事をしています。早く正式なリーダーにしてください。
漆原 売上が低いのが、ネックになっているのかな?
山之内 乾は基幹病院を担当しています。私は中小病院と開業医が中心ですので、一軒で大きな数字は稼げません。私に大病院を担当させてくれれば、簡単にいまの倍を売ってみせます。
漆原 帯広をどうしたら活性化できる?
山之内 私に100パーセント任せてくれれば、必ず活性化します。いまは、ときどき所長がやってきて、私が十分にリーダーシップを発揮する環境にはありません。
漆原 山崎とは、同じ年齢だよね。彼とは、いろいろ相談し合っているの?
山之内 彼は家庭第一ですので、誰とも交わろうとしません。みんな駐在員なので、ときどき飲もうと誘うのですが、一度も参加したことはありません。病院の行事も、休日には絶対に参加しません。彼がもう少し、大人になってくれれば、帯広もまとまってくるのですけど。
漆原 結婚するつもりはあるのか?
山之内 ありますよ。ただ縁がないだけです。MRって、ほとんどが晩婚ですよ。
漆原 よし、迷惑でなければ、私もきみの嫁探しをさせてもらう。
山之内 できれば資産家の令嬢をお願いします。
影野小枝 ボタンの掛け違い、という言葉があります。何やら、帯広の4人は、そんな感じですね。漆原さんはこの面談を通じて、何をはじめるのでしょうか。嫁探しも約束していましたよね。

◎漆原の日記
 帯広地区の面談終了。バラバラ。これ以外に、ふさわしい形容は見当たらない。山之内ではなく、山崎をコアにすべきと感じた。これでは人は育たない。帯広への訪問回数を、増やさねばなるまい。

038cut:成果の上がる同行
――06scene:部下面談
影野小枝 喫茶店「場」で、漆原さんは食品会社のJ支店長と話をしています。
J支店長 この前の営業会議で、週に何回くらい部下と同行しているかを質問した。3人の課長の平均はどのくらいだと思う?
漆原 同行っていっても朝から晩までのフル同行もあるし、用事があるので1箇所だけというものありますよね。
J支店長 部下育成を目的とした丸1日同行のことさ。
漆原 3日くらいですか?
J支店長 おれも驚いたけど、たった1日だよ。しかもほとんどの同行は、接点だった。つまり、ちょっと顔を出しては、オフイスへ戻ってくるのばかりだった。接点同行では、部下育成はできない。それで週3回のフル同行を義務づけた。
漆原 フル同行でも、あいさつ回りみたいなのがありますよね。あれも除外すべきですね。
J支店長 そうさ。部下育成が目的のフル同行と、重点顧客攻略のための接点同行。それも事前に部下とゴールを話し合っての同行以外は、今後「同行」といってはならないと説明したよ。
漆原 いいですね。部下と事前に話し合うところが、ミソですね。
J支店長 思いつきで同行しても、成果は上がらない。おまえをここまでレベルアップさせたい。おれも手伝うから、重点顧客からはこれだけの業績を上げよう。この話し合いがあっての、同行ということだよ。
漆原 年度はじめに、部下と活動のレベルアップのゴールを話し合う。同時に連携して攻略する施設を決めるわけですね。参考になります。

039cut:営業活動のブラックボックス
――06scene:部下面談
影野小枝 ビデオ製作会社の打ち合わせです。
助監督 営業組織の業績格差は、紛れもない人災である。これテロップで流しましょう。
製作 企業はどの営業マンにも、情報、知識、経費など均一のインプットを与えている。しかし売上や利益といったアウトプットは、天と地ほども違う。なぜか? 原因は、プロセス部分にある。この部分は「営業活動のブラックボックス」と呼ばれ、傍から垣間見ることはできない。営業マンのブラックボックスに関与できるのは、唯一営業リーダーだけなのである。ところが多くの営業リーダーは、それを本格的に実施していない……ここがポイントだな。
監督 つまり、営業マンのブラックボックスをのぞくには、同行しかあり得ないということだ。
製作 そのとおり。あいさつ回りや商談をまとめに行く類の同行では、部下育成ができない。だから、それらを含めて同行とはいうな、ということだ。
監督 ところで「人間系ナレッジマネジメント」って何だ? ここまでに何回か出てきたけど、どっかで説明はいらないか? 
助監督 おれもそう思います。このシナリオのベースになっているのが「人間系ナレッジマネジメント」ですからね。フラッシュバックで、ところどころに喫茶店「場」での読書会を入れるなどが必要ですよ。
監督 それはダメだ。画像(え)が汚くなる。できるだけ、難解な言葉はそぎ落とす。



一気読み「ビリーの挑戦」016-025

2018-02-25 | 一気読み「ビリーの挑戦」
一気読み「ビリーの挑戦」016-025
016cut:出る幕はありませんでした
――03scene::引き継ぎ
影野小枝 千葉市内の喫茶店です。今後の展開について、筆者の山本藤光先生にインタビューさせていただいています。
筆者 ネタバレになるような質問以外は、何でもかまいません。
影野小枝 漆原さんは、どうチームの再建に取り組むのでしょうか。初めて部下を持つ立場となり、気合十分と見ました。空回りしなければいいのですが……。それにしても、引き継ぎって、どうあるべきなのでしょうか。
筆者 ここで紹介した営業リーダーの引き継ぎ模様は、もっとも一般的なパターンです。新旧の担当者が同道し、あいさつ回りをするこの光景は、定期人事異動のシーズンによく見かけます。
影野小枝 新任の漆原さんは、出る幕がありませんでしたが……?
筆者 新旧の2人で行くと、顧客は前任者にフォーカスを当てます。これまでの労をねぎらい、思い出話や赴任地の話と展開されるのが普通です。前任者に若干の思いやりがあれば別ですが、顧客ベースでやると必然的にそうなります。
 私は新旧担当者がそろって、引き継ぎあいさつに回ることには反対です。まず前任者が単独であいさつをし、その後後任者は、上司や部下と同行訪問する。この形の方が、はるかに有効です。確実に新任担当者にフォーカスが当たるのですから。
影野小枝 顧客財産を失わないためにも、引き継ぎは極めて大切なものです。ところが担当交代とともに、顧客を喪失したという話をよく聞きます。「顧客情報」は、どういう形で引き継げばいいのでしょうか?
筆者 多くの企業は、「顧客情報」なる資料を整えています。しかし、あまり有効活用されていないのが現状です。営業職は自ら収集した情報しか、信じない傾向にあります。信じられるのは、自分の直感だけだというわけです。
 顧客情報は、企業の財産である。だから、せっせと情報を蓄積しなさい。駆け出しのMR時代から、耳にタコができるくらいいわれ続けてきました。しかし、前任者が作成した顧客情報は、役に立つことはありませんでした。
 出身大学、家族、趣味などを知って、どうなるというのですか。大切なのは、顧客との間合いです。アウンの呼吸というのでしょうか。これは、データでは示せない世界のものです。
影野小枝 漆原さんも、MR時代の担当先を引き継いできたのですよね。どんな引継ぎだったのですか?
筆者 では、彼の引継ぎ模様を再現してみましょう。

