徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第二十六話 不幸の真相 )

2005-06-08 17:10:00 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 「よく降るなあ…。」
貴彦が自分の背後にある大きな窓を振り返って溜息をついた。この窓は防音になっているが激しい勢いで窓を叩く雨を見ていると、今にも音が聞こえてきそうである。
終わったばかりの会議資料に再度目を通していた修も窓の外を見つめた。
『雨…か。』
数年前のあの日、やはりここで貴彦と雨を見ていた。
忘れもしないあの日…。



 大学を卒業してすぐに貴彦の勧めで留学することになり、二年間だけ貴彦宅に透と冬樹を預けた事がある。二人と離れて生活するのは気楽なようで、むしろ気がかりなことが多かった。
毎日のようにメールを送り、長期の休みには必ず帰国し、二人が寂しくないように心砕いた。
 それでも初めて自分の時間を持てたわけだし、誰も自分のことを知らない自由な場所での生活は結構楽しかったと言えるだろう。

 だが、それも黒田が修を訪ねてくるまでのことだった。
黒田は衝撃的な情報を運んできた。

 『紫峰家の宗主一左は自分自身の身体の中に封印されている。今、一左の身体を動かしているのは三左という男だ。』

それは俄かには信じがたいものだった。眠れる一左が黒田の夢を通じて信号を送ってきたのだ。

 実は修も、両親や徹人、豊穂から宗主の言動には十分気を付けるようにと忠告されていた。しかし、一左が偽者だと知らされたのはそれが初めてだった。

 過去の経緯から黒田は紫峰家には寄り付かなかったせいもあって、一族からもほとんど忘れられた存在だった。それだけに動きやすい立場にあったのは確かで、本物の一左が彼を選んだのもあながち間違いではない。
 ただ、黒田自身も三左のことはよく知らず、これほど何年も経ってから信号を送ってきた一左の真意も量りかね、迷った挙句、修が海外に出たのをきっかけに訪ねて来たのだという。

 急に帰国すれば何事かと勘ぐられてもまずいので、取り敢えずは修が予定通りに留学を終えて帰国するのを待ち、貴彦とも相談して計画をたてようということになった。黒田は先に帰国し、可能な限り一左と三左が入れ替わったと思われるその接点を調べておくと言った。


 留学を終えるなり、矢のように飛んで帰った修は、偽一左に帰国の報告をするのももどかしく、急ぎ貴彦を訪ねたのだった。

 貴彦の驚きと嘆きは想像以上で、事情を聞くなり絶句して椅子にへたり込んだまましばらく動けなかった。

 雨が絶え間なく窓を濡らし、貴彦と修の心を濡らし…。二人はただ呆然と雨を見ていた。

 どのくらい経ったのか、黒田が訪ねてきたおかげで二人は我に帰ることができた。
黒田は当時の様子を知っている人たちから聞き出した話をできるだけ要約して報告した。

 黒田の報告に、貴彦の記憶と修の記憶を重ね合わせていくと、家族を失い続けた理由がおぼろげながら見えてきた。

 次郎左が言っていたように、入れ替わったのは三左が野垂れ死にしたとの連絡を受けて一左が遺体を引き取りにいった時に違いない。その頃にいた使用人の話では、帰宅してからの一左はまるで人が変わったようだったという。

 蕗子が殺されたのは長年連れ添った夫婦の勘で三左の正体に気付き始めたからではないか。蕗子が生前に『あれはお父さまではない。』と呟いたのをはるが耳にしていた。

 修と両親は、両親が結婚した時に偽一左が母屋の近くに新築した別館で暮らしていた。徹人がせつとの婚約を決めたので、別館を新婚夫婦に明け渡し母屋に戻ることにした矢先、相次いで亡くなった。偽一左は一族の中で最も大きなチカラを持つ二人に正体が暴かれるのを怖れ、同居を避けるために殺したのだろう。

 徹人と豊穂の場合はどちらも後継として相伝を受けていなかったが、相伝を知らない三左にはどうすることもできず切羽詰っての犯行と思われる。偽一左にとって必要だったのは次に自分が乗り移るための身体、つまり徹人夫妻の子供だけだった。


 
 あの日修たちは紫峰家を不幸に陥れてきた闇の正体を知った。それ以来、辛抱強く、慎重に水面下での戦いを続けてきた。
 しかし、宣戦布告した今、何事も無くこのまま相伝の儀式までたどり着けるとは思えない。三左は気付き始めている。必ず何か手をうってくる。

 『僕が本当に樹なら、なぜ彼らを護れなかった?』

冬樹とせつ…。その疑問が今も修を責め苛む。

 『もう誰も死なせない…。』

滝のように激しく流れ落ちる雨の壁を見つめながら修はそう心に誓った。

 
 


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