デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

星に願いを

2011-03-27 16:45:54 | Weblog
 ボブ・トマスが書いたウォルト・ディズニーの評伝に「ピノキオ」の制作秘話が綴られている。ウォルトはストーリー作りに数ヶ月も悩んだ末、制作の一時中断を命じた。ピノキオをアニメーションとして実現するためには何か新しい要素を付け加える必要があると思ったからだという。そして捻り出したアイデアはピノキオの周りにおもしろくて華やかな登場人物を配置することだった。その登場人物とはコオロギのジミニー・クリケットである。

 このジミニーが歌ったのが「星に願いを」で、1940年に映画の封切と同時にヒットし、その年のアカデミー賞歌曲賞を獲得した。以来ディズニーのテーマ曲として親しまれているので、ディズニーランドで耳にしたかたもあろう。おおらかで温かく優しさのあるメロディはディズニー主題歌に共通しているが、この曲はアドリブ発展が面白いとみえて多くのプレイヤーがレパートリーにしている。歌物を演奏するときは歌詞の持つ意味に沿い、その解釈が歌うフレーズに結びつき、そこから名演が生まれる、という不文律があるが、この曲はどの演奏もディズニーのイメージを損なわないロマンティックな名演が揃っている。

 数ある名演でもジャック・モントローズと夭逝したボブ・ゴードンのコラボレーションは、今でこそCDで簡単に聴けるが、かつては幻の名盤として入手が難しいレコードだった。その内容の素晴らしさは、引用レコードが極めて少ないベーレント氏の著書「ジャズ」の中で、「ウエスト・コースト・ジャズを代表する作品」として紹介されたほどだ。モントローズのテナーは西海岸に吹く風のような爽やかさがあり、ゴードンの豪快なバリトンがそれに重なるとき、えも言われぬ音空間が生まれる。それは決してウエスト・コースを牽引するほどの力量は持ち合わせていなかった二人が最大のアイデアを出し合った最高の演奏だからだろう。

 ディズニーは映画や遊園地で多くの夢を与えてきたが、その夢を一瞬にして奪ったこの度の大震災を見ると胸が痛む。ウォルトの作品「オズワルド」が、スタッフともどもユニバーサル社の買収にあったとき、「元気を出そうじゃないか。結局、最後は僕たちが笑うことになる」と兄のロイを励ました。ミッキーマウスが誕生する前の話である。被災に遭った皆様の一日でも早い笑顔を見られるよう、今はただただ星に願うばかりである。
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誰かが誰かを愛してる

2011-03-20 09:14:38 | Weblog
 全国はもとより世界各国から震災への支援が広がるなか、感涙する話を耳にした。あるスーパーマーケットでお菓子を抱えてレジ待ちをしていた少女が、握り締めていたお金を募金箱に入れてお菓子を棚に戻したという。店員さんの「ありがとうございました」という声が震えていた。小さな手は大きな力となって、この未曾有の事態に立ち向かう人々を元気付けるにちがいない。その少女が手にしたお菓子はいつか被災地に届くだろう。

 「どこかに冷えきった心を温めてくれる心もあるものさ、だれかの手が孤独なものの手をにぎろうと待っている」(村尾陸男著、ジャズ詩大全)そんな少女の優しい思いと、大きな勇気を綴った詩はディーン・マーチンの大ヒット曲「誰かが誰かを愛してる」の一節である。村尾氏によると48年に作られた曲だが、当初はまったく売れず、64年にマーチンがリプリーズから出したレコードがミリオン・セラーになったそうだ。馴染みやすいメロディなのでカヴァーも多いと思っていたが、意外なことにほとんど歌われていない。マーチンの名刺代わりの曲は、あのチョイ悪オヤジの雰囲気を出せないと歌えないのかもしれない。

 ジェリー・ルイスとのコメディ・チーム「底抜けコンビ」で知られるマーチンだが、俳優になる前はクラブを巡業する歌手だった。当時はビング・クロスビーを真似た歌唱スタイルというから正統派のシンガーを目指していたのだろう。ロマンチック・コメディーなどの映画や、ステージで酒を飲みながら歌う姿からは正統派のスタイルは想像できないが、歌唱の基本をしっかり学んでいたからこそヒットに結びついたといえる。ひょうひょうとした演技や、思わずニヤリとさせられるウィットに富んだ語り口は心を和ませてくれるし、映画「大空港」の副操縦士役でみせたパニックに敢然と立ち向かう姿は勇気を与えてくれる。

 パニック時にはときとしてチェーンメールで誤った情報が流れ、それが要らぬ不安を煽り混乱を呼ぶ。いまだ余震が続くなかパニック時こそ冷静な判断と、被災地に向けた支援の精神が必要だ。少女のような善意のなか、同じスーパーマーケットでは、カゴに入りきらないほどの商品を詰め込む買いだめの姿もみられるという。助け合いの精神が欠如している輩は少女の爪の垢を煎じて飲んだほうがいい。
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バディ・リッチのビッグバンド経営学

