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デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

チープなヌードジャケット「Jazz Erotica」を味わう

2017-09-10 09:41:44 | Weblog
 中古レコード店に入ってまずチェックするのは新入荷コーナーだ。ジャンル別ではなくまとめて置いてあるのでジャズとは限らないが、クラシックやポップス、歌謡曲にもたまに掘り出し物がある。サクサクと箱を漁るうち「タブー」で有名なアーサー・ライマンのLP盤が数枚あった。レス・バクスターとマーティン・デニーも前後するように並んでいたので、エキゾチカのコレクターが手放したのだろう。

 ライマンのは「HiFi Records」で、センターラベルのデザインを見て思い出した。ハロルド・ランドの「The Fox」や、フランク・バトラー、ジミー・ボンドと組んだ「Elmo Hope Trio」、ポール・ホーンの「Something Blue」がある「HiFi Jazz」と同じレコード会社である。箱にはなかったが、「HiFi Records」の方でよく知られているのは「Jazz Erotica」だ。チープなヌードジャケットなので正統派ジャズファンは一歩引く一方、この類のジャケット・コレクターには重宝されるというモンド的なレコードである。本来「HiFi Jazz」で出すべきものを「HiFi Records」でリリースしたのは、その狙いがあったのかも知れない。

 セッション・リーダーはリッチー・カミューカで、コンテ・カンドリ、フランク・ロソリーノ、ヴィンス・ガラルディ、スタン・リーヴィといった名手に加えて編曲はビル・ホルマンだ。ホルマンといえばテナー奏者よりもチャーリー・バーネットやスタン・ケントン楽団でアレンジャーとして手腕を発揮した人だが、ここでも工夫を凝らしたサウンドが楽しめる。どの曲も4分前後だが起承転結は勿論のこと短編映画を観ているような色彩感があるのだ。秋風が吹き始めるこの時期に聴くならジュール・スタインの「The Things We Did Last Summer」がいい。サミー・カーンの何気ない詞の情景がアンサンブルの合い間に浮かぶ。

 このタイトルとジャケットではさすがに売れなかったようで、後にジャズファンに的を絞って「West Coast Jazz In Hifi」に変え、海辺に楽器を刺したジャケットで再発したもののこちらも振るわなかったようだ。内容がいいだけにジャケットで聴く機会が失われるのは残念だ。発売当時はジャズファンから顰蹙を買ったヌードも今となってはそこはかとない哀愁を感じる。昨今跋扈する品のないエロジャケットのせいだろうか。

コケティッシュな妖精か?カマトトか?ブロッサム・ディアリー

2017-09-03 10:00:00 | Weblog
  「キュートで可愛い声」とか、「コケティッシュなヴォーカル」とか、性中枢をくすぐる声に喩えて「ビ・バップのベティ・ブープ」とか、最上級の「ウィスパー・ヴォイスの妖精」と評される一方、「わざとああいう声を出すカマトト」とか、「アニメの女の子みたいで気持ち悪い」とか、一言「ゲテモノ」、挙句の果ては「毎晩聴いている奴はロリコンじゃないの、ベッドでも・・・」オッと、これ以上は放送禁止用語なのでやめておこう。

 これほど大きく好みが分かれるのも珍しい。ブロッサム・ディアリーである。苦手な方に少しでも興味を持っていただけるよう経歴をピックアップしよう。ウディ・ハーマン楽団のコーラス・グループやクラブで歌ったあと、50年代初めにパリに渡り、そこで知り合ったアニー・ロスやミシェル・ルグランの実姉であるクリスチャン・ルグランと「ブルー・スターズ」を結成する。「バードランドの子守唄」のヒットで知られるグループだ。パリのクラブで歌ったり、ピアノを弾いているうちノーマン・グランツから声がかかりアメリカに戻る。私生活では「Kelly Blue」のブルージーなフルート・ソロで有名なボビー・ジャスパーと結婚するも数年後に離婚している。

