『キャピタリズム マネーは踊る』 ~惜しむなく奪う愛の物語

2010-01-27 23:55:55 | 映画&ドラマ

「市民逮捕します。抵抗をやめて出て来なさい~」

 
 日本航空が経営破綻して会社更生法の適応を受けることが決まったとき、テレビカメラにマイクを向けられ「マイレージはどうなるの?」「マイレージをなくさないで欲しい」と答えている人がいて、彼らの底抜けの楽天主義というか、一億総白痴化と言われて久しいけれど、とうとうここまで到達したんだねと、笑ってしまった。
 もちろん、オンエアされた映像は、あくまでも放送局側が(ときには恣意的に)選んだものだから、全ての人がマイレージのことを気にしているとは到底考えられないのだが、自分だったら、「日本航空には乗りたくない」と答えただろう。リストラや賃金カットが断行され「利益を上げろ」と尻を叩かれる状況で安全性が確保できるのか、甚だ疑問を感じてしまうからだ。現に、JR西日本が起こした悲惨な事故の原因は、過度の競争と利益追求によるところが大ではなかったか?
 ところが、マイケル・ムーア監督の『キャピタリズム マネーは踊る』を見て驚愕した。アメリカのパイロットの初任給は大手ハンバーガーチェーン店の店員より安かったのである(一方、店員たちは「過労死するほど働いて報酬を得ているのだ」と反論するだろう)。年収にすると200万円以下・・・ハドソン川に不時着水して一躍ヒーローとなったベテラン機長は、議会に招かれた際にパイロットの給料を上げてほしいと窮状を訴え、議員たちからそっぽを向かれてしまう。
 命を預かるパイロットのような職にはそれなりの報酬を払って欲しい・・・同感である。「資本主義」の最先進国たるアメリカの航空業界の真実・・・日本航空がこうならないことを心から願うし、アメリカの航空会社の飛行機に乗るよりJALに乗ろうと思った。

 『キャピタリズム』は、いつものように明快だ。明快でありながら、全てのことを白黒に振り分けず、ちゃんとグレーゾーンを設けている点も好ましい。
 (この言い方は「奴ら」の脅しだと最初から思っていたので使いたくないのだが)百年に一度の金融危機を引き起こした「サブプライム・ローン」についても、一刀両断に切って見せてくれた。今まで自分は、本来ローンを組むことが難しいと思える人々に、年収が上がっていくことを前提に最初の数年間は利子を払わず徐々に返済額が増える仕組みのローンを組むことが「サブプライムローン」で、リストラされたり賃金が上がらなかったためにローンを払えなくなった人が多数出たために破綻したのだと考えていたが、それだけではこんな事態には至らない。規制緩和により不動産を担保としてお金を借りられるシステムを作ったことが間違いだったのだ。
(「金融の神様」と言われたグリーンスパンがこの政策を行った)
 確かに、不適切な「サブプライムローン」を組んで家を買った人も中にはいただろうが、人々が土地&建物を担保にお金を借り、それを株式&債権&先物取引といった市場に投資し、また「サブプライムローン」を元手にさらに融資を受けるような複雑怪奇な金融商品に投資(「狂ったカジノ」と呼ばれる)したことから生じたバブル経済が恐慌を引き起こしたのだ。金融&証券会社は集めたお金で史上空前の利益を上げた。でも、ほころびはバブルが始まった頃から生じており、それでも委細構わず金を市場に集め、挙句の果てに「勝ち逃げ」に奔走したため、亀裂はどんどん大きくなっていき、あのとき一瞬にして底が抜けてしまったのである。ちょうどダムが決壊するみたいに・・・。
 問題はその後だ。人々は家や土地を失って放り出されたが、マネーゲームに興じていたウォール街の人々は公的資金(税金)を得て危機を乗り切り、再び巨額の報酬を受け取っている。投入された7000億ドルの行方を誰も知らない、という現実に怒りを覚えたマイケル・ムーアは、単身ウォール街に乗り込んだ。
 似たようなことが90年代の日本で起こった。バブル不動産会社にいた自分は、その頃の内情をかなり詳しく知っている。バブル崩壊の後始末のための超低金利政策(まだ続いている)に、多額な公的資金の投入・・・ムーアはそのことを知っていると思うが、あのとき我々は物分かりが良すぎたというか、寛容にも程があるというか、あまりにも無関心だった。そのツケを今も払わされていないだろうか?

