徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第十八話 継承者の孤独)

2005-05-27 16:18:12 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 宿泊先の老舗高級旅館で一日目をゆっくりと温泉に浸かって過ごした一左は、藤宮の時子のもてなしにすっかり満足し、二日目には連れ立ってゴルフに出かけた。
 何事も無い平穏な時間は確かに一左をリラックスさせたが、その日の夕刻になった頃から、あまりにも穏やか過ぎることに少なからず苛立ちを覚え始めた。
 紫峰家に思念を凝らしてみても何の動きも感じられないが、まるで人の気配が無いかのようにも思われて一左をいっそう不安にさせる。
『静か過ぎる。』と一左は一人呟いた。



 二日目の修行は、透にとって難しいものではなかった。波長を合わせて念を融合させることに比べれば、複雑に絡み合う思念の中から特定の念を選び出して払い飛ばすことぐらい何のことも無い。前日の長時間にわたる苦闘がうそのようだった。

 皆ほっとした様子で、透が課題を終えるのを見つめていた。透がほとんど眠れなかったように、立ち会っている者たちもおそらく2~3時間しか寝ていないのだろう。一様に疲れた表情をしていた。続けて次の段階へ進ませようという声も上がったが、結界を張っている雅人たちの体力のことを考えて、少し休ませるべきだという意見がまとまった。
 
 他の者が一時帰途につくと、透と雅人も母屋に帰った。はるが夕食を用意して待っていた。食卓には、すでに修がいて、何かを飲みながら新聞を読んでいた。二人を迎えるといつもの笑顔で『お疲れさん』と言っただけで、早々に部屋に引き上げてしまった。

 食卓には修が飲み残したコップが置かれてあったが、どう見ても水しかはいってなかった。

 「気が付いた?透さん。」
雅人が食卓につきながら言った。
 「何が…?」  
透は疲れのせいもあって面倒くさそうに言った。

 「修さんだよ。修行が始まる前の日からほとんど食べてないよ。はるさんが、野菜スープとか、
果物なんかのジュースを作って無理やり飲ませようとするんだけど、口にしているのは塩水…。」

 「何で?そんなことしたら身体に悪いじゃないか。あんなに体力使ってるのに…。」
雅人に怒ったところで仕方が無いが、透は思わず責め口調になった。

 「潔斎だよ…。でもそれだけじゃない。身体が食物を消化し吸収するというエネルギー消耗を断つことによって、全身の感覚の働きを活性化させているんだ。誰にもまねできないぜ…。」

 透の箸を持つ手が止まった。いきなりハンマーで殴られたような気がした。何も知らなかった。
修が透の修行のために食まで断っているとは…。
 それにしても昨日今日一緒に暮らし始めたばかりの雅人が修の行動をしっかり把握しているのはなぜなんだ。
 軽い嫉妬のようなものが胸に沸いてくるのを透は慌てて打ち消した。

 「まあ、僕のことをどう思ってもらっても構わないけどさ…透さんは食べなきゃいけないぜ。
じゃなきゃ、修さんに迷惑がかかるよ。」

 まるで透の心を見透かすかのように雅人はにやりと笑った。席を立たんばかりだった透はその言葉で座りなおし食事を始めた。
あきれるほど食欲旺盛な雅人を前に、透はほとんどお茶で料理を飲み下していた。



 明かりの消えた部屋で修はひとり瞑想していたが、なぜか胸が騒いで無心になることができないでいた。
 『このままで良いのか?』という迷いが修の中に生じていた。
相伝を行えばいたずらに透に重荷を背負わせることになる。この時代に生まれて、このような古いしきたりが本当に必要なのか。
 『何も知らないままでも生きていけるものを…。』
この孤独と重荷は自分ひとりが墓場まで抱えていけば、それでいいのではないか。

 しかし、それは許されることではなかった。修が拒否したところで次郎左が…もし救い出せれば本物の一左が透や雅人に伝えるだろう。辛いのは同じだ…。

 透は耐えていけるだろうか。いいや…透はもう大人だ。おまえに耐えられたことができないはずが無いだろう。いい加減…子離れしろよ…。あの子を信じてやれ…。
 一生庇い続ける方がどれほど楽なことか…いいや、それだけは絶対にしてはならない。

 これほどの葛藤が修の心の中で起こるとは、正直、修自身予想もしていなかった。
継承者の孤独を嫌というほど味わっているだけに、できるなら透にはそんな思いをさせたくない。
だが、そんなことを言っている場合ではないのだ。透への相伝には雅人や一族の者の命がかかっている。

『もはや逃げ道は無い…。』
修はそう自分に言い聞かせた。



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