徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第七十話 叩いてはだめ!)

2006-09-06 17:43:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 別に意図したわけじゃないわ…と輝は空惚けた顔をして笑った。
身体は細身なのにノエルとは違って御腹が目立つ。
輝はどう見ても妊婦さん…。

 西沢も身重の女に難癖つけるほど大人気ないまねをする気はない。
まして未練がましい素振りなど…微塵も見せてはやらない。
落ち込んだ僕を期待しているなら…お気の毒さま…はずれだね。

 「それより…紫苑…この近くに手頃なマンションかアパート知らない…?
今は工房に住んでるけど…ここからちょっと離れてるじゃない…。
 この子が産まれてもなかなかノエルに会わせてあげられないから…いっそ住居だけこちらへ移そうかと思うのよ。 」

 マンションかアパートねぇ…。 
西沢は首を傾げた。これといって近くにいい物件は思いあたらなかった。
何しろ意識して見てないので…。

 「このマンションなら持って来いだけど…今…満室だしなぁ…。
駅前に不動産屋があるからあたって見たら…?

 僕も西沢本家からの独立を決めた時にそこへ行ったぜ…。
部屋決めた途端に…養父に連れ戻されたけどな…。 」

結局はその不動産屋から買い取ったこの部屋に閉じ込められたってわけだが…。

 「何なら…僕の部屋…305号室…半分使ってもいいぜ…。
仕事場はスタジオだし…休みの日はほとんどこっちで過ごしてるんだし…寝に帰るだけだから…。
 寝るのもこっちって時もあるし…。
寝室と機材入れるクローゼットさえ残しといてくれれば…さ。

 居間とキッチン…トイレと浴室は共同になっちゃうけど…それでもよければ後のふた部屋使っていいよ。
但し…ここよりは狭い。 
紫苑の仕事部屋はふた部屋分を繫げたものだけど…僕のところは普通にひと部屋だからね…。」

 恭介の…部屋ぁ…?  マジで…か? 
滝川の不意の申し出に西沢もノエルも瞬時固まった。
犬猿の仲と自他共に認めている…このふたりが同棲するのぉ…?

 まあ…天敵か…と言われるほど相性の悪いふたりだが…逆に相性が良過ぎてぶつかってるってこともないわけじゃないし…御腹大きいんだから…ひとりでいるよりは何かって時に安心だろうしな…。

 それも案外…いいかも知れない…と思い直した。
だめならだめで…産まれてから…また考えりゃいいし…。

輝はしばらく考え込んでいたが…悪くはないわね…と言い出した。

 「恭介と同棲するなんて思ってもみなかったけど…。
だけど恭介…子どもが産まれたら…あんたがお父さんと間違えられるわよ…。 」

独身なのにお父さんよ…お父さん…平気なの…?

 「僕は独り身だもん…誰に何言われようと構ったもんじゃないけど…おまえが他所から子連れで紫苑の部屋に通ったら…紫苑の子と間違えられるだろ…?
その方がややこしいじゃん…。 
僕の部屋から出掛ける分にはママ同士のお付き合いとしか思われないよ…。 」

 あっ…そうかぁ…ノエルは世間的にはお母さんだもんねぇ…。
疑いは紫苑に向けられるかぁ…。
なるほど…と納得したように輝は頷いた。

 そんなこと一向に構わないけどさ…ノエルの子は僕の子みたいなもんだし…。
西沢がそう言うと…輝はふふんと鼻先で笑った。
何だよ…その笑い…。

 「そんなら…恭介…お言葉に甘えさせて貰うわ…。
ちゃんと家賃払うからね…。 」

いいよ…そんなもん…どうせ使ってない部屋なんだから…。


 
 出産予定日にあまり近付くと引越しも大変なので…輝は早々に滝川の部屋へ移ってきた。
引越とはいっても家具などは工房にある部屋に置いたままだから…正に身ひとつ。
いくつかのスーツケースに着替えと日用品を詰めたりしただけ…。
必要なものはこちらで買うつもりだった。

 「ここ…なかなか快適ね…。 
作り付けの棚や箪笥が結構あるし…余分な買い物しないで済みそうだわ…。 」

 毎週…掃除のおばさんが来ることになってる…。
おまえが気にならなきゃ…それ以上やる必要はないよ…。
食器も調理器も好きに使って貰っていいし…エアコンも付けといたから…。
そう言って…滝川は合鍵を渡した。

 今まで恋人として西沢の部屋へ出入りしていた輝の御腹が…しばらく見ないうちに大きくなったと思ったら…突如…滝川と同棲を始めた…。

 管理人の花蓮おばさんは…昼ドラ紛いのこの出来事に興味津々…。
ワイドショーより面白いらしく…ことあるごとに顔を出した。

 少し煩わしくはあったけれど…このおばさんはたいそう世話好きで話好き…。
有名人ということで浮いてしまいそうな西沢と滝川がマンションの住民たちとトラブルもなく穏やかに過ごせるのも…このおばさんの口八丁の賜物だ。
こちらが愛想よくしておけば万事上手くことを運んでくれる。

 「いいのよぉ…滝川さんのだと思っとけば…。
そりゃあんた…西沢さんのかも知れないけど…そんなことどっちだっていいわ。
 いちいち面倒くさいこと考えんでも…ひょっとして他のかも知れないんだし…。
ここでは滝川さんがお父さんってことにしちゃえばいいの! 」

 花蓮おばさんがそう宣言すれば…このマンションではそういうことになり…輝も誰に何を詮索されることもなく静かに暮らせる。
 顔を合わせない形式のマンションではあっても人の眼と口は案外うるさいから、最初にズバッと言い切って後で有無を言わせないのもひとつの手。
敵にまわすと厄介だが…味方につけておけばまあまあ便利な人である。