 アメリカの医療制度については前作『シッコ』を見るのが一番だが、教育制度も同じようにおかしなことになっていた。実に多くの大学生が、卒業までに多大なローンを抱えてしまうのである。なぜ? これでは、借金して他国に出稼ぎに行く人と何ら変わらない。にわかには信じられない話だが・・・。
 規制緩和が進み、刑務所や少年院まで民間に委託するようになってから一体何が起きたか・・・まあ、日本でも数年前に、「福祉」が「サービス」という名でビジネス化された途端に、制度を悪用して同じようなことが起きたから、決して他人事といえない。
 マイケル・ムーアは、タガが外れて暴走する「資本主義」を、次から次へとセンスの良い音楽を映像に乗せて暴いてみせる。その代表格が、『貧困大国アメリカ』を執筆した堤未果さんも思わずのけぞったという「くたばった農民保険」(受取人を会社にした生命保険を社員に内緒でかけるビジネス。どういう理由か知らないが保険をかける側が「くたばった農民保険」と呼んでいる)。誰かが言った「資本主義は首吊り用のロープも売る」という言葉を思い出した。
 また、今のアメリカの基礎を作ってくれたロナルド・レーガン君(規制緩和を推進、大企業と富裕層に大減税)や、長年の宿敵(でも心底憎めないところがこの人物の長所というか、ますますタチが悪い部分?)お猿のジョージ・ブッシュ君に、早くも色褪せてしまったオバマ君(映画の中では「変革」の旗手でも、大統領就任から一年経った今は、大統領が変わっただけでは何も変わらないのか?という無力感を覚えた)といった面々を、非常に懐かしいコマーシャル映像や映画の一場面を交えて分かり易く説明してくれる。

 怒り半分笑い半分で観ていたけれど、「日本はアメリカのような国ではない」とマイケル・ムーアが言ったとき、「そうじゃない、すぐ後ろを追いかけているよ」と、思わずつぶやいてしまった。彼が称賛した日本の労働組合はすっかり牙を抜かれてしまっているし、今日の「クローズアップ現代」でも報じられていたが、リストラの波は非正規の派遣労働者から正規雇用者へと確実に押し寄せてきている。にもかかわらず、竹中某のように、「我々が豊かにならないのは、規制緩和が進まないからだ」とうそぶく恥知らずもいる。「我々」じゃなくて、「俺がこれ以上豊かにならないのは~」の間違えだろ! 
 だが、どんな話にも救いや希望があるように、マイケル・ムーアもあきらめてはいない。ただ、『ロジャー&ミー』の頃から一貫して「民主主義」の精神で「資本主義」と戦ってきた彼が相当疲れていることは確かだ。だから「手を貸してほしい」と映画の中でも訴えている。いや、それだけではない。1%の富裕層が95%の人々を搾取しているのなら、彼ら以外の99%の人々が声を上げれば1%の人々はひとたまりもない。富の公平な再分配も可能になる。だから「一緒に戦って欲しい」と訴えたのだ。

 「アメリカは資本主義の国なのか?」 疑問を感じたマイケル・ムーアはワシントンを訪れ、憲法を読んでみた。しかしそこには資本主義の「し」の字もなく、すべての国民が「平等の権利を有する」と謳われていた。日本国憲法第25条にも同じことが謳われている。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」
 「資本主義」の対義語は「社会主義」ではないのに、「資本主義が嫌なら、社会主義がいいのか」と言うのはもうやめよう。世の中は、ドストエフスキーが『虐げられた人びと』を書いた頃から基本的に変わっていない。苦しむのはいつの時代も弱い人々である。それこそ、キリストの時代から「それは間違っている」と言われてきた。そろそろ「強欲」(資本主義の原動力でもある)から脱却したい。温暖化の問題も、元を正せばニンゲンの「強欲」が原因なのだから、多くの生きものを道連れに滅びる前に、新しい価値観を見出したい。個人的には「共生」に尽きると思うのだが・・・。

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