 僅か数行でも自由奔放でジャズシンガーらしいではないか。数あるアルバムから彼女の魅力が詰まっているヴァーヴ第1作「Blossom Dearie」を選んだ。名前ズバリのタイトルで本格的に売り出そうというグランツの戦略が見えるし、音楽学校の先生のようなジャケットは声とのギャップの面白さを狙った節もあるが、彼女らしさをアピールするにもってこいだ。得意の弾き語りで、ハーブ・エリスにレイ・ブラウン、ジョー・ジョーンズというヴァーヴ・リズムセクションがサポートしている。フランス語で歌うアンニュイな「It Might as Well Be Spring」や、短いスキャットのイントロから入る「I Hear Music」がジャズ・フィーリング豊かでその世界に引き込まれること間違いない。

 さて、これで苦手な方も聴いてくれるだろうか。もう一つ付け加えておこう。ヴァーヴ第3作に「Once Upon a Summertime」がある。頬杖をついた可愛らしいジャケットだ。タイトル曲はマイルスがギル・エヴァンスと組んだ「Quiet Nights」でお馴染だが、ブロッサムを聴いたマイルスが刺激を受けて取り上げたという。マイルスをも虜にした小悪魔ときけば聴かずにいられないだろう。今宵は苦手な貴方のリスニングルームから「I Hear Blossom Dearie」かも知れない。

ジョイス・コリンズ、この気品は「Girl」というより「Lady」だろう

2017-08-27 09:21:01 | Weblog
 リバーサイドの傍系レーベル、ジャズランドは当初、廃盤になっているリバーサイドの音源を廉価版で再発することを目的に発足したが、間もなく新録音を開始する。内容はメインストリームで本家と大きく違わないが、キャノンボールやモンク、ウエスのような専属契約ではなく単発のリーダー作が多いのが特徴だ。最初から1枚の契約なのか、売れたら次があったのか今となっては不明だが、いぶし銀のような作品が並んでいる。

 ジョイス・コリンズの「Girl Here Plays Mean Piano」もその1枚だ。西海岸を本拠地に活動した女流ピアニストでアルバム数こそ少ないが、クラブを中心に多くのセッションに呼ばれている。70年代後半はビル・ヘンダーソンと組んでおり、深みのある声を盛り立てる趣味のいいピアノが数枚の Discovery 盤に残されているのでご存知の方もおられるだろう。録音は1960年でコリンズは丁度30歳だ。女性の年齢を記すのは失礼ではあるが、初リーダー作でアルバムタイトルの「Girl」から「若い音」をイメージされても困るので敢えて書いた。品があり円熟したフレーズは、「Lady」というのが相応しい。

 脇を固めるメンバーがなかなかのものでベースはレイ・ブラウンだ。録音場所はLAなのでわざわざ彼女のために出向いたということだろうか。当時はピーターソン・トリオの一員で、ヴァーヴと契約していたため「Roy Green」という洒落た変名で参加している。ドラムはこのセッションの5年後にコルトレーンの「Kulu Se Mama」に参加するフランク・バトラーだ。どのトラックも変化があって面白いが、アルバムトップのエリントン・ナンバー「I Let a Song Go Out of My Heart」がガツンとくる。テーマのタメからバトラーのスティックに煽られてテンションを上げていく展開はなかなかにスリリングだ。

 ジャズの聴き始めのころ、タイトルもジャケットも違うので再発盤とは知らずに買った失敗は誰でも一度はあるだろう。どこかで聴いた音源だと思ってレコード棚を探すと同じものがあったというケースだ。「Tough Piano Trio」に「Chicago Cookers」、「Conversation」・・・「Kenny Drew Trio」に「Chicago Sound」、「Deeds, Not Words」の再発と知って地団駄を踏んだが、「JAZZLAND」という勉強料は今にして思えば安かった。

パイプをくわえたエリック少年、クロスする音とフレーズは16歳とは思えない

2017-08-20 09:21:04 | Weblog
 先週話題にした映画「死刑台のエレベーター」を観るとじっくりマイルスを聴きたくなる。まずはサントラ盤だ。完全版CDにはオリジナル・マスターテープに入っていたものが16曲収録されているが、ここは飛ばして実際に映画で使われた音源を聴く。この10曲はスクリーンで効果的に響き、且つシーンとマッチするようにエコーがかけられているので、本来のマイルスの音と違うとはいえ臨場感たっぷりだ。

