デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

白石かずこ「聖なる淫者の季節」を聴きながら・・・

2024-06-30 08:35:13 | Weblog
 詩を味わう文学的センスは持ち合わせていないが、アル中の被害妄想や強迫観念からくる乱暴な言葉が並ぶアルチュール・ランボーの「酔いどれ船」は、理解しているかは別としてジャズ喫茶でパーカーを聴きながら読んだ。紫煙漂う薄暗い空間と妙に同調する。茨木のり子の「自分の感受性くらい」は、ビル・エヴァンスのタッチに似ていて開いたページに思わず顔を埋めた。

 なかでも6月14日に亡くなった白石かずこの「聖なる淫者の季節」は強烈だ。アルバート・アイラーの不気味さとセシル・テーラーの不可解さで迫ってくる。この前衛的な詩人を知ったのは、1969年にジャズ・ピープル社から創刊された「jazz」だった。SJ誌がメインストリームをいくなか、フリージャズに目を向け杉田誠一が立ち上げたジャズ誌はアヴァンギャルド志向のリスナーが待ちわびたものである。同誌に掲載された白石のエッセイはその詩同様、口にするのを憚る性語が並ぶ。その単語から妄想が無限に広がり刺激で股間が爆発しそうだ。。

 1977年に録音された「ジョン・コルトレーンに捧ぐ」は、詩の朗読とその声の響きに呼応するサム・リヴァースとのセッションである。70年代に沖至や翠川敬基のフリージャズ・ミュージシャンと組んでポエトリー・リーディングの面白さを伝えてきた白石の集大成と言えよう。この時リヴァースはジャズクラブやコンサートホールに依存しないロフト・ジャズの中心的な存在だった。マイルスと来日したときの頼りない音や、ブルーノート時代の新主流の波に乗れないもどかしいフレーズは消え、迷いのないジャズ観に包まれ強く逞しい。異色ながら時代を知るうえで貴重な記録である。

 白石のライブを聴く機会はなかったが、どの会も大盛況だったという。現代詩を魅力ある文学に押し上げたこの催しから詩歌の世界に触れ、またジャズの魅力に取り憑かれた人もいるだろう。今でこそ詩と音楽のコラボレーションは珍しくないが、当時としては画期的だった。「日本のアレン・ギンズバーグ」と呼ばれた現代詩人白石かずこ。享年93歳。合掌。
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デヴィッド・サンボーンとマイルスが映画に出ていた

2024-06-02 08:33:35 | Weblog
 5月12日にデヴィッド・サンボーンが亡くなった。モダンジャズ中心のブログなのでフュージョンやスムーズジャズは聴かないのでは?と突っ込まれそうだが、その分野で三本の指に入るサンボーンだけに、「Straight to the Heart」や「Double Vision」、「Inside」のグラミー賞作品は持っている。あまりかけないがワイングラスを傾けたときは妙に心地いい。

 サンボーンが映画に出ていたのをご存じだろうか。テレビの洋画専門チャンネルで偶然観た。僅か1分ほどのシーンなのだが、共演者は何とマイルスとラリー・カールトンで、ストリート・ミュージシャンとして登場する。これには驚いた。1988年のビル・マーレイ主演「3人のゴースト」で、チャールズ・ディケンズの小説「クリスマス・キャロル」を現代風にアレンジした内容だ。86年のモントルー・ジャズ・フェスで共演した音源は聴いていたが、この映画は知らなかった。どのような経緯でオファーが来たのか謎だが、マイルスが亡くなる3年前の映像は貴重だ。

 マイルスは1980年に活動を再開した後、ジャンルを超えたミュージシャンとセッションしているが、サンボーンの共演者も多彩だ。アルバート・キングをはじめポール・サイモン、ローリング・ストーンズ、ジェームス・ブラウン、チャカ・カーン、エルトン・ジョン、カーリー・サイモン、ビリー・ジョエル、B.B.キング、ジェイムス・テイラー、イーグルス・・・おっとジャズ畑を忘れていた。ブレッカー・ブラザーズにスティーヴ・ガッド、メイナード・ファーガソン、ボビー・ハッチャーソン、そしてジャズマンなら一度は組みたいギル・エヴァンス。

