デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

煙草燻らすモニカ・ルイスは何想ふ

2013-10-27 08:53:27 | Weblog
 つい見とれてしまうレコード・ジャケットがある。どうせヌードだろう、と笑われそうだが、それは妄想逞しい若い頃の話であって、最近は非現実的なことを思い描く妄想よりも現実的な想像に思いをめぐらす。特に数々のカバーデザインを手がけたグラフィック・アーティストのバート・ゴールドブラットのジャケットは、手にするだけでイメージが膨らむ。ときにそれは音が聴こえてきそうだという音楽的内容を超えるドラマも秘められている。

 その唇から出る言葉は愛なのか別れなのか、それとも?唇だけのカーメン・マクレイや、マイクを背に顔を手で覆っているクリス・コナーには肩をそっとおさえるだけでいい、等とゴールドブラットのジャケットを並べるだけでちょっとした愛の美術館が出来そうだ。そしてこのモニカ・ルイスも外せない。美女だからこそこの少女のような姿も絵になり、大人の女だからこそ燻らす煙も動くアクセサリーになる。そして・・・これから先はモニカと二人だけのドラマがどんどん広がるのだ。チャールトン・ヘストン主演の「大地震」や、「エアポート'77 バミューダからの脱出」といった映画で知られる女優だが歌もいい。

 「フールズ・ラッシュ・イン」は、1955年から56年にかけて録音されたアルバムで、ジャック・ケリーのオーケストラをバックに伸び伸びと歌っている。タイトル曲は「恋は愚かというけれど」という邦題でお馴染みの曲で、シナトラの重要なレパートリーのひとつだ。女優らしくドラマティックな展開で、メロディ・メーカーであるジョニー・マーサーの魅力にも改めて感心する歌唱である。声はときに優しく包み込むような母親のようであり、またチャーミングな恋人を思わせ、そして可愛らしい愛娘と重ねたくなるように曲によって変化を付けているのは見事だ。この時代の多くのシンガーのなかでも特にGIに人気があったのはこの郷愁を誘う声なのかもしれない。

 昨今「ジャケ買い」というジャンルが確立されていて、中古レコード店によってはそのコーナーもあるという。「ジャケ買い」というのは音楽の内容は度外視で、ジャケットに惹かれて買うことだ。店主も心得たもので二度見するようなものばかりを揃えている。もしこのエサ箱があれば覘いてほしい。ジャケットの片隅に小さく「Burt Goldblatt」と名前が入ったレコードがあるはずだ。ジャケ買いしても内容に外れはない。
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60年代のジャズシーンとブルー・ボッサ

2013-10-20 08:44:16 | Weblog
 「60年代になると、伝統から離れたスタイルの持ち主が出現してきた。ジョーは、のちに登場してくるもっと新しいスタイルの持ち主と旧世代の架け橋なんだ。時代の交錯から次なるものが生まれる。それを彼のアルバム、とくにデビュー作では求めたつもりだ」と語ったのはアルフレッド・ライオンだ。ブルーノート・レーベルを扱った本に度々紹介される言葉で、短いながら端的にその時代のジャズシーンをとらえている。

 ジョーとはジョー・ヘンダーソンで、デビュー作とは「ページ・ワン」だ。そして「伝統から離れたスタイル」とはモードであり、「もっと新しいスタイルの持ち主」とは新主流派を指す。こう噛み砕いてそのデビュー作を聴くと、ライオンの言葉に納得する。幸か不幸かこの「ページ・ワン」のヒット、正確に言うとトップに収録されている「ブルー・ボッサ」で、ジョーの人気は決定的になった。幸とは一流プレイヤーのステップになる名刺代わりの曲を持ったことで、不幸とはジャズロックの印象が強くて新主流派としての位置づけや評価が大きく遅れたことだ。とくに同じブルーノートで録音を重ねたライバルのウエイン・ショーターには大きく水をあけられる。

 ショーターとの比較はともかくとして、「ブルー・ボッサ」は多くのカバーが生まれるほどミュージシャンに愛され、ジョーも挨拶代わりにライブではよく演奏する。その名も「ブルー・ボッサ・ライヴ 1987」とサブタイトルが付いたアルバムは、日本を代表するオルガン奏者の寒川敏彦との共演だ。日本よりもアメリカで知名度が高いこともあり「KANKAWA」の名で活動しているが、師匠のジミー・スミス直系のソウルフルなオルガンと、ジョーのよく粘りの利いたテナーが程よくブレンドされ、ライブとしては最高の音を創り出している。世代やスタイルの違うプレイヤーと共演しても何ら違和感を感じさせないのはライオンの言う「架け橋」なのだろう。

 「ブルー・ボッサ」という曲についてジョーは、「仕事が増えたから、あれはあれでよかったと思っている」と回想していた。そして、「当時のボスだったケニー・ドーハムが、デビュー作を吹き込む私にプレゼントしてくれた曲なんだ」と。こう語ったときは、きっと嬉しそうな顔をしていたに違いない。因みにボスのドーハムは、「ページ・ワン」でこの曲を吹いて以来、一度も自身のアルバムで演奏したことはない。
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紅茶の本場、イギリスで二人でお茶を