 ここから公式盤を辿ると次は58年の「Milestones」、キャノンボール名義の「Somethin' Else」、ミシェル・ルグランの「Legrand Jazz」、マイルスとモンクが共演していると騙される「Miles & Monk at Newport」、ギル・エヴァンスと組んだ「Porgy and Bess」、ビル・エヴァンスが参加した「Jazz at the Plaza」、そして59年の「Kind of Blue」。名盤読本に書いてあるモード云々というのはどうでもいい。問答無用のジャズ史上最高の名盤である。あのレコードはいいとか、このアルバムは素晴らしいと絶賛されてもせいぜい片面か1曲だ。極論を言うとワンフレーズだ。ところが「Kind of Blue」は個々の曲がそれぞれに完成されている。筋金入りのジャズファンでも並び順に全曲すらすら出てくるのはこのレコードぐらいだろう。

 A面を聴き終えてB面にひっくり返したときの興奮と感動が今でも甦るのが「All Blues」だ。多くのカバーから「Introducing Eric Kloss」を出してみた。タイトルの如くデビューアルバムで、パイプをくわえているので大人びて見えるが驚く勿れ若干16歳だ。サングラスをかけているので気付かれたかも知れないが盲目のテナーもアルトもこなすサックス奏者である。11歳でトリスターノと共演したというから天才といっていい。ドン・パターソンのオルガンのバックからやんわりとテーマに入ったあとのアドリブが凄い。上下、左右と音がクロスするのだ。粗削りではあるがその後数多くのリーダー作を発表するだけのサムシングが聴こえる。

 「Kind of Blue」が発表されてから60年近く経つ。ジャズを聴きだして50年ほどになるが、その前の10年溯っても、リアルタイムで聴いた50年を振り返ってもこれを超えたジャズアルバムを聴いたことがない。CD時代になってから手軽にアルバムを作れることも手伝っておびただしい量の作品が出ているが、それらを100枚聴くより、これを100回聴いたほうがジャズの本質に触れることができる。何度聴いてもゾクゾクするレコードはざらにはない。

ジャンヌ・モローとマイルス、エヴァとビリー・ホリデイ、悪女と l'argent

2017-08-13 06:28:24 | Weblog
 2013年12月15日に「ジャズというクール・ビューティをまとったジャンヌ・モロー」のタイトルで映画「クロワッサンで朝食を」を話題にした。まさかこれが遺作になるとは・・・この時84歳とはいえ矍鑠としていて女としての色気も失われていない。映画を観てこんな風に年を取りたいと憧れた女性もいただろうし、連れ添いもあのように美しく老けてほしいものだと願った男性もいたかもしれない。

 ヌーヴェルヴァーグ・ファンにとっては女神的存在だが、ジャズファンの間でも有名な女優だ。ビリー・ホリデイの「Willow Weep For Me」から「エヴァの匂い」、モンクとブレイキーの「No Problem」は「危険な関係」、そしてマイルスといえば「死刑台のエレベーター」とモローに結びつく。まずはジャズありきでこれらの作品を観てモローの魅力に触れた方は多いはずだ。特にマイルスがフィルムを観ながら即興で吹いたという「死刑台のエレベーター」は、ルイ・マル監督の才能が高く評価された作品であり、モローが女優として開花した重要な映画である。クールなトランペットの音色が似合うモローがあまりにも美しい。

 この3作品の他にもジャン・ギャバンの代表作で、ハーモニカが印象的な「グリスビーのブルース」を使った「現金に手を出すな」、王妃マルゴを演じた「バルテルミーの大虐殺」、フランソワ・トリュフォー監督の傑作「突然炎のごとく」、オーソン・ウェルズが監督したフランツ・カフカの不条理文学「審判」、モローの脚の美しさに溜息がこぼれる「黒衣の花嫁」等々、素晴らしい作品ばかりだ。どれも邦題が優れていて、タイトルだけで興味をそそる。アメリカ映画だと原題そのままでも伝わるが、フランス映画はそうはいかない。配給会社のひねりは見事だ。原題「Eva」に「匂い」を付けた方に脱帽。

 若いころは名画座でかかるのを調べて遠くでも出かけたものだが、ビデオを簡単に鑑賞できるようになってからは久しく観ていない。お盆休みは贅沢にモロー三昧にしようか。その前に朝食だ。今日はクロワッサンと決めている。「エヴァ、世界でいちばん好きなものは何だ?」、「l'argent」と嘯くモローのカッコいいこと。銜え煙草が似合う悪女を演じたら右に出る女優はいない。享年89歳。合掌。

