デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

「Stablemates」の録音をめぐる謎

2014-07-27 09:25:34 | Weblog
 「Step Lightly」、「Park Avenue Petite」、「Along Came Betty」・・・さて、問題です。作曲者は誰でしょう?この3曲で正解を出せる方は、かなりジャズを聴き込んでいる方だろう。では、次のヒント。「Fair Weather」、「Just by Myself」、「Are You Real」、もう1曲増やして「Blues It」。まだ答えが出ない。それでは、「Five Spot After Dark」、「Wisper Not」、「I Remember Clifford」。おまけだ、「Blues March」。  

 これらの曲の初演は作者が所属していたバンドか、自身のリーダーアルバムである。初演が他のグループであっても、追っかけるように自身も録音した曲ばかりだ。代表的な曲を挙げたが、最初の問いで正解を出された方から肝心な曲を忘れているではないかと指摘されそうなので、もう1曲挙げておこう。「Stablemates」だ。作曲した1955年は、作者がコルトレーンやブルー・ミッチェルも所属していたアール・ボスティック楽団にいた時代である。本来ならこのバンドで録音すべき曲なのだが、録音は残されていない。初演は何と1955年11月の「小川のマイルス」と呼ばれている「The New Miles Davis Quintet」だ。

 次いでの録音は1956年3月のポール・チェンバース「Chambers' Music」、同年11月のマル・ウォルドロン「Mal-1」・・・と続き、ようやく発表から3年後の1958年11月に作者自身の録音が行われている。イントロのフィリー・ジョーの派手なドラムソロ、静かに燃えるリー・モーガンのミュート、まるで歌っているかのようなレイ・ブライアント、そして見事な音の広がりをみせる作者のソロ。満を持して息の合う同郷の盟友と録音しただけの価値がある内容だ。写真は、「お馬さんのフィラデルフィアン」と呼ばれているセカンド・ジャケットだが、大きな文字だけで飾りのないオリジナル・ジャケットより馴染み深い。「Stablemates」は「同じ馬屋の馬」の意もある。

 多くのミュージシャンが取り上げるこのモダンジャズの香りに包まれた曲を、なぜ作者は直ぐに録音しなかったのだろうか。推測にすぎないが、逸早く取り上げてくれたマイルスに敬意を表したものと思われる。そして、このマイルス盤と次のチェンバース盤に参加しているコルトレーンは可愛がっていた後輩だ。まだ未熟ながら将来性のある若者を立てるためだったのかもしれない。1958年というとコルトレーンがプレスティッジからリーダー作を次から次と発表してスタイルを確立した年でもある。
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チャーリー・ヘイデンのピチカートが響いている

2014-07-20 09:28:01 | Weblog
 オーネット・コールマンの「The Shape of Jazz to Come」、コルトレーンの「The Avant-Garde」、アーチー・シェップの「Mama Too Tight」、ドン・チェリーの「Relativity Suite」、アラン・ショーターの「Orgasm」、ラズウェル・ラッドの「Everywhere」、カーラ・ブレイの「Escalator Over the Hill」、ジョン・マクラフリンの「My Goal's Beyond」、ミンガスの「Chair in the Sky」、富樫雅彦の「Session in Paris」・・・

 いよいよネタが無くなってフリージャズの話題かとページを閉じられそうだが、ランダムに並べたこれらのアルバムに参加しているベーシストは去る11日に亡くなったチャーリー・ヘイデンである。どれも過激な内容でジャズの主流とはいえないが、シーンに一石を投じた作品ばかりだ。一方、リーダー作は「Old and New Dreams」というコールマン寄りのバンドもあるが、パット・メセニーやハンプトン・ホーズ、ハンク・ジョーンズらと対峙したデュオアルバム、また古き良き時代に思いを馳せてアラン・ブロードベントらと組んだカルテット・ウェスト等、活動のフィールドは広い。

 なかでも一番の問題作は、政治色が強い「Liberation Music Orchestra」だろう。ことさらジャズと政治を結びつけることに否定的ではあるが、過去のミンガスやマックス・ローチの例を挙げるまでもなく、音楽を通して主張することは音楽の本質に迫ることでもある。ともあれその政治的メッセージを切り離して、音楽だけをとらえても相当にレベルの高い作品だ。ヘイデンのベースはミンガスのそれのように尖ったところはなく、暖かくて丸い音で、ワンフィンガーで弾き出す太いピチカートはどこまでも優しい。その優しさのうえに創造的作品群が構築されている。

 先にフリー系を挙げたが、キース・ジャレットの「Somewhere Before」や、アート・ペッパーの「Living Legend」というメインストリームから、ピー・ウィー・ラッセルの「The College Concert」というトラディショナル、更にアビー・リンカーンやヘレン・メリルの歌伴、リンゴ・スター、ジンジャー・ベイカー、ヨーコ・オノとも共演している。どのミュージシャンと組んでも訥々としたソロは変わらない。一音入魂のベーシスト、チャーリー・ヘイデン。享年76歳。合掌。
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ソニームーンは今夜も目映い

