Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

METライブビューイング「デッドマン・ウォーキング」

2023年12月14日 | 音楽
 METライブビューイングでジェイク・ヘギー(1961‐)の「デッドマン・ウォーキング」(2000)を観た。MET(ニューヨークのメトロポリタン歌劇場)は名作オペラの上演と併せて、現代オペラの上演にも力を入れている。本作品もそのひとつだ。

 主人公は修道女のヘレン。死刑囚のジョゼフとの文通をきっかけに、ジョゼフの求めに応じてジョゼフと会う。ジョゼフは殺人犯だが、罪を認めない。死を恐れるジョゼフ。ヘレンはジョゼフに罪を認め、赦しを乞うよう説得する。「真実はあなたを自由にする」と。

 重いテーマが幾重にも重なる。第一に死刑制度の問題だ。本作品は遺族の苦悩を綿密に描く。死刑制度反対を主張する作品ではない。観る者に考えさせる。第二に信仰の問題だ。ヘレンの信仰はゆるぎない。死におびえるジョゼフに「神は周りに私たちを集めてくださる」と説く。第三に魂と魂のぶつかり合いだ。ヘレンの魂とジョゼフの魂がぶつかり合う。本作品はそれが人間同士が理解し合う唯一の道だと、全力で語っているようだ。

 本作品はプーランク(1899‐1963)の「カルメル派修道女の対話」(1957)に通じるところがある。フランス革命の渦中で弾圧されたカルメル派の修道女たち。そのひとりのブランシュは死におびえる。だが死の恐怖の頂点でブランシュは死を受け入れる。ブランシュとジョゼフが重なり、信仰にゆるぎのないコスタンスとヘレンが重なる。

 本作品には耳に残るメロディがふたつある。ひとつはヘレンの歌う「この旅は」This journeyだ。映画音楽のように抒情的だ。もうひとつは(これもヘレンの歌う)「神は周りに私たちを集めてくださる」He will gather us around。黒人霊歌のような音調がある。その2曲はNMLで聴ける。それら以外にも胸にしみる曲がある。とくにジョゼフの母が歌うふたつのアリアは涙を誘う。

 ヘレンを歌ったジョイス・ディドナートは渾身の歌唱だ。役に没入している。カーテンコールのときには涙をぬぐっていた。ジョイスの入魂の歌唱があったればこそ成立した公演だ。ジョゼフを歌ったライアン・マキニーも全力投球だ。ジョゼフの苦悩を圧倒的に表現した。もうひとり、ジョゼフの母を歌ったスーザン・グラハムが感動的だ。大ベテランでなければ出せない味がある。その一方で、声が若いことに驚く。

 演出のイヴォ・ヴァン・ホーヴェにも最大級の賛辞を。序曲のあいだにジョゼフとその兄のレイプと殺人の現場を見せたこともさることながら、最後の死刑執行の場面のリアルさに戦慄する。わたしたちに「目をそらすな。事実を直視せよ」と語っているようだ。指揮のヤニック・ネゼ=セガンはいつもの通り熱い指揮だ。
(2023.12.13.109シネマズ二子玉川)
コメント (2)
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