Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

2019年の回顧

2019年12月20日 | 音楽
 2019年の音楽生活を振り返ると、一番大きな経験は、新国立劇場の新作オペラ「紫苑物語」の上演に接したことだ。傑作だとか、世界に通用するオペラだとか、そんな観点よりも、わたしたち聴衆を巻き込んで、新作オペラを制作するとは何か、その意味を問うイベントになった。

 毀誉褒貶が相半ばし、喧々諤々の議論となったが、それは制作チーム(作曲・西村朗、台本制作・佐々木幹郎、指揮(芸術監督)・大野和士、演出・笈田ヨシ、監修・長木誠司)の望むところだったろう。むしろ制作チームの勝利だったといえる。口角泡を飛ばして論難する人々を見て、制作チームはニンマリ笑ったにちがいない。

 わたしはといえば、これは異形の怪物だと思った。完成品というよりも、ワーク・イン・プログレスの観を呈していると思った。再演を熱望するが、再演の際には大胆な改訂があるかもしれない。そうあってほしいと思った。制作チームの面々は、どなたも多忙を極める方たちだから、いつまでもこの作品にかかわってもいられないだろうが、それにしても、もう一度この作品に取り組んでもらいたいと思った。

 一言だけいっておきたいのは、宗頼(バリトン)、千草(ソプラノ)、藤内(テノール)、うつろ姫(メゾソプラノ)の凄まじい四重唱は、けっしてこのまま埋もれさせたくないということ。沸騰するようなオーケストラに乗って、いや、オーケストラというより、泡立つ波濤のような音の群れに乗って、四重唱がまるで多頭の竜のように立ち上がったときの衝撃は、わたしが経験したことのないものだ。そこには斬新な価値があった。

 もう一つ、今年の音楽生活では、ジョージ・ベンジャミンのオペラ「リトゥン・オン・スキン」の日本初演も大きな出来事だった。その名をよく見かけるので、どんなオペラだろうと、ずっと気になっていた作品だが、それが今年のサントリーホール・サマーフェスティバルで上演された。

 個々の名前は省くが、作品(台本、音楽)、演奏(歌手、オーケストラ、指揮者)ともにすばらしく、わたしの期待は十二分に満たされた。それにしても「リトゥン・オン・スキン」は、作品・演奏の手際の良さで「紫苑物語」とは対照的だった。どちらがいいとか悪いとか、そういうことではなくて、対極にあるサンプルとして、今年のわたしの経験の双璧を成した。

 あえてもう一つ加えると、新国立劇場の「トゥーランドット」の閉塞的な地下世界の退廃(それは原発事故後の地下シェルターを暗示した)も衝撃的だった。以上3作品の上演に携わった大野和士には、わたしの中では、マン・オブ・ザ・イヤー賞を贈りたい気持ちだ。
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