2013-10-13 09:00:17 | Weblog
 ファッツ・ウォーラー、アール・ハインズ、アート・テイタム、テディ・ウィルソン、生年順に並んだのはスウィング期を代表するピアニストである。さらにセロニアス・モンクとバド・パウエルという二大バップ・ピアニストが続く。ジャズ史に残るミュージシャンばかりで、それぞれ個性的なスタイルを持っている。そのスタイルは後のピアニストに少なからず影響を及ぼしているし、現在のジャズ・ピアノの原典といっていい。

 上記のピアニスト全員が弾いているいわばピアニストの登竜門ともいえる曲がある。ヴィンセント・ユーマンスの代表作の一つである「二人でお茶を」だ。映画で歌ったドリス・デイに似合う甘いラヴソングで、トミー・ドーシー楽団のチャチャチャ・バージョンが大ヒットした典型的なポヒュラーソングだが、ジャズでこの曲を取り上げると甘さは飛び、アドリブの素材としての曲の面白さが際立つ。その妙はヴォーカルならバックのプレイヤーもタジタジするニューポート・ジャズ・フェスのアニタ・オデイや、サッチモのバンドでテーマからアドリブまで一人で延々と吹いたクラリネットのバーニー・ビガードのソロで味わえる。

 その一流のピアニストの証しともいえる曲に挑戦しているのはイギリス出身の盲目のピアニスト、エディ・トンプソンである。名門ロニー・スコット・クラブのハウス・ピアニストも務めた人で、英国のオスカー・ピーターソンと呼ばれるほどテクニックとジャズ・センスは抜群だ。注目すべきはオーディオ・マニアも唸らせるMPSレーベルの録音技術で、同レーベルの社長であり技術者でもあるブルーナーシュワーがいかに優れた耳を持っていたのかわかる音である。低音がよく響くこともありエディ・コスタを思わせるが、縦横無尽の音空間はトンプソンならではのものだ。ヴォリュームを一段上げるだけでスピーカーがピアノに変わる。

 パウエル以降も多くの個性的なピアニストが現れ、「二人でお茶を」も録音数は減ったとはいえ今でも演奏されるが、先のピアニストを越えるものを聴いたことがない。1925年に作られた曲は今では前時代のメロディという印象を免れないが、数あるスタンダードでもアドリブ展開の面白さでは一二を争う。甘いタイトルとメロディからジャズのエッセンスを引き出した先のピアニストの偉大さを改めて知る。
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ラッセル・マローン、曲を選ばず

2013-10-06 08:27:44 | Weblog
 ススキノにスージーこと黒岩静枝さんがオーナーの「デイ・バイ・デイ」というジャズクラブがあり、札幌はもとより全国から足を運ぶジャズファンで連夜賑わっている。声量豊かなスージーが一番の魅力だが、行き渡る気配りで店を切り盛りするシンガーのナオミさんや、全力投球のバックバンド等、心行くまでジャズを満喫できる場所だ。この店でカウンターに入りながらギターを修行している青年がいる。

 そのギター君のレパートリーは数多くはないが、思いがけない選曲に驚く。意外な曲選びといえばラッセル・マローンがいて、このヴィーナス盤もあまり演奏されない曲に挑戦している。タイトルの「ホリー・キャッツ」は、チャーリー・クリスチャン作だが、これとてほとんどカヴァーされることはない。そして驚くべきはモンクの「フォア・イン・ワン」である。モンク以外の演奏ではスティーヴ・レイシーを思い出すくらいで、数あるモンク・スタンダードでも特に個性的なことから敬遠される曲だ。ギターで弾くには相当難しい思われるテーマを立て板に水の如く流したあと、アドリブでは引用フレーズを持ってくる遊び心ものぞかせる。

 凡そギターに似合わないモンクの曲というイメージを覆す演奏だ。クリスチャン作の「セブン・カム・イレブン」や、ジャンゴ・ラインハルトの「雲」、ウェス・モンゴメリーの「フル・ハウス」、ハーブ・エリス作「ディトゥア・アヘッド」等々、ギタリストが書いたギタリストのための曲を基本として、聴き手のこちらが勝手にギターの曲はこれだというイメージを作り上げているから意外な選曲に驚くのかもしれない。なかにはクラシックのように楽器を指定して書かれた曲もあるが、ほとんどのスタンダードは楽器を想定していないので基本的にどんな曲を取り上げても不思議ではないし、意外性のある曲ほど面白いものだ。

 件のギター君は誰よりも早くステージに上がり、譜面のチェックに余念がない。演奏中であってもバンドリーダーでドラマーの佐々木慶一さんから容赦なく激が飛ばされ、終了後は灯りが落ちたステージでスージーから細かいところまで指導される。そういえばウェスやジョージ・ベンソンの後継者とされるラッセル・マローンはダイアナ・クラールの歌伴を務めていた。歌心、同調、強弱、タイミング等々、歌伴から学ぶものは大きいだろう。
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