23時17分、上野駅16番ホームに「能登」が入線してきました。先頭1号車(金沢へ向かう際は、長岡までこちらが最後尾になる)で乗務員の引き継ぎが行われていました。「鉄」ではないニワトリさんは、「なぜ、ここで乗務員が交代するのだろう?」とかすかな疑問を感じたのですが、この489系ボンネット型車両はたった今車庫から発車したのではなく、ホームライナーとして「上野」から「久喜」まで往復してから「能登」に変身して金沢に向かっていたのでした。何て、働き者なんだろう~♪
と、感心するのもいいけれど、489系がこのような運用をされていることをきちんと把握していれば、たった1回ではなくもっと乗れた筈・・・とは言ったもの、2月は夜勤を8回こなしながら北陸と九州に出かけており、これが精一杯だったでしょうね。それに「もっと乗れた」を言い始めたら、「鉄道」に興味を持つのが30年遅かった!という結論になってしまいます。せっかく宮脇俊三さんの『時刻表2万キロ』をリアルタイムに読んだのに、「鉄」にならずに二輪に夢中になっていたのだから・・・。
(左)23時10分。「能登」が発車する16番ホームへ。最終日は身動きできないほど人々が見送りにきたそうですが、2月4日はこの程度(それでも100人はいたと思う)。上野駅の長距離列車用のプラットホームといえば、石川啄木の短歌「故郷の 訛懐かし 停車場の 人混みの中に そを聴きにいく」が有名で、写真のように歌碑もあります。今では、実感するのが難しくなってしまいましたが、大事にしたい時代背景と風景です。
(右)人々の頭越しにノーファインダーで撮影。たまたま垂直が取れていた! 冒頭写真の車掌さんたちが直立不動でホームに立っています。
(左)23時13分。「能登」待つ間に周囲を見回すと、彫像を発見。上野駅構内には、啄木の歌碑以外にもいろいろ面白いものがありそうです。
(右)23時14分。16番線の向こうに三角形の「三つ星」が見えてきた! いよいよ「能登」の入線です。
(左)ゆっくりホームに入線する「能登」。
(右)目の前で停車する「能登」。でも、雪を少しかぶったヘッドマークの文字は「ホームライナー」。舞い上がっていたせいか、リアルタイムではヘッドマークの文字が違うことも気づきませんでした。
(左)21時18分。真横からの写真が撮りたかったのですが、冒頭写真のようにホームの柱でノーズが隠れてしまうので、やや後方から撮影しました。
(右)21時19分。わずかな空間にしゃがみこんでヘッドマークを撮影。そのときは気づかなかったけれど、この間にヘッドマークが「ホームライナー」から「能登」に変わっていたのですね・・・。 今週もかなりハードで、記事も小出しにしか書けません。やっと暖かくなった思ったら、またしても・・・早く普通に戻ってほしいです。