ダイナ・ワシントンは名前すら知らないピアニストを雇った

2017-08-06 09:24:00 | Weblog
 先週話題にしたジョー・ザヴィヌルはシンセサイザー奏者としてフュージョン世代に人気がある。また、日本のファッション誌「Z」の表紙を毎号飾っていたことから知名度も高い。マイルスの「Bitches Brew」や、1971年に結成されたウェザーリポートの立役者としてつとに有名だが、意外なことにそれ以前の音楽活動は知られていない。キャノンボール・アダレイのバンドにいたことは前稿で紹介したが、その前は・・・

 Wikipediaによるとメイナード・ファーガソン楽団に採用されたあと、いきなりキャノンボールに飛ぶ。この間は書かれていない。この楽団は数箇月でクビになるが、在籍中テナー奏者が軍隊に召集されたことからオーディションをすることになり、これに立ち会っている。ジョージ・コールマンにエディ・ハリス、ウェイン・ショーターが受け、合格したのはショーターだった。キャリアのスタートに盟友と出会っている。解雇された経緯は機を改めるとして、キャノンボールのバンドに参加する前の2年間はダイナ・ワシントンのバックバンドにいた。メンバーはツアーや録音で流動的だが、参加した当時のメンバーが凄い。ケニー・バレルにリチャード・デイヴィス、ロイ・ヘインズだ。

 ジョーがバンドに入ってから2週間後にレコーディングが行われた。ジョーの音はミックスダウンの段階でほとんど消されているのが残念だが、ダイナ最大のヒット曲「What a Diff'rence a Day Makes」である。ダイナといえばクリフォード・ブラウンと火の出るようなセッションを繰り広げた「Dinah Jams」が人気盤だが、ストリングスをバックにしたダイナミックな歌唱も魅力だ。タイトル曲は勿論だが、サミー・カーンとジュール・スタインの名コンビが書いた「It's Magic」がグッとくる。ドリス・デイをスターにした曲だが、ソウルフルでハスキーな声も曲調に合っていて聴き惚れる。ブルースの女王の魔法なのだろう。

 ダイナとジョーが初めて出会ったのはアトランタのマグノリア・ボールルームでファーガソン楽団がダイナの前座を務めたときだ。その後バードランドで再会したとき、「アトランタでブルースを弾いていた人じゃない?」と声をかけられた。次の晩、ヴァンガードでのオープニング・ナイトに招待されたジョーはそこで何曲か演奏する。そのステージの上で採用が決まったという。「彼女は私の名前すら知らなかった」とジョーは回想している。縁は異なものだ。

アダレイ兄弟の絆とザヴィヌルの野望

2017-07-30 09:20:50 | Weblog
 「ナットはずっとビバップ・プレイヤーとして活動してきた。そのスタイルに慣れていたんだ。キャノンにはもう少し柔軟性があった。・・・ナットとキャノンが公然と争いをしたことはない。お互いに合わせようと、並外れた努力をしていたからね。兄弟だからといって自然にできることではない。だから、新しいサウンドを取り入れようとしていたジョーと、保守的なナットの間に争いがあったと言うほうが正しいだろう。」

 オリン・キープニュースの回顧が、文中に登場するジョー・ザヴィヌルの評伝「ウェザー・リポートを創った男」(ブライアン・グラサー著、音楽之友社刊)に紹介されている。フュージョン界で有名なジョーだが、61年から9年間キャノンボールのバンドに在籍しており、大ヒット曲「マーシー・マーシー・マーシー」はジョーが作った曲だ。60年代といえばボサノヴァにモード、フリージャズ、エレクトリック楽器の導入等で混沌とした時代だった。ジョーが新しいことを目指すのもうなずけるし、ナットが守ろうとしていたものもわかる。結果、ジョーがバンドを去ることで決着が付くわけだが、ファンキー臭漂うコンボが一つくらいあってもいい。