017cut:事前の転勤あいさつ
――03scene::引き継ぎ
影野小枝 漆原清明さんの千葉時代の引き継ぎです。M開業医の診察室にいます。
漆原 先生、先日お話させていただきましたが、私の後任の阿部です。製品知識も豊富ですし、きっと先生のお役に立てると思います。どうかよろしくお願いします。
阿部 先生のことは、漆原から何度も聞かされております。前任者同様、精一杯努力をいたしますので、引き続きよろしくお願い致します。それからH病院の吉田先生が、先生とお会いしたらくれぐれもよろしく伝えてほしい、とおっしゃっておりました。
医師 吉田先生か、懐かしいな。元気でやっているのだね。
阿部 はい、吉田先生にはずいぶん可愛がっていただきました。
医師 阿部くんはゴルフをやるの?
阿部 ヘタですけど、足を引っ張らない程度にはできます。
漆原 先生、阿部はウソをついています。おそらく、先生の連覇が止まるかもしれませんよ。
医師 それは楽しみだな。では漆原くんのかわりに、阿部くんにM杯のメンバーになってもらおうか。
影野小枝 この前のとは、ずいぶん流れが違いますね。漆原さんは事前に転勤のあいさつを済ませているから、2人で訪問しても会話が新任者に向いたのでしょうか?
筆者 そのとおりです。よもやま話は済んでいるのですし、その後の訪問ですから、当然話題は新任担当者に向けられます。

018cut: チーム力を上げる
――03scene::引き継ぎ
影野小枝 喫茶店「場」です。漆原さんは国内大手製薬会社の富永所長と話をしています。富永所長は50歳後半くらいの方です。
富永 先日、生保の釧路支店長と話をしたんだけど、あそこのライフプランナーのトップクラスは年収3千万円超えがザラだという。
漆原 ライフプランナーって、保険の営業マンのことですよね?
富永 MRと同じだよ。給料体系がフルコミッションなんで、やればやるだけ実入りになる。だから彼らは、マネージャーにはなりたがらないようだ。
漆原 すごい営業マンは、上司をはるかに超える年収なんですね。
富永 MRもそうした給料体系にできないかと、うちの本社でも検討したことがある。でもMRという仕事は正しく薬の情報を伝えることだから、露骨に売り上げだけで差はつけられない。
漆原 処方箋が調剤薬局に流れて、個人の実績も把握できなくなりましたしね。
富永 だからうちの評価体系は、量よりも質のほうが高くなっている。
漆原 質の評価ですか? どうやって測るのでしょうか?
富永 MRの日報や上司の同行などで、質の評価をしているんだけど、評価者によってバラツキがあるのは事実だ。
影野小枝 山本藤光さんの著作に『MRの質を測るものさしあります』(エルゼビア・ジャパン)があります。興味がある方は、ぜひ読んでみてください。  
漆原 質の評価ですか……。うちの評価は量7割質3割なんですが、本来なら質にウエイトがおかれるべきですよね。MRの仕事の質を上げるには、やっぱり同行するしかないですよね。
富永 同行も大事なんだが、チーム力を上げると、個々のレベルは確実に上がる。だからチームのレベルアップも個人同様に重要なんだ。
影野小枝 漆原さん、考え込んでしまいました。チーム力を上げるという点に、何かひらめいたみたいです。

◎漆原の日記
 前任の鈴木所長は部下であるMRについて、クズを回されたと吐き捨てた。猛烈に腹が立った。自分の部下だろう、といってやりたい衝動にかられた。
何としてでも、強力な集団に再生する。本日富永所長の言葉で、それを痛感させられた。業績格差はリーダー格差。この言葉を肝に命じて、やってやる。ダメだったら、責任のすべては私自身にあるのだ。

019cut:前任者の心がけ次第
――03scene::引き継ぎ
影野小枝 ビデオ製作会社打ち合わせです。
監督 ポイントを整理してください。
製作 前任者の心がけ次第で、引き継ぎは有益なものになる。まずはこの点をきちんと表現すること。次に前任の鈴木が、「クズばかり」と吐き捨てる場面。ここは大きな問題提起となる。外国でも国内の生保でも、人材の採用と育成は、大切なマネジャーの使命だ。製薬企業の弱点は、支店長などが採用に積極的に関与しない点だ、と原作者がいっていた。
助監督 鈴木は典型的な昔タイプのリーダーですよ。自己中心的であり、都合の悪いことは、いとも簡単にヨソに責任を転嫁してしまう。まじめな漆原との対比を際立たせるためにも、結構重要な場面だと思います。
監督 それにしても、ここまでは動きに乏しいな。視聴者をムンズと引きつける仕掛けがほしいな。それと、カフェテラスでナレーターと筆者が話をする場面だが、あれは不自然過ぎる。カットしちゃえよ。
製作 ダメだ。原作者は頑固な上に、出たがり屋だ。あの場面を飛ばしてしまったら、ヘソを曲げてしまう。
監督 ヘソが曲がったら、どうなりますか?
製作 ビデオ化の許可が、もらえなくなる。
影野小枝 ビデオには私も出させていただけるのかしら? いくらカゲの声でも、せっかくの美しい顔は露出させたいと思います。


020cut:最初が肝心だ
――04scene:前任者の送別会
影野小枝 釧路管内標茶町の藤花温泉ホテルです。チーム全員が、浴衣がけでくつろいでいます。前任者・鈴木さんの送別会です。もちろん、漆原さんは参加していません。
鈴木 おまえたちには、好きなようにさせてきた。おかげで実績は伸び悩んだが、これも運だ。今度の漆原は、新任で超張り切っているので、覚悟しておけ。
石川 鈴木さんにはゴルフや女遊びなど、楽しいことをたくさん教えていただき、感謝するとともに恨んでもいます。
鈴木 おいおい、ぶっそうなことをいうな。おれがどう恨まれるようなことをした?
石川 鈴木さんは独身で金持ちだけど、うちは貧乏所帯です。遊びを覚えた分、散財が多くなって、いまや危機的な状態です。
山崎 石川さんは、母ちゃんが怖いのです。完全なるカカア天下だから。
乾 鈴木さん、山梨は売れていますね。
鈴木 部下は4人で、このチームの半分だけど、売上はここと同じくらいだ.
山之内 漆原さんって、どんな人ですか?
鈴木 MRとしては全国区の実力者だ。ただし名選手が必ずしも名コーチとはかぎらない。自己顕示欲が強いし、何といっても態度が横柄だ。おまけにおまえたちの実績をみて、クズ集団だといっていた。
熊谷 オフィスで顔を合わせたのであいさつしたら、いきなり月売が500万の熊谷くんだね、といわれました。
石川 嫌味なやつだよな。
山之内 かき回されないように、出鼻をくじかなければならないな。何たって、最初が肝心だからな。
鈴木 親がいなくなって初めて親のありがたみがわかる、っていうじゃないの。おまえたちはきっと、おれのありがたみを痛感することになるだろう。そうなったら、連絡をよこせ。いつでも拾ってやるから。
寺沢 えー、山梨ですか。東京なら喜んで行きますけど……。
熊谷 ゆううつだな。競走馬みたいにケツ叩かれたくないよ。乾たちはいいな。毎日、顔を合わせなくてすむんだから。
影野小枝 みなさん、漆原さんを警戒していますね。ぬるま湯的な、このチーム体質は改善されるのでしょうか?

