デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ケイ・スターのロッキンチェア

2017-01-29 09:39:40 | Weblog
 ジョージ・サイモン著「グレン・ミラー物語」(晶文社刊)に過労で倒れたマリオン・ハットンの代わりに採用されたケイ・スターの回想が載っている。「どうしてグレンが私に
声をかけてくれたのか、どうにも思い出せません。でも録音でマイクを私に合うように下げてくれなかったので、とても困ったのを覚えているわ」と。原文は読んでいないが「マイク」とは「キー」のことだろう。

 1939年に録音したのは「Baby Me」と「Capital You with Love」で、キーの違いなど感じさせないほど音程も安定しているし、声は張りも艶もある。とても17歳の少女とは思えない。この後ウインギー・マノンやチャーリー・バーネットの楽団でキャリアを積み数多くのヒットを放つ。52年の「Wheel of Fortune」と、56年の「The Rock And Roll Waltz」はビルボード・チャートのトップに輝いている。ビッグバンドで鍛えられた歌唱力、ステージ度胸、アメリカンドリームを想起させる明るい声、そして目鼻立ちのしっかりした美貌はジャズだけでなくポピュラー畑でも人気を博したのは当然のことだ。

 数あるアルバムから58年録音の「Rockin' With Kay」を聴いてみよう。オーケストラがバックだが、そのメンバーにはウイリー・スミスをはじめジェラルド・ウィギンスやレッド・カレンダーという名手がクレジットされている。タイトルにかけている「Rockin' Chair」はホーギー・カーマイケルが大学生のときに作った曲だが、歌詞もメロディーも完成度が高い。その磨かれた楽曲をケイは美しいコーラスとシンプルなピアノ、そして重厚なアンサンブルをバックに気持ちよさそうに歌っている。老婆の哀しみを歌った曲ではあるが、ケイの歌声からは悲しみが消え楽しいことばかりが浮かぶ。老後はこうありたい。

 ミラーとの初録音から1997年のFreddy'sのライブ盤まで多くの録音を残し、ステージやテレビで大活躍したケイ・スターが亡くなったのは昨年11月3日のこと。声量の豊かさと心躍るスウィング感は変わることがなかった。ビバリーヒルズの自宅でロッキンチェアに揺られながら静かに最期を迎えたのかも知れない。大きな星が一つ消えた。享年94歳。合掌。
コメント (6)
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