徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第三十話 心の鍵)

2005-06-14 12:49:02 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 「すっかり遅くなっちゃった。つき合わせてごめんね。」
 後部ドアを開けて荷物を運び入れながら、笙子はソラに声をかけた。

 「何の…こちらはご馳走にありつけて満足さ。」
 ソラは笙子が用意してくれたクッションに身体を沈めながらニタニタ笑った。

 「ねえ。食べる?」
 運転席に座るとソラの方を振り向いて、笙子はチョコレートを一粒差し出した。ソラは大きな口を開けた。

 「お味はどう?」
 興味深げに笙子が訊ねた。ソラは神妙な顔をしていたが、やがてべえっと舌を出した。

 「この前喰わせてもらったアイスクリンはまあまあだったが、こいつはだめだ。」

 笙子は笑いながらハンドルに向かった。車はゆっくりと走り出した。

 『このお嬢さんはいい人だが、俺の好みを分かってないな。』とソラは思った。
考えてみれば透も冬樹もいろんな種類のドッグフードを買ってきては食べさせてくれたが、それほどに美味いとは思わなかった。『おれは犬じゃねえから。』 
 
 『まあ、この時代の人間に俺のことを理解しろってほうがどだい無理なんだよな』
  
 そんなことを考えていた矢先、ソラは誰かの大きな悪意を感じて車の外を見た。ソラの乗っているこの車じゃないことは確かだ。前、後ろ、右に他の車が走っている。ソラは三台をそれぞれ探った。後ろの一台がやたらふらふらと妙な運転をしている。

 「お嬢さん気をつけろ!後ろの車だ。」
大声で注意を促した。

 「分かってる。運転手を探って。状態は?」

 「運転手意識なし…奴だぜ!」

 こんな混雑した所で何かあれば周り中を巻き込んだ大事故になる。どこか逸れる道は…。
笙子は先のほうに小さな交差点を見つけた。

 後ろの車はどんどんスピードを上げてくる。あわや接触というところで左折できた。
しかし、後ろの車がさらに接近してくる。こちらに車を停める時間さえ与えてくれない。

 「ソラ、次の信号。覚悟しておいて。衝撃が来るわよ。」

 笙子が落ち着いた声で言った。前方の信号が赤になった。後ろの車が笙子の車に追突したその時、笙子の身体から凄まじい光が放たれた。相手の車が横転し傍を通りかかった別の車に接触した。笙子の車は歩道に乗り上げてはいたが大破はしていなかった。

 近くにいた人たちが駆けつけてきてくれて、車を降りた笙子に声をかけてくれた。
『大丈夫です。有難う。』そう応えながら笙子が110番に連絡しようとすると、誰かがすでに連絡していたらしく、パトカーや救急車の音が遠くに聞こえた。

 ぶつけられた笙子ともうひとりの運転手には幸いなことにたいした怪我はなかった。
横転した車の運転手は意識がなく、救急車で早々に運ばれていった。状況や目撃者の証言から警察では例の運転手が、居眠りしていたか、何かの病気で意識を失っていたかだと判断された。
大事をとって笙子たちも救急車に乗せられて病院へ搬送されることになった。
笙子は可愛そうな犠牲者であるあの運転手が無事であるようにと祈った。



 笙子が例の運転手の車をひっくり返したその時、三左は同時にその衝撃波によって吹っ飛びそうになった。思ったより藤宮の姫は腕が立つ。
 失敗だと分かって舌打ちしたものの、このことが修の耳に入れば修の動揺を招くだろう。
それは三左にとっては愉快この上ない話だ。 
 小さな動揺でも数重なれば大きな不安となる。修の目を逸らすためには効果的な方法と言えるだろう。 
『ちょくちょく苛めてやるかの。』
修の困り果てた顔を想像して三左は笑い転げた。  




 「無罪放免よ。ソラ。」
病院の玄関で待っていたソラに笙子は笑いながら声をかけた。

 「何事も無くてよかったな。お嬢さん。」
そう言いながらソラは駐車場の方をあごで示した。修が迎えに来ていた。
 
 「あなた連絡したの?」
不思議そうに笙子は訊いた。

 「黒田だよ。眠れる一左から信号が来たんだと。」
そう言うとソラは一目散に修の所へ駆けて行った。修が腰をかがめてソラをなでているのが見えた。
 笙子を車に乗せる時に『大丈夫か?』と訊いた後、修は無言のままで、笙子の話に相槌は打つものの、何かずっと他のことを考えているように感じられた。