021cut:指示も命令もしない
――04scene:前任者の送別会
影野小枝 藤花温泉ホテルの、浴槽での会話です。石川さんと山之内さんのようです。私は女湯にいます。
山之内 漆原さんがきて、オフィスは変りましたか?
石川 まったく変っていないよ。漆原さんって、指示も命令もしない人みたいだ。
山之内 口うるさくないのなら、楽でいいじゃないですか。
石川 だから不気味なのさ。
山之内 あの人、MR時代に、月2000万円以上売っていたようです。
石川 売りやすいテリトリーだったのと違うか。がんばったところで、給料が変るわけでもなし、まあのんびりとやろうぜ。
山之内 張り切って、飛ばさないでください。MRの仕事は営業じゃないのですから。ドクターの薬剤パートナーとして、正しい情報を伝えればいいだけです。
石川 わかっている。おれには、人を出し抜いてまで、やるだけの気構えはない。
山之内 MRの業績を、売上で判断するのはまずいですよね。
石川 おれもそう思う。
影野小枝 のぼせてきました。聞き耳はこのあたりまでに、させていただきますね。

022cut:典型的な昔タイプのリーダー
――04scene:前任者の送別会
影野小枝 送別会の帰りです。太田さんが運転する車に、帯広のメンバーが同乗しています。
太田 鈴木さん、何だか寂しそうだったですね。
乾 生まれてから、ずっと北海道だからな。それに、ここよりも小さなチームの担当になるのだから、内心は穏やかではないさ。
太田 左遷でしょうか?
乾 まあ、成果が出なかったのだし、仕方がないよ。
太田 責任の一端は、我々にもあるってことですね。
山之内 いっちゃ悪いけど、鈴木さんから何を学んだ? お昼どきに、家の前に車があるのを何度も見たって聞いたことがあるし、リーダーとしては失格だよ。
山崎 ほら、サボってマスターズを見に行って、テレビに映っちゃった話。あのときは、始末書を取られのだろう。
山之内 あれは、ドクターと一緒だったと逃れたのだが、支店長がドクターの名前をいえって迫って、適当にいったら確認をとられた。
乾 それでウソがばれちゃって、始末書となった。
山崎 同行しても途中で用事ができたと帰っちゃうし、移動の車中では自慢話か小言ばかり。会議では一方的にしゃべりまくり、終わったらなじみのエッちゃんの店へ、みんなを引き連れて行く。典型的な、昔タイプのリーダーだったよな。
山之内 今度の人は、数字にはうるさそうだ。熊谷が、怒っていただろう。500万円に満たない、熊谷かっていわれたって。

023cut:個人が竹やりを持って
――04scene:前任者の送別会
影野小枝 送別会の帰りの釧路組の車です。寺沢さんが運転する車に、鈴木リーダーと釧路のメンバーが同乗しています。
鈴木 チームメンバーの住まいが分かれているのは、大きなハンデだよな。メンバーが顔を合わせるのは、月に1回のチーム会議だけだから。
石川 帯広の連中を、釧路から通わせるのはまずいんですか?
鈴木 支店長にお願いしたことがあったのだが、訪問効率が悪いって、ぜんぜん聞く耳を持たない。最悪の環境だよな。
石川 我々にはオフイスがあるからいいけど、帯広の連中はかわいそうです。
鈴木 部下に指示するにしても、集めて1回しゃべれば済むことを、何度も繰り返さなければならない。フェイス・トゥ・フェイスと電話では、まったくニュアンスが違う。
田中 乾さんともっと情報交換できれば、実績アップになるのですが。どちらも担当先が、札医大の同じ医局の先生たちですし……。
熊谷 だいたい、札幌の大学担当者から、まったく情報が入らないのもおかしいよ。
石川 せめて、我々のチームだけでも、きちんと情報交換したいものだ。
寺沢 何だか、個人が竹やりを持って突入している感じです。チームがひとつにまとまらないと、負け戦になります。
鈴木 月に1回の会議では限界があるし、毎週1回集めるには遠すぎるからな。まあ、漆原リーダーのお手並み拝見といこう。
熊谷 失礼なやつだよ、漆原って。地域の特殊事情も知らないで、数字のことで嫌味をいいやがる。
鈴木 石川をおれの後任にしたかったけどな。おまえたち、覚悟しておけ。数字を上げるためには、何でもありで絞られるぜ。

024cut:ダメはどこへ行ってもダメ
――04scene:前任者の送別会
影野小枝 漆原さんは喫茶店「場」にいます。常連客が昨日の選挙結果で盛り上がっています。
常連C 民主党の敗北原因は、選挙戦略の失敗だな。
常連D Cさんのところの薬は、夏の天気次第なのだから、戦略とは無縁じゃないの。
常連C バカいうな。長期天気予報を見て猛暑ならそれなりの戦略、冷夏ならそれにふさわしい対応をするのが、トップマネジメントの役割だろうが。
常連D 去年は冷夏で売れなかったって、盛んに嘆いていたのは誰ですか?
常連E それにしても小選挙区で落ちたやつが、比例でよみがえる制度は理解できない。
常連F 営業職でダメだったやつが、内勤職に替わったらトップクラスの評価になった。
常連E ちょっとたとえが違うと思うけど。でも、そんなケースはあるのか? ダメはどこへ行ってもダメと違うか?
漆原 がっかりするようなことをいわないでくださいよ。うちは全国最下位のチームだけど、1年間でよみがえらせなければなりません.
常連C 営業格差はまぎれもない人災である。『人間系ナレッジマネジメント』に書いてあったよな。ウルちゃんなら、きっと変えられるよ。
漆原 教え、育てているのに、成果が上がらないやつがダメな営業マン。それをしていないで部下にダメの烙印を押すのが、人災リーダーということですね。
常連E 何だか耳が痛いよ。ウルちゃん、耳の薬持っていない?

◎漆原の日記
 休日だったけど、刺激をもらいに「場」へ行ってきた。相変わらず、凛(りん)とした言葉のキャッチボールが小気味よい。チームメンバーは鈴木リーダーの送別会で、昨夜から温泉三昧である。喫茶店「場」の雰囲気を、何としてでもチーム内に移植したい。

025cut:古い概念に凝り固まっていて
――04scene:前任者の送別会
影野小枝 ビデオ製作会社の打ち合わせ風景です。
製作 標茶(しべちゃ)町は、釧路から摩周湖方面に向かって一時間ほどのところにある。ここは画像(え)になると思う。釧路湿原を縫うように走ると、キタキツネやエゾジカが飛び出してくる。澄んだ水辺では、丹頂鶴の親子が餌をついばんでいる。
監督 いいね、いいね。教育用ビデオって、自然と無縁なのが普通だからな。ここはきれいに、バシッと決めたいね。
製作 藤花温泉ホテルも、実際に存在する。モール温泉といって、植物性の温泉のようで、お湯が黒ずんでいるのが特徴だ。さらにここには、日本一の敷地面積を誇る標茶高校がある。敷地内には、トラクターの運転練習コースや乳製品の加工工場まである。
助監督 既存の温泉ホテル名を、そのまま使うのには抵抗があります。
製作 変更は許されない。何でも原作者の親友が経営しているらしく、友情の証だとか、古い概念に凝り固まっていて……。
監督 浴衣がけのむさくるしい男ばかりが9人、車座になって酒を飲んでいるカットはいただけんな。標茶ってところには、芸者はいないの?
製作 断言できるが、いるはずがない。
監督 中里、何とか華を探せ。大広間の隣席にピチピチの女子大生がいるなど、何でも構わん。
助監督(原作に赤を入れながら)わかりました。
 

