デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ジョイス・コリンズ、この気品は「Girl」というより「Lady」だろう

2017-08-27 09:21:01 | Weblog
 リバーサイドの傍系レーベル、ジャズランドは当初、廃盤になっているリバーサイドの音源を廉価版で再発することを目的に発足したが、間もなく新録音を開始する。内容はメインストリームで本家と大きく違わないが、キャノンボールやモンク、ウエスのような専属契約ではなく単発のリーダー作が多いのが特徴だ。最初から1枚の契約なのか、売れたら次があったのか今となっては不明だが、いぶし銀のような作品が並んでいる。

 ジョイス・コリンズの「Girl Here Plays Mean Piano」もその1枚だ。西海岸を本拠地に活動した女流ピアニストでアルバム数こそ少ないが、クラブを中心に多くのセッションに呼ばれている。70年代後半はビル・ヘンダーソンと組んでおり、深みのある声を盛り立てる趣味のいいピアノが数枚の Discovery 盤に残されているのでご存知の方もおられるだろう。録音は1960年でコリンズは丁度30歳だ。女性の年齢を記すのは失礼ではあるが、初リーダー作でアルバムタイトルの「Girl」から「若い音」をイメージされても困るので敢えて書いた。品があり円熟したフレーズは、「Lady」というのが相応しい。

 脇を固めるメンバーがなかなかのものでベースはレイ・ブラウンだ。録音場所はLAなのでわざわざ彼女のために出向いたということだろうか。当時はピーターソン・トリオの一員で、ヴァーヴと契約していたため「Roy Green」という洒落た変名で参加している。ドラムはこのセッションの5年後にコルトレーンの「Kulu Se Mama」に参加するフランク・バトラーだ。どのトラックも変化があって面白いが、アルバムトップのエリントン・ナンバー「I Let a Song Go Out of My Heart」がガツンとくる。テーマのタメからバトラーのスティックに煽られてテンションを上げていく展開はなかなかにスリリングだ。

 ジャズの聴き始めのころ、タイトルもジャケットも違うので再発盤とは知らずに買った失敗は誰でも一度はあるだろう。どこかで聴いた音源だと思ってレコード棚を探すと同じものがあったというケースだ。「Tough Piano Trio」に「Chicago Cookers」、「Conversation」・・・「Kenny Drew Trio」に「Chicago Sound」、「Deeds, Not Words」の再発と知って地団駄を踏んだが、「JAZZLAND」という勉強料は今にして思えば安かった。
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パイプをくわえたエリック少年、クロスする音とフレーズは16歳とは思えない

2017-08-20 09:21:04 | Weblog
 先週話題にした映画「死刑台のエレベーター」を観るとじっくりマイルスを聴きたくなる。まずはサントラ盤だ。完全版CDにはオリジナル・マスターテープに入っていたものが16曲収録されているが、ここは飛ばして実際に映画で使われた音源を聴く。この10曲はスクリーンで効果的に響き、且つシーンとマッチするようにエコーがかけられているので、本来のマイルスの音と違うとはいえ臨場感たっぷりだ。

 ここから公式盤を辿ると次は58年の「Milestones」、キャノンボール名義の「Somethin' Else」、ミシェル・ルグランの「Legrand Jazz」、マイルスとモンクが共演していると騙される「Miles & Monk at Newport」、ギル・エヴァンスと組んだ「Porgy and Bess」、ビル・エヴァンスが参加した「Jazz at the Plaza」、そして59年の「Kind of Blue」。名盤読本に書いてあるモード云々というのはどうでもいい。問答無用のジャズ史上最高の名盤である。あのレコードはいいとか、このアルバムは素晴らしいと絶賛されてもせいぜい片面か1曲だ。極論を言うとワンフレーズだ。ところが「Kind of Blue」は個々の曲がそれぞれに完成されている。筋金入りのジャズファンでも並び順に全曲すらすら出てくるのはこのレコードぐらいだろう。

 A面を聴き終えてB面にひっくり返したときの興奮と感動が今でも甦るのが「All Blues」だ。多くのカバーから「Introducing Eric Kloss」を出してみた。タイトルの如くデビューアルバムで、パイプをくわえているので大人びて見えるが驚く勿れ若干16歳だ。サングラスをかけているので気付かれたかも知れないが盲目のテナーもアルトもこなすサックス奏者である。11歳でトリスターノと共演したというから天才といっていい。ドン・パターソンのオルガンのバックからやんわりとテーマに入ったあとのアドリブが凄い。上下、左右と音がクロスするのだ。粗削りではあるがその後数多くのリーダー作を発表するだけのサムシングが聴こえる。

 「Kind of Blue」が発表されてから60年近く経つ。ジャズを聴きだして50年ほどになるが、その前の10年溯っても、リアルタイムで聴いた50年を振り返ってもこれを超えたジャズアルバムを聴いたことがない。CD時代になってから手軽にアルバムを作れることも手伝っておびただしい量の作品が出ているが、それらを100枚聴くより、これを100回聴いたほうがジャズの本質に触れることができる。何度聴いてもゾクゾクするレコードはざらにはない。
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ジャンヌ・モローとマイルス、エヴァとビリー・ホリデイ、悪女と l'argent

