デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

名誤訳 「帰ってくれたらうれしいわ」

2009-01-25 09:55:01 | Weblog
 原題タイトルが長い歌曲に邦題を付けるとき、ポップスは原題と全くつながらないヒット性のある流行語を使うことが多いが、スタンダードは基本的にタイトルや歌詞の内容に沿った邦題が付けられる。感心する名訳やニヤリとする妙訳もあれば、勘違いの誤訳や笑ってしまう珍訳もあるようだ。後者の代表として度々話題に上がる邦題に、コール・ポーター作詞作曲の「You'd Be So Nice To Come Home To」がある。

 「家に帰ったときあなたがいたら幸せ」という意味だが、「帰ってくれたらうれしいわ」と邦題が付けられた。男性から女性に向けてのロマンティックなラブソングで、「to come home」、「by the fire」、「sang a lullaby」等、優しさと温もりのある歌詞は、マイホームという夢に重なるものだ。誤訳はともかくとしてマイナー・キイのメロディーは琴線を震わす。この曲を決定付けたのはブロンド・ビューティのヘレン・メリルで、共演したクリフォード・ブラウンと織り成す世界はマイクの前で官能的な表情を浮かべるジャケットとともにジャズ・ヴォーカル永遠の名唱として歴史に残るものだろう。

 ヘレンと同じハスキー・ヴォイスのドナ・ブルックスがこの名曲をドーン・レーベルの「I’ll take romance」で歌っている。本作の他にベツレヘム盤が数枚あるだけのブ
ルックスは、ニューヨークのため息とも呼ばれたメリルの濃厚なハスキーさとは違い、若いころのアニタ・オデイに似た声質で可憐さが漂う。声量はやや足りないものの、飾りのないストレートな歌唱はアットホームな寛ぎがあり、「You'd Be So ~」はアレックス・スミスのピアノトリオをバックに小粋なセンスものぞかせる。弾んだ声からは歌詞の「paradise」という情景が夢のように広がり、それは実現不可能な夢から一歩実現に近づいた希望をもたらすものだ。

 ヴォーカリストの大橋美加さんは担当するラジオ番組でこの曲に触れ、「父、巨泉は、若かった自分の誤訳である、と言った」、そして恥ずかしそうに「帰ってくれたらうれしいわ」と曲を紹介していた。たとえ誤訳であっても広く行き渡った邦題は名訳だったのかもしれない。
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バードランドから子守唄が聴こえる

2009-01-18 07:49:40 | Weblog
 そこにはよくマイルスが出ていた。ディジーとマックス・ローチも。司会はピー・ウィー・マーケットという小柄な男だった・・・コラムニストのピート・ハミルが、自伝的エッセイ「マンハッタンを歩く」でバードランドを回想している。バードランド周辺のマフィア系が経営するジャズ・クラブや、ブルックリン橋、バッテリー・パーク、タイムズ・スクエア等、生粋のニューヨーカーならではの生き生きとした筆致は、どことから流れてくる心地いいジャズの風をうけながらマンハッタンを散歩している気分にさせる名著だ。

 49年にオープンした名門ジャズ・クラブ、バードランドのライブはクリフォード・ブラウンが参加したメッセンジャーズやコルトレーンのアルバムで聴けるが、おそらくジャズ語としか思えない言い回しでマーケットに紹介されたプレイヤーは、毎晩あのような熱気の籠ったステージを繰り広げていたのだろう。そのジャズの聖地ともいえるクラブに曲を捧げたのは盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングだった。作曲した52年以降、エンディング・テーマとして幾度となく演奏された「バードランドの子守唄」は、白熱するプレイとそのステージに酔うお客、そして興奮冷めやらぬ閉店後の雰囲気を見事なまでに旋律に託している。

 この名曲だけをこのアルバムのために録音された12曲を収録したのがRCAの「Lullaby
of Birdland」だ。トップのディック・コリンズをはじめチャーリー・バーネット、クインシー・ジョーンズのビッグバンド、トニー・スコットやジョー・ニューマンのコンボ、そしてピート・ジョリーとバーバラ・キャロルのピアノトリオ、様々な編成でバードランドの雰囲気を楽しめる。ビッグバンドやアップテンポの演奏は白熱のステージを目の当たりする迫力があり、小編成やバラードはその燃え尽きたライブの余韻を残す。それぞれ趣向の凝らしたアレンジはバードランドで演奏した夜に思いを馳せたものであり、どのヴァージョンもテーマ部を崩さないのはシアリングが肌で感じたクラブの空気に敬意を払ったものだろう。

 ハミルはこの書で、「クラブは1965年まで営業したが、すでにニューヨークの合金というストーリーのなかでひとつの役柄を演じ終えていた」と記している。1965年はビートルズがエリザベス2世からMBE勲章が授与されロックが世界を席捲した年である。バードランドが閉店しジャズもかつての栄華を失ったのは確かだが、バードランドというチャーリー・パーカーのニックネーム「バード」にちなんだ名前と、そこから生まれた子守唄は永遠にジャズ史に残るに違いない。
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フレディ・ハバードのバックラッシュ