ビリーの挑戦011-015

2018-02-24 | 一気読み「ビリーの挑戦」
ビリーの挑戦011-015
011cut:業績格差は人災である
――02 scene:2つの約束
影野小枝 宮内支店長の案内で、漆原さんは喫茶店「場」へ顔を出しました。一通りのあいさつをすませ、常連の会話に耳を傾けています。
常連C それにしても売れない。だんだん首が危うくなってきたよ。
常連D 業績格差はまぎれもない人災である。この前の読書会で、勉強したばかりじゃないか。業績が悪いのは、すべてはあんたの責任だよ。
常連C まいど、厳しいご指摘をありがとう。(カバンから一冊の本を取り出しながら)この本はうちの課長連中にも、強制的に読ませたよ。そのうちに効いてくるさ。
漆原 新人営業リーダー研修で、私が勉強したのも、その本でした。マネジメントを「管理系」から「人間系」にシフトせよ、という主張ですよね。。
宮内 先月の読書会で取り上げたのが『人間系ナレッジマネジメント』でした。それ以来、この店では「暗黙知」や「形式知」という単語が飛び交っています。
常連E 働く場所をオフィスから現場へ。部下指導を一律から個別へ。命ずるから考えさせる。どれも簡単なようで、一筋縄ではゆかない。『人間系ナレッジマネジメント』って奥が深い世界だよな。
常連F 多用する人称は、一人称から二人称。おれの世界を、きみたちはどう考えるというふうに変える。これがなかなかできない。
影野小枝 山本藤光先生の『人間系ナレッジマネジメント』(医薬経済社)は、みなさんの底本になっているみたいですね。漆原さん、とてもうれしそうです。自分が実践しようとしていることに、取り組んでいる人たちがいた。これって、自信になりますよね。自分がやろうとしていることは、間違ってはいなかった。漆原さんは、そう確信したようです。

◎漆原の日記
宮内支店長に紹介された喫茶店「場」には、さまざまな企業の支店長や営業所長が集まる。毎月勉強会を開催し、普段は集まって議論をしている。偶然にも、新任リーダー研修で学んだ『人間系ナレッジマネジメント』が話題になっていた。よい仲間にめぐり合ったと思う。あの人たちの力を借りて、チームの再建に全力を尽くしたい。

012cut:意識と行動を変える
――02 scene:2つの約束
影野小枝 釧路営業所の昼時です。少しだけ漆原さんに質問させていただきますね。
影野 いよいよ新しい生活がはじまりましたね。いかがですか?
漆原 まずは、メンバーの意識と行動を変えることからはじめます。
影野 意識と行動ですか?
漆原 そうです。意識と行動が変われば、業績は自然についてきます。
影野 具体的には、どうするのですか?
漆原 意識と行動は、命令では変わりません。またすぐに変化するものでもありません。しかし気長に接して、彼らの意識と行動を変えるのが、営業リーダーの大切な役割だと思います。
影野 そのために、何をなさるのですか?
漆原 彼らに問いかけ、彼ら自身が考える。これを繰り返すしか方法はありません。
影野 ところで漆原さん、ここには事務員がいないのですか?
漆原 当社の営業所には、一切事務員はおりません。だから営業リーダーは、事務員を兼務しているわけです。
影野 ということは、荷物の出し入れや電話番も営業リーダーの方がやっているわけですよね。
漆原 そうです。
影野 それって、営業リーダーが部下と現場同行をする阻害要因になりませんか?
漆原 私の前任者はそれを理由に、あまり同行をしていませんでした。やっぱり、意識の違いだろうと思います。
影野 漆原さんはたくさんの雑用をどう整理して、現場同行を実現するのでしょうか?

013cut:トップとドンケツのギャップ
――02 scene:2つの約束
影野小枝 ビデオ製作会社打ち合わせを、のぞいてみます。
監督 1人あたりの売り上げ750万円を、1年間で1250万円にしてほしい。札幌支店長の要求がベラボウなものだということが、視聴者には伝わりにくくないかい?
製作 私もそれは感じた。漆原が支店長に、「それは無茶ですよ」と抵抗する場面を入れるように希望したが、原作者が頑なな人で……。「営業の世界では、どんな数字でも甘受するのが常識だ」って拒絶された。
監督 とてつもないハードルを超える『完全版・ビリーの挑戦』は、視聴者にトップとドンケツのギャップを理解してもらうことがすべてだと思う。
製作 その通り。私も750万円の人が、1年間で500万円引き上げることの大変さを強調したかったけど……。
監督 中里、ここは演技力でやるしかないよな。漆原を飛び上がらせるとか、大げさなリアクションが必要だろう。考えておいてくれや。
助監督 わかりました。
監督 喫茶店「場」は、おもしろい設定だな。早朝の喫茶店だろう。霧に包まれる幣舞橋のあたりで、窓からは海が見えるシチュエーションでいきたいな。それにしても、店名がダサすぎるよ。
製作 私も店名を変えたいと申し出たが、原作者は首をタテには振ってくれなかった。相当に頑固な人だ。
助監督 どんな店名を候補にあげたのですか?
製作 丹頂鶴とか、湿原とか、まちこなどを提案したのだが……。
助監督 「まちこ」って、何ですか?
監督 『挽歌』だよ。原田康子という作家が書いた、昔はやった物語を知らんのか。この放送が始まると、銭湯がガラガラになったほどの人気番組だった。その舞台が霧の街・釧路だったのだ。まちこ巻きというスタイルまで生まれたほどだ。
助監督 ロの字型のテーブル配置は、お客さん同士が自由に話し合えるという配慮ですよね。真ん中の空間設定が難題ですね。
監督 それを考えるのが、おまえの仕事だろうが。毎日くる客が楽しめるものを、考えておいてくれ。
助監督 回転するテーブルが置いてあり、そこには新聞や週刊誌が並んでいる。
監督 バカもの。話をするためのロの字なのだろう。ちゃんと考えろよ。


014cut:前任者にスポットがあたる
――03scene::引き継ぎ
影野小枝 午前の診療を終えたG開業医の診察室です。漆原さんは前任の鈴木所長とともに、引き継ぎのあいさつで訪問しています。2人が着席すると同時に、医師が話し始めました。
医師 (鈴木に向かって)転勤だな。
鈴木 そうです。相変わらず、鋭い洞察力で……。
医師 この時期に2人連れでくるのは、転勤のあいさつしかない。それで、どこへ行くのだ?
鈴木 山梨です。
医師(椅子を回転させ後ろ向きになって)そうか、山梨へ行っちゃうのか。ずいぶん、遠くだな。
鈴木 先生には、公私に渡ってお世話になりました。ご恩は一生涯忘れません。
医師 山梨にはゴルフ場はあるよな。富士山のふもとだから、きっと難コースだろう。
鈴木 ぜひ、きてください。先生とは、永遠のライバルですから。
医師 10年早いよ。明治の大砲みたいなスイングでは、いつまでたっても、おれに勝てっこないさ。
影野小枝 看護師さんが、新たな名刺の束を医師の机の上に置きました。待合室には、競合メーカーが待っています。しかし、2人の会話は途切れません。
鈴木 山梨に、先生の知り合いはいませんか。いたら紹介してください。その代わり、難コースへご招待させていただきます。
医師 確か、根本が県立病院の副院長のはずだけど。(婦長さんに向かって)ちょっと、同窓会名簿を持ってきてくれ。(暗転)
影野小枝 おやおや、漆原さんは寂しそうですね。引き継ぎって、だいたい前任者にスポットが当たってしまうもののようです。それにしても、前任者の鈴木さんは、楽しそうですね。個人的にも、ずいぶん親しいみたい。みなさんは、この場面に何を感じたでしょうか? 何か変でしょう。