2011-03-13 08:45:41 | Weblog
 東京芸大出身で元オーケストラ楽員のヴィオラ奏者という経歴を持つ異色の経営学者、大木裕子さんの著書「オーケストラの経営学」(東洋経済新報社刊)は、オーケストラを会社と同様の組織としてとらえ、経営学的に分析している。組織の中で権威を持ち、従業員の仕事や給与をコントロールできる企業経営者と、人事権を持っていない指揮者とはやや異なるが、ともに組織のリーダーという観点からみると興味深い。

 小澤征爾やカラヤン等、クラシックのオーケストラをケースとしての内容だが、その分析はそのままジャズのビッグバンドにも当てはまる。勿論音楽性の違いから交響楽団と同列には比べられないが、強力なリーダーシップを持ち得ない指揮官の下ではバンド経営に行き詰るばかりか、バンドメンバーの成長も望めない。1966年に自己のバンドを持ち、以後晩年までバンドリーダーとして手腕を発揮した人にバディ・リッチがいる。多くのビッグバンドが解散を余儀なくされるなか、長年に亘ってバンドを維持したリッチは、ドラマーとしても一流なら、経営者としても超一流といえるだろう。
 
 経営学的に准えてみるとリッチのビッグバンドにはビッグネイムがいない、即ち経費削減になるが、それでいて腕は確かなので音楽性は高い。そして広く受け入れられるポップ・チューンをレパートリーにしている。ウェスト・サイド・ストーリーやソニー&シェールの「Beat Goes On」を取り上げたり、サイモン&ガーファンクルの「Keep The Customer Satisfied」をアルバムタイトルにしたのは、ジャズファン以外へのセールを狙ったものだろう。ポップ曲であっても華麗なアレンジが施されているのでジャズファンは勿論、ビッグバンド・ファン、そしてドラムを学んでいる人でも楽しめるだ。売り上げこそ経営上最も重要視されるのは企業と同じである。

 「That's Rich」はリッチが46年に一時期編成したビッグバンドの音源をまとめたもので、「V-Disc Speed Demons」のクレジットから推測すると45年に戦争が終結した後、各国に駐屯する兵向けのVディスク用に録音されたものだろう。この後時期尚早とみたリッチはバンドを解散し、ハリー・ジェイムス楽団のスター・ドラマーとして活躍する。20年の準備期間で学んだビッグバンド経営のノウハウはそのまま生きている。
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パチンコ台からテイク・ファイブが流れた

2011-03-06 07:30:00 | Weblog
 若い頃、ひとときパチンコ店通いをしていた。数字なり絵柄なりが揃うと一気に大量の出玉を期待できるデジパチと呼ばれる台で、特定の図柄が並ぶといわゆる確立変動がつき射幸心を煽る機種だ。学生のころ遊んだ手打ちの台とは違い、きれいな液晶画面があらゆるキャラクターを映し出し見た目にも楽しい。ハイテクを駆使した台は、大当たり時には音楽も流れる仕掛けで、小生が遊んだ機種が大当たりすると・・・

 何と「テイク・ファイブ」が流れた。おそらく日本では最も有名なジャズの曲で、テレビCMにも使われたり、フィギュアスケート選手の村主章枝がショートプログラムで使用したこともあるので氷上から優雅な舞とともに耳にした方もあろう。デイヴ・ブルーベックの初演である「タイム・アウト」が59年に発表された当時、作曲者のポール・デスモンドに憧れ、アルトのみならずサックスを手にした人なら一度は吹いた曲である。ジャズファンでなくても知っているうっとりする美しいメロディなのだが、あまりにも有名な曲のせいか最近は正面切ってレコーディングに臨むプレイヤーはいない。誰にでも演奏できる曲の難しさである。

 果敢にこの甘いメロディに挑んだのは、ハクエイ・キム、杉本智和 、大槻“KALTA”英宣からなる新星ピアノトリオ「Trisonique」で、斬新なアレンジはとても半世紀も前に書かれた曲とは思えないほどの輝きを放つ。キムのピアノは昨年横浜で、「urb」や菊地成孔のバンドで活躍したトランペッター、類家心平とのデュオという形で生で接することができ、やや荒削りとはいえダイナミックなアプローチと繊細なタッチは、次世代の日本ジャズ界を賑わすであろう活力に漲っていた。休憩時間に少しばかり話す機会に恵まれたが、気さくで素直な人柄がそのままスタイルに反映されているのだろう。

 もう何年もパチンコ店に行ったことはないが、次から次へと出る新機種は毎日のように入ってくる新聞の折り込みチラシで目にする。ひと昔前に遊んだ機種などあるわけはないが、「テイク・ファイブ」とともにジャラジャラと玉で出た機種名は「サクセス・ストーリー」という。今最も注目されるピアニスト、ハクエイ・キム、そしてパウエルの動やエバンスの静とも一味違う和のトリオ「Trisonique」のサクセス・ストーリーを見てみたい。

敬称略
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