Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

皆殺しの天使(ザルツブルク)

2016年08月08日 | 音楽
 トマス・アデス(1971‐)の3作目のオペラ「皆殺しの天使」。去る7月28日が世界初演。ザルツブルク音楽祭、ロンドンのコヴェントガーデン王立歌劇場、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場およびデンマーク王立歌劇場の共同委嘱。

 原作はルイス・ブニュエル監督のシュールレアリスム映画「皆殺しの天使」(1962)。アデスとトム・ケアンズ(1952‐)が共同で書いたオペラ台本は、原作をほぼ忠実になぞっている。19人のブルジョワたちが、オペラを観た後、ある邸宅で晩餐会を開く。夜も更けたので帰ろうとするが、なぜか部屋から出られない。一夜明け、さらに一夜明け‥。ブルジョワたちは苛立ち、憎み合い、退廃的になる。

 原作と異なる点は、大きくいって2つある。1つはブルジョワたちの人数を19人から14人に変更した点。もう1つは結末に関して、原作ではついに部屋から出ることができたブルジョワたちが、教会のミサに参列するが、今度は教会から出られなくなる、というものだが、オペラでは、部屋からは出られたものの、(オペラの)舞台から出られなくなる、となっている。

 ともかく、14人のブルジョワと1人の執事、合計15人が常時舞台にいる特異なオペラだ。

 音楽は、アデスの1作目のオペラ「パウダー・ハー・フェイス」のキッチュなダンス音楽と、2作目のオペラ「テンペスト」のガクガクと動く不均等なリズムや不安定な音程、さらには甘い旋律を基調にして、今回はそこに15人のアンサンブルが加わった。

 15人のアンサンブルはベルクのオペラ「ルル」の第3幕のパリの場を連想させた。勝手気ままに動く各声部が、それでも全体としては一つの集合体となって、どこへともなく動いていく。それが本作では(「ルル」と違って)いつでも起こり得る。

 このオペラは何を描いたのかという問いは、(ルイス・ブニュエルの原作の場合と同様に)おそらく避けられない。わたしは(原作がフランコ政権の民衆への弾圧を背景にしているのと同様に)身近に迫っている危機を暗示した近未来的なオペラか、と思った。

 演奏は、作曲者自身の指揮、ORF放送交響楽団、歌手はアンネ・ゾフィー・フォン・オッター、ジョン・トムリンソンを含む実力ある歌手たち。演出は台本の共作者トム・ケアンズ。新作オペラがこれほど見事に上演されるとは、驚くばかりだ。聴衆はスタンディングオベーション。
(2016.8.1.モーツァルトの家)

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