015cut:あんな引継ぎは無意味
――03scene::引き継ぎ
影野小枝 G開業医の玄関です。漆原さんだけが出てきました。前任者はまだ中にいるようです。ちょっと、漆原さんに質問してみましょうか。漆原さん、この前は意識と行動のことをおうかがいしましたが、今日は現状についてお話を聞かせてください。
漆原 とてつもなく、ゴールは遠くにある。それが現状です。
影野小枝 担当チームの生産性は、全国でも最低ですよね。漆原さんは、そこを再生するために抜擢されたと聞いていますが。
漆原 そうなのです。チームの月均売上が6000万円と、トップのチームの3分の1しかないのですから、これからが大変です。
影野小枝 漆原さんのところは、ひとり平均750万円ですよね。トップのチームは、1人あたり2000万を超えているのですか?
漆原 すごい格差でしょう。先が思いやられます。でも、これ以上落ちることはないので、気楽に楽しみながらやりますよ。
影野小枝 鈴木さんが出てきました。話が聞こえていたみたいです。
鈴木 うちのチームはクズの集まりだから、漆原くんは苦労するよ。支店長は、優秀なMRを札幌に集めて、こっちにはロクなメンバーを寄越さない。
影野小枝 鈴木さん、捨てゼリフを残して車に向かいました。漆原さんはそれを目で追いながら、外国人がよくやるように、両手を宙に広げてみせました。
漆原 …………
影野小枝 がんばってくださいね。クズばかりですって。業績格差は人災である、ってことに気づいていないみたいですね。それにしても、金魚の糞みたいについて歩くだけの引き継ぎは、疲れましたでしょう?
漆原 こんな引き継ぎは、無意味です。まあ、つまらないセレモニーも終わりましたので、改めて市場分析からはじめますよ。


ビリーの挑戦005-010

2018-02-24 | 一気読み「ビリーの挑戦」
ビリーの挑戦005-010
005cut:まったく聞く耳を持たない
――01 scene:全国最下位チーム
影野小枝 翌日の朝、釧路営業所です。鈴木リーダーは、マネージャー会議のために不在です。
石川 二日酔いで頭が痛いよ。お前たちは、何時まで飲んでいた?
寺沢 午前2時までです。鈴木さんが離してくれなくて、往生しました。
熊谷 カラオケで終わりだと思っていたら、例のヨウコちゃんのスナックへ行って、いつもの自慢話を聞かされました。
石川 大丈夫なのかな? ちゃんと札幌に行けたのかな?
田中 そのことは何度もいったけど、ダメですね。まったく聞く耳を持たない。
熊谷 それにしても、あの人はタフだよ。
石川 仕事で手抜きしている分、余力があるのと違うか。
田中 そういえば、転勤かもしれないっていっていましたよ。会議が終わったら、残るように支店長にいわれたようです。
石川 本当か、それはビッグニュースだ。
熊谷 他人ごとみたいにいっているけど、おれたちだってどうなるのかわからない。
田中 全国最下位チームのメンバーなんて、どこにも引き取り手がないさ。
寺沢 駅裏においしいスープカレーの店が、オープンしました。先週の昼に行ったのですが、行列ができていて入れないほどでした。
石川 早めに行けば、並ばなくて済むだろう。よし、今日の昼飯はそこで食おう。二日酔いにスープカレーか、絶対にアルコールが抜けるぞ。
影野小枝 寺沢さんはカバンからマンガ雑誌を2冊取り出し、鈴木リーダーの机に乗せました。
石川 それ今週号か? 鈴木さん、いないのだから、おれに貸せ。
影野小枝 静かになりました。石川さんはマンガを読み、熊谷さんはスポーツ新聞を広げています。田中さんはパソコンに向かっていますけど、どうやらゲームをしているみたいです。寺沢さんはサンドウィッチを食べています。今朝はだれひとり、代理店には行っていないようですね。

006cut:全国最下位のとんでもないチーム
――01 scene:全国最下位チーム
影野小枝 ビデオ製作会社打ち合わせです。今後も時々登場します。
製作『完全版・ビリーの挑戦』を、教育ビデオにすることが決定した。台本は読んでもらっていると思うが、視聴者は「異議あり」と思った場面で、イエローカードを上げる仕組みにしたい。賛同の場合も、ハートマークのようなカードを考えている。
監督 立派な仕事の様子を見せるのが、我々の役目じゃないですか。それをこんなデタラメなチームの映像を見せるのですか?
製作 ダメなのは最初だけだ。社長が本を読んで、感動したようだ。きれいごとを見せるよりも、ずっとインパクトのある研修ビデオになるといっている。
助監督 イエローとハートカードとのセット販売。レッドカードもつけちゃいますか。
製作 原作自体がシナリオ仕立てなので、台本はいらないだろう。20分もので、4巻シリーズにまとめてもらいたい。
監督 暗い、暗すぎですよ。これじゃ、視聴者が引いてしまう。
製作 昔あるところに、全国最下位のとんでもないチームがありました。そこに若き営業リーダーが乗り込んできて……。原作者は「業績格差は人災である」と断言している。暗闇のなかから、旭日が姿をあらわすような感じで、チームが少しずつ明るくなる雰囲気を表現してもらいたい。
助監督 会社の金は遣い込む。来期を見込んで、今期の売上にはブレーキをかけてしまう。リーダーがいなければサボってしまう。腐っていますよ、このチームは。
監督 全国最下位のチームなのだから、根本的な欠陥があるのはわかる。しかし、これだけのシチュエーションで、どん底チームを表現するのは難しい。中里、何かいい案はないか?
助監督 もっとネガティブな事例が、蔓延している方がいいですね。少し脚本に手を入れられますか?
製作 あまりいじると、原作者がヘソを曲げる。原作が長いので、少しカットしなければ研修ビデオとしては価値がないことは説明した。それでも「できるだけ原作に忠実に」と主張して、なかなか妥協してくれない。
監督 視聴者が集中して見ていられるのは、15分前後といわれている。このままをそっくり映像にするのは、見ないでくださいといっているのに等しい。
製作 原作者については、こっちで説得する。だから思う存分、よいものにしてもらいたい。舞台は製薬会社だが、それ以外の企業にも売り込むつもりだから。

007cut:漆原清明の日記
――01 scene:全国最下位チーム
影野小枝 鈴木さんの後任の漆原清明さんは、釧路入りしました。日記を紹介させていただきます。

◎漆原清明の日記(3月24日)
 釧路空港から、新しいわが家へレンターカーで移動した。もうすぐ4月なのに、吐く息は白く曇る。子どもたちも「寒い、寒い」といって、体を丸めていた。車のヒーターを入れて、新居を目指す。路面に雪はないが、ところどころアイスバーンになっている。慎重にハンドルを握り、カーナビの誘導にしたがう。

