デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ヘレン・フォレストの秘めた想い

2014-01-26 09:37:37 | Weblog
 「ハリー・ジェイムスは音楽的にも個人的にも魅力のある人で、私の心はとろけてしまった。私は3回結婚したけれど、ハリーとは結婚できなかった。でも、今も彼を想う気持ちに変わりはない」と自伝の巻頭で告白している女性がいる。ファンはもとより、シンガーや女優、ハリーを愛した女性は数知れない。SSJの三具保夫さんのライナーノーツからの引用になるが、一度でいいからそんなことを言われてみたいものだ。

 この熱い想いを語ったのはヘレン・フォレストである。スタートはビリー・ホリデイの後任として1938年に入団したアーティー・ショー楽団、次いでベニー・グッドマン楽団、そしてハリー・ジェイムス楽団とキャリアを積んだバンドシンガーだ。当時一流の楽団を渡り歩いたのだからビッグバンドの華と呼ぶに相応しい。この「ザ・デヴィル・アンド・ザ・ディープ・ブルー・シー」と題されたアルバムはリーダーズ・ダイジェスト社の通信販売用レコードの音源を集めたものだ。1969年から1972年にかけてハリウッドとロンドンで行われたスタジオ録音で構成されているので、ヘレンの年齢でいうと50歳代前半になる。

 年齢的にもシンガーとして安定していたころで声はよく伸び、音域も広い。アルバムタイトル曲はロンドンで録音されたもので、ハロルド・アーレンのリズミックなメロディを気持ち良さそうに歌っている。「Between the Devil and the Deep Blue Sea」は 「進退窮まる」という慣用句で、「絶体絶命」という邦題が付いているが、歌詞の内容はタイトルほど切羽詰ったものではなく、恋のゲームを楽しんでいるような明るい曲だ。コーラス部分を一気に歌ったあとゴージャスなアンサンブルが入り、再び2コーラス目から歌いだすのだが、聴き所はラストの「the Devil and the Deep Blue Sea」というフレーズだ。チャーミングなことこの上ない。

 先の自伝は自身のヒット曲である「I Had the Craziest Dream」というタイトルが付けられ、1982年に発刊された。そしてハリー・ジェイムスが癌のため亡くなったのは翌1983年である。ヘレンがハリーのバンドを去ったのは、ハリーが映画で共演したベティ・グレイブルとの間にロマンスが生まれたからだという。身の引き際の潔さといい、亡くなる間際の秘めた想いの告白といい、ビッグバンドの華は、女としても華がある。
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チコ・ハミルトンの銅鑼が遠くから聴こえた

2014-01-19 09:20:54 | Weblog
 昨年11月25日に亡くなったチコ・ハミルトンを最初に聴いたのは映画「真夏の夜のジャズ」だった。映画だから正確には「観た」というべきなのだが、映像以上にその音のインパクトが強かったので「聴いた」という表現が正しい。高校生だった68年のことで、ようやくジャズが解りだした頃である。日本公開は60年なのだが、田舎という地域性と、当時は2本立てや3本立てで上映するのが慣わしだったので遅れたのだろう。

 この映画はジャズファンのバイブルともいえる1958年のニューポート・ジャズ・フェスティバルを記録したドキュメンタリー作品だ。チコ・ハミルトンの名前は知ってはいたが、演奏を聴くのは初めてで、このバンドにエリック・ドルフィーがいたのも初めて知った。「動く」ドルフィーとフルートは衝撃で、それまでにレコードで聴いたことがあるファイヤー・ワルツやコルトレーンとの激しいセッションとは別人のようだったし、フルートといえばロックがかったハービー・マンが最高だと信じていただけに、ジャズ・フルートの概念を根本から覆す大きな驚きである。そしてこのチコのバンドがデビューと知って二度驚いた。

 映画でみるチコは哲学的な風貌で近寄り難い印象だ。そのとき演奏した「ブルー・サンズ」が室内楽的ジャズだったので、そう感じたのかもしれない。その後当然の如く何枚かのレコードでチコのドラムを聴くわけだが、メロディアスなブラッシュ・ワークが特に素晴らしい。「摩る」というのか「擦る」とでもいえばいいのか、或いは「撫でる」という表現が相応しいのか、スネアの皮を適度に刺激しながら優しくいたわるようなブラッシュの動きだ。そして、自己のバンドからドルフィーをはじめチャールズ・ロイド、ジム・ホール、ロン・カーター、ガボール・ザボ、ラリー・コリエルといった錚々たるプレイヤーを世に出した慧眼もジャズ史に刻まれるものだ。

 当時の映画館は今のように入れ替え制ではなかったので、日曜日は朝から晩までメインの映画のときに居眠りをしながら「真夏の夜のジャズ」を3回観た。それはモンクやジェリー・マリガンやアニタ・オデイは勿論だが、この不思議なチコ・ハミルトンの世界に惹かれたせいかもしれない。チェロを加えた特異な編成によるピアノレスの室内楽的ジャズにもかかわらずスイングを忘れなかった偉大なドラマー。享年92歳。得意の銅鑼が遠くから響く。グゥワァーン・・・合掌。
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午年にマックス・ベネットを聴く

