徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第七十一話 生き残る…地獄…。)

2006-09-08 22:05:30 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 おおばばさま…この世の終わりです…。 火の雨が降り…地は沈むでしょう…。
最早…どうすることもできません…。

 天の怒りに触れたのじゃ…。 滅びは…致し方のないこと…。
そうならぬように…さんざんご忠告申し上げたが…無駄じゃった…。

この国をこのような姿にしておいて…奴等は…すでに逃れたのでしょうか…?
何という無責任な者たち…恥知らず…。

 おそらくのぅ…だが…奴等もほとんどが滅びた。
残った者たちに未来へ繋がる記憶を刻み込んだということだが…。

 未来へ繋がる記憶…では…またこの国の悲劇がどこかで繰り返されると…?
こんなひどいことが再び引き起こされるのですか…?

 こうしたことは…人が存在する限り…幾度となく繰り返されるものなのだよ…。
愚かなことではあるが…これが初めてというわけはなく…これが終わりというものでもない…。
だが…未来には…すべてが失われる前に…過去に学んでくれる者が現れると信じよう…。

 ですが…この悲劇をどうやって後世に伝えられますか…?
逃げ延びた奴等はきっと真実を話さない…我々はもう…逃れる術を持たない…。

 おまえは…その力を認められて見習いになったばかり…まだ幼い。
我々はこの悲劇の記憶を未来へと繋げるために…おまえの魂をトツクニの予言の母の胎内に移すことにした。
 いまひとり…王に…諫言して幽閉されておられた偉大なる王弟の記憶も…いつか国を再興できるようにと願い…トツクニの母の胎内に刻む。
お気の毒に…王弟はすでに薨去あそばされていた…。

おおばばさま…私だけが生き残るなどとそのようなことはできません…。

 生き残る方が地獄ということもある…ここで我々とともに滅びた方が幸せかも知れぬ…。
だが…おまえにはこの悲劇を語り継ぐ使命があるのじゃ…。 
 時を越えて生きよ…。
せめて…おまえが再び生まれ育つ国だけは…この国と同じ轍を踏まぬように…。



 降り出した雨の音が暗闇の中で響き渡る…麗香と智明は同時に眼を覚ました。
薔薇の館のそれぞれの部屋で…まったく同じ夢を見た。
ふたりの中にある天爵ばばさまの記憶…。

 なぜ…姉弟同時にその記憶が存在するのかは分からない…。
通常は後継者だけが引き継ぐはずの記憶なのに…。 
 智明が麗香に気を使ってオネエを装っているのも…その記憶があるからだ…。
姉弟の間でお家騒動に発展しないよう伏線を張っている。

 麗香と暮らし始めたのは高校の終わり頃…母が亡くなって引き取られた。
先代によって指名された麗香がばばさまの後を継ぐ数年前のこと…。
 麗香もひとり…智明もひとり…父親で繋がっているとは言え…それまでほとんど会ったこともない異母姉弟だった。

 麗香がばばさまになってからは…まるで影のように寄り添い…己を犠牲にしてひたすら麗香のために働いた。
麗香のため…今もそれは変わらない…。

 しかし…今回のことで庭田家の顔となったのは各地の有力な家門に危機を説いてまわっている智明の方で、薔薇の館の奥深く神秘のベールに包まれた美貌のお告げ師天爵ばばさまではなかった。

 外との交渉はすべて智明の仕事だから…結果的にそうなっただけのことだが…麗香の周りには…それを抜け駆けと見る者もないではなく…うんざりするような陰口も時折耳に入ってきた。

 馬鹿言ってんじゃねぇよ…。 
お姉ちゃまのためだから…苦労して…飛び回ってんじゃないかよ。
 自分のためだったら…はなっから動きゃしねぇ…。
こんな割りの合わねぇしんどい仕事…すぐにでもほっぽり出してやらぁ…。

 そう啖呵切れたらどんなにスーッとすることだろう…。
いいんだ…もう…何言われたって…。 誰がどう思おうと…かまやしないさ…。
紫苑だけは…分かってくれる…信じてくれる…。
 
 「スミレ…起きてる…? 」

 静かにドアが開いて麗香の囁くような声がした。
どうしたの…お姉ちゃま…? 
ベッドの上に半身起こしてスミレが訊いた。

 「また…あの夢よ…。 これで何度目かしら…いい加減疲れちゃったわ…。 」

 よっこらしょ…。
麗香はスミレのベッドの中に潜り込んだ。
スミレは身体を移動させて麗香が転げ落ちないように場所を広げた。 

 「う~ん…久しぶり…。 スミレの寝床…スミレの匂いがするわ…。
おまえもやっぱり男ねぇ…女の匂いじゃないわね。 」

 当たり前じゃない…今更…何言ってんのよ…。
スミレは憤慨した。 私は正真正銘の男よ! 

 「分かってるわよ…。 冗談よ…。 」

麗香は可笑しそうに笑った。

 「智明…これから先…何があるか分からないから…言っておくわ…。
万が一…私にことが起きた場合には…おまえが庭田の指揮を取りなさい…。
他の誰かに譲るなんて馬鹿な真似は絶対にしてはいけない…。

 おまえが後を引き継ぐのでなければ庭田はその時点で終わりよ…。
この家は代々のばばさまが指名した者でなければ動かせない。
ばばさまの魂はその者だけに宿るのだから…。 」

 お姉ちゃまったら…縁起でもないこと言わないで…。
今は我慢の時よ…。 焦らないで…じっくりとチャンスを待つの…。
 裁定人の宗主からも紫苑を通じて内々にご忠告を頂いてるわ…。
庭田のためにも慎重に行動するようにと…。

 「紫苑は…頼れる人よ…。 宗主も義に厚いお方だわ…。
家門の垣根を越えて…きっと…おまえの力になってくれるでしょう…。 」

 もう…そんなことばっかり…。
弱気になっちゃだめなんだからね…お姉ちゃま…。

 雨脚がさらに強くなった…。
気まずさと遣る瀬無さだけがトグロを巻く…闇の中で会話が途切れた…。
 沈黙の中に降りしきる雨…。
大地を蹴り…草木を弾き…岩を穿ち…。

 生き残る方が地獄ということもある…。
夢の中のおおばばさまの言葉がやけに耳に残る…。

 思い過しよ…と呟く…。
お告げ師に…思い過しなどないものを…。



 内室方のエージェントによって再び議員や官僚の調査が行われ…タイプ別に分類されたリストが出来上がった。
それによれば…ほとんどの議員や官僚は無害化されていて問題は無かったが…有力な議員や官僚の中に数名…該当者が居た。

 最も眼をつけられていそうなのが…将来の総理大臣を嘱望され…政界の中心人物となるだろうと期待されている若手…と言ってもすでに中堅どころだが…の議員。
そして…彼を取り巻く官僚たち…。

 教育・福祉の充実・諸外国の尊敬を受けるに値する素晴らしい国家等々…夢のような未来を並べ立て雄弁に語る…耳障りのいい言葉は人々を惹きつけ…ちょっと考えれば如何に危険なことを言っているかが分かりそうなものだが…相手に熟慮する隙を与えない…。

 これまでのHISTORIANの言い方からすれば…彼はオリジナルの特徴を備えているように思われるが…信じられないことにワクチン系である。
とても…パシリ三宅と同類とは思われない…。

ちなみにオリジナル系の添田は別に世の中をひっくり返そうとは考えていないし…黙々と任務を遂行する真面目型である。

つまりは…多少の影響はあるかもしれないが…プログラムが完全に性格を左右することはないと考えられる。

HISTORIANが彼を使ってどう動くか…。
24時間体制エージェントたちの監視が始まった。

ところが…。

 監視が始まってすぐに監視する必要がなくなってしまった。
誰よりも有望だった彼があっけなく潰されてしまったのだ。

 武器の不正輸出発覚…正確には武器そのものではなく…輸出先で手を加えれば大量破壊兵器などの開発に使われる可能性があるという代物…。
それを国際的に懸念されている国へ輸出していた…。