 荷物を片づけたら、月曜日には札幌支店に顔を出す。それまでに学校の手続きや転入届けをしておかなければならない。MRから営業リーダーへの昇進。うれしいけど、最果ての地には一抹の寂しさを覚える。子どもたちが、はしゃいでいるのだけが救いだ。全国最下位チームの再建。厳しい挑戦がはじまる。

008cut:1年間で立て直してもらいたい
――02 scene:2つの約束
影野小枝 R製薬の札幌支店長室です。新任営業リーダー・漆原清明さんの初出勤の日です。
支店長 漆原くんは何歳になるの?
漆原 38歳です。札幌支店の新谷リーダーとは、同期入社です.
支店長 お子さんは?
漆原 上が男で小学5年、下が女で小学3年です.
支店長 そうか、いちばんかわいい盛りだね。
漆原 スキーができるって喜んでいますが、道東はスケートのメッカだったのですね。
支店長 寒いところだから、くれぐれも体調には気をつけてくれ。もっとも、業績の方も寒いけど。(紙片を渡しながら)これが担当してもらうチームの業績だ。月間6000万円と、全国で最下位の生産性だ。何としてでも、1年間で立て直してもらいたい.
漆原 1人あたり月に750万円ですか。それしか売れてないのですか?
支店長 きみは千葉県時代に、どのくらい売っていた?
漆原 月2000万円ちょっとです。
支店長 それはすごい。支店長がきみを出すのを渋っていたけど、うなずけるよ。まあ、一挙にそこまではムリだとしても、せめて1人月均で1250万までは引き上げてもらいたい。
(漆原が見ている紙片のズームアップ。氏名と年齢に添えて、月均売上が書かれている)

石川 釧路地区のサブリーダー。36歳。既婚。売上750万円/月。
熊谷 釧路地区担当MR。32歳。既婚。売上480万円/月。
田中 釧路地区担当MR。28歳。既婚。売上1050万円/月。
寺沢 釧路地区担当MR。24歳。独身。売上790万円/月。
山之内 帯広地区のサブリーダー。34歳。独身。売上475万円/月。
山崎 帯広地区担当MR。34歳。既婚。売上860万円/月。
乾 帯広地区担当MR。32歳。独身。売上1100万円/月。
太田 帯広地区担当MR。24歳。独身。売上520万円/月。

漆原 支店長、このチームの最大の弱点は何ですか?
支店長 はっきりいって、前任鈴木リーダーの指導不足だと思う。彼はほとんど同行指導をしていなかった。だからMRたちは、仕事の基本を学んでいない。
漆原 月均1000万円以上は、2人だけですか。釧路の田中が1050万円と帯広の乾が1100万円。え、山之内は475万円ですか。彼が帯広のサブリーダーですよね.
支店長 帯広の全員が駐在というハンデはあるが、この業績では出張所も出せない。釧路の石川は、何とかやってくれている。きみには帯広に住んでもらうことも考えた。しかし、リーダーが営業所にいないというのも変な話なので……。
漆原 釧路と帯広って、どのくらい離れているのですか?
支店長 特急で1時間半くらいかな。車なら2時間ほどはかかる。
漆原 そんなに遠いのですか。帯広のメンバーがオフィスへくるのは、チーム会議のときだけということですね。
支店長 そう、変則的なチームなので何かと大変だろうが、すべてはきみに任せる。何としてでも、1億円のチームになるようにしてほしい。期限は1年、いいな.
影野小枝 いまの実績に、4000万円の上乗せですね。ということは、1人500万円をアップしなければなりません。いまの1人あたりの実績が750万円ですから、ほぼ倍増となりますね。大丈夫なのでしょうか?
漆原 最大限の努力をします。支店長、ひとつだけお願いがあります。
支店長 何だい?
漆原 ノートパソコンを9台欲しいのですが…….
支店長 どうするんだ?
漆原 コミュニケーションの手段です。リアルの場で会えない分、バーチャルの場で、彼らと積極的に交わりたいと考えます。
支店長 よし、許可しよう。きみの就任祝いだ。
漆原 ありがとうございます。必ず支店長の期待に、応えさせていただきます。
影野小枝 新任チームリーダー・漆原さんの船出が始まったようです。8人の部下を抱え、どうチームを立て直すのでしょうか。みなさんなら、真っ先に何をしますか? 漆原さんはノートパソコンで、MRとのコミュニケーションをはかりたいようですね。どんな方法を取るのでしょうか。みなさんなら、ノートパソコンをどう活用しますか?

009cut:チームの足を引っ張っているのか
――02 scene:2つの約束
影野小枝 ススキノの居酒屋さんです。支店長との面談を終えて、漆原さんは同期入社の新谷リーダーと並んでお酒を飲んでいます。漆原さんの昇進祝いと歓迎を兼ねての席です。
新谷 よりによって、全国最下位のお荷物チーム担当か。きみなら何とかできるだろうが、あのチームは腐っている。簡単なことではないぞ。
漆原 そんなにひどいのか?
新谷 支店内キャンペーンが入っても、通常月と何ら売り上げに変化がない。医局説明会はほとんど実施されていないし、医師会など地域単位の企画もやったことがない。まったくやる気が感じられないチームだよ。
漆原 だんだん酒がまずくなってきた。釧路と帯広に、チームが分断されているせいなのかな?
新谷 それもあるけど、サブリーダーたちに覇気がない。優秀なチームには、ぐいぐい引っ張るサブリーダーの存在がある。ところがきみが担当する釧路営業所は、引っ張るはひっぱるでも、チームの足を引っ張るサブリーダーしかいない。
漆原 チームを引っ張るのではなく、チームの足を引っ張っているのか。
新谷 こんなことをいうのはいやなのだけど、きみの前任の鈴木さんはお山の大将っていう感じだった。あれでは部下が育たない。管理系から、人間系マネジメントへのシフト。プロモーション(昇進)のとき、課題図書・山本藤光『人間系ナレッジマネジメント』(医薬経済社)を読まされただろう。一刻も早く、あの世界にシフトすべきだな。
影野小枝 本書は絶版になっています。かわりに『MRの質を測るものさしあります』(エルゼビア・ジャパン社)をお読みください。MRは製薬企業の営業マンのことですが、他の業種でも応用できます。
漆原 おれもそう思う。とにかく徹底的に、『人間系ナレッジマネジメント』を実践するよ。
新谷 きみならできる。必ずやりとげられる。期待しているし、応援するよ。
影野小枝 いいですね、同期って。『人間系ナレッジマネジメント』とは、どんなものなのでしょうか。管理とは対極にある概念みたいですが、漆原さんはそれを実践すると断言していました。

◎漆原の日記
 支店長と面談。それにしても、ひどい業績でショックを受けた。帯広が駐在員だから、まとまりが悪いのかもしれない。1年間で1億円のチームにすること。それが支店長との約束だ。どん底チームの実績を、ほぼ倍増しなければならない。
どん底って、これ以上落ちることがないという意味だろうか。それとも、2度とはい上がれないという意味なのだろうか。不安である。でもやるしかない。そのためには、営業リーダー研修で教えられた「人間系ナレッジマネジメント」を活用したい。あとは、ノートパソコンで、チームを変えるしかない。

