徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第十話 悪戯)

2005-07-19 23:26:46 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「…おお、それであわくって出てきたんだ…。悪いけど電話、また後で掛けるで…ほんじゃな…。隆平! 隆平! おるか!」

玄関の方で騒がしい男の声がした。隆平は急いで玄関に向かった。

 「孝太兄ちゃん! 帰ってこれたの? 寛子小母さんも一緒だったんだね。」

 「道夫が死んだって聞いたもんで急いで店閉めてきたんだ。 寛子さんは駅前で拾ってきたわ。
ほい…新作の菓子。今度店で使おうと思っとる。」

男はどかどかと足音を響かせながら座敷に姿を現した。男の後ろからおとなしそうな中年の女性がついてきた。座敷に見知らぬ男が何人もいるので少し戸惑ったような顔をした。

 「彰久、史朗、これはうちの孫で孝太。他所の町で洋食屋をやっとる。後ろのはわしの亡くなった姉の娘で寛子だ。
 孝太…寛子、この二人が木田の彰久と史朗だ。そちらのお三方は彰久の方の親戚で紫峰さん。」

 孝太と寛子は膝をおって丁寧に挨拶をした。寛子は挨拶を済ますとすぐに朝子の傍へと寄り添ってなんやかんやと話を聞いてやっていた。

 「それじゃ爺さま。道夫は抜け駆けして長選びの儀式を先にひとりでやろうとしていたのか。」 
 末松からいろいろ話を聞いた孝太は憤慨した。結局今日の長選びは中止にするしかないだろうと末松は言った。

 「親爺。ほんで長選びは誰と誰がすることになっとったんだ?」

孝太は父親の数増の方に振り返った。

 「予定では道夫と彰久、史朗、隆平、おまえだで…。」 

 「俺もかよ。親爺の代がおらんじゃないか。まあ…朝子さんと寛子さんと親爺しか残っとらんから仕方ないが…。」

 村の人たちと葬儀屋とで通夜の準備が整えられ、道夫が祭壇の棺に安置されると一同はその前に集まった。隆弘が住職を連れて戻ってきたのはそのすぐ後だった。
 修は彰久が怒り出すのではないかと冷や冷やしたが、さすがに現代に生まれただけあって、寛容に仏式を受け入れていた。

 鬼面川にはもともと独自の葬礼に関する様式と作法があるが長い間に廃れてしまったらしい。
彰久や史朗にとって面川は、鬼面川とは全く異なる一族に成り果てていた。

 『いまさら口出しすることではありませんが…修さん…誰かには伝えておきたいですねえ。』

彰久の顔がそう言っているように思えた。史朗もどこか納得いかない様子だった。



 通夜の客がだいたい引けたのは9時をまわった頃だったか、それまで忙しく隆弘とともに立ち働いていた隆平が台所の脇の小部屋に修たちを呼んだ。

 「孝太兄ちゃんの作ったお菓子です。よかったら一緒に。」

そう言ってお茶を淹れてくれた。

 「孝太兄ちゃんは僕が小さいときからよく面倒をみてくれた人なんです。
こうやって時々お菓子を持ってきてくれます。僕は未だに子ども扱いされてますが…いい人です。」

透はチラッと修を見た。穏やかに笑っていた。

 「実は…孝太兄ちゃんは鬼面川のすべての祭祀を独学で学び、実際に祭祀を行うことのできる人なんです。そのことは他の誰も知りません…。 長になる気がないので黙っているんです。」

 「君は彼から伝授を受けたんだね?」

修は期待を込めて訊いた。隆平は頷いた。

 「僕に力があると気付いた孝太兄ちゃんは父に内緒で少しづつ教えてくれました。
今の面川では廃れてしまった祭祀のほとんどが孝太兄ちゃんの手で文書化されています。
ただ、独学なので細部まで正しいのかどうかが分からないのです。」

 「紫峰の古文書に鬼面川に関するものがあるよ。何かの役に立つかもしれないね。帰ったらコピーを送ってあげよう。」

修は口ではそう言ったものの、できれば孝太と隆平には彰久と史朗から直に学んでもらいたいと思っていた。



 棺に収められた道夫の遺体をじっと見つめていた彰久には、道夫が世に言う突然死とやらで死んだようには思えなかった。
 朝子が傍につききりなので遺体に直に触れることはできないが、朝子が殺されたと口走ったのもまんざら考えられないことではないと感じていた。

 そう考えると、先代つまり彰久と史朗の祖父の死も、隆平の母の死も、当代の死因でさえ、疑わしく思われてきた。

 末松は当代に力が存在しなかったことを問題にしていたが、鬼面川全盛の時代、鬼面川の一族で本当に強力なチカラを持っていたのは将平ひとりだったのだ。
 閑平に多少なりと呪詛の力が備わっていたとしても紫峰家や藤宮家のように代々必ず力を持つ宗主を輩出するというわけには行かなかっただろう。

 どうも面川の人々は鬼面川のなすべきことを誤解しているのではないかと彰久は思った。 



 長選びの儀式が急遽通夜に変更になったために、鬼と対峙することもなかった修たちは深夜近くになってから宿に戻ってきた。明日の葬式の時間だけ確認すると、お互いに挨拶を交わして早々にそれぞれの部屋に引き上げた。