 1970年代に台風のように押し寄せてきたクロスオーバーは80年代に一気に引く。多くのバンドは解散し、ブームに乗っかったジャズプレイヤーはスタンダードに戻り、実力のあるミュージシャンはスタジオに入った。そんな中、サンボーンは路線を外れることなく独自の音楽を創りあげた。享年78歳。合掌。
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猫変、いや豹変するキャット・アンダーソンの秘密

2024-05-19 08:22:43 | Weblog
 ジャズ誌「Jaz.in」に大久保管楽器店・店長水本真聡さんが、「愛器からみる管豪たちのジャズ外伝」を連載している。ホーンのスペシャリストの分析は興味深い。演奏する人はメーカーやモデルが気になるだろうし、手にしないジャズファンは繰り返しかけたレコードの聴き方が変わるかもしれない。視点を変えると今まで気づかなかった一音にハッとする。

 Vol.006号でキャット・アンダーソンが登場した。あのハイノートを分析しようというわけだ。ハイノート・ヒッターというとJATPで「鉄の肺を持つ男」と呼ばれたアル・キリアンや、スタン・ケントン楽団で活躍したバド・ブリスボイス、目立ちたい一心でそれだけが売り物のビッグバンドを結成したメイナード・ファーガソンの名手がいるが、なかでもキャットはずば抜けている。エリントン楽団でクラーク・テリーやレイ・ナンスと並んでアンサンブルの時は目立たないが、ひとたびステージの中央でソロを取ると天に抜ける高い音で聴衆を沸かす。猫をかぶっていたのだろうか。

 「Ellingtonia」はタイトル通り楽団メンバーとのセッションだ。録音した59年当時の仲間と、かつてツアーを共にした旧友たちとの再会である。何度か抜けたことはあるものの、そのトランペッター人生のほとんどをエリントン楽団で過ごしただけあり交友は広い。リーダー作となればエリントンがその自伝で「アクロバットのスーパー名人」と評したトリプル・ハイCで大暴れしているかと思いきや、中低音域でバラード中心だ。絶妙のソロ回しと歌心あふれるフレーズにうっとりする。じっくり俺のプレイを聴いてくれと言わんばかりだ。このアルバムでは借りてきた猫のようにおとなしい。

 キャットの愛器はC.G.Conn社製の「38B Connstellation」だという。これを持てばハイノートが吹けるものと多くを勘違いさせたそうだ。やはりあの高音で変幻自在のアドリブができるのはマウスピースにあった。自身の体型や唇の厚さ、肺活量から何度も試行錯誤のすえ完成させた特注である。楽器を使わないときは秘密を守るためマウスピースにハンカチがかけてあったという。
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"Tootie"の愛称が似合うアルバート・ヒース

2024-05-05 08:28:56 | Weblog
 先週話題にしたマル・ウォルドロンが参加したアルバムにコルトレーンの初リーダー作「COLTRANE」がある。インパルスにも同タイトルがあることから70年代のジャズ喫茶では混乱を防ぐため「コルトレーンの7105」とレコード番号で呼んでいたレコードだ。因みにインパルス盤は、「インパのコルトレーン」とか「マイルス・モードのトレーン」などとリクエストされた。

 そのプレスティッジ盤が初録音だったのは、4月3日に亡くなったアルバート・ヒースだ。録音した1957年というと長兄のパーシーはMJQのメンバーで、ジミーは53年にマイルスと録音後、麻薬で逮捕され刑務所にいた。故郷フィラデルフィアで一緒に練習したジミーを慮り、頭角を現してきた弟を起用したのだろう。当時22歳。派手なドラムソロこそないが、正確なリズムを刻んでいるし、要所要所で控え目ながらフィルインを入れる余裕ぶりだ。トップの「Bakai」はヒースのイントロから始まりフロントを引っ張る気迫がある。