010cut:何とか底上げをお願いしたい
――02 scene:2つの約束
影野小枝 R製薬の重点代理店・宮内支店長へのあいさつを終え、漆原さんは宮内支店長と世間話をしています。
宮内 釧路管内の支店長や所長が、たくさん集まる店があります。毎朝7時から8時の間に集まり、朝食をとりながらさまざまな情報交換をしています。参加をお勧めします。といっても、漆原所長は単身赴任じゃありませんよね。無理強いはしませんが。
漆原 興味があります。教えてください。
宮内 「場(ば)」という古風な名前の喫茶店ですが、ユニークな人がたくさんいますよ。よろしかったら、明日にでもご案内しましょうか?
漆原 ぜひお願いします。実は前任地でも、KEN研という異業種交流会に参加していました。猛烈な刺激を受けて、たくさんのことを学ばせてもらいました。
宮内 ケンケンですか?
漆原 ナレッジ・エンジョイ・ネットワーク研究会という意味なのですが、とにかく勉強になりました。
宮内 社外の優秀な人たちと交わる。よい本をたくさん読む。きわめて大切なことですよね。ところで、漆原所長にお願いがあります。R製薬のメーカーランキングは、全道の支店のなかで最下位です。他の支店は30位前後なのですが、釧路は極端に業績が悪いのが現状です。もちろん私どもも努力をしますが、何とか底上げをお願いしたいと思います。
漆原 頭の痛い問題ですね。MR活動を大幅に病院にシフトさせ、開業医は御社でカバーしていただく。そんな企画書を用意し、改めてご相談させてもらいます。
宮内 商売はギブ・アンド・テイクが基本です。うちは開業医をしっかりやりますので、所長は安心して病院攻略をしてください。
漆原 支店長、提案というかお願いがあります。釧路と帯広の当社のプロモーターを交えて、四半期に1回、戦略会議をさせてください。釧路と帯広のサブリーダーも参加させます。必ず支店長の期待にお応えしますので、ぜひご協力をお願いします。
影野小枝 おやおや、ここでも漆原さんは、大きな課題に直面しました。この代理店でのメーカーランキングは、46位とのことでした。翌朝、漆原さんは、宮内支店長と喫茶店「場」でメンバーにごあいさつをしています。不思議な喫茶店で、テーブルがロの字型にセットされていました。会話を弾ませる工夫なのでしょうね。ちょっとのぞいてみましょうか。


ビリーの挑戦000-004

2018-02-24 | 一気読み「ビリーの挑戦」
一気読み「ビリーの挑戦」000-004
■完全版・実話「ビリーの挑戦」第1部 
最下位営業チームがトップになった

■第1部の主な登場人物

漆原清明 新任の釧路営業所長。38歳。
新谷 札幌1課長。漆原と同期生。38歳。
石川 釧路地区のサブリーダー。36歳。既婚。売上750万円/月。
熊谷 釧路地区担当MR。32歳。既婚。売上480万円/月。
田中 釧路地区担当MR。28歳。既婚。売上1050万円/月。
寺沢 釧路地区担当MR。24歳。独身。売上790万円/月。
山之内 帯広地区のサブリーダー。34歳。独身。売上475万円/月。
山崎 帯広地区担当MR。34歳。既婚。売上860万円/月。
乾 帯広地区担当MR。32歳。独身。売上1100万円/月。
太田 帯広地区担当MR。26歳。独身。売上520万円/月。
鈴木 釧路の前所長。44歳。独身。
エッちゃん(梶山悦子)炉端焼き経営。31歳。独身。

000cut:まえがき

強いチームには、明るく前向きな共通言語があります。私の長い営業体験から得た、紛れもない実感です。『完全版・ビリーの挑戦』は、そのニュアンスを味わっていただきたくて、あえてシナリオ版にしました。

本作は2部構成になっています。第1部「全国最下位営業チームがトップになった」は、医薬経済社から2005年に上梓させていただいています。何度か増刷していただきましたが、現在は絶版になっています。第2部「伝説のSSTプロジェクトに挑む」は、2015年半ばから1年間『医薬経済』に「帰ってきたビリーの挑戦」というタイトルで連載させていただきました。

『完全版・ビリーの挑戦』は、これらの作品を大幅に加筆修正したものです。物語の90%は実話です。そして主人公の漆原清明は、「人間系ナレッジマネジメント」の実践者です。本書にはふんだんにその考えやスキルを盛りこみました。

第1部での漆原清明は、全国最下位の釧路営業所長として赴任します。本書の舞台は製薬会社ですので、部下はMRと表記しています。MRは薬の営業マンです。読者はMRを、営業マンと読み替えてください。やる気のないどん底チームをいかによみがえらせるのか。若き漆原清明の手腕に注目してください。

第2部「伝説のSSTプロジェクトに挑む」は、これまでに2冊の著作(『暗黙知の共有化が売る力を伸ばす。日本ロシュのSSTプロジェクト』『同行指導の現場・日本ロシュのSSTプロジェクト』(ともにプレジデント社)で紹介させていただいています。いずれも絶版ですので、あえて別の形式で第2部に組み入れました。。

これまでのマネジメントは、「命じる」「提出させる」の世界でした。漆原清明はそれを、「考えさせる」「聞き取る」のマネジメントに改めました。多くの企業はナレッジマネジメントと称して、システムに投資をしてきました。ところが、そのシステムが活用されていません。システムを活用する側に、フォーカスを当てていなかったのですから、当然の帰結ともいえましょう。

 ぎこちないやりとりは、次第に弾む会話に変わります。バラバラだったジクソーパズルのピースが、少しずつ形を整えはじめます。覇気のないチームが一つにまとまってゆく過程を、臨場感のある会話で伝えたつもりでいます。