 透も雅人も慣れない土地での騒ぎに巻き込まれてよほど疲れたのか、珍しく布団へ入るなり寝息を立て始めた。
 いまどきの季節でもこのあたりの夜は寒いくらいで、修は二人を起こさないように気を付けながら布団を掛け直してやり、まだどこか子どもの面影を残す二人の寝顔をいとおしそうに見つめてから、そっと部屋を後にした。

 同じ階の踊り場にある大きな張り出し窓風の椅子に腰掛けて修は携帯を取り出した。
聞き慣れた呼び出し音が切れると笙子の声が耳に飛び込んできた。

 『メール見たの?』

 「今気が付いたんだ。 遅くにごめん…。 寝てたかい?」

 『まだ宵の口よ。多分必要になるだろうと思って皆の礼服を送ったわ。朝一で届くはずよ。』

 「ふ~ん…。いつもながら手回しがいいね。有難う。助かるよ…と言いたい所だけど…。

 …史朗ちゃんを嗾けた犯人は君だね? 様子見たさにずっとこちらの方にアンテナ張ってたでしょう? 」

 『あ…分かっちゃった? だって史朗ちゃんてば健気なんだもの。 ずっと修のこと好きだったのよ。』

 「君の恋人でしょう…? 史朗ちゃん可哀想に真っ赤になって泣きそうだったよ。 史朗ちゃんだからまだ許せたようなものの他のを送り込んだら承知しないからね。」

 『他のなんて頼まれたって送らないわよ。 史朗ちゃんが一番。 ね…やっちゃいました?』

 「寝てません! 君ね…普通…夫にそういうこと言うか? 」

 『うふふ…。 あ…そうだ…もうひとりいるわ。 とっても健気で可愛い子が…。』
  
 「笙子…それは許さない。 いくら君でも絶対に…。 冗談にでも…。」

 『分かってるって。 そんなことしないわよ。 じゃあね。 お休み。 ダーリン!』

 「…。」

 携帯が切れた後の音が耳に響いて修の胸を締め付けた。ふーっと溜息をついて修は眉間を押さえた。
 時々笙子は修に対してものすごく意地悪なことを思いつく。愛情の裏返しであることは分かっているのだけれど、さすがの修もやりきれない思いをすることがたまにある。
 
 それでもその笙子の闇の部分が修にだけ向けられていれば、それはそれで受け流してしまえば済むことだ。笙子にそういう面があることを修も十分承知して一緒になったのだから。
 しかし、時には他の人を巻き込むことがある。史朗のこともそのひとつだ。
そして今度は…。

 その時、修は人の気配を感じて自分の部屋の方向を見た。踊り場の入り口に雅人が立っていた。

 「雅人…寝てたんじゃないのかい?」

 「今度は…僕にあんなことをさせるつもりなの? 笙子さんは…?」

 聞かれていたと言うよりは、雅人に知られないでいることの方が難しい。雅人は人の心を読めるし、五感が素晴らしく発達していて、勘も鋭い。

 「まさか…。そこまでの悪戯はしないだろうよ。」

修は笑った。雅人は真剣な表情で修を見た。

 「もしもそうだったら? 史朗さんのように僕を受け入れるの? それとも拒絶するの?」

 「ないない。 ありえないって…。」

修ははぐらかすように言った。

 「真面目に答えて…。僕は史朗さんのようにプラトニックなタイプじゃない。
透のように息子として育ててもらったわけでもない…。」

 修はまた溜息をついた。そのとおりだ。雅人には最近まで母親がいたから、透のように何から何まで修が面倒みてきたわけではなかった。
 修が透と雅人をどれほど平等に扱おうと努力しても、たとえ物理的にはそれが可能でも、こんなに短い期間では親子関係を築くことは不可能に近い。

 「本音を言えば…まだ決心がついてない。だからどう答えていいのかわからないよ…。
世間的に言えば僕は拒絶するべきなんだろうね。

 言葉は悪いけど…そのときの気分で決めちゃうかもな…。抱きたければ抱く…そうでなければ…。 
 なぜだろうね…今だってこんなにおまえたちのこと…おまえのことが可愛くて仕方ないのに…。なぜこんなことしか言えないんだろう…。」

 修はがっくりと肩を落とした。少し涙ぐんでもいるようだった。修に無理難題を押し付けていると雅人には分かっていた。
 本当は何があっても断固拒絶すると言いたいのだろう。相手が透ならはっきりとそう言うに違いない。 けれど雅人には…。
 修は雅人がどんな思いで紫峰家に引き取られてきたかを知っている。
恩のある修のために命を差し出す決意で修の許へやって来たのだ。そんな健気な雅人の想いを無下にはできない。

 「ごめん…。無理言って…。分かってるよ…。どんな答えが出たとしても…修さんは僕のこと…僕と透のことを愛してくれてる。それだけは忘れないよ…。」

雅人は幼い子どものようにそっと修の首に腕を回し頬を摺り寄せた。




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