 その後の活躍は目を見張るばかりだ。ブレイキーやローチ、エルヴィンはフロントを刺激して引っ張っていくタイプだが、ヒースは後ろからそっと背中を押す感じでホーン奏者やピアニストを支える。自分のスタイルと役割をよく知っている。「Live at Smalls」は2009年にイーサン・アイバーソンとベン・ストリートと組んだアルバムだ。この時74歳。いい顔をしているではないか。キャリアを積むと若手を育てる立場になるが、ここでもスタイルは変わらない。毎日のようにレコーディングしていた60年代と違うのはドラムソロが増えたことだろうか。

 愛称の"Tootie"は子どもの頃トゥッティ・フルッティ・アイスクリームが大好きだったので母方の祖父が付けたのだという。そのアイスクリームのようにメリハリのあるカラフルなドラムだ。レコード棚からランダムに10枚選ぶと1枚は「Albert "Tootie" Heath(ds)」のクレジットがある。天国でヒース・ブラザーズのセッションが始まった。享年88歳。合掌。
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マル・ウォルドロンが配ったカードにモダンジャズの歴史が刻まれている

2024-04-28 13:04:45 | Weblog
 女性のディーラーが、「テキサス・ホールデム 一人勝ち」とポーカーゲームの説明をする場面から始まる。主演・監督のラッセル・クロウが、「奴らには借りがある」と。「目的は復讐」のテロップ。おまえだけ狙っていると銃を向ける。忠臣蔵大好きの方なら絶対観たくなる仇討ち劇にみえる「ポーカー・フェイス 裏切りのカード」の予告篇に騙された。結末は・・・おっとネタバレになる。

 ディーラーを演じるエルザ・パタキーの胸元を思い出しながらマル・ウォルドロンの「The Dealers」を聴いた。プレスティッジの未発表音源や再発をメインとした傍系レーベル「Status」から出たアルバムで、マルの57年のリーダー作「Mal/2」と、58年のホーン3本の企画盤「Wheelin' & Dealin'」の未発表テイクを収録している。どちらもコルトレーンが参加しているのが魅力だ。発売されたのは64年だが、この年は「Crescent」も出ている。2枚聴き比べると同じテナーマンとは思えない。翌年は「Ascension」を録音している。並の耳では付いていけない変化だ。 

 さて、主役のマル。「Left Alone」のせいだろうか、「暗い」の一言で聴かない人が多いが、実に多くのアルバムにクレジットされている。コルトレーンの初リーダー作をはじめミンガスの直立猿人、ドルフィーのファイヴスポット、マクリーン「Jackie's Pal」、ジーン・アモンズ「Angel Eyes」、マックス・ローチ「It's Time」、ステーヴ・レイシー「Reflections」、「Teddy Charles Tentet」等々、並べるとモダンジャズの歴史の1ページができるし、プレスティッジのハウスピアニストだった期間もあるので、同レーベルの足跡も追える。苦手な方も是非お聴きいただきたい。

 予告篇制作の先駆者佐々木徹雄さんの著書「三分間の詐欺師 予告篇人生」(パンドラ刊)に、「印象に残る場面を伝え、『本編を見たい』と思わせること。それこそが予告篇の大きな役割」とある。また、池ノ辺直子さんの「映画は予告篇が面白い」(光文社新書)に、「本篇の宣伝のために本篇のストーリーの流れとはまったく関係のないところで使う」とあった。騙されるのも悪くない。
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ジョー・モレロを聴いてドラマーになったニコ・マクブレイン

2024-04-07 08:34:31 | Weblog
 ロックは聴かないし、ドラムも叩かない。音楽ゲーム「DrumMania」で遊ぶでもないが、ロック界を代表する19人のドラマーのインタビューを中心に構成されたドキュメンタリー映画「COUNT ME IN 魂のリズム」を観た。恥ずかしながら名前と顔が一致するのはカルロス・サンタナの妻で「女トニー・ウィリアムス」と呼ばれるシンディ・ブラックマンだけだったが、それぞれドラム愛に満ちた話は興味深い。