 1989年にスイスでライブ録音された「We Remember Cannon」は、兄に捧げたもので、かつてのコンボの意志を継続したスタイルだ。カフェボヘミアでの因縁の曲「I'll Remember April」に始まり、兄弟バンドを支えたサム・ジョーンズの「Unit 7」、十八番の「Work Song 」と続いて、ヴィンセント・ハーリングをフューチャーした「Soul Eyes」でクライマックスを迎える。マル・ウォルドロンらしい思索的なメロディーを持った曲だ。キャノンボールがデビューしたときパーカーの後継者と騒がれたように、ハーリングもまたキャノンボールの再来と言われたアルト奏者である。 レコード会社の宣伝に過ぎない常套句ではあるが、在りし日の大砲を彷彿させるフレーズはよどみがなく、音色は美しい。

 ジョーがマイルスから誘いを受けていたころ書いた曲に「In A Silent Way」がある。キャノンボールの前で演奏したとき、「美しい曲じゃないか。サイレントな感じだ」と言ってナットがこのタイトルを付けたという。どちらがこの曲を録音するかで揉めたが、「私はとても忠誠心の強い人間だ。だが、この曲はマイルスがやるべき曲だ」とジョーは言った。もし、キャノンボールが録音していたら69年のジャズシーンは変わっていたかも知れない。

飛行帽子の似合うモンクが文春砲に狙われた!?

2017-07-23 09:41:47 | Weblog
 「酷暑」の文字が新聞の見出しを飾っている。7月に10日連続の真夏日が続くのは北海道で20年ぶりという。札幌ドーム付近の緑豊かな郊外に住んでいるので、さほど暑さは感じないが、たまに街中に出るとヒートアイランド現象も手伝って一気に脱水状態になる。朦朧として砂漠でもないのにチコ・ハミルトンの「Blue Sands」が聴こえてきたので、水分補給のため近くのカフェに飛び込んだ。

 いつもなら昼間でもビールを飲むが、生憎車で来たのでアイスコーヒーにする。クーラーと冷たい水で少しばかり落ち着いたので、マガジンラックを覘く。思わず、あっ!と声が出た。何とセロニアス・モンクの「ソロ・モンク」があるではないか。いや、正確に言うと雑誌の表紙にあのポール・デイヴィスのイラストが描かれている。週刊文春の7月13日号だ。さてはモンクとニカ男爵夫人のスキャンダルが文春砲の餌食になったか。そんなわけがあるはずもなく、ペラペラ捲ってみると安倍蕎麦屋の「かけもり」問題に、どうでもいい芸能人の離婚ネタだ。イラストは和田誠さんが描いたものだが内容とは全く関係ない。

 モンクのソロといえば54年のヴォーグ盤、57年の「Thelonious Himself」、59年「Alone in San Francisco」、64年の本作、71年のブラック・ライオン盤がある。モンクの真骨頂はソロにあると言われているだけあり、どのアルバムもワン・アンド・オンリーのモンクのピアニズムが堪能できる。その反面、苦手にされるリスナーも多い。そんな方にも抵抗なく受け入れられるのが、このコロムビア盤ではないだろうか。格調の高さは変わらぬが、他のアルバムと比べるとややリラックスした印象を受けるし、明らかに内より外に向かっている。プロデューサーにテオ・マセロのクレジットをみると納得するかも知れない。

 このジャケットをよく見てみよう。飛行帽子と服と戦闘機、そして背景の濃淡は一音でそれとわかるモンクの音を色に置き換えたものだ。同じトーンで独特のムードを醸し出すフレーズまでもが聴こえてくる。対して「Solo Monk」のタイトル文字、ゴーグル、スカーフの白は不協和音というコントラストなのだ。そして、彼方を見る目はジャズシーンの先を見据えているようだ。そう言えば交番にこのジャケットが貼られていた。非行防止。

もし、あなたがジャズ喫茶のマスターなら7月17日に何をかける?

2017-07-16 09:30:19 | Weblog
 明日7月17日はビリー・ホリデイとコルトレーンの命日にあたる。親の命日は忘れてもこの日を覚えている罰当たりなビリーのファンやコルトレーン信者は多い。ジャズ喫茶全盛の1970年前後は必ずと言っていいほど各店で特集が組まれた。昼は通常営業で夜にコルトレーン。ビリーとコルトレーンをバランス良く流す店。時間帯で企画を立てる店がほとんどだったが、中には一日中どちらかを徹底的に流す店もあった。

