デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

トニー・ベネット、サンフランシスコに眠る

2023-07-30 08:32:39 | Weblog
 ♪ I left my heart in San Francisco high on a hill ...「This is a pen」で始まる昭和中学英語のレベルでも理解できる歌詞と、思わず口ずさみたくなるメロディ。ラジオから流れてきたのはリトル・ミス・ダイナマイトと呼ばれていたブレンダ・リーだ。今はなきテレビの歌謡番組に出演した松尾和子や雪村いづみ、シャボン玉ホリデーに登場したザ・ピーナッツもコーラスから歌っていた。

 7月21日に亡くなったトニー・ベネットを聴いたのはかなり後だったと思う。♪ The loveliness of Paris It seems somehow sadly gray...ゆったりと歌い出すヴァースに引き込まれた。スケールの大きな歌唱、情景が浮かぶ表現力、ヴォリュームを上げたらスピーカーが破れるのではないかとさえ思わせる響き、どれをとっても一流だ。その後、ヴァースから歌うジュリー・ロンドン、カーメン・マクレイ、ブロッサム・ディアリー等々、数多く聴いたが、それぞれに魅力があるものの本家のドラマティックな展開に及ばない。

 ベネットの訃報をきいて取り出したのはビル・エヴァンスとのデュオ盤だ。エヴァンスの歌伴といえばモニカ・ゼタールンドやヘレン・メリルがある。共にシンガーを盛り立てる控え目のピアノだが、こちらは歌伴ではなく対話なのだ。幾度もステージで歌い、弾いたお馴染みのスタンダードを阿吽の呼吸でリレーしている。エヴァンスのドキュメンタリー映画「タイム・リメンバード」で、ベネットは「エヴァンス以上に情感を表現できる者はいない」と語っていたが、それはベネットも同じである。歌詞に情感が入ってこそ曲が輝き、聴衆を引き込むのだ。

 ♪ When I come home to you, San Francisco Your golden sun will shine for me。サンフランシスコの太陽は今も燦々と輝くている。トニー・ベネットの名唱があったからこそ歌い継がれ、永遠に聴くものを虜にするだろう。シナトラがお金を払ってでも聴きたと言い、ビング・クロスビーは最高の歌手と評価した。ビッグバンド相手にマイク無しでも声が通る本物のシンガー、享年96歳。合掌。
コメント (8)
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