徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第八話 鬼の塚 )

2005-07-16 23:38:19 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 早朝数増から長選びの儀式を夕刻に行うので、もしどこかへ出かけるなら四時頃までには来て欲しいという連絡があった。

 泊り客が出発した後のラウンジにはそのまま逗留する修たち以外にはほとんど人気もなく、ゆっくりと予定を組むことができた。

 「鬼をばらばらにして塚に納めたということはそれに関連する塚が複数あるということです。 儀式が行われるのが『鬼の頭の塚』、他にいくつあるかは分かりませんが回ってみますか。」

 「そうですね。 本当の意味で鬼遣らいが必要なのであれば僕らはその位置を確実に知っておく必要があるかもしれませんし。」

 修と彰久が話している間、史朗はじっと村の観光地図を睨んでいた。

 「塚は…全部で八箇所あります。 但し…その中の二つは鬼の使っていた武器を納めたものなので、関係ないと見ていいでしょう。」

 史朗は地図の上に八つ印をつけ、中の二つを×で消した。

 「鬼の頭の塚は村の北に位置し、南に胴塚というように対になって設置されています。
 北東、北西に腕塚、南東、南西に足塚。これらはすべて目印のようなもので、仲間の鬼が村に入ってこないように、村を囲むようにして塚を配置し、その外側に結界を張りました。」

 これまでになくはっきりとした記憶を口にする史朗を見て彰久は何かを感じ取ったようである。

 「今日は調子いいみたいですね。ちょっと慣れてきましたか? 史朗くん。」 

 史朗はちょっと頬染めて修の表情を窺った。修は穏やかに笑みを浮かべていた。

傍で聞いていた雅人がぷいっと横を向いて意地悪く言った。

 「笙子さんだけで飽き足らず、修さんまで誑かしたんだから気分いいよね。」

 史朗はますます真っ赤になって悲しそうに俯いた。 

 財布を取りに帰った透から変な物音のことを聞いた雅人は、すでに史朗のしたことに気が付いていた。人のいい修が決して史朗を責めないだろうことも、受け入れてしまうかも知れないことも雅人には容易に予測できた。
少々鈍感な透の方は『ウソ。マジ?』という顔で修を見た。修が悪戯っぽくニヤッと笑った。

 「口が過ぎるぞ。雅人。 ごめんね…史朗ちゃん。」

 修が謝ると史朗はいいえというように首を横に振った。 

 「雅人くん…。心配しなくても大丈夫ですよ。
史朗くんはあなたや透くんから修さんを奪っていくようなことはしませんからね。
 彼はただ修さんの傍にいたいだけなんです。なにしろ千年も想い続けてきたのですから。
少しだけ彼に居場所を分けてあげて下さい…。」

 彰久にそう言われると雅人も黙るしかなかった。透がぽんぽんと背中を叩いた。



 儀式のある鬼の頭の塚を後回しにして、修たちは時計と逆周りに塚を巡った。史朗が説明したとおり、塚は全部で八箇所あったが、中には崩れて外形を留めていないものもあり、史朗がいなければ通り過ぎてしまったかも知れなかった。
 
 観光地図には鬼の頭の塚と胴塚しか明記されていなかったのを見ると、いくつかの塚は地元の人からも忘れられている可能性が高い。塚がこのようなひどい状態でありながら鬼遣らいの儀式もあったものではないと鬼将の彰久は嘆いた。

 「さてと、だいたい一巡したようですね。後は鬼の頭を残すだけですが…。」

 「修さん…少し休憩しましょうか…。そろそろお昼ですし…。透くんたちも御腹が空いたでしょう。先ほど通った道沿いにいい感じのお店がありましたよ。」

 彰久の見つけたその店は冬場なら若いスキー客で賑わいそうな洋食屋で、Uターンした若夫婦が経営していた。修は塚についてどのくらい皆が知っているか訊ねてみた。

 「そうですねえ。 昔と違って鬼遣らいは一種の観光用の行事になってますからね。
それ自体は皆知ってますけど…塚は鬼の頭と胴塚…後はその地域の古老しか知らないんじゃないでしょうかね。」