 さて、もしあなたがマスターで、ビリー・オンリーの日なら何をかけるだろうか?コロムビア時代からデッカ、ヴァーヴと順を追ってかける。コモドア盤を中心に全盛期に絞る。オーケストラをバックにじっくり聴かせるものと、コンボと丁々発止のセッションを交互にかける。どのレコード選びも楽しいが、不世出のシンガーを延々と聴くとさすがに飽きるだろう。そこでインスト物をはさむ。まず大定番、マル・ウォルドロンのレフト・アローン。ストリングスをバックに詩情豊かに吹き上げるジョニー・グリフィンの「White Gardenia」。ジーン・アモンズの「Got My Own」もいい。ズート・シムズの「For Lady Day」もある。

 そして、ウェブスター・ヤングの「For Lady」。ジャケットがいい。とてもプレスティッジと思えない。女性の立ち位置が不自然なのは、向き合っていた人がいたからだ。それを編集して敢えて一人にしたことで後姿から伝わるものが大きくなる。ヤングはトランペット奏者であるが、ここではコルネットを吹いている。録音は1957年で、ビリーが麻薬や離婚で苦悩していた時期だ。その哀しみを代弁するかのように音色は物悲しい。そこが心を打つ。バイス・プレスと呼ばれたポール・クィニシェットとマルの参加もビリーの作品集としての価値を一段と押し上げている。静かなる傑作とはこれをいう。

 レコードという文化も消えつつあり、ジャズ喫茶で全てを学んだ世代は寂しい限りだが、先日、ソニーがレコードの自社生産を再開するというニュースが伝わった。何と29年ぶりだという。レコードを知らない若い世代にこそ聴いてもらいたい。CDやパソコンでは味わえない深くて豊かな音がそこにある。ジャケットからゆっくりレコードを取り出し、ターンテーブルにのせる。そして静かに針を落とす。そこには仏壇に向かうような厳かな空気が流れる。

Alright, Okay, Fighters Win

2017-07-09 09:22:44 | Weblog
 今日は年に一度の「ザ・ピクニック」だ。黒岩静枝さんを中心に「DAY BY DAY」のメンバーと仲間たちが札幌ドームに集い、日本ハムファイターズを応援するイベントである。どこがピクニックなのか?試合が始まる前に屋台が立ち並ぶオープンテラスでシートを敷いて宴会をするからこのネーミングになった。回を重ねるごとに参加人数が増え今年は16人だ。試合は勿論のこと、これが楽しい。

 対戦相手はソフトバンクで、7日8日と負けているので今日はどうしても勝たなくてはいけない試合だ。勝ちに結ぶつく曲はないかと「victory、win、beat、defeat、thrash」という単語から思いつくまま曲名を巡らしていたら、「Alright, Okay, You Win」があった。先週話題にした「Tennessee Waltz」同様、黒岩さんのレパートリーでもある。恋に落ちた瞬間をゲームの勝敗にたとえた歌で、先に惚れた方が負けというわけだ。勝ったあなたの言うことは何でもするけれど、私があなたを愛しているように私を愛してほしいとか、恋人になってくれるなら抱きしめてほしいと、要求の多い小悪魔的ラブソングである。

 歌の内容から察するとミュージカルや映画の曲にみえるが、1955年に独立して書かれている。最初のヒットはベイシー楽団をバックにしたジョー・ウィリアムスだが、この曲を有名にしたのはペギー・リーだ。ユーモラスで楽しいスウィング感を出しているのは勿論のこと、凛としたクールさも兼ね備えているので原曲の持ち味を引き出すには最高のシンガーといえるだろう。バックはジャック・マーシャル指揮のビッグバンドで、ピート・カンドリをはじめミルト・バーンハート、バーニー・ケッセル、シェリー・マンという名手が脇を固めている。絶妙なタイミングで入るアンサンブルは勝利の雄叫びのようだ。

 チケットは団体で購入した。割引が効くし、一般よりも早く買えるので同じ席種でもいい場所をおさえることができる。野球観戦は色々な楽しみ方がある。一人でゆっくりビールを飲むのもいい。家族で打球の行方を追うのも楽しい。仲間と監督気分で采配するのも面白い。大勢で応援するのは盛り上がる。今日は勝ちに結びつくよう大きな声援を送りたい。ゲームセットで黒岩さんが歌うのは、「Alright, Okay, Fighters Win」と決まっている。