2014-01-12 09:17:13 | Weblog
 このごろは電子メールで新年のあいさつを交わす人も多いそうだが、世代的に年賀状でなければ実感が湧かない人もいるだろう。小生もそのひとりで、元旦に受け取る年賀葉書の束を広げるのが正月の楽しみでもある。年賀状だけの付き合いになった方もいて、このときばかりは顔を思い出す。家族の写真を使ったものや凝ったアイデアもあるが、絵柄はやはり干支の午が圧倒的で、そのデザインの豊富さに驚く。

 ジャズレコードで午といえば「シマウマのベネット」と呼ばれているアルバムがある。ベツレヘム・レーベルの10吋盤で、ベーシストのマックス・ベネットのリーダー作だ。ベネットはスタン・ケントン楽団で安定したリズムを刻んだ人としてジャズ・ファンにお馴染みだが、フュージョンやロック・ファンにも広く知られている。55年にケントン楽団を退団後はロサンジェルスでスタジオ・ミュージシャンとして多くのレコーディングに携わり、また60年代後半からクインシー・ジョーンズのバンドに出入りにするようになってからは、ジョニ・ミッチェルやアレサ・フランクリンといったビッグネイムとの共演でエレキ・ベースの達人として活躍している。

 「シマウマのベネット」は55年の録音で、チャーリー・マリアーノとフランク・ロソリーノの2管をフロントを配したセッションだ。ともにケントン楽団の盟友ということもありソロリレーは阿吽の呼吸でつなぐ。またヘレン・カーのヴォーカルも2曲収録されており、これがオリジナル盤の高値を呼んでいる。どのトラックも会心の演奏で楽しめるが、なかでもカナダ出身の女性作曲家ルース・ロウが、一夜で書き上げたという「I'll Never Smile Again」のベースラインは素晴らしい。派手さはないもののリズミカルなサポートで、こんなベースが鳴っていたらさぞフロントのプレイヤーも気持ちがよかろう。どのジャンルでも人気の所以だ。

 シマウマが2頭だけの変哲のないジャケットだが、これが妙に味がある。デザインは数々のジャズ・ジャケットを手がけたバート・ゴールドブラットと知ると納得するが、そのまま年賀状に使える秀逸なものだ。次の年賀にはこれを使ってみようか。う~ん、12年後は何歳になるのだろう。「今年もジャズと野球観戦と酒とバラの日々です」と添え書きをした年賀状を12年後も旧知の友に差し出したいものだ。
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It Don't Mean a Thing 2014

2014-01-05 08:13:03 | Weblog
 明けましておめでとうございます。気の向くまま、思いつくままジャズ雑感を書いてきたアドリブ帖も今年で9年目になります。こうして長きに亘り続けられたのは毎週多くの皆様にご覧いただいているからです。400本近くアップしますとビッグネイムやメジャーな曲は出尽くしており、どうしてもマイナーな話題になりますが、そんな記事にコメントをいただけるのは嬉しいですし、それが一番の励みになっております。

 タイトルはジャズ仲間に差し出す年賀状のトップに入れている言葉ですので、元旦にご覧になった方もおられるでしょう。正確にはこのあとに「if it ain't got that swing」が付く言わずと知れたエリントンの曲で、「スイングしなけりゃ意味ないね」という邦題が付いております。このタイトルはエリントンの口癖ですが、さてこのスイングとは一体何者なのでしょう。「ノリ」とか「グルーヴ感」といわれますが、これも曖昧ですね。全くの私論ですが、スイングとはレコードであれ、ライブであれ、演奏者と一体になることだと思います。あたかも自分がパーカーやマイルス、エヴァンスになったと錯覚するほど入り込むことと解釈しております。

 私が敬愛するのはピアニストであり、また指先一本で素晴らしい音を創り出すバンドリーダーのエリントンですが、レコードを聴くといつも気分はエリントンです。これがスイングなのかもしれません。ジャケット写真をご覧ください。そのせいか最近は顔が似てきたと思いませんか。(笑)その横で今年の北海道日本ハムファイターズの打順と守備位置を熱く語るのは札幌で一番歌心を持っているドラマー、佐々木慶一さんです。そしてその様子を見守るのは強烈なビートを刻むベーシストで、このスイングするジャケットを制作した鈴木由一さんです。ともに私がこよなく愛するススキノのジャズスポット「デイ・バイ・デイ」の素敵な面々です。

 ジャズアルバムの数は30万種とも50万種ともいわれておりますが、そんなジャズ・ジャングルから今年もとびきりスイングするアルバムを紹介していきますので、昨年同様ご愛読いただければ幸いです。ベスト3企画が中心のコメント欄ですが、この1枚でもかまいませんし、ジャズに関するご質問、ご感想もお待ちしておりますので、まだコメントをされていない方も是非ご参加ください。今年もよろしくお願いします。
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