デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

秋霜烈日に聴くラヴ・ミー・オア・リーヴ・ミー

2010-09-26 07:39:25 | Weblog
 全国各地、記録的な猛暑となった今年は、ここ札幌も北海道とは思えない厳しい暑さで、つい一週間前も陽射しが燦々と降り注ぎ、9月には珍しく夏日が続いていた。それが一転して朝夕は零度に近い一桁の気温に下がり涼しさを通り越して寒いくらいだが、日中の柔らかな陽光は秋の佇まいを感じさせる。霜も降り、初冠雪の便りも聞かれる北国の気候は、秋霜烈日と言うに相応しい。

 気候の厳しい中、ひとときの安らぐ季節を秋色に切り取ったジャケット写真がある。陽の光に霜も融けた枯れ草に身を任せ、微笑む可憐な少女は夏の恋に浸っているのだろうか。
その恋の結末は・・・Love Me or Leave Me・・・野暮な詮索はこれくらいにしてルース・エティングの持ち歌にうつろう。ジョージ・シアリングがこの曲のコード進行を基に「バードランドの子守唄」を作ったほどで、独特なコード進行はアドリブを面白くするとみえてグッドマンやベイシーのスウィング時代から今日まで多くのプレイヤーのお気に入りのナンバーだ。その数々の演奏を聴くとバラード、ミディアム、アップと様々なテンポでヴァラエティに富んだ解釈を楽しめる。

 ジョン・ルイスがミディアムでシングトーンを刻む。続くパーシー・ヒースとチコ・ハミルトンが控え目にリズムを付け、ルイスらしい厳かな雰囲気のイントロはMJQを思わせる。そしてピアノの間を抜けるようにスウーッと豊かなトーンを出すのはビル・パーキンスだ。かつてスタン・ケントン楽団の花形として女性の人気をさらったよくコントロールされた音色と、豊穣なフレーズは変わらない。続くジム・ホールも無駄な音を省き、曲の持つ美しい旋律を際立たせる。タイトルの「Grand Encounter ~大いなる邂逅」は、東海岸と西海岸のプレイヤーの交流セッションから付けられたものだが、「素晴らしい経験」とも訳せる作品である。

 異常気象による未曾有の災害、186歳の男性が戸籍上は生存していたり、今の時代何が起こっても驚かないが、特捜主任検事が証拠隠滅罪で逮捕されたのは吃驚だ。秋霜烈日は刑罰や志操の厳しさにたとえられ、その形が霜と日差しの組み合わせに似ていることから検察官のバッジを「秋霜烈日のバッジ」と呼ぶそうだ。志操を辞書で引くと、自分の主義や主張などを固く守って変えない心だという。胸のバッジが泣いてやしないか。
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谷啓さんが吹くイッツ・オール・ライト・ウィズ・ミー

2010-09-19 08:01:20 | Weblog
 昭和を代表するテレビ番組「シャボン玉ホリデー」だったか、ザ・ピーナッツとクレージーキャッツの特番だったか、40年も前のことだから定かではないが、ザ・ピーナッツがエラ・フィッツジェラルドの十八番をメドレーで歌った。合わせ鏡のような芸術ともいえる振り付けと双子姉妹ならではのハーモニーは、持ち歌でなくても何度も歌ったレパートリーのように完璧に歌い、美しさも変わらない。ハウ・ハイ・ザ・ムーン、マック・ザ・ナイフ、そして・・・

 トロンボーンのソロでイッツ・オール・ライト・ウィズ・ミーにつなぐ。今月11日亡くなられた谷啓さんだ。映画、釣りバカ日誌シリーズで飄々とした役を演じておられたが、トロンボーン奏者として原信夫さんにスカウトされ、シャープス&フラッツに参加したほどの腕前で、スイングジャーナル誌の人気投票でも上位にランキングされている。多彩なギャグで一世を風靡したクレージーキャッツ結成時からのひとりで、他のメンバーはみなミュージシャン志望だったようだが、谷啓さんだけはコメディアンを目指していたという。志を強く持った目標は才能を開花させるというが、トロンボーン奏者としてその道を歩んでいたなら、その分野でも秀でていたに違いない。

 コール・ポーターの快適なナンバー、イッツ・オール・ライト・ウィズ・ミーの名演数あれど、止めを刺すのはザ・カーティス・フラー・ジャズテットだ。一見してわかるサボイ・レーベルのジャケット・デザイン、一聴でわかるゴルソン・ハーモニー、そしてブリリアントなモーガン、弾けるケリー、太いラインのチェンバース、鼓舞するパーシップ、どれをとってもハードバップの誇り高い薫りがする。スタンダード曲は基本的に演奏する楽器を選ばないし、作者も指定がない限り、特定の楽器を想定して書くわけでもないが、この曲だけは管楽器がよく似合う。勿論、ピアノ・トリオでもスリリングな演奏が残されているものの、急速調のメロディは管の輝きを持って真価を発揮する。

 谷啓さんがイッツ・オール・ライト・ウィズ・ミーを吹いたのは、この曲が管楽器、それもトロンボーンが一番映えることを知っていたのだろう。自伝「七人のネコとトロンボーン」で、「自然にひと呼吸遅れていただけで味が出てしまった」と回想している。今ごろシャボン玉の彼方でひと呼吸付いているだろうか。磨きぬかれたトロンボーンを手にしているだろうか。そして「ガチョーン」のポーズを取っているだろうか。享年78歳。合掌。
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プロデューサー、ジャック・ルイスのハンティング