                      
001 cut:気合で数字を積み上げろ
――01 scene:全国最下位チーム
影野小枝 ナレーターを担当します影野小枝です。長いお付き合いになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。では物語の世界にご案内させていただきます。ここはR製薬の釧路営業所会議室です。3月1日、決算月を迎えて、殺気立った雰囲気がただよっているはずです。釧路の冬は厳しいので、室内のエアコンはフル稼働しています。
鈴木所長 いよいよ決算月を迎えた。年間目標に対して、23%の積み残しだ。これでは絶対に年間目標をクリアできない。しかも先月までは、全国79チーム中で最下位を独走している。今月は目いっぱい努力をしてほしい。では、今月の積み上げをおこなう。(ホワイトボードを叩きながら)見込み数字を記入してくれ。(鈴木所長退室)
影野小枝 鈴木さんは来月転勤になります。釧路では最後の営業会議です。でもこの時点で本人は、まだそのことを知りません。会議室には8人のMR(エムアール。医薬営業マン)が集まっています。メンバーがホワイトボードの前で、それぞれの数字を記入しはじめました。30分が経過しました。鈴木所長が戻ってきます。
鈴木(数字を一瞥して)おいおい、勘弁してくれよ。決算月だというのに、全体で7%しかできないのかよ。もっと気合を入れろ。ダメだ、やり直し。
影野小枝 メンバーがホワイトボードの数字を書き直しています。鈴木所長はそれを見ながら、盛んに電卓を叩いています。
鈴木 7.5%、冗談じゃないよ。おまえたちは、おれに恥をかかせるつもりか。こんな積み上げ数字を、明日の支店マネージャー会議に持って行けると思っているのか。1時間だけ時間をやるから、石川と山之内はそれぞれの地区数字をまとめておけ。
影野小枝 鈴木さん、会議室をまた出て行きました。釧路と帯広のサブリーダーである石川さんと山之内さんは、顔を曇らせ、示し合わせたかのように天を仰ぎました。
石川 まいったな。釧路と帯広とで、それぞれあと1%ずつ積み増すことにするか?
山之内 帯広は先月がんばった分、今月は苦しいですよ。釧路が1.5%、うちは0.5%くらいで手を打ちませんか?
石川 1.5%は厳しい。1.3%でどうだ?
山之内 ということは、うちが0.7%まで、引き上げるってことですね。わかりました。それで手を打ちましょう。
石川(3名の釧路地区メンバーに向かって)もう少し積み増すぞ。気合で、ちょちょいのちょいと、数字を増やしてくれ。
山之内(3名の帯広地区メンバーに向かって)おれと太田がプラス100万、山崎と乾がプラス50万。これでどうだ。適当に、顧客別に上乗せしてくれ。
影野小枝 積み上げ会議って、ずいぶんいい加減なものですね。単なる数字合わせみたい。これってみなさんにとって、有益なものなのでしょうか。何だか時間がもったいない感じがします。部下のレベルアップのために、ほかにやるべきことはないのでしょうか。このチームには、全国最下位の危機感がまったく感じられません。

002cut:売れるまで帰ってくるな
――01 scene:全国最下位チーム
影野小枝「積み上げ」は終わっています。鈴木さんはホワイトボードの数字に目をやってから、振り向きました。
鈴木 おまえたちは知らないだろう。おれの若いころは、売れるまで帰ってくるなといわれた。決算月は戦場と同じだ。倒れるまで、数字をかき集める。おまえたちからは、そうした気合いが感じ取れない。いいか、今期はこれで妥協するけど、来期は許さんぞ。どんなことをしてでも、全国ドンケツの汚名を晴らす。
山之内 今期はどうせ未達成なのでしょう。だったら、あまりムリをすることはないじゃないですか。来期が苦しくなりますから。
石川 営業の世界は、1年間が終わったらリセットされます。嵐が過ぎ去るのを待って、来期にかける方が利口ですよ。
鈴木 おまえたちは、ワルじゃのう。
山之内 お代官ごっこをしている場合じゃないです。来期踏ん張らなければ、おれたちの首が危なくなりますよ。
鈴木 まあ、おれが何とか切り抜ける。だからおまえたちは、来期の種まきをすることだ。
影野小枝 とんでもない展開ですね。営業マンは1年間を終えると、年間目標数字がリセットされます。つまり全員がゼロに戻り、ほかと同じスタートラインに立てるということですよね。こんな話を聞くと、何だか寂しくなります。

003cut:経費で落としておいてくれ
――01 scene:全国最下位チーム
影野小枝 メンバーは鈴木さんのなじみの店・炉辺焼き「エッちゃん」に勢ぞろいしています。会議を終えると、決まってやってくるお店です。お魚や貝が焼ける、香ばしい匂いが立ち込めています。
鈴木 今日は高いものを頼んでもいいぞ。今期の予算が残っているので、ごちそうしてやるよ。帰りはタクシーの使用もオーケーだ。エッちゃん、おれはキンキとホタテとタラバ。
山之内 おれは、ハッカクとハラス。
石川 おごりとなると、急に豪華な注文になった。
鈴木 石川、経費で落としておいてくれ。おれがしっかりとサインするから。
石川 お任せください。適当にやっておきます。
山崎 ところで、定期人事異動の内示は、まだはじまっていないのですか?
鈴木 まだ聞いていない。異動の希望があったら、早めにいってくれ。支店長に話を通すから。太田は札幌支店の業務課希望でいいよな。
太田 お願いします。
鈴木 おまえには細かい仕事は不向きだと思うけど、たっての希望なのだから努力するよ。
熊谷 鈴木さんが動くことはないですか?
鈴木 まずないな。こんなところの内示をもらったやつは、その場で退職届を出すさ。
乾 それはないでしょう。現におれたちは内示を受けて、ここで働いているのですよ。失礼ですよ。
鈴木 また始まった。酒が入ると、かみついてくる。
乾 みんなは恥ずかしくないのか。全国最下位の地位に3年間も甘んじて、それで満足だっていうのか。いつも最悪の評価で、給料もポジションも上がらない。
山之内 まあ、まあ、抑えて、抑えて。東京に比べて、こっちは物価が安いし、十分に暮らしてゆけるだろう。あくせくせずに、のんびりとやろうぜ。
影野小枝 乾さんは32歳の独身で、帯広駐在員です。どうなっているのでしょう。この時点で後任の漆原さんは。すでに内示を受けています。鈴木さんへの内示も、もうすぐあるはずです。

004cut:呼称が「あいつ」になっている
――01 scene:全国最下位チーム
影野小枝 2次会の席です。サブリーダーの石川さんと山之内さんは、スナックのカウンターでウイスキーを飲んでいます。ほかには誰もいません。
石川 みんなどこへ行ったのだろう? 帯広組は帰ったし、残りは鈴木さんとカラオケだろうな。疲れたよ、鈴木さんと乾のバトルに加えて、鈴木さんの自慢話。まったく、相も変わらぬ展開だ。
山之内 噂では、すでに内示が始まっているようです。鈴木さんのことだから、内示があったらペラペラ喋っているよね。
石川 彼にはまだ内示がない。ということは、支店長の目はないということだ。支店長クラスの内示は、終わっているようだ。
山之内:当たり前でしょう。どうして全国最下位のチームリーダーが、抜擢されますか?
石川 毎年それなりの人に、釧路の海産物をしこたま贈っている。ああ見えても、取り入るのはうまいからな。会社の金を使っての中元歳暮は、上司と自分の両親や親戚向けだ。めちゃくちゃだよ、あいつのやることは。
山之内 成績が悪いのは、すべてロクでもない部下のせいです。あいつの常套文句ですよ。それにしても、明日は札幌でマネージャー会議でしょう。だいじょうぶなのかな、まだ飲んでいて。
石川 さっきエッちゃんに、モーニングコールを頼んでいた。明日いちばんの飛行機を、予約しているらしい。
山之内 そういえば、エッちゃんと乾ができているの知っていましたか? この前、山崎が十勝川温泉で2人を見たといっていました。
石川 それ、あいつの耳に入ったら、大事になるぞ。何しろあいつは、エッちゃんにぞっこんだからな。
山之内 エッちゃんは、病気の母親のかわりに店を切り盛りしていて、けなげだよ。
石川 おれもエッちゃんには、幸せになってもらいたいと思う。あいつにだけは渡したくない。
山之内 最悪の上司ですよ。サブリーダーのおれを、信用していない。いまだに大病院を担当させてくれない。帯広にはほとんどこないのだから、任せてくれてもいいのに、たまにくると威張りくさって……。
影野小枝 あら、あら。相当根が深いようですね。いつの間にか鈴木さんの呼び方が、「あいつ」になっています。