デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

暮れに聴くクレア・フィッシャー

2011-12-25 07:39:37 | Weblog
 モダンジャズを中心にディキシーからフリージャズ、ヴォーカルまで思いつく名盤、気になる新譜を話題にしてきたアドリブ帖も本年の最終稿を迎えました。昨年は半年間休止しましたが、6年間に亘って毎週日曜日に欠かさず更新できたのは、いつもご覧いただいている皆様のおかげです。そしてベスト企画を中心にコメントをお寄せいただいたジャズが三度の飯より好きな皆様に感謝申し上げます。

 今年のジャズ界を振り返ってみますとCDの廉価盤のラインアップに驚きます。おそらく新譜の数十倍は出ているでしょう。50年代から70年代に至るまでジャズが一番熱かった時代の名盤は基より極一部のマニアにしか知られていなかった隠れたアルバムも陽の目を見ました。高価なオリジナル盤を探さない限り聴けなかった作品を手軽に楽しめるのは嬉しいことであり、レコードより音質が落ちるとはいえ幅広くジャズを聴こうとするなら廉価盤のCDで充分といえるでしょう。また、これからジャズを聴こうという方には大変恵まれた環境ですし、1000円のCDからジャズファンが広がるかもしれません。

 再発されたなかにクレア・フィッシャーの「ファースト・タイム・アウト」がありました。以前、国内盤レコードでも出たことがありますが、今ではそれも入手困難なだけに貴重といえます。エヴァンス派ピアニストの代表格として位置付けられているフィッシャーですが、エヴァンスとは一味違うハーモニー感覚を持っていますし、タッチも力強く輪郭が明快です。トップに収められている「ナイジェリアン・ウォーク」は、急ぎ足で歩く師走の慌しい様子を描いているようにも聴こえます。そしてふと立ち返り、忙しかった1年を軽く目を閉じて振り返る姿がジャケットにあります。きっとこの1年に出会った素晴らしいジャズを想い出すことでしょう。

 来年もまた多くの新譜や再発が登場し、シーンを賑わしてくれることと思います。そのなかから選りすぐりの作品を毎週紹介しますし、その1枚から一人でも多くの方がジャズの魅力に触れていただけるなら、これブログ冥利に尽きるというものです。来る年も更新を続けますので引き続きご愛読頂ければ幸いです。毎週ご覧いただいたいた皆様、そして多くのコメントをお寄せいただいた皆様、本当にありがとうございました。

九拝
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「hot house」をスラングで解き、聴いてみよう

2011-12-18 07:40:11 | Weblog
 ジャズに夢中になった高校生のころ、ようやく小遣いを貯めて買った1枚のレコードは宝だった。繰り返し聴いたあとジャケット裏のライナーノーツを読むのだが、英語力の貧困さとスラングが理解できずうまく訳せない。特にジャズは辞書に載っていない隠語が多く、ときには曲のタイトル自体がスラングだったりする。そんなとき英語の先生が頼りだった。教科書を広げて職員室に行くのはよく見るが、レコードを抱えて先生の横に立つのは小生だけかもしれない。

 辞書を引き引き数時間かけて訳したノートに、僅か数分で赤ペンのチェックが入る。何故、この片田舎で英語教師をしているのか謎だった京都大学出身の先生だ。「ジャズはスラングのかたまりだからねぇ、これも多分まともな意味ではないだろうね」と。これとは「hot house」である。バップナンバーのベスト3に数えられるタッド・ダメ ロンの曲で、ビ・バップの喧騒と熱情がほとばしるテーマはジャズが大きく変わる象徴であり、そこから発展するアドリブはジャズの核心ともいえる即興性を大きく広げることになる。タイトルにしても、どの演奏にしても熱い展開だが、意味が直訳した「温室」ではないことぐらいは分かった。

 バップ期から変わらず愛されている曲で、カヴァーは枚挙にいとまがないが、キューバ出身のトランペット奏者アルトゥーロ・サンドヴァルが素晴らしい演奏を残している。ラテン・ジャズ、それもビッグバンドとなるとお祭り騒ぎのようで鑑賞派のファンから敬遠される向きもあるが、ガレスピーを敬愛してやまないサンドヴァルのソロは派手なだけの南米のそれではなくバップ特有のスリルを持つ。ガレスピーの生涯の愛奏曲をタイトルにしたアルバムは、全体にラテンビートが強調されていて、ジャズ初期のビッグバンドが踊る音楽であったように音楽で踊る楽しさも教えてくれるだろう。

 「hot house」の隠れた意味は君が大人になったらわかるよ、とニヤリと笑った先生は安藤美紀夫という。のちに日本女子大学の教授を務めた人であり、イタリア児童文学の翻訳や、自らの創作で児童文学者としてつとに著名な人である。安藤先生から高校の授業では絶対教えることのできないスラングの味わいを教わった。「hot house」の意味は恩師が仰った通り大人になってようやく理解する。
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ジェーン・ラッセルのファイン&ダンディではなかったハワード・ヒューズ