2014-07-13 08:22:27 | Weblog
 「St. Thomas」、「Oleo」、「Doxy」、「Airegin」、「Alfie's Theme」・・・言わずと知れたロリンズが作った曲だ。どの曲もタイトルを聞くだけでテーマが頭を駆け抜けるほどメロディ・ラインがくっきりしている。鉛筆の硬さで言うなら2Bで楽譜を書いたほどはっきりしていて読みやすい。読みやすいというのは音楽で言うなら覚えやすいということになる。覚えやすいから親しみが湧いてくる。

 そして、「Sonnymoon For Two」もその1曲だ。初演は1957年11月3日のヴィレッジ・ヴァンガードのライブで、ウィルバー・ウェアとエルビン・ジョーンズに鼓舞されたロリンズが延々と吹きまくっている。ライブならではの熱演だ。更に翌日はプロデューサーにレナード・フェザーを迎えてジャズアルバムの制作に乗り出したクラシック専門のレーベル「ピリオド」に録音している。こちらはトロンボーンのジミー・クリーブランドやピアノのギル・コギンズを入れたスタジオ録音だが、豪快なロリンズ節は変わらない。ライブとスタジオの違いはあるものの、続けて演奏するほどロリンズ自身気に入っていたのだろう。

 1988年にこの曲を取り上げたのはフランク・モーガンだ。50年代は西海岸のパーカーと呼ばれながらも麻薬に侵されたことから長い獄中生活を送り、80年代に奇跡的にカムバックしたアルトサックス奏者である。この「Reflections」は、「All-Stars」の編成通りジョー・ヘンダーソンをはじめ、ボビー・ハッチャーソン、惜しくも昨年亡くなったマルグリュー・ミラー、ロン・カーター、そしてアル・フォースターというまさにオールスターが勢揃いして主役のモーガンを盛り立てている。更にプロデューサーはオリン・キープニュース。聴く前からホットな音が出てくるではないか。

 「Oleo」、「Doxy」、「Airegin」の3曲は、1954年のマイルスの「バグス・グルーヴ」が初演で、この録音のために用意した新曲である。のちにジャズ・スタンダードとして多くのプレイヤーが取り上げる曲を書いたこのときロリンズは25歳だ。世紀の大名盤「サキソフォン・コロッサス」が生まれたのは、マイルスと共演したことで大きな自信を得たセッションから2年後のことである。
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アレック・ワイルダーのお気に入り The Nearness Of You

2014-07-06 08:22:48 | Weblog
 村尾陸男著「ジャズ詩大全」(中央アート出版社刊)に、作曲家でポピュラー音楽批評家としても知られるアレック・ワイルダーの言葉が紹介されている。「これは音楽学者など冷笑するような曲だが、しかし若者が一度は夢み、踊り見つめあい、手をにぎりあうロマンティックな世界をやさしく率直に表現している。」毒舌のワイルダーにしては珍しく褒めているのでかなりのお気に入りだったのだろう。

 その曲とは「The Nearness Of You」だ。「おそばにいさせて、それだけでいいの」という、それこそ音楽学者なら冷ややかな目で見そうな甘いラヴソングだが、ワイルダーが指摘するようにロマンティックな歌詞で、メロディも洗練されている。作詞は「When You Wish Upon A Star」や「Stella by Starlight」のネッド・ワシントン、作曲はホーギー・カーマイケルとなれば星空の下で抱き合う二人が浮かぶ。こういう絵を想像するとき、男女どちらかは自分であり、決まって恋人は憧れのアイドルである。現実には在り得ない世界に浸れるからこそこの曲が美しい。

 同書によると230種のレコーディングがなされているそうだ。そのなかから飛び切り妖艶なヴィッキ・ベネで聴いてみよう。「Vicki Benet」という名前が示すとうりフランス系のシンガーだが、英語も達者で発音も明瞭だ。声質はというと見た目の印象からはクールなハスキーヴォイスを思わせるが、落ち着いた美しい声で、ややノスタルジックな面も持ち合わせている。アメリカには成功を夢見て世界各国からシンガーが集まるが、アルバムどころかシングル盤1枚も残せない人もいる。ヴィッキは本作以外にもデッカに2枚の作品があるので成功したといえるだろう。

 ワイルダーの批評は続く。「歌詞は性的なものなどないのに官能的なものを感じさせてくれる。こういう歌が廃れてしまったことに私は残念でたまらない思いだ」と。奥ゆかしいのが美徳だとは言わないが、昨今の歌詞はまるで恥じらいを忘れた年増のような直接的表現が多い。官能的とは比喩とか暗喩から匂い立つ色気をいう。それを読み取るのがスタンダードを味わう楽しみというものだ。
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