2009-01-11 09:29:16 | Weblog
 昨年暮れに亡くなったフレディ・ハバードを2度聴いている。最初は72年にジュニア・クックが参加したクインテットで、次は10年後の女満別空港跡地ジャズ・フェスティバルでエルヴィン・ジョーンズをバックにしていた。10年前と変らぬビッグ・トーン、一音でそれとわかる個性的なヴィブラート、正統派ジャズ・トランペッターの手本となるフレーズ、どれをとっても完成されたものであり、その完成は10年前、いやデビューしたころからの完成であった。

 60年にリー・モーガンの後を受けて3管ジャズ・メッセンジャーズの一員になって以来、ブルーノートに残した自己のアルバム、ハンコックやショーターと確立した新主流派時代、そしてVSOP、いつもジャズ・トランペット界の花道を歩いてきたプレイヤーだ。リーダー作とサイド参加作品を合わせるとゆうに100枚を超えるアルバム群は、現代ジャズ史を遡るうえでポイント毎に重要な意味を持っている。ハードバップからモード、フュージョンと変り続けるジャズシーンで常に第一線に立つのは容易ではないが、クリフォード・ブラウン流のよく歌うプレイと豊かなフレーズ、そして何よりも完璧とさえいわれたテクニックがあったからこそであろう。

 66年に録音された「バックラッシュ」は、ハバードがジャズ・メッセンジャースから独立後に結成した自身のグループ唯一のアルバムで、タイトル曲は当時流行りのジャズ・ロックと呼ばれた作品だ。ジャズ・ロックのアルバムといえば全曲8ビートになりがちだが、このアルバムはボサノヴァを入れたり、美しいメロディを持つ「リトル・サンフラワー」も収録した意欲的な作品になっている。優秀な作曲家としてのハバードを聴くことができるし、カテゴリーに囚われない柔軟な音楽性も知ることができるだろう。トランペットという楽器の機能を最大限に生かした抑制の効いたハーフ・ヴァルヴや切れ味の鋭いハイトーンは、多くのトランペッターが模倣するも誰一人ハバードを超えたプレイヤーはいない。

 バックラッシュとは機械用語で、ねじや歯車の運動方向に意図して設けられた隙間をいう。この隙間によってねじや歯車が自由に動くことができるのだが、ハバードはハードバップとモードの歯数の違う歯車を安定したスピードで回し、その隙間を自由に歩んだ人である。享年70歳。合掌。
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ジーン・ハリスの顔施

2009-01-04 08:10:11 | Weblog
 皆様、あけましておめでとうございます。昨年は多くの方にご覧いただき、またコメントも多数お寄せ頂き感謝申し上げます。4年目に入ったアドリブ帖ですが、今年も名盤、珍盤、希少盤の数々から選りすぐりのアルバムを紹介していきます。今年も昨年同様、毎週日曜日更新を目標にしておりますので、忌憚のないご意見をお待ちしております。1枚のアルバムから広がるジャズ・ワールドをお楽しみいただければ幸いです。
 
 今年も全国各地の初詣の模様がテレビに映し出される。初詣は一年の無事と平安を祈る行事で、絵馬に願い事や目標を書いたり、おみくじを引く参拝客で各地の社寺は賑わいをみせていた。景気の良いときは賽銭箱に札束も見受けられたが、不況を反映しているのだろうか小銭が多いという。さて、小銭の持ち合わせがなく万札を賽銭箱に投入するには少々躊躇いがあったり、財布を忘れたときはどうするか。にこやかな表情で参拝するだけでご利益があるという。仏教の六波羅蜜のひとつ和顔施で、笑顔を振りまくこと、それ自体がひとつのお布施になるのだそうだ。

 顔施とも呼ばれる参拝をしているのはスリー・サウンズのリーダー、ジーン・ハリスで、スリー・サウンズ解散後、第一線から退いていたハリスがコンコードに吹き込んだ復帰後の作品である。ゴスペルを基調にしたピアノ・スタイルは、ブルージーでスウィンギー、そして徹底した明るさを持つ。スリー・サウンズが名門ブルーノートに多くのアルバムを残しながらも日本で評価が低いのは、音楽芸術としてのシリアスさをジャズに求めたファンが多かったことによるものだろう。楽しいばかりがジャズではないが、楽しいのもまたジャズである。

 「Trio Plus One」の One はこれまたソウルフルでファンキーなスタンリー・タレンタインで実に楽しい。ジャケットのハリスのような笑顔につられて聴き手のこちらも笑顔になる。正月だけではなく年中、顔施で過ごしたものだ。
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