徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第二十七話 藤宮の女傑 )

2005-06-09 12:57:43 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 「説明してもらいましょうか?」
怒気を帯びた声で笙子が言った。

 黒田が部屋の隅で意味ありげにニタニタ笑っていたが、すぐに部屋を出て行った。
昼間、携帯に怒りを込めた笙子からのメールが入っていた。『話があるから出て来い。』と言わんばかりの内容で。

 『まずい。』と修は思った。
笙子の名前を勝手に使ったことをすっかり忘れていた。他人のいる場所で事情説明というわけにもいかず、黒田のオフィスを借りたのだった。

 「ああじれったい。もういい。手を出して。」

 笙子は修の手を取ると修の意識を読んだ。ただ相手の意識を読むだけならどこにも触れる必要は無いが、どこかに触れていればより正確に素早く読み取れる。特に意識の防御壁の高い能力者に対しては…。

 しばらくするとはっとしたように修の顔を見た。

 「藤宮にとっても…由々しき事態だわ。」
そう言うと手を離した。

 「私の方は…。」

 「分かってる。やられたな…。逆手に取られた。」

 修も笙子の方の事情を読み取っていた。三左は笙子の両親に笙子を修の嫁にと申し出たのだ。両親は乗り気で大喜びしている。ぬか喜びとも知らないで。
 この時期に護らねばならない相手が増えるのは、正直、修にとって頭が痛い話だ。透と修からは絶対に目を放すわけにはいかない。一族にも目を光らせていなければならない。

 「修には浮いた話のひとつもなかったからね。仕事ばかりで。これでカムフラージュができてよかったかもね。 
まあ…私の方もこれからは要らざる縁談話が来なくて済むわ…。」

あははと声をあげて笙子は笑った。

 「ごめん。巻き添え喰わせて。」

 心からそう詫びた。三左が笙子を的と決めた以上、笙子にどんな災いの手が及ぶかしれない。それもこれも修の責任だ。しかし、今の修に笙子を護りきる余裕があるかどうか。

 「次郎左お祖父さまの一家が関わっているなら、これは藤宮の問題でもある。私が何かの役に立つならそれでいい。」

 修の意識を読んだのか、笙子はさらに続けて言った。

 「見くびらないでね。あなたに護ってもらうほど藤宮の領袖は無能ではないから。」

 確かに笙子の持つ力は藤宮一族では最強のレベルだし、修と比べてもなんら遜色ないと分かっている。それでも修が心配するのは、もう誰も失いたくないという気持ちの表れだった。
 
 笙子は両の手のひらで修の頬を優しく挟んだ。

 「修…後悔するなら最初から私の名前なんて使わないことね。
すべてをひとりで護ろうとすること自体が思い上がりなのよ。そんなこと人間にはできやしない。
 誰かのチカラを借りることは決して恥ずかしいことじゃないわ。私に手助けを頼んだと思いなさい。」

 いつもそうだった。子供の時からお互いに助け合ってはきたけれど、おおらかな笙子の性格がどれほど修の心を救ってくれたか分からない。真面目な性格ゆえにすべてを抱え込んでしまう修の心をそっと緩めて解放してくれる。

 修はそっと笙子を抱きしめた。    

 「笙子…すまない。君を護ると言ってあげられなくて…。」

 二人はまるで恋人同士のようにしばらく抱き合っていたが、笙子が元気づけるように修の背中をパンパンと叩いたのを合図にあっけなく身を離した。

 
 「おや、おまえ来てたのか…。修。あんたの犬が来てるぜ。」
誰かと話す黒田の声がした。二人に気を使って隣の部屋に引っ込んでいた黒田がソラを連れて戻って来た。  
 
 「何これ?犬じゃないでしょ?」
ニタニタ笑う不思議な生き物にさすがの笙子も一歩引いた。

 「闇喰いだよ。これから先、君のボディガードを務めてくれる。ソラというんだ。大丈夫。このでかい図体は他の者には見えない。」

 修はソラの頭をなでながら紹介した。

 「お嬢さん。よろしくな。」
ソラはサモエドのような愛嬌たっぷりの顔で挨拶した。

 「わりと紳士的なようだわ。あなたその雲のような毛皮が素敵よ。」
笙子は恐る恐る手を伸ばしてソラをなでてみた。ふんわりといい感触だった。

 ソラはこのお嬢さんが気に入ったようで、修にもよくするように足元に擦り寄った。

 「ソラ…頼むよ。」
修がソラに言った。

 「任せな。あんたの大切な人だ。俺も気入れるぜ。」
ソラが応えた。


 黒田が食事を用意してくれていたが、笙子には次の約束があるらしく、黒田に侘びを言うとソラを従えて慌しく帰っていった。その逞しく凛々しい後ろ姿を見て、まさに藤宮の女傑と呼ばれるにふさわしいと黒田は思った。
 
 修は笙子がこのままずっと無事であるようにと祈っていた。
笙子の温もりがまだ腕に残っているような気がした。





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