2010-09-12 08:22:14 | Weblog
 映画会社のレコード部門として発足したレーベル、UA(ユナイテッド・アーティスツ)は、サウンド・トラックがメインだが、数こそ少ないもののジャズも粒よりの作品が揃っている。それは優秀なプロデューサーに負うところが大きく、トランジション・レーベルを興したトム・ウイルソンや、サックスマン・ラベルで知られるアラン・ダグラス、そしてジャック・ルイス、この3人が手がけたアルバムはジャズ史を今なお彩っている。

 コルトレーンとセシル・テイラーが共演した「ステレオ・ドライブ」をプロデュースしたルイスは異色な作品が多く、「アイボリー・ハンターズ」もその1枚だ。59年当時、クラブでセッションを繰り返していたビル・エヴァンスとボブ・ブルックマイヤーを聴いたルイスは、二人のレコーディング計画を立てた。並みのプロデューサーならクラブの演奏をスタジオに移すだけなのだが、アイデアマンのルイスは、ビルとボブとボクで何か面白いことをやろうと案を練る。バルブ・トロンボーンとピアノトリオは有り触れている、そうだ、ボブはクロード・ソーンヒル楽団ではピアノを弾いていたではないか。早速スタジオには2台のピアノが並んだ。

 レコーディング当日、楽器ケースを開けようとするボブにルイスは、「ピアノを弾いてみないか」「ビルがボントロ吹くのかい?」とボブが笑いながら返す。「それは無理だろうね。ピアノ2台の競演ってのはどう」「ビルよりオレのほうが上手いぜ」と満更でもないボブは、ソーンヒル楽団で演奏したアイ・ガット・リズムを弾きだす。チューニングを終えたパーシー・ヒースとコニー・ケイがすぐさま追いかける。そこに現れたエヴァンスは音合わせとしていると思いタバコに火をつけると、「準備は出来てるから早く吸えよ、いや座れよ」とルイスが声をかける。ようやくもう1台ピアノがあることに気付いたエヴァンスは楽しそうにボブのピアノに音を重ねた。
 
 エヴァンスにとって3作目のリーダーアルバムであるこの作品のあと、エヴァンスはリリカルな独自のピアニズムを形成し、ブルックマイヤーもまたバルブ・トロンボーン奏者として一時代を築いている。両者にとって代表作ではないが、象牙の白鍵が貼られた2台のピアノが織り成すリズムはピアノ・ジャズの面白さを伝えるものだ。異色作はときに代表作以上に価値があるが、意表を衝くレコーディングを提案したジャック・ルイスは超一流のハンターといえよう。
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ガーシュインの遺作をキャシー・バーで聴いてみよう

2010-09-05 08:11:59 | Weblog
 歌詞のワンフレーズに「ラジオや電話や映画は淡い夢でいつかは消え失せるだろう」とある「ラブ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」は、ジョージ・ガーシュインが未完成のまま亡くなったあと、弟子のバーノン・デュークが、「完璧な音楽家」と呼ばれた師の教えに基づき完成させたものだ。詩は勿論兄アイラの手によるもので、亡き弟を思いながら書いたといわれている。ラジオで僕たちの歌が流れなくなっても僕たちが生きた証は残るだろう、と。

 アドルフ・マンジュー主演の映画「ゴールドウィン・フォーリーズ」のために書かれ、ケニー・ベイカーが歌ってヒットしたのは37年のことだから、発表されて70年以上経つが、今も歌い継がれているのは遺作という重みよりもその起伏に富んだ美しいメロディと未来を予言したような歌詞にある。当時は生活と娯楽を支えた必需品も、今ではラジオはテレビの影に隠れ、電話は本来の持つ機能から大きく変貌し、映画も斜陽の一途を辿ったが、タイトルの「僕たちの愛はここにある」だけは男女の普遍的な愛がある限り今も昔も変わらない。アンディ・ウイリアムスのこの曲が日本で紹介されたときの邦題「愛はいつまでも」のように、いつまでも歌われることだろう。

 多くの歌手が取り上げているので名唱はいとまがないが、思わぬシンガーが歌っていて嬉しくなる。妖しい目元に甘い言葉で誘うような口元、そして大きく胸の開いたドレスとなれば迷わずのジャケット買いだ。さて肝心の歌だが、容姿とキャシー・バーという名前から勝手に想像してバーでグラスを傾けながら聴くまったりとした雰囲気かと思えば、そうではなく3オクターブ半という広い声域でドラマチックに歌い上げる。オペレッタで活躍していた人で、イタリアのテノール歌手、マリオ・ランザが推薦したことでRCAのこのデビューアルバムが作られたという。ピアノトリオをバックに小粋に歌っても、ゴージャスなオーケストラを背にソプラノ・ヴォイスで歌ってもガーシュインの曲は映える。

 「いつかはロッキー山脈が崩れ落ちるかもしれないし、ジブラルタル海峡が崩壊するかもしれない」と歌詞は続く。地球規模で気象現象が大きく変わり、生態系が破壊され、未曾有の自然災害や大地震が発生する今の時代なら、アイラの予言ももしやと思うこともあるが、地球崩壊は歌の世界だけに留めたい。ガーシュインの遺作が地球の遺作にならぬよう願いつつ、珠玉のメロディと韻を踏んだ歌詞に浸りたい。
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