 
 笙子は普段、仕事場に近い所で一人暮らしをしている。実家は紫峰家の近隣にあり、修は大事をとってそちらに送っていこうと思っていた。
『でもね。明日が大変だから…。』
笙子がそう言うので仕方なく彼女のマンションへと向かった。 

 黒田は藤宮本家にも連絡を入れたらしく、手回しよく事故後の処理が済んでおり、マンションの管理人の所へ笙子の車の中の荷物が届けられていた。
 笙子が話好きの管理人に捉って事故について話をしている間に、修は管理人から受け取った荷物を笙子に代わって部屋へと運んだ。

 「なんだかんだ言いながら、あんた鍵持ってんだ。」

ソラは意味有りげににんまりと笑った。修はソラに一瞥をくれただけで、奥の部屋まで荷物を持っていった。

 「ごめんね。修、ありがとう。いまコーヒーでも入れるね。」

笙子が玄関から声をかけた。玄関からキッチンへ入る所で笙子を出迎えた修は躊躇わず笙子を抱きよせた。

 「悪かった。僕が…考えなしに君の名前を出したために…。」

修の腕の中で笙子は微笑んだ。

 「言ったでしょ。私は大丈夫。それに考えなかったわけじゃないでしょう?
笙子なら何とかしてくれるだろうって…そう思ってたでしょう。」

 『図星…だ。敵わないね。君には…。』心の中で修は呟いて笙子から腕を離した。

 「他に言うことはない? 修? あなたが黙り込む時は、たいてい、言いたいことがあっても口にできないでいる…。」

 『それも…あたり。でもね…。』修は何もないというように首を横に振った。『本当に言いたいことは…今は言えない。』

 「相変わらずね。」

笙子がいきなり修の顔を引き寄せ唇に軽くキスした。

 「いいこと。あとはおあずけよ。どうせ泊ってはいかないんでしょう。」

 「笙子…そういうことじゃなくて…。僕は…。」

うろたえている修の顔を見て笙子はくすくすっと笑った。

 「冗談よ。もっと肩から力を抜きなさいな。あなたは真面目すぎるわ。」

そう言いながらも笙子は急に真顔になった。

 「修。何があってもあの子たちから目を放してはだめよ。今のあの子たちではまだ三左には太刀打ちできない。相伝を終えて自分たちの本当の力を知るまではね。
 それまで私のことは忘れていて。頭から消しといて。黒田さんにもわざわざ連絡しなくていいと私から言っておくわ。
あなたはあの子たちの親なんだから。」
 
 笙子の気持ちを有難いとは思う。笙子の力を信じないわけでもない。こんなふうに笙子を護りたいと思うことはただの自己満足だと分かっている。でも…。
 
 「帰る。」

修は静かに言った。 

 「気をつけてね。今日は有難う。このワンちゃん借りとくから。」

笙子がそう応えた時、すれ違いざまに修はもう一度笙子を抱き寄せた。

 「好きだよ笙子…好きだけど…今は忘れる。」

修が耳元で囁いた。笙子は微笑んだ。

 「初めて聞いたわ。さあ…帰りなさい。」

笙子は両手でパンパンと修の背中を軽く叩いた。
笙子から離れると、修はそれ以上振り返ることもなく、『じゃあな…。』と言って部屋を後にした。



 修のいなくなった玄関先で、力が抜けたように笙子はへたり込んでいた。

 「あれでよかったのかよ。お嬢さん。鍵を渡した仲なのにさ。」

ソラが心配そうに訊いた。

 「いいのよ。あの鍵は修の心の鍵なの。修はあの鍵を開けてここに来るたびに他の人に言えないことを、ここで少しだけ私に話していくの。ほんの少しだけね。
でも…今日は珍しく…口をすべらせたみたい…。」

ソラをなでながら笙子はまた優しい笑みを浮かべた。




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