 思ったとおり、ほとんどの塚はその存在を忘れられており、土地の古老が世話をしている塚以外は荒れたままになっている。
いかに人に仇なした鬼の塚とはいえ、哀れという他はない。これで祟るなという方が無理である。

 紫峰家とは異なって、鬼面川では宗教的な側面も兼ね備えているため、彰久や史朗は祀られていない塚の処遇が気になって仕方ない様子だった。 



 約束の四時までにはまだ間があるというので、20分くらい前にラウンジに集まることを決め、それぞれの部屋に戻ることにした。
 
 「スポーツドリンク買いに行って来ていい? お二人さんもなんか飲む?」

 「僕は部屋のお茶でいいよ。 修さんは?」

 修もお茶でいいと言うので、雅人は自分の分だけを買いに出た。
同じ階の自販機の前で、雅人はばったり史朗に出会ったが、ちょっと会釈しただけで無視を決め込んだ。

 「雅人くん。ごめんよ。嫌な思いさせてしまった…。」

ふいに史朗が声をかけてきた。
 
 「でも…信じて…僕は計画的にあんなことをしたわけじゃない…。ほんとに無意識で…。」

 「そんなことどうでもいいよ。僕にとって我慢ならないのはね。あなたという存在。
僕は息子としては絶対に透に勝てない…。 恋人としては笙子さんに勝てない…。

 だからどうしても修さんの右腕として最高の存在になりたかったのさ。
そこへあなたみたいな人が出てきた…結構優秀で人柄もいい…そういうこと。」

雅人は仏頂面でそう言った。

 「それなら問題ないさ 。僕はあくまで笙子さんの右腕だ。現役バリバリのね。
たとえ望まれても修さんの右腕にはならない。」

史朗は笑みを浮かべた。

 「じゃあなに。史朗さんはもし、仕事上、笙子VS修となった場合には笙子さんにつくということ?」

 「当然だ。いくら修さんのことが好きでも公私の区別はつけるよ。
私としての僕は修さんのために命だって差し出すよ。気持ちでは君に負けないつもりだ。

 けれどその前に僕には笙子さんと会社に対しての公としての責任がある。
それを捨てて修さんへの想いだけに走るわけには行かない。

 それにそんなこと修さんが望まない。」

 雅人の前で史朗がこれほどはっきりものを言ったのは初めてだった。見かけほど女性的でしおらしい人ではないんだと雅人は思った。

 「修さんは僕を受け入れてはくれたけれど僕に惚れてる訳じゃない。
そんなこと僕だって分かってる…。それでもいいんだ。僕が好きなんだからさ。

 君の邪魔をするつもりはこれっぽちもないから…心配御無用だよ。
しっかり修さんの右腕ナンバーワンになってくれたまえ…。」

 それだけ言うと史朗は笑いながらポンと雅人の肩を叩いて立ち去った。
雅人のことをまるっきり子どもと見做したようだ。
呆気にとられていた雅人がふと後ろを振り返ると背後に修が立っていた。

 修は一部始終を見ていたようだった。
可笑しそうに口元を歪めながら、雅人に近付くと人差し指をくいっと曲げて頭を下げるように合図した。身長だけは修よりずっと大きい雅人が修の顔の高さに頭を下げると修はそっと耳打ちした。

 「妬くな。 焦るな。 背伸びをするな。」

 『えっ?』雅人は修の顔をじっと見た。修は黙って笑っていたが、突然、苦しそうに顔を歪めて額を押さえ、雅人の方に倒れ掛かった。

 「どうしたの? 修さん! 大丈夫?」

 「頭が…物凄く…痛くて。 透もきっと…苦しんでる。 何かが…動き出した…。」

 修は立っているのがやっとのようだった。あの声だ。雅人は大きな波動を感じた。
しかも今までよりもずっと強力な。
修を支え、部屋まで戻ると、透が頭を抱えて転げまわっていた。

 とにかく何とかしなくては…。
雅人は自分のUSBメモリタイプのプレーヤーのイヤホンを修に、透のを彼の耳にセットして大音量で曲を流した。そして曲の波長を例の声とぶつからせるように力を使って変化させていった。
 巧く打ち消し合ってくれよ…。
祈るような気持ちで苦しむ二人を見ていた。




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