 スティックを持つきっかけになった一曲は小生が10代の頃に流行ったものばかりで思わずニヤリだ。ゴールドディスクを受賞したザ・サファリーズの「ワイプ・アウト」。ロン・ウィルソンのソロにしびれた少年少女は数知れない。セッションドラマーで「Teen Beat」のヒット曲もあるサンディ・ネルソンに魅せられた人もいる。意外にもドラマーとして評価が高いリンゴ・スターに、涼しげな顔で熱いリズムを刻むチャリー・ワッツ、スティックを廻したり空中に放り投げてはキャッチするキース・ムーン等々憧れのビッグネームが並ぶ。勿論バディ・リッチにブレイキー、ローチ、エルヴィンの名も挙がる。

 そしてヘヴィメタルバンド「IRON MAIDEN」のニコ・マクブレインは、「デイヴ・ブルーベック・カルテットのジョー・モレロの様になりたい」と語った。日本のジャズファンの間ではあまり評価されないだけにこれは嬉しい。華麗さや派手さもない地味なドラマーながら端正でよく歌う。ライブやセッションで「Take Five」をリクエストするとドラムソロは漏れなくモレロのあれになる。ジャズドラマーを志した人なら必ず練習するソロだ。初期のリーダー作「It's About Time」を出してみた。フィル・ウッズを鼓舞するバスドラムの激しさと、まだ10代のゲイリー・バートンをフォローする優しいシンバルワークにため息が出る素晴らしい作品だ。

 ツー・バスにダブルペダル、リモートハイハット、シズルシンバル・・・限りなくヴァリエーションが広がるのがドラムという楽器だ。それだけにテクニックは勿論のこと個性が問われるが、登場した面々は揺るぎない音楽観を持っている。数十年ロックを聴いていないが、ギターの轟音に負けない熱いリズムに酔いたくなった。この夏、野外ライブに出かけてみようか。Count me in・・・小生も参加します。
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テルマ&ルイーズはサンダーバードで翔んだ

2024-03-17 08:30:02 | Weblog
 1992年のアカデミー賞で脚本賞を受賞した「テルマ&ルイーズ」を4Kレストア版で初めて観た。封切り当時、「90年代の女性版アメリカン・ニューシネマ」と高く評価された作品だが見逃している。公開から30年以上も経っているので多くのレヴューが紹介されており、結末も知ってはいたが、やはり自身の目で確かめたい。見事なストーリー展開に引き込まれた。

「サンダーバードを一番カッコよく乗る女たち」という映画評もあったが、1966年型フォード・サンダーバード・コンバーチブルを駆ったロードムービーだ。サンダーバードはアメリカ先住民族のスー族に伝わる神話に登場する空想上の鳥で、単語の響きが力強いせいか多くの商品名やアルバムタイトルに使われている。60年代後半にテレビ放送されていた人形劇が懐かしいし、鉄道ファンは特急列車、時計マニアならロレックス、バイクで風を切って走る方はトライアンフを、エレキベースを弾く人はギブソンを思い浮かべるだろう。

 さてジャズファンはどれを選ぶ。ビルボードのジャズ・アルバム・チャートで2位を記録したカサンドラ・ウィルソンか。コテコテがお好きな方は迷わずウィリス・ジャクソンのプレスティッジ盤。ここはオーソドックスにルイ・ベルソンのインパルス盤を取り出した。2つのバスドラムと片手に2本ずつスティックを持って叩くエンターテイメント性が高いドラマーだ。ハリー・エディソンやカール・フォンタナの名手をさりげなく盛り立て、ソロではここぞとばかりに本領を発揮する。正確なリズムと稲妻のような怒濤のドラミングを存分に楽しめるアルバムだ。

