荻外荘

2015年10月16日 | 東京のお散歩
荻窪駅から10分ほど歩いた、善福寺川の斜面にある荻外荘は近衛文麿の邸宅で、
その政治の舞台にもなった歴史ある建物です。



元々は、大正天皇の侍医頭(侍医長)であった、入澤達吉邸として
伊東忠太の設計で建設されましたが、この場所をたいそう気に入った近衛文麿が
入澤を口説き落として、やっと手に入れ別邸としたものです。

別邸ではあるものの、近衛は目白の本邸にはもどらず、ずっと荻外荘に住んでいました。

平成二十四年に、長らく居住していた近衛文麿の次男である通隆氏が逝去すると
地元町会長の連名で杉並区に買い取るよう要望を出し、それに応える形で
今年3月に敷地の一部を公園として整備、公開されました。

邸宅についても、今後の公開に向けて整備するようです。
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旧新橋駅

2015年10月15日 | 東京のお散歩
昨日は、日本に初めて鉄道が開業した、「鉄道の日」でした。

最初に開業したのは、新橋・横濱間で、これは後の汐留駅(廃止)と、現在の桜木町駅にあたります。

新橋駅は、現在の新橋駅(開業当初は烏森駅)に旅客駅が移ったあと
汐留貨物駅として物流の拠点となり、その後都心の貨物ターミナルが
隅田川駅と東京貨物ターミナル駅に集約されると廃駅となり
高層ビル街として再開発されました。

そんな訳で、貨物駅時代と現在の、ほぼ定点比較写真を撮影してみました。

(汐留駅)

(現在の汐留)

(復原された旧新橋駅)
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新製品の秋

2015年10月14日 | 徒然
読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋…。
色々な秋があるけれど、個人的にはやはり新製品の秋。

大概が限定のフレーバーだったりするので、新らしいもの好きである以前に
「限定」という言葉に弱い私は、ついつい手にとって買ってしまいますが
結局、「いつもの味」の方がいい事に気付く、秋の夜長なのです。
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桜坂

2015年10月13日 | 東京のお散歩
先日結婚した福山雅治の名曲『桜坂』で歌われている「桜坂」。

(秋だけど…揺れる木漏れ日 薫る桜坂)

この桜坂は大田区田園調布本町にある実在の坂で、福山雅治氏によれば
故郷長崎で就職した際に、仕事で滞在した長崎県西海市にある松島の桜坂と、
アーティストとなり上京後に住んでいた家の近くにあった大田区の桜坂がモデルになっているらしい。

(緩いカーブの桜坂の中腹には、両岸を結ぶ桜橋が架かる)

大田区の桜坂は、中世からの古道である中原街道の一部で、沼部の大坂と呼ばれていた坂。

(最寄り駅の東急線沼部駅には、桜坂への案内も)

国分寺崖線の終端の比高5mほどの坂道は、大正十二(1923)年に切通しとなり
その7年後の昭和五年に、両側に桜が植樹され「桜坂」と名付けられました。

(桜坂命名当時の石標と、のちに作られた木製の説明標)

『桜坂』の大ヒットで、一気に有名になったこの坂。
地形的にも、坂下の東光院の脇を六郷用水が流れ、坂上にも、浅い谷戸があるという
「坂道マニア」「暗渠マニア」「湧水マニア」が喜ぶ、坂道でもあるのです。

(東光院。境内に向かって左側に六郷用水が流れる)

(坂上の
向こうに小さな谷戸がある)

(坂上にある国旗掲揚塔)


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秋空とどんぐり

2015年10月12日 | 徒然
空の色が、晩秋のそれになってきました。



そして、その空の下では植物たちが冬の支度をはじめていました。

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日比谷公園 鉄道フェスティバル

2015年10月11日 | 徒然
日比谷公園では、14日の「鉄道の日」にちなんで、鉄道フェスティバルが行われていました。



日本全国の鉄道事業者や、関連団体などが出店し、グッズ販売や観光誘致などを行うこのイベント。
無料で配布されるグッズや、購入品に対して過剰な「オマケ」もあって、
ビッグサイトなどで行われる、いわゆる業界イベントよりも“お買い得”な無料イベントです。



親子連れが多く、意外とママの方が楽しんでいるようで…。
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駄菓子の街だった日暮里