 貨物の中で規制リスト品目に該当するものは…輸出の際に許可を取らなければならないことになっている。
しかし…規制リスト品目以外の貨物でもキャッチ・オール規制によって許可を受けなければならない品目がある。

 経済産業省からインフォームを受けた場合には必ず事前許可が必要だが…そうでなければ輸出者においてその貨物が許可を必要とするものか否かを審査する必要があり…慎重な判断を迫られる。

 一般人には想像もつかないだろうが…例えばクレーン車やダンプがミサイルに…ガラス繊維が核兵器などに使用される可能性がある…。
 輸出する相手国とその用途…それが安全か否か…。
無論…経済産業省では輸出に際しての事前相談を行っているから…その国や用途に危険性があるかどうか知りませんでした…では済まない…。

 勿論…議員自身が直接その件に関わっていたわけではない。
そこの社長個人から彼の資金管理団体が献金を受け取っていたことが明るみに出てしまった…。
 彼のイメージは大幅に崩れ…人気もガタ落ち…。
議員としては残れても…トップに立つ可能性はなくなった…。



 「動かす駒をひとつなくしてHISTORIANも痛手だな…。 」

 新聞片手にコーヒーを飲みながら滝川が面白そうに言った。
恭介…たっぷりとバターを塗ったこんがりトーストを輝の手が滝川に渡した。
お…ありがと…滝川はちょっと嬉しそうな顔で受け取った。
 
 世話焼きの輝は自分もパンを齧りながら…さっきから西沢や滝川にせっせと焼けたトーストを配っている。
ノエルのパンにまでバターを塗ってくれた…。

 「HISTORIANの目論見が外れたのはいいとして…このタイミングで誰が…タレこんだのか…そこが気になるんだよ…。
内室方のエージェントたちじゃないことは確かなんだ…。 」

バターの滴り落ちそうなトーストをどう齧ろうかと見回しながら西沢が言った。

 いつ食べているんだろう…と思うほどに輝はみんなに声をかける。
お醤油かけ過ぎよ…紫苑…。 ノエル…ほうれん草に胡麻振った方がいいわ…。
恭介…コーヒーのおかわりは…?

まるでみんなのお母さんみたい…とノエルは思った。

 輝が来て合宿生活のようになったけれど…協力し合って愉快に暮らしている。
懸念された滝川とのバトルもなく…極めて仲良し…本物の夫婦みたい…。

 本来ならノエルが輝の面倒を見なければいけないのだが…ノエル自身が妊婦さんだから…滝川におんぶに抱っこで申し訳ないと思っていた。
 
 そのことを滝川に話すと…気にしなくていいぜ…結構楽しんでんだ…と笑った。
それに…このマンション内じゃ…どうやら僕が輝の子のお父さんだってことになったらしい…。
かえって…悪いな…ノエル…おまえだってお父さんになりたかったのにさ…。

 そう…それがちょっと切ないところ…。
輝さんと同時期に妊娠なんてタイミングが悪過ぎ…。
お父さんの役目も果たせないままに…お母さんで居なきゃならない…。

輝さんにも悪いや…何にもしてあげられなくて…。

 あら…いいのよ…。 ノエルには面倒をかけないって約束で作ったんだから…。
それに…紫苑も恭介も…何だか楽しそうよ。

名前考えた…名前…? 

まだなんだよ…おまえは…?

何で…僕が考えるんだよ…それ…ノエルの仕事だろ…。

えっ…僕が考えるの?

なに…寝ぼけてんの…きみがお父さんだろ…。

えぇっ…考えてなかった…。

頼りねぇの…。

 寄せ集めのような家族に…間もなく新しい仲間が増える…。
問題はあっても身近な者の祝福を以って迎えられる命…。

 僕が生まれた時には…誰かひとりでも喜んでくれたのだろうか…?
ふたりめということもあって少しは気持ちの余裕も出てきた西沢の胸に…実母から要らない子と言われた自分の姿が浮かんだ。

 こんな思いは決して…きみたちにはさせない…。
だから…安心して生まれておいで…。

まだ見ぬ子らに…そう語りかけた…。










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