 3月11日に2024年アカデミー賞の授賞式が開催された。作品賞を受賞した「オッペンハイマー」に、ノミネートされた「アメリカン・フィクション」、「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」、「関心領域」。脚本賞を受賞した「落下の解剖学」と面白そうな作品が並ぶ。なかには30年後再公開され、「テルマ&ルイーズ」同様、アメリカ国立フィルム登録簿に追加される作品があるかもしれない。
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今宵はオスカー・ピーターソンに何をリクエストしよう

2024-03-03 08:35:21 | Weblog
 オスカー・ピーターソンのドキュメンタリー映画を観た。本人のインタビューを中心にビリー・ジョエルやクインシー・ジョーンズ、ハービー・ハンコックら華麗なテクニックに魅せられたミュージシャンの証言で構成されている。1971年に一度だけ聴いた生演奏と数十枚のレコードはどれも明朗快活で、私生活も煌めく鍵盤同様、順風満帆と思っていたが、そうではなかった。ジャズ誌に載らない陰は興味深い。

 やはり差別との闘いだ。JATPで廻っていた時、白人メンバーと一緒にレストランで食事ができなかったり、出演しているホテルなのに泊れない。タクシーに乗ろうとすると白人専用だと銃を突きつけられる。酷かったのは演奏する会場なのにトイレを使えない。ノーマン・グランツは、「このホールは俺が貸切っている、だからトイレも俺のものだから黒人も使える」と警官を追い払った。天晴。先々のトラブルを案じ、ついにはグリーンブックを頼りに黒人が安心して休める宿を探す。ピーターソンを育て、護ったジャズ界の大物プロデューサーを益々好きになった。

 そして三度の離婚は初耳だ。マイルスのようにジャケットに奥方が登場しないので知らなかった。長期のツアーで家を離れる。人気があるので自然と女性も寄ってくる。浮気もしたと正直に語っていた。1993年に脳梗塞で倒れ、そこからの闘病が「鍵盤の帝王」の強さをみせる。左手は不自由だったが諦めることなくピアノに向かう。それでも「三本の腕」があるのかという音を出す。感心したのは倒れる前、一緒に演奏していたレイ・ブラウンがピーターソンの僅かなミスに気付くことだ。素人耳では音数が多くて一音外しても判らぬが、そこは長年コンビを組んできた最強のザ・トリオのなせる技である。

 93年に惜しまれつつ閉店した神田神保町のジャズ喫茶「響」の店主大木俊之助氏は、ピーターソンの研究家として知られる。嬉しいことに当ブログの最初のフォロワーさんだ。氏のサイト「響庵通信」によるとピーターソンは、20歳(1945)から71歳(1996)までに297枚のアルバムを残しているという。小生が聴いたのはその半数にも満たないが、どれを聴いても楽しい。メロディーは作者の意図を尊重しより美しく、アドリブは変幻自在だ。さて今宵は何をリクエストしよう。
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ミシェル・サルダビーがジャズ喫茶でかかった時代

2024-02-11 08:29:14 | Weblog
 「JAZZ JAPAN」の後継誌「Jaz. in」最新号で忘れかけていた名前を見つけた。大抵訃報記事だが、今回もそれだ。ミシェル・サルダビーが昨年12月6日に88歳で亡くなったと報じている。1975年録音の「Gail」はエレキピアノを使っていて印象が薄かったことと、その後モンティ・アレキサンダーとのデュオ「Caribbean Duet」が出るまで10年程の間があったせいか、小生のなかでは88鍵から外れたピアニストになっていた。

 ベスト盤を挙げるなら「Night Cap」だ。70年録音で脇を固めるのはパーシー・ヒースとコニー・ケイという名手。スタンダードは「Satin Doll」、他はサルダビーのオリジナル。レーベルは「Debs」。フランス盤なので、当時のアメリカ盤や国内盤の新譜と比べるとかなり高かったが、帰りの電車賃が残ったので迷わず買った憶えがある。タイトル曲が凄い。真夜中を徘徊するようなベースのソロから静寂を切り裂くスネアの連打、そして間髪入れずブルースフィーリング溢れるピアノが攻撃してくる。昼間、一段ヴォリューを上げて鳴らしてよし。タイトルの如く寝酒を味わいながら低い音でじっくり聴くのもいい。

