Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

津村記久子「水車小屋のネネ」

2023年07月02日 | 読書
 津村記久子は好きな作家だ。最新作の「水車小屋のネネ」も期待して読んだ。期待通りの作品だ。18歳の理佐と8歳の律の姉妹は、母子家庭で育った。最近母親に婚約者ができた。母親は婚約者の事業のために理佐の短大の入学資金を使ってしまう。婚約者はすでに同居している。律につらく当たる。理佐は職安に行く。山間のそば屋を紹介される。求人票には「鳥の世話じゃっかん」と不思議な付記がある。ともかくアパートを安く借りられ、かつ、まかない付きなので、理佐はそこで働くことにする。律にいうと、律もついてくるという。理佐は律を連れて山間のそば屋に行く。

 理佐と律の二人暮らしが始まる。そば屋の経営者の夫婦と近所に住む画家の女性、その他の人々が見守る中で、理佐はそば屋で働き、律は小学校に通う。ある日、母親の婚約者が現れる。二人はぎょっとする。婚約者は二人が心配だから来たわけではなく、事情があったからだ。母親も現れる。理佐が母親と婚約者にいう言葉に、わたしは震えるほど感動した。

 以上が「第1話 1981年」だ。その後10年おきに、「第2話 1991年」、「第3話 2001年」、「第4話 2011年」、「エピローグ 2021年」と続く。第2話では理佐は28歳、律は18歳になっている。聡という青年が現れる。理佐と同い年だ。聡は人生に挫折して、自暴自棄になっている。いろいろな出来事がある中で、理佐と聡は少しずつ距離を縮める。みずみずしい感性が脈打つ。

 「第3話 2001年」では研司という少年が現れる。中学3年生だ。母子家庭だが、母親が無気力になり、研司はほとんどネグレクトされている。そんな研司が律たちに支えられて成長する姿が、第3話以降に描かれる。

 律は第3話で述懐する。「自分はおそらく姉(引用者注:理佐)やあの人たち(同:8歳のころから今までに世話になった多くの人たち)や、これまでに出会ったあらゆる人々の良心でできあがっている」と。このような述懐ができる人は幸せだ。しかもこの述懐は、律で終わらずに、研司に引き継がれる。「自分が元から持っているものはたぶん何もなくて、そうやって出会った人が分けてくれたいい部分で自分はたぶん生きているって」と(第4話)。良心のリレーがこの作品のテーマだ。

 表題のネネは水車小屋で飼われている鳥の名前だ。人間の言葉をしゃべる。オウムでもインコでもなく、ヨウムという種類の鳥だ。人間の3歳児くらいの知能があるらしい。そして50年も生きる。ネネは水車小屋の番人だ。そばの実を挽いて粉にする石臼を見張っている。そばの実が空になりそうだと、「空っぽ!」といって教える。ネネは歌をうたう。ネネはみんなの人気者だ。

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