2011-12-11 08:49:28 | Weblog
 かつて「地球上の富の半分を持つ男」と評された映画プロデューサーのハワード・ヒューズは、新人女優を発掘し、名女優にまで育て上げる手腕がハリウッド一といわれた。目の付け所は演技力ではなく、胸の大きな女性というから今では死語に近いグラマーが好みだったのだろう。ヒューズが世に出した女優に今年2月に亡くなったジェーン・ラッセルがいる。咄嗟に顔が思い浮かばない方は、マリリン・モンローと共演した映画「紳士は金髪がお好き」のワンシーンを思い出してみよう。

 この映画ではその後アメリカの女神的存在になるモンローの陰になり目立たないが、目を見張るような豊かな胸とスラリと伸びた長い足、芸術とさえ思わせる美しいくびれはモンロー以上に魅力があった。出演料はモンローの10倍だったというから当時の人気がうかがえる。銀幕デビューは43年の映画「ならず者」で、胸元が肌蹴たうえスカートが太ももまで捲れ上がり、銃を片手に妖しい目で横たわる宣伝ポスターは、当時刺激が強いと物議を醸したそうだ。モンローと並びセックス・シンボル的存在だったラッセルは、戦時中に兵舎のいたるところに写真が貼られるほど米兵を虜にしたという。

 そのラッセルがMGMに残した唯一のアルバムが「Jane Russell」で、ビリー・メイとジョー・ロトンディの編曲指揮によるオーケストラをバックに有名スタンダードを歌っている。女優らしく発音がクリアで声も高からず低からずで聴きやすいし、容姿を思わせるほんのりとした色気も香り立つ。ラジオ・ショウの専属歌手として出演した経歴の持ち主だけに歌唱も女優の余技に終わっていない。トップに選ばれた曲はケイ・スウィフトが作曲し、夫君のポール・ジェイムスが作詞した「ファイン・アンド・ダンディ」で、リズミカルな前奏に続き、これまたリズム軽やかに歌いだす「Gee, it's all fine and dandy・・・」だけでグッとくる。

 妖艶な女優というとハリウッドにありがちなスキャンダルに結びつくが、意外にも身持ちは堅く、浮いた噂がなかった。女性を口説くのを日課にしていたヒューズが手を出そうとしたときも一喝したそうだが、「fine and dandy」とでも言ったのだろうか。「fine and dandy」は、「まことにけっこう」というような意味だが、皮肉を込めて使われるという。恩や権力をかざしてベッドに運ぼうとはとてもダンディに見えないヒューズである。

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大阪「OverSeas」に青春のあの頃を見た

2011-12-04 08:22:01 | Weblog
 京都駅から大阪駅まではどの位の時間で行けるのだろう?関西の二大都市を結ぶとなれば相当距離があるのだろうか。関西にお住まいの方や地理に詳しい方から笑われそうだが、海を超えない限り他県を跨ぐこともなければ、大きな駅まで数時間要する北海道に暮らしていると地図では時間の感覚がつかめない。京都の知人に尋ねたところ、「快速でしたら30分で行けますわぁ」と、鈍行のようなおっとりした関西弁で返事が返ってきた。

 そうと聞いたら観光目的で訪れた京都だが、ライトアップされた清水の舞台どころではない。大阪駅からタクシーで15分ほどの所に目的地があった。ドアを開けるとよく磨かれたピアノが目に入る。優しい眼差しでピアノに向かっているのは寺井尚之さんで、弟子を取らなかったトミー・フラナガンの唯一の弟子として知られるピアニストだ。そして奥のカウンターから奥様の珠重さんが迎えてくれた。毎週木曜日に更新されているブログ「INTERLUDE by 寺井珠重」は、多くのミュージシャンとの触れあいやジャズクラブに集う方々との交流を軽妙な文章で綴られていて毎週楽しみにされている方もあろう。

 尚之さんのピアノは初めて聴いたが、速い曲は実にスインギーでデトロイト・バップピアニストの名に恥じないばかりか、バラードの表現が素晴らしく、ステージにシンガーがいるのかと錯覚するほど歌っていた。もしそこに師トミー・フラナガンがいたなら、オレを超えたな、とニヤリと笑うかもしれない。帰り際に数枚のアルバムから珠重さんに1枚選んでいただいたのは「ユアーズ・トゥルーリー」で、珠重さんが病から幸い無事回復したのを機に録られたという。愛を歌った曲が並ぶ作品は、尚之さんが愛妻に寄せたメッセージであり、「You're My Everything」に全てが込められている。日本人、それも寡黙な男は照れもあり妻への愛を語ることは少ないが、ピアノで愛を表現できるのは何とも羨ましい。

 時間の都合もあり2ステージしか聴けなかったが、寺井尚之さんと宮本在浩さんのベース、菅一平さんのドラムからなるトリオ「Mainstem」は、そのエリントンの曲のように美しく構築されていた。大阪のジャズクラブ「OverSeas」、そこにはあのフラナガンの名盤を映した誇り高いバップの薫りと、ジャズの聴き始めに誰しもがときめいたジャズの熱いロマンがある。海を超えて行った甲斐があるというものだ。
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