 今でこそヨーロッパのピアニストは数多く聴かれているが、70年前後のジャズ喫茶全盛時代は欧州盤を置いている店は少なかった。ベンクト・ハルベルクやマーシャル・ソラール、アンリ・ルノーは所有していてもリクエストがない限り積極的にかけない。70年代半ばにエンリコ・ピエラヌンツィ、続いて80年代初頭にミシェル・ペトルチアーニが現れてようやく注目されてきた。それは「クラシック」を基本としたジャズではなく、「ジャズ」から始まったジャズピアノだと誰でもが感じたからだろう。その先駆けとなったのがミシェル・サルダビーなのだ。改めて聴き直したが、ニューヨーク52番街の音と薫りがする。

 「Night Cap」の発売を知ったのはスイングジャーナル誌の輸入レコード店の広告だった。同じような値付けで数店が載っている。当時のジャズ誌の広告はレコード会社の新譜は勿論だが、輸入盤専門店の入荷情報が多数載っていた。これを頼りにレコードを選んだものだ。最近のジャズ誌の広告というと大手中古レコード店のオリジナル盤買取ばかりである。時代が変わったとはいえ寂しい。
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ジーン・クルーパとバディ・リッチの友情

2024-01-21 08:30:48 | Weblog
 今年初めから素晴らしい映画に出会った。舞台は西部開拓時代のオレゴン州。背景に合わせたかのようにゆっくりとした展開の静かな物語だ。冒頭、イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの言葉「鳥には巣、クモには網、人間には友情」が引用される。そして、いきなりラストにつながるシーンが出てくる。ネタバレになるのでこれ以上は書けないが、厚い友情を描いた作品だ。

  ライオネル・ハンプトン楽団で同じ釜の飯を食ったベニー・ゴルソンは、不慮の事故で亡くなったクリフォード・ブラウンを偲んで曲を書いた。ジャズの深い絆で結ばれたモンクとニカ男爵夫人。男と女の情を超えた莫逆の友なのだろう。映画の題材にもなったバド・パウエルと、フランス人デザイナー、フランシス・ポウドラの交流。「オレがトレーンの代わりに雇ったのは、すっかりヤクと切れて刑務所から出てきたばかりの古い友達ジミー・ヒースだった」と語ったマイルス。そのマイルスにハンク・モブレーでは心配だからと呼び出され、「Someday My Prince Will Come」のレコーディングに駆けつけた僚友コルトレーン。

 ジャズ界には多くの友情物語がある。同時代のドラマーでライバル的にみられるジーン・クルーパとバディ・リッチだが、度々ライブやレコーディングで共演するほど仲がいい。「シング・シング・シング」のソロでドラムをリズム楽器から花形楽器に押し上げたクルーパ、片や映画「セッション」の主人公が目標にする速く正確に叩く超絶技巧の持ち主である。両雄並び立たずと言われるが、それだけに並んだ迫力は凄い。更にリッチの奥さんはクルーパの元恋人だという。ロック界ではジョージ・ハリスンとエリック・クラプトンとパティ・ボイドの関係が有名だが、男同士の「情」は時に男と女のそれを遥に超える。

 映画館を出てジャズバーに向かう道すがら何人かの旧友の顔を思いだした。若いころ、マイルスの電化はどうのこうの、フリージャズの行方は、フュージョンはジャズを殺すと激論を交わした何十年も会っていない友。年賀状だけの付き合いになった飲み歩いた友人。麻雀卓を囲んだ遊び仲間。ビル・パーキンスの「Just Friends」をリクエストしようか。盟友リッチー・カミューカとの息の合ったアンサンブルが聴こえてきた。
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