Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

マゼール/N響

2012年10月15日 | 音楽
 マゼール指揮のN響を聴いた。音が出るその前から、N響にはピリッとした空気が感じられた。マゼールが登場し、指揮棒を振りおろしたとき、N響から出てきた音は、その空気に寸分もたがわない、快い緊張感があった。

 やっぱり一流の指揮者だ。いや、超一流だ。N響もいつもとはちがっていた。一流のオーケストラだ。指揮者もオーケストラも、このレベルを目指さなければいけない――と、そんな思いのする演奏だった。

 プログラムも興味深かった。地味というか、マゼールが普段自分のオーケストラでやっているようなプログラムだった。けっして大衆に迎合するプログラムではなかった。マゼールが今一番興味を持てる曲はこのあたりなのか、と思えるプログラムだった。

 1曲目はチャイコフスキーの組曲第3番。「モーツァルティアーナ」と題された第4番は別として、第1番~第3番は珍しい。ロジェストヴェンスキーもそうだが、チャイコフスキーをやり尽くした指揮者が、最後に興味をひかれる曲なのだろうか。

 第1曲「エレジー」、第2曲「憂鬱なワルツ」、第3曲「スケルツォ」は面白かったが、第4曲「主題と変奏」は冗長だった――と感じたのは、我が身の凡夫たる所以か。

 2曲目はグラズノフのヴァイオリン協奏曲。独奏はウィーン・フィルのコンサートマスター、ライナー・キュッヒル。キュッヒルがヴァイオリンを弾き、マゼールが指揮をする光景を見ているだけで、なにか大事なものがそこにある気がする。演奏もさすがに骨格がしっかりしていた。わたしはこの曲を見直した。

 アンコールにバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番から第1楽章アダージョが演奏された。それはもう演奏という物理的なレベルを超えて、ヨーロッパの精神文化に触れる思いだった。その精神文化を背負い、体現する人物がそこにいる、という観があった。

 3曲目はスクリャービンの「法悦の詩」。いかにもマゼールにふさわしい曲というか、今マゼール以上にこの曲を聴いてみたい指揮者はいない、というくらいの曲だ。あざといまでのアゴーギクと強烈な色彩を予想した。

 だがその予想は外れた。はったりが一切ない、しかも聴いていて飽きない、格調高い演奏だった。今までこれほど格調高い「法悦の詩」は聴いたことがない、というのが実感だ。マゼールにたいするわたしの認識は浅かった。当代随一の指揮者なのだ。
(2012.10.14.NHKホール)

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