徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第三十四話 危機)

2005-06-19 14:59:45 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 透が帰ってくるような気がして修は眠らずに待っていた。
別に確証があったわけではない。ただそんな気がしていた。
真夜中を過ぎているというのにこの屋敷にはあちらこちらに明かりともっていた。

 表門の前で車の止まる音がした。修の口元に微かな笑みがうかんだ。

「送ってくれて有難う。」

「いいさ。またおいで。休日以外はあそこにいるから。」

 そんな会話が聞こえるようだった。
車が出て行く音がする。透の急ぎ駆けて来る音が修の耳に心地よく響いた。
 やがて、『こんな遅くまでいけませんね。』と窘めるはるの声がした。透は勢いよく階段を駆け上ってきた。

 扉の前で一呼吸。『さあ、どんな言い訳をするつもりだい?』修はわざと無表情な顔を作った。

 「ただいま。修さん。」

扉の向こうから透が声をかけた。

 「お帰り…。」

 おずおずと扉が開いて透が入ってきた。
修はパソコンのキーを打つ手を止めず、無言のまま透の方を見なかった。

 修が怒っているように見えて声をかけにくいのか、透も黙って近付いてきた。
『あっ。』と思った瞬間透が後ろから修に抱きついた。

 「…お父さん…。」

修の手が止まった。修の口元がゆがんだ。笑顔とも泣き顔ともつかぬ形に…。唇が震えた。
 
 「馬鹿言って…。おまえの父さんは黒田しかいないよ。」

 「ごめん…嫌だよね。年のそんなに違わない僕から父さんと呼ばれるのは…。」

肩をかかえるように抱きついている透の腕に自分の手のひらを重ねながら、修は否定するように首を振った。

 「そうじゃないよ。そんな自覚が無かったからさ。僕はおまえを育てたけど父親としてじゃない。赤ん坊のおまえが可愛いくてほっとけなかっただけだから。」

透は腕を解いた。修は振り返って透の顔を見つめた。

 「愛しているよ。透。その気持ちに偽りは無いけれど、僕は黒田にはなれない。」
 
 「それじゃ僕は誰の子さ?黒田も親父と呼ぶなって言うし。」

幼い子のようにふくれ面をする透の顔を見て、修は思わず笑みを漏らした。

 「そうか。それは困ったな。じゃ…ひとまず仮の父さんにでもしといてくれ。
そのうち黒田と交渉することにしよう。本物なんだからちゃんと名乗れと言ってやるよ。」




 翌日、朝から雅人の機嫌が悪かった。一緒に家を出たものの学校まで一言もしゃべらず、帰ってからもろくすっぽ口をきかなかった。

 修練場の壁にもたれていつものようにぼんやりしていても、雅人からいらいらした空気が伝わってきた。その原因の一端が透にあることは明らかだった。

 「言いたい事があるんならはっきり言えばいいだろ。いつもおまえの方からなんだかんだ言ってくるくせに何だよ。」

透は言った。

 「別に。君に言いたいことなんてないよ。」

雅人は口を尖らせた。本当は言いたいことが山ほどありそうだった。

 「うそだね。その顔に書いてある。」

 「ほっといてくれ!」

 勢いよく立ち上がると雅人は修練場を飛び出した。

 「待てよ!修さん帰ってくるぜ!」

透が後を追ったが雅人は知らんふりして表門の外へと出て行ってしまった。
雨のせいか辺りはすでにうす暗くなっていた。



 雅人は林道沿いに町の方へと歩いていた。携帯がやかましく雅人を呼んだ。
腹立ち紛れにOFFボタンを押して心の中で叫んだ。 『おまえなんかに分かるもんか!』
 無性に腹が立って仕方が無い。いつもいつも修の目は透に向けられている。僕は蚊帳の外だ。

 『何がお父さんだよ! よく言うじゃないか! 夕べどこへ行ってたんだ!』
僕の方がよっぽど修さんのことを考えてるよ。そうだろ。それなのに…。
僕が囮になるのは透のため?僕は捨石なの?僕はどうなってもいいってわけ?
 『違う。そんな人じゃない…。分かってるんだけど。』



 町の方から紫峰家のある広大な私有地に向かう道はそれほど広いとは言えないが、近隣の人々のために一応バスが通っている。修もこの道を使って通勤していた。
 少し奥まった所は林道なっているため、夜になると暗いのが難点で、ところどころに街灯が灯っていても街中を走るようなわけにはいかなかった。

 修は修練場で待っているだろう二人のことを考えていた。まもなく本儀式を行う手筈になっていて、修練もそろそろ仕上げ段階に入ろうとしていた。

 雅人はその持ち前の器用さと度胸のよさで透よりはるかに先を行っている。それだけに先走る虞があり、かえって心配な面もある。
 逆に、透はいつまでもくよくよ考えていてなかなか前へ進めないが、一旦、自分のものにすると思わぬ力を発揮する。それぞれの持ち味を引き出してやるのはなかなか骨の折れる仕事だ。 

 ふと前方に人影のようなものが見えてきた。真っ直ぐこちらへ向かって来るように思える。
こちらに気付いているのかいないのか。一応は立ち止まったようだが避けようとはしていない。 
 『雅人!』
修ははっきり雅人だと感じた。スピードを抑えようとした。
 『ブレーキが…。』
止められない。サイドブレーキを引こうとするが動かせない。
 『雅人!避けろ!雅人!』
クラクションを鳴らす。しかし、人影は動かない。修は三左に向けてその呪縛を解こうとした。
 『この呪縛は三左のものではないのか?』  
目の前に雅人の怯えた顔が迫った。




 いつの間にか道路の真ん中を歩いていた雅人は遠くからこちらに向かって自動車が近付いてくることに気付いた。何気なく避けようとした時愕然とした。 
 動けない。車に向かって歩くことはできるのに避けられない。車はどんどん近付いてくる。
 『どうなっているんだ?』
恐怖で全身から汗が噴き出した。意識を集中させようと試みるがそれすらうまくいかない。

 あの車は…あれは修さんの…。呼吸が乱れ、雅人はパニックに陥った。
 『この暗さじゃ修さんには僕が見えない。修さん。修さん。聞こえない?』
ますます身体が強張って、まるで人形になってしまったかのようだ。
車のクラクションが激しく警告する。逃げろと…。
じりじりと時が迫る。『逃げなきゃ。何とかして逃げなきゃ。』

 『もうだめだ…。』
雅人がそう思ったとき、修の車は道を外れ、林道沿いの大木にぶつかって横転した。
明らかに雅人に気付いた修が事故を避けようとしてわざと林道を逸れたのだ。
 
 「修さん!」
大声で叫ぶと雅人の手足から枷が外れたように動けるようになった。
転がるようにして車の方へ駆け寄った。
エンジン音が止まった。

 「修さん。大丈夫?」

しんと静まりかえった林道に雅人の声がこだました。
修の返事は無い。

呆然と立ちすくむ雅人の背後から透の叫び声と足音が近付いてきた。





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