デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

フラン・ウォーレンの恋はどんな味がしたのだろう

2016-09-25 09:20:24 | Weblog
 誰でも一度や二度はあるのが失恋で多くの名言が残されている。文芸評論家の亀井勝一郎は「恋の味を痛烈に味わいたいならば、 それは片思いか失恋する以外にないだろう」と。また、毎日一升瓶を空にするほど酒を愛した歌人の若山牧水は「恋という奴は一度失敗してみるのもいいかも知れぬ、そこで初めて味がつくような気がするね」と。ありきたりの恋愛論は凡人が言うと振られた恨みにしか聞こえないが文人が語ると文学的になる。

 歌も同じでランダムに楽譜集を開くと出てくるのはトーチソングと呼ばれる失恋の歌だ。両者が言う「味」を味わうなら「You Don't Know What Love Is」がいい。「恋の味をご存知ないのね」とお誂え向きの邦題がふられている。♪You don't know what love is Until you've learned the meaning of the blues・・・ブルースの意味がわかるようになるまでは恋のことなんかわからないものよ、というドン・レイの詞はなかなかに哲学的だ。この「the blues」の意味はシンガーや聴き手によって解釈が違うだろう。人生の機微や恋の苦悩、愛の葛藤、官能的なセックス、そして倦怠と嫉妬と憎悪と未練。経験が多いほど歌に深みが増し説得力も大きい。

  この手の歌ならビリー・ホリデイの右に出るものはいないが、ただでさえ落ち込んでいるのにビリーを聴いたら立ち上がれないので、新しい恋の予感がするフラン・ウォーレンを選んでみた。クロード・ソーンヒル楽団の「The Real Birth of the Cool」で美しい高音を響かせていた美人シンガーだ。16歳でエリントン楽団のオーディションに合格、その後アート・ムーニー、ビリー・エクスタイン、チャーリー・バーネットの各楽団を渡り歩きソーンヒルに迎え入れられている。この「Hey There! 」は1957年の録音で、当時31歳ながらキャリアの通り華やかなビッグバンドで酸いも甘いも噛み分けた「the blues」が重く響く。

 ♪And how lips have taste of tears Loose the taste for kissing・・・涙を厭というほど味わった唇はキスの味が判らなくなってしまう。歌詞のこのフレーズは特に情感が籠る。ジャーナリストのドロシー・ディックスは「涙で目が洗えるほどたくさん泣いた女は、視野が広くなるの」と。また「お腹がすいているときにキスがしたい女なんていないわ」とも。失恋した貴女は美味しいものでお腹を満たして周りを見てみよう。もっと素敵な恋の味が広がるかもしれない。
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ジャズ・ストリートを横切っただけのドン・スリートはアスリートになれなかった

2016-09-18 09:18:49 | Weblog
 おそらくこのドン・スリートの「All Members」を所有されている90パーセントの方はサイドメンに注目しての購入だろう。小生もその一人でこのトランぺッターの名前も知らなかったし、リバーサイドの傍系レーベル、ジャズランド盤だけに本家で売れなかったアルバムを体裁だけ変えての再発盤だと思ったくらいだ。ケニー・ドリューやズート・シムズの再発ものをタイトルとジャケットの違いから別物だと思い飛びついた苦い経験がよぎる。

 ジミー・ヒースとウィントン・ケリーの共演盤といえばタイトル曲が決定的名演として知られる「On the Trail」があるが、これにはトランペットは入っていない。大抵ジミーのセッションは兄弟のパーシーとアルバートなのでロン・カーターとジミー・コブというのも珍しい。ということはスリートのオリジナルになる。経歴を見てみるとドラマーのレニー・マクブラウンのアルバムに参加しているという。ソニー・スティットやブッカー・アーヴィンのバックで叩いていたし、モンクと来日もしているので名前は知っているものの残念ながらリーダー作は聴いていないので、スリートのスタイルも力量も知らない。

 録音は1961年。マイルスが「Someday My Prince Will Come」を発表した年でケリーとコブが参加していた。なるほどマイルスに似ている。マイルスのリズムセクションを使ってそのラインを狙ったふしがある。更に見ての通り、映画俳優のようなルックスだ。録音当時、リバーサイドはチェット・ベイカーと契約が切れているので、イケメン・トランぺッターとして売り出す企画が持ち上がったとしても不思議はない。野次馬的な見方はさておき肝心の演奏だが、このアルバム1枚で消えたのが残念なほど筋が良い。「But Beautiful」のバラード・プレイはコントロールが利いているし高音もよく伸びるし歌心も満点だ。

 女性なら手に取りたくなるジャケットと質の高い演奏でキープニューズの作戦通り好評を博したことだろう。おそらく次はワンホーンでいこうか等のプランもあったのかもしれないが、その後はドラッグのために引退同然となっている。一流になるには高い音楽性は勿論のこと、抜擢された運を切り開く行動力、そしてどん底に落ちても目的を見失わない鋼の意志と這い上がっていく努力が必要だ。マイルスもチェットも麻薬癖から抜け出している。
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新主流派とはボビー・ハッチャーソンのヴァイヴ・スタイルをいう      