 取り敢えず…お父さんは滝川…で話がついたらしい。
滝川にとっては濡れ衣…迷惑な話だが…マンション内はそれで…丸く収まった。
 
 定休日…ノエルは吾蘭をベビーカーに乗せて買い物に出かけた。
西沢が外の仕事に出ているので今日はひとり…。
吾蘭も重くなってきているけれど…御腹も重い…。
 時々貧血は起きるけれど今回は悪阻があまりひどくなかったから吾蘭の時よりは体力があるはずなのに…それでも結構しんどい…。

 今日要るものだけ買っとこ…。
後は紫苑さんの居る時に買えばいいや…。

 外に出られるので吾蘭は上機嫌である。
すぐ傍の駅前のスーパーへ行くだけでも吾蘭にとっては情報収集の場…。
触りたいものがいっぱい…行きたい場所がいっぱい…。
 
 「ノエル! 」

 スーパーの前で悦子が声をかけた。
久しぶりぃ…アランくん…お元気ぃ…?
 綺麗なお姉さんに声をかけられて吾蘭ご機嫌倍増…さすが紫苑の息子。
めいっぱい愛想を振りまく。

 悦子はこの春…修行先のブランカから実家の喫茶店に戻ったが、場所が近いので買い出しは相変わらずこのスーパー…。
御腹の重いノエルの代わりにベビーカーを運んでくれた。

 キャ~かわいい~! 
通りすがりの女の子たちが西沢似の西洋人形のような吾蘭を見て声をかけたり頭を撫でたりしてくれる。
 ご満悦の吾蘭…ア~とかウ~とか言ってちゃんとお姉さまたちと会話をする。
こいつ…相当な女好き…ノエルの笑顔が引きつった。

 買い物を終えて店に戻る悦子とスーパーを出たところで別れた直後…ノエルはまた誰かに声をかけられた気がした。

 「高木くん…お久しぶり! 」

スーツ姿の三宅が立っていた。

 「三宅…! おまえ…元気してんの? なに…仕事? 」

 まあまあ元気…。
この近くに住んでいる書家の所へ頼んであった原稿を受け取りに来たという。
ベビーカーを押すノエルの姿を見ても驚かないということは…ノエルの秘密に気付いたか…。

 「あ…この子がアランくんだよね…西沢さんとこの赤ちゃん…。 」

西沢さんとこの…? あ…気付いてねぇな…助かり…。 けど…すげぇ鈍感…。

三宅が膝を曲げて覗き込んだ途端…吾蘭の表情が強張り…火がついたように泣き出した。

 わ…泣かせちゃった…どうしよう…。
さっきまでの上機嫌は何処へやら…大泣きする吾蘭…まるで怖いものに襲われでもしたみたいに…。
赤ん坊を扱った経験のない三宅は当惑した。

 「ああ…大丈夫…多分もう眠いんだ…。 
さっきまで大興奮してはしゃいでたから疲れたんだよ。 」

 ノエルがそう言うと三宅は安心したように頷いた。
何か言いたげだったが…吾蘭が泣き止まないので話にもならない。
 それじゃあ仕事の途中だから…また…西沢さんたちによろしくね…。
三宅は軽く手を振って立ち去った。

 ぴたっと吾蘭が泣き止んだ。 信じられないほどのタイミングで…。
また…にこにこと愛想を振りまいている。
ワクチン・プログラムの完全体に…反応したんだろうか…?
ノエルの脳裏を不安が過ぎった。

 マンションに戻ってからも吾蘭は機嫌がよかった。
管理人室から顔を覗かせた花蓮おばさんにもちゃんと笑顔を見せた。

 玄関先からはいはいしてベビーサークルの所まで行く。
ノエルは吾蘭の手を拭いてやり…サークルの中に入れてから果汁の入った哺乳瓶を渡した。

 買い物の片付けをしている間…吾蘭はひとりで果汁を飲み…ノエルが戻ってきてオムツを替える頃にはごろんごろんを始めた。
 あっちへごろん…こっちへごろん…。
よっこらしょ…とノエルがすぐ脇で横になると慌ててそちらへ転がってきた。
 普段仕事で一緒に居られない分…甘えたいのか…しがみつくようにぴったりとくっつく。
ノエルの手が優しく背中をとんとんと叩くと…やがて…ゆっくり夢の世界へと飛んでいった。

 西沢が戻ってきた時…ノエルはまだ眠っていて…吾蘭の方が先に目覚めていた。
居間に入って最初に見た光景は…吾蘭の振り上げた両手がノエルの御腹を直撃するところだった。

 痛っ! ノエルが顔を顰めて眼を覚ました。
両平手だし…赤ん坊のすることだからさほど響きはしなかったが…結構痛かった。

西沢が急いでノエルを叩いた吾蘭の手を取った。 

 「アラン…だめだよ! 悪いおててだ! ノエルの御腹が痛い痛いだろう!
こんどパンしたらお父さんがアランのお尻をパンするよ! 」

 小さな赤ん坊に何処まで理解できるか…それは疑問だが悪いことは悪いと伝えなければならない。
吾蘭はきょとんとしていたが…叱られたのは分かったようだ。

 繰り返し教えていくしかない…。
叩いてはだめ…ということが理解できるようになるまで…。

 なぜ…御腹を狙ったのか…母親を起こすなら…普通…顔を狙うよな…。
まさか御腹の胎児を…攻撃したとか…?
いや…赤ん坊のすることだから…意味はないのかも知れない…。

 ついつい神経質にすべてを深く考えてしまう。
あまり良くないことだとは分かっているんだが…。

 吾蘭の成長に伴って少しずつ表面化してくる心配の種…。
西沢もノエルも不安を隠せない…。
杞憂であってくれればいいが…と心から願った…。

 
 






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