デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ジミー・ヴァン・ヒューゼン、自由の女神像上空をテスト飛行中

2016-06-26 09:20:15 | Weblog
 シナトラお気に入りの作曲家、ジミー・ヴァン・ヒューゼンは戦時中、ロッキードのテストパイロットを副業にしていたそうだ。パイロットがCAを口説くために曲を作る話はありそうだが、作曲家の副業がパイロットとは驚く。それも飛ぶか堕ちるか分からない開発中の戦闘機である。上下にペンを走らせてインクの滑りをみる万年筆の試し書きとは違って、急上昇や急降下を繰り返す危険な仕事だ。

数あるヴァン・ヒューゼンの曲から梅雨時なので、「Here's That Rainy Day」を選んでみた。ミュージカルの挿入歌として1953年に発表されたものだが、そのミュージカルが失敗だったため曲まで忘れられようとしていた。その6年後にシナトラがアルバム「No One Cares」に選曲したことで火が付いた曲である。「All The Things You Are」や「Ev'rytime We Say Goodbye」同様、ミュージカルは大コケだったが曲だけ残ったケースだ。おそらくシナトラが取り上げなければ埋もれたままになっていただろう。ジョニー・バークによる歌詞も素敵だが、何よりもヴァン・ヒューゼンのメロディーはタイトルそのものだ。

 感傷に浸る美しい旋律に惹かれるのかインストも名演が多い。どれを出そうかと迷ったが、丁度ピッタリのジャケットがあった。自由の女神像の上を注意して見てほしい。ほらヴァン・ヒューゼンが飛んでいるではないか。CTIのフレディ・ハバードときいて敬遠される方もおられるようだが、騙されたと思ってこの一曲を聴いてほしい。フリューゲルホーンで淡々と歌う。摩天楼に柔らく降り注ぐ雨が気持ちいい、そう言っているようだ。バックのジョージ・ベンソンがさりげなくサポートするのだが、アスファルトに自然と沁み込む雨粒の如くである。傘をたたんで少しばかり濡れてみようかと思わせるバラード表現だ。

 テストパイロットの件は音楽関係者には内緒にしていた。相棒のバークに「歌が完成しないうちに、墜落して死んでしまうかも知れない作曲家に誰が仕事をくれるんだ」と言っていたそうだ。現在は航空機技術の向上や地上テスト、シミュレーションの導入、無人飛行で危険は減ったが、1950年代はおよそ1週間に1人の割合でテストパイロットが死亡していたという。
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野口久光氏の「Mal 4」評に半世紀後のピアノ・シーンを見た

2016-06-19 09:00:21 | Weblog
 「彼は優れたピアニストであるとともに作曲家としても有能な人物であり、クラシックの素養と作曲家的な才能がピアノ・プレイに独特の風格とスタイルをつくりあげている。非常に黒人的な一面、クラシックのピアニストのような冷晰さがあり、むしろその方に彼の個性を感じさせる。いわゆる表面的な技巧で人を驚かそうとしたり、自己陶酔的なプレイは絶対にしない」。野口久光氏がレコード芸術誌1961年3月号に寄せた新譜月評である。

 この文章だけから推測するならジョン・ルイスを思い浮かべるかもしれないが、「Mal 4」を評したものだ。意外なことに「彼の名を冠した日本での最初のLP」とある。てっきりジャズ喫茶の人気盤である「Left Alone」か、順番に「Mal 1」と思っていたが国内発売の契約や販売戦略があったのだろう。因みにベツレヘム盤は同年の8月に出ている。マル・ウォルドロンの日本デビューといえるこのアルバムだが、ピアニスト及び作曲家としてのマルを聴くならこれがベストといえる。ホーン入りはたとえリーダー作であってもプレスティッジのハウス・ピアニスト感が強いが、このアルバムはトリオだからだ。

 ベースはアートの双子の兄弟であるアディソン・ファーマーに、ドラムは1958年録音当時ナンシー・ウィルソンの旦那だったケニー・デニスという堅実なバックである。オリジナルとスタンダードを程よく配しているので初めてマルを聴こうとする方にも抵抗感はないだろう。自作ではジャッキー・マクリーンに書いた「J.M.'s Dream Doll」が格調高く、クラシックの素養を感じさせる。一方、スタンダードではハロルド・アーレンの「Get Happy」が聴きどころだ。寡黙で陰影に富んだモールス信号的奏法といわれるマルのスタイルだが、ここではアップテンポで畳みかける。ハード・バッパーの主張だろう。

 60年代初頭というとモードやフリー・ジャズが台頭してきた時代だが、野口氏が例える「表面的な技巧」と「自己陶酔的なプレイ」をするピアニストはこの当時見当たらない。今ならテクニックを抜いたらスウィングの欠片も残らないピアニストや、軟体生物のような動きで奇声を上げる自己陶酔型は存在する。野口氏は半世紀先のジャズピアノ・シーンを見据えていたのかも知れない。
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ティナ・ルイーズの腕に噛みつきたい

2016-06-12 09:07:23 | Weblog
 女優がヴォーカルのレコードを出すのは珍しくない。余技の域を超えないのがほとんどだが、なかにはその世界でも成功したのではないかと思うほど上手い人もいる。スクリーンで少し名前が売れたころ、映画会社が戦略的にリリースする企画だから大抵は1枚で、多くても2~3枚だ。本分は女優なのでそのアルバムが売れたからといって歌の領分に入ることは滅多にない。

 歌を売るのではなく顔と名前をピーアールする目的なのでジャケットは特に力が入る。チャームポイントや魅力的な肢体を強調したものが多い。ロンダ・フレミングのコロムビア盤が赤髪なら、ピア・アンジェリのルーレット盤は黒髪だ。モーリン・オハラの「Love Letters」は胸で、ミス・ミズーリからハリウッドにスカウトされたトニ・キャロルの「This One Is The Toni」は鍵穴から見える谷間、ジェーン・ラッセルのMGM盤は指、ローラ・オルブライト「Lola Wants You」は肩、イギリスのマリリン・モンローと呼ばれたダイアナ・ドースの「Swingin Dors」は腰、マリー・マクドナルド「The Body Sings」は太腿・・・

 そして腕といえばティナ・ルイーズだ。映画は20本以上の出演作品がありテレビドラマにも出ているので女優として人気があったのだろう。この「It's Time for Tina」はティナの唯一のアルバムで、バディ・ウィードのオーケストラにエリントン楽団にいたこともあるトロンボーン奏者のタイリー・グレンやコールマン・ホーキンスをフューチャーした豪華版だ。「Tonight Is The Night」から「Goodnight,My Love」までストーリー性のある選曲も心憎い。ジャケットそのままの色気を前面に出して歌っているので、「私を抱いてちょうだい」という「Embranceable You」をベッドのなかで聴いたら妄想で爆発するだろう。

 この腕を見たとき室生犀星の「舌を噛み切った女」の一節を想いだした。「その二の腕は噛みつきたいほど、ふくれて白がこぼれた」。街中でノースリーブの女性を見かけるとつい二の腕に目が行く。前を歩いていようものならティナのような腕美人をイメージして犀星が描くエロティシズムに暫し浸ることができる。先を行く女性よ、頼むから後ろを振り向かないでくれ。
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レイ・チャールズ楽団にジョニー・コールズがいた

2016-06-05 09:19:49 | Weblog
 40年も前になるだろうか。レイ・チャールズを聴いた。「What'd I Say」や「Unchain My Heart」のEP盤は随分聴き込んだ。幕が上がっていくにつれまず見えたのは金色のハイヒール、そして足、更に脚である。女性コーラス・グループのレイレッツがステージ最前列にいる。フロントに立つだけありスタイルが抜群な美女揃いだ。ドロシー・ダンドリッジとリナ・ホーンとワリス・デイリーとハル・ベリーが並んだと言えば想像が付くだろうか。

 美女を同行して長いツアーに出るとレイやバンドマンと色恋沙汰があっても不思議はないなぁとレイレッツの美脚に見とれながら納得していると、やけに音がでかいトランペットのソロが入った。目を移すと小柄なトランぺッターが鮮やかなソロを取っている。さすがにレイのバンドともなると凄いミュージシャンがいるものだと感心してよく見るとどこかで見た顔だ。そうだスイングジャーナル誌だ。慌ててプログラムを開くと(tp)セクションに「Johnny Coles」の名前があるではないか。ニックネームであるブルーノートのアルバムタイトル通り「Little Johnny C」である。

 「The Warm Sound」は60年代初めにエピックに吹き込んだ初リーダー作だ。ピアノは曲により渡欧する前のケニー・ドリューと黒っぽいランディ・ウェストン、ファイヴ・スポットのハウス・ベーシスト、ペック・モリソンにタイミングの名人チャーリー・パーシップをバックにしたワンホーン作品である。自作曲「Room 3」でみせる作曲能力、訥々とバラードを刻む「Pretty Strange」、躍動感のある「Hi-Fly」に歌心あふれる「Come Rain or Come Shine」、そして特に素晴らしいのはアップテンポの「If I Should Lose You」だ。タイトル通りの歌物だがインストの名演も多い。勿論その一つである。

 リーダー作こそ少ないコールズだが多くのアルバムに参加している。デューク・ピアソンの「Hush!」、ミンガスは「Town Hall Concert」、ハンコック「The Prisoner」、ギル・エヴァンスの「New Bottle Old Wine」・・・ほんの一部に過ぎないが傑作ばかりだ。更に1997年に71歳で亡くなる前年にはジェリ・アレン「Some Aspects of Water」の録音にも呼ばれている。目立たないが絶対に必要なプレイヤーがそこにいた。
コメント (10)
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