2016-09-11 09:18:19 | Weblog
 先週訃報をお伝えしたルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオで1966年に「Happenings」を録音したのは、8月15日に亡くなったボビー・ハッチャーソンだ。ライオネル・ハンプトン、ミルト・ジャクソンに次ぐヴァイヴ奏者の代表作であり新主流派の傑作でもある。日本でリリースされたのは翌年だったろうか。当時のブルーノート盤は直輸入盤で、それに帯と日本語のライナーノートを付けて東芝から発売されていた。

 田舎ゆえ入荷が遅かったがそれでもリアルタイムで聴いたレコードの1枚だ。まだジャズの聴きはじめで50年代のハードバップもそう多く聴いていない耳にもそれは斬新だった。それ以来全部ではないがハッチャーソンの新譜は出ると同時に聴いている。それだけに訃報は一つのジャズの時代、もっと言うなら自分の青春が失われたようで寂しい。足跡を追う如く聴いた1963年の初録音であるマクリーンの「One Step Beyond」、次いで64年のドルフィー「Out to Lunch」、アンドリュー・ヒル「Judgment」という作品群は、モーダルなヴァイヴがひときわ異彩を放っており、ジャズの方向性、またブルーノートの路線までをも示唆している。

 1970年代に入り新主流派ジャズそのものに陰りが見えたころフュージョン的な作品を発表していたが、80年代以降は多くのプレイヤーがそうであったようにストレートにスウィングするアルバムが多くなる。81年にコンテンポラリー・レーベルに吹き込んだ「Solo / Quartet」はタイトルそのままの内容で、A面はヴァイヴの他にマリンバやチャイムを使った多重録音、B面はマッコイ・タイナー、ハービー・ルイス、ビリー・ヒギンスというメンバーで「My Foolish Heart」に「Old Devil Moon」というスタンダードを演奏している。故郷での録音ということもあり古巣のブルーノートよりリラックスしているが高い音楽性は変わらない。

 最初に共演したマクリーンはセシル・テイラーがヴァイヴを叩いようなサウンドだったと絶賛していた。今聴き返しても新鮮なのはそこにある。サイド作を入れるとアルバム数はゆうに60枚を超えるが、新主流派のジャズ・ヴァイヴは生涯変わることはなかった。セシルと同じでスタイルを貫き通した信念のプレイヤーである。新主流派とはボビー・ハッチャーソンのスタイルを言うのかも知れない。享年75歳。次世代のヴァイヴ奏者といわれた人は今もこれからの世代にも名を遺す。

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ヴァン・ゲルダーの音、それが本物のジャズの音である

2016-09-04 09:03:00 | Weblog
 去る8月25日に亡くなったルディ・ヴァン・ゲルダーを知ったのはジャズを聴きだしてからしばらく後のことだ。ジャズの音とは迫力があるものだと最初から耳が覚えたこともあり、ミュージシャンの位置やマイクのセッティングで大きく音が変わる技術どころか録音エンジニアの存在すら知らなかった。1970年だったろうかECMというレーベルから出たピアノの音を聴いて愕然とした。クリアだがジャズの音ではない。改めてブルーノート盤のクレジットを見る。

 ジャズの入り口がヴァン・ゲルダーの音でなければこのジャズ地獄に陥ってはいないだろう。蝶が舞う如く華麗な指先でタッツタラタラ~タララ-ンと逞しい音を出すリー・モーガンにバリバリバーンと頭の天辺からつま先まで一気に音が抜けるジョニー・グリフィン、キンコンガキーンカカーンと鍵盤の悲鳴が心地良いソニー・クラーク、ブンブーンブウォーンと大きく絃が撓うポール・チェンバース、そしてアート・ブレイキーのドッドッドーンドッツカーンというナイアガラ瀑布。ソロだけで圧倒されるが、それがアンサンブルで押し寄せてくる迫力ったらとても擬音で表現できるものではない。

 この太い楽器の音はハイグレードなオーディオばかりでなく家庭用の手軽な機器でも体感できる。その秘密はアルフレッド・ライオンが黒人家庭で使っている安い装置でも迫力のある音で聴けるように工夫してほしいという要請があったからだ。ライオンの理念も立派なものだが、それに応えるヴァン・ゲルダーの技術の高さも相当なものといえよう。モンクはスタジオがあった地名に因んで「Hackensack」という曲で稀代の録音技師を讃えている。その日のミュージシャンの体調やライオンの意見を聞きながらテキパキとマイクの位置を決め、スタジオを動き回る様子が伝わってくる曲だ。

 ヴァン・ゲルダーはブルーノートのみならずプレスティッジやサヴォイ、インパルスでも多くの録音を手掛けているので、1950年代から60年代の終わりまでにジャズを聴いた方は間違いなくこのジャズ・サウンズが入り口である。それが最高のジャズの音だとは知らずに聴いていたのだからこんなに恵まれた話はない。ジャズが一番熱かった時代の演奏を活き活きと録ったレコードは永遠の財産だ。享年91歳。RVGの刻印をそっと撫でてみる。
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