2017-08-13 06:28:24 | Weblog
 2013年12月15日に「ジャズというクール・ビューティをまとったジャンヌ・モロー」のタイトルで映画「クロワッサンで朝食を」を話題にした。まさかこれが遺作になるとは・・・この時84歳とはいえ矍鑠としていて女としての色気も失われていない。映画を観てこんな風に年を取りたいと憧れた女性もいただろうし、連れ添いもあのように美しく老けてほしいものだと願った男性もいたかもしれない。

 ヌーヴェルヴァーグ・ファンにとっては女神的存在だが、ジャズファンの間でも有名な女優だ。ビリー・ホリデイの「Willow Weep For Me」から「エヴァの匂い」、モンクとブレイキーの「No Problem」は「危険な関係」、そしてマイルスといえば「死刑台のエレベーター」とモローに結びつく。まずはジャズありきでこれらの作品を観てモローの魅力に触れた方は多いはずだ。特にマイルスがフィルムを観ながら即興で吹いたという「死刑台のエレベーター」は、ルイ・マル監督の才能が高く評価された作品であり、モローが女優として開花した重要な映画である。クールなトランペットの音色が似合うモローがあまりにも美しい。

 この3作品の他にもジャン・ギャバンの代表作で、ハーモニカが印象的な「グリスビーのブルース」を使った「現金に手を出すな」、王妃マルゴを演じた「バルテルミーの大虐殺」、フランソワ・トリュフォー監督の傑作「突然炎のごとく」、オーソン・ウェルズが監督したフランツ・カフカの不条理文学「審判」、モローの脚の美しさに溜息がこぼれる「黒衣の花嫁」等々、素晴らしい作品ばかりだ。どれも邦題が優れていて、タイトルだけで興味をそそる。アメリカ映画だと原題そのままでも伝わるが、フランス映画はそうはいかない。配給会社のひねりは見事だ。原題「Eva」に「匂い」を付けた方に脱帽。

 若いころは名画座でかかるのを調べて遠くでも出かけたものだが、ビデオを簡単に鑑賞できるようになってからは久しく観ていない。お盆休みは贅沢にモロー三昧にしようか。その前に朝食だ。今日はクロワッサンと決めている。「エヴァ、世界でいちばん好きなものは何だ?」、「l'argent」と嘯くモローのカッコいいこと。銜え煙草が似合う悪女を演じたら右に出る女優はいない。享年89歳。合掌。
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ダイナ・ワシントンは名前すら知らないピアニストを雇った

2017-08-06 09:24:00 | Weblog
 先週話題にしたジョー・ザヴィヌルはシンセサイザー奏者としてフュージョン世代に人気がある。また、日本のファッション誌「Z」の表紙を毎号飾っていたことから知名度も高い。マイルスの「Bitches Brew」や、1971年に結成されたウェザーリポートの立役者としてつとに有名だが、意外なことにそれ以前の音楽活動は知られていない。キャノンボール・アダレイのバンドにいたことは前稿で紹介したが、その前は・・・

 Wikipediaによるとメイナード・ファーガソン楽団に採用されたあと、いきなりキャノンボールに飛ぶ。この間は書かれていない。この楽団は数箇月でクビになるが、在籍中テナー奏者が軍隊に召集されたことからオーディションをすることになり、これに立ち会っている。ジョージ・コールマンにエディ・ハリス、ウェイン・ショーターが受け、合格したのはショーターだった。キャリアのスタートに盟友と出会っている。解雇された経緯は機を改めるとして、キャノンボールのバンドに参加する前の2年間はダイナ・ワシントンのバックバンドにいた。メンバーはツアーや録音で流動的だが、参加した当時のメンバーが凄い。ケニー・バレルにリチャード・デイヴィス、ロイ・ヘインズだ。

 ジョーがバンドに入ってから2週間後にレコーディングが行われた。ジョーの音はミックスダウンの段階でほとんど消されているのが残念だが、ダイナ最大のヒット曲「What a Diff'rence a Day Makes」である。ダイナといえばクリフォード・ブラウンと火の出るようなセッションを繰り広げた「Dinah Jams」が人気盤だが、ストリングスをバックにしたダイナミックな歌唱も魅力だ。タイトル曲は勿論だが、サミー・カーンとジュール・スタインの名コンビが書いた「It's Magic」がグッとくる。ドリス・デイをスターにした曲だが、ソウルフルでハスキーな声も曲調に合っていて聴き惚れる。ブルースの女王の魔法なのだろう。

 ダイナとジョーが初めて出会ったのはアトランタのマグノリア・ボールルームでファーガソン楽団がダイナの前座を務めたときだ。その後バードランドで再会したとき、「アトランタでブルースを弾いていた人じゃない?」と声をかけられた。次の晩、ヴァンガードでのオープニング・ナイトに招待されたジョーはそこで何曲か演奏する。そのステージの上で採用が決まったという。「彼女は私の名前すら知らなかった」とジョーは回想している。縁は異なものだ。
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