「もう一度…。」
修の声が透の耳に響いた。這いずるようにして修の前に戻った透だが、間断なく激しく打ちのめされた身体からは、もはや起き上がる気力も体力も失せていた。
「やはり、一晩では無理か…。」
次郎左が思わず呟いた。
「黙れ!」
修が突然激しい口調で次郎左を怒鳴りつけた。次郎左は思わずひれ伏した。
「透…。そなたは思い違いをしている。心のどこかで私と修を区別していて、私に心を開いてはいない。私がそなたを弾き飛ばしているのではなく、そなたの心と身体が私を拒絶している。」
透の中で思い当たるものがあった。生まれ変わりというものがあるとしても、修と樹ではまるで別人のように思えて、無意識のうちに心を閉ざしてしまう。
樹の御霊が嫌いだとか、力負けするのが悔しいとかではなくて、いわば面識の無い他人に心を覗かれているような不安感が拭いきれない。
修は立ち上がり、透のすぐ傍へと移動した。修の手が透の頭に触れると透は身震いした。
「透…思い出しなさい。その痛みと苦しみを誰に伝えたい…? 誰に解ってもらいたい?
私に挑むのをやめて私を受け入れてごらん…。」
修の手が優しく透の髪をなでた。透は混沌とした意識の中で、ぼそぼそと呟きだした。
「だめなんだ…。心配するから…。もう…ひとりでがんばらなきゃ…いけない…。だって…。」
透はなぜか泣いている自分を感じた。
野原の真ん中でひとりぼっちで泣いている。ちっぽけな僕。
『痛いよ…。痛いよ…。おたむたん…。』
目の前に中学生くらいの修がいる。いつものように優しく微笑んで頭をなでてくれる。
『転んだのか?よしよし…。大丈夫…すぐ治るよ。』
おまじないで僕の痛みは消えていく。抱っこしてもらえば消えていく。おんぶだっていいんだ。
『おんぶしてやるよ。おうち帰ろうな…。』
今一度、修の身体から強い光が放たれた。部屋全体を震わすほど強大な光量であるにもかかわらず、透はまるでそれを待ち望んでいたかのように吸収していく。やがてそれは透の全身を満たし溢れ出した。
光が少しずつおさまっていくに従って、透の意識もはっきりしてきた。気がつくと身体中の痛みが消えている。身体にずっしりと疲労の後は残っているものの、擦り傷一つなくなっている。
不思議なことに、修の姿もすでにその場から消えていた。
「よくやった。これで前修行の第一段階は終わったぞ。」
次郎左が嬉しそうな声を上げた。黒田も貴彦もほっとした表情で透を見た。
「今日のところは、三左に気付かれずに済んだ。だが、まだ先は長いぞ。」
貴彦が透の肩を叩いた。
結界が解かれ、皆疲れきった顔で外に出た。三左や孫たち、黒田はその場から早々に引き上げていった。貴彦も母屋には寄らなかった。
透と雅人は急いで母屋に戻った。確かめたいことが沢山あった。靴を脱ぐのももどかしく、二階へ駆け上がると真っ直ぐに修の部屋へ向かった。
「修さん。修さん居る?」
返事は無かった。恐る恐る扉を開けて透は静かに修の部屋へ入って行くと、整然とした部屋のベッドの上で修は疲れきったように突っ伏していた。
多分修は三左が気付いた時に備えて、自分の魂だけを祈祷所に送り込んでいたのだ。いかに修といえども、それは体力的にも精神的にも極限の行為といっていい。
『僕らを護るために…。』
透は何も言えず、服のまま眠ってしまっている修にそっと毛布を掛けてやった。
次回へ
修の声が透の耳に響いた。這いずるようにして修の前に戻った透だが、間断なく激しく打ちのめされた身体からは、もはや起き上がる気力も体力も失せていた。
「やはり、一晩では無理か…。」
次郎左が思わず呟いた。
「黙れ!」
修が突然激しい口調で次郎左を怒鳴りつけた。次郎左は思わずひれ伏した。
「透…。そなたは思い違いをしている。心のどこかで私と修を区別していて、私に心を開いてはいない。私がそなたを弾き飛ばしているのではなく、そなたの心と身体が私を拒絶している。」
透の中で思い当たるものがあった。生まれ変わりというものがあるとしても、修と樹ではまるで別人のように思えて、無意識のうちに心を閉ざしてしまう。
樹の御霊が嫌いだとか、力負けするのが悔しいとかではなくて、いわば面識の無い他人に心を覗かれているような不安感が拭いきれない。
修は立ち上がり、透のすぐ傍へと移動した。修の手が透の頭に触れると透は身震いした。
「透…思い出しなさい。その痛みと苦しみを誰に伝えたい…? 誰に解ってもらいたい?
私に挑むのをやめて私を受け入れてごらん…。」
修の手が優しく透の髪をなでた。透は混沌とした意識の中で、ぼそぼそと呟きだした。
「だめなんだ…。心配するから…。もう…ひとりでがんばらなきゃ…いけない…。だって…。」
透はなぜか泣いている自分を感じた。
野原の真ん中でひとりぼっちで泣いている。ちっぽけな僕。
『痛いよ…。痛いよ…。おたむたん…。』
目の前に中学生くらいの修がいる。いつものように優しく微笑んで頭をなでてくれる。
『転んだのか?よしよし…。大丈夫…すぐ治るよ。』
おまじないで僕の痛みは消えていく。抱っこしてもらえば消えていく。おんぶだっていいんだ。
『おんぶしてやるよ。おうち帰ろうな…。』
今一度、修の身体から強い光が放たれた。部屋全体を震わすほど強大な光量であるにもかかわらず、透はまるでそれを待ち望んでいたかのように吸収していく。やがてそれは透の全身を満たし溢れ出した。
光が少しずつおさまっていくに従って、透の意識もはっきりしてきた。気がつくと身体中の痛みが消えている。身体にずっしりと疲労の後は残っているものの、擦り傷一つなくなっている。
不思議なことに、修の姿もすでにその場から消えていた。
「よくやった。これで前修行の第一段階は終わったぞ。」
次郎左が嬉しそうな声を上げた。黒田も貴彦もほっとした表情で透を見た。
「今日のところは、三左に気付かれずに済んだ。だが、まだ先は長いぞ。」
貴彦が透の肩を叩いた。
結界が解かれ、皆疲れきった顔で外に出た。三左や孫たち、黒田はその場から早々に引き上げていった。貴彦も母屋には寄らなかった。
透と雅人は急いで母屋に戻った。確かめたいことが沢山あった。靴を脱ぐのももどかしく、二階へ駆け上がると真っ直ぐに修の部屋へ向かった。
「修さん。修さん居る?」
返事は無かった。恐る恐る扉を開けて透は静かに修の部屋へ入って行くと、整然とした部屋のベッドの上で修は疲れきったように突っ伏していた。
多分修は三左が気付いた時に備えて、自分の魂だけを祈祷所に送り込んでいたのだ。いかに修といえども、それは体力的にも精神的にも極限の行為といっていい。
『僕らを護るために…。』
透は何も言えず、服のまま眠ってしまっている修にそっと毛布を掛けてやった。
次回へ
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます