Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

マホメット2世

2008年11月24日 | 音楽
 日本人にも人気の高いイタリアのペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(以下、ROF)が初来日した。演目は2007年新制作の「オテッロ」と2008年新制作の「マホメット2世」で、ROFの今を伝えるものだ。私は幸い昨年現地で「オテッロ」をみることができたので、今回は「マホメット2世」をみた。充実の公演で、昨年の高揚感がよみがえってきた。

 歌手では、ヴェネツィア総督パオロをうたったフランチェスコ・メーリが最初から飛ばして舞台をひっぱった。その娘アンアをうたったマリーナ・レべカは、出だしは抑え気味だったが、大詰めの独り舞台で全開した。指揮官カルボ役のアーダー・アレヴィは第2幕のアリアで豊かな素質を感じさせた。敵方のマホメット2世役のロレンツォ・レガッツォも不足はない。
 オーケストラはボルツァーノ・トレント・ハイドン・オーケストラという団体で、近年はROFの常連だ。現地では躍動感のある演奏で感心したが、今回はそれほどでもなかったのは、会場のオーチャードホールの音響特性のゆえだろう。
 指揮のアルベルト・ゼッダには心からの拍手を。この人が振るとどうしてこんなに音楽がチャーミングになるのだろう。板についたフレージング、粒だったリズム、目立たずにそっと打たれるアクセント、その他の技術的なことよりも、私はまずこの老マエストロに色気を感じると言えば、それで十分のような気がする。

 演出はミヒャエル・ハンぺで、新しい解釈を提示するものではなかったが、さすがにベテラン演出家だけあって、つぼを押さえたものだった。
 ただ、第2幕前半でのアンナとマホメット2世の二重唱では、はじめからアンナがマホメット2世への愛を動作で表現していて拍子抜けした。あの場面は、アンナが祖国にたいする義務のゆえにマホメット2世への愛を否定し、マホメット2世に愛を迫られた末に、思わず愛を口走ってしまうが、口走ったその瞬間に愛を断念する、というドラマトゥルギーではないか。私にはこの場面の演出はすこし安易に流れているように感じられた。
 このときの小さな違和感は、最終場面になって決定的になった。短剣を自らの胸に刺したアンナが、マホメット2世の胸にすがって息をひきとるのだ。これではちょっとメロドラマ的ではないか。私の解釈では、アンナはすべての人を拒んで死に、マホメット2世は衝撃をうけるが、近寄ることはできない、そして最後はザラッとした苦い味を残して終わるはずだった。

 このオペラは、音楽、台本とも、数あるオペラ・セリアの中でも力作で、既成のロッシーニのイメージを拡大するものがある。さらに、序曲を置かずに短い序奏だけでドラマに入り、愛国的な力強い独唱、合唱が続く第一幕は、ヴェルディの初期の作品群につながるし、最終場面でのヒロインの独り舞台は、ベルリーニやドニゼッティのオペラにつながる。しかも、急いで付け加えておくが、華麗で奔放なベルカントの飛翔は、ほかのだれともちがうロッシーニの美質だ。
(2008.11.23.オーチャードホール)

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