2015年10月10日 | 東京のお散歩
日暮里駅前の高層ビル。



上層階はマンションになっていて、日暮里舎人ライナーの駅を経由して
日暮里駅から直に入る事が出来るようになっている複合ビルの場所には
かつて多くの駄菓子問屋などが並ぶ路地があった。

再開発の名の下に、新しくできたビルには、2軒の駄菓子問屋が引き続き入ったけれど
1軒は惜しまれながら昨年末に閉店。
現在は2階にある大屋商店だけが頑張っています。

繊維の街として今でも有名な日暮里。
この街の駅前に、昭和のノスタルジックな街があったことを知っている世代も
もうすっかりオッさんである。

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深大寺

2015年10月09日 | 東京のお散歩
東京都調布市にある天台宗別格本山 浮岳山昌楽院深大寺は、
国分寺崖線に張り付くように座していて、境内に数多くの湧水源を持っています。



湧水が多い場所ゆえ、霊場(今で言うパワースポット)とされ、
三蔵法師玄奘を守護したとされる水神「深沙大王」から深大寺と名付けられたとされます。



創建は天平五(733)年と伝えられていて、東京では浅草寺に次ぐ古刹です。



湧水量が豊富で、これを耕作や水車に利用した蕎麦が、深大寺蕎麦として有名で
門前には多く店が並んでいて、またそれらの店も水を活かした庭などで
舌と目を楽しませてくれます。

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数寄屋橋の風景

2015年10月08日 | 東京のお散歩
私は、まだ歩くこともできない頃から、銀座に連れてこられていた。
亡き母が、若い頃にソニービルに勤めていた事が一番大きな理由だと思われるが
母の馴染みの店も多かったので、子供連れでも何かと楽だったのだろう。

我が家からは、都営三田線(当時は6号線と言った)で日比谷で降りるか
丸ノ内線で銀座で降りるか、山手線で有楽町で降りるか…
と、色々な選択肢があったけれども、なぜか丸ノ内線が多かった。
これは、やはりお茶の水の学校に通っていた母の、若かりし頃のテリトリーだったからだろう。

丸ノ内線の銀座駅は、開業当時「西銀座」と称した事からもわかるように
銀座の西側、つまり数寄屋橋あたりの地下になる。

ソニービル、不二家、プリマハム、日劇、ニュートーキョー、東芝ビル(銀座TSビル:阪急デパート)…

どれも幼い頃から見慣れた数寄屋橋界隈の風景。
日劇はマリオンになり、ニュートーキョーも東芝も建て直しが行われている。

街が生きているという実感と、思い出の風景が、記憶の中だけのものになってゆく虚無感が
数寄屋橋のスクランブル交差点のように、心の中で交錯する。


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秋の夕空

2015年10月07日 | 東京のお散歩
これからの季節は夕暮れ時が素晴らしい思う。

枕草子でも
『秋は夕暮れ (中略) 日入りはてて 風の音 虫の音など はたいふべきにあらず』
と書かれている。

我が家の前の道は、中学・高校・大学の通学路。
薄暗くなった道を、部活帰りの生徒や、学祭の準備で遅くなった学生たちの
ワイワイと歩く声が、冷たくなり始めた風の合間を縫って
部屋の中に入ってくるのが心地よい。

鮭色から濃紺へと境目のない空の下、通勤電車に乗る人達の足取りも
師走に向けて少しずつ早くなってゆくような気がする。

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寄席 新宿末廣亭

2015年10月06日 | 東京のお散歩
東京に4つある席亭の一つで、明治三十(1897)年創業の老舗席亭です。
明治四十三(1910)年に末廣亭の名となり、大正十(1921)年の新宿大火の復興による区画整理で
元々あった位置よりやや北側に移転再開しました。



東京の寄席の中でも、落語芸術協会・落語協会・落語立川流・円楽党(圓楽一門会)・上方の五派を
同じ高座で観ることができるという、落語ファンお馴染みの席亭です。
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五輪橋

2015年10月05日 | 東京のお散歩
山手線上り(内回り)で原宿駅を出て、渋谷方面に向かって最初に潜る跨線橋。
最初の橋は神宮橋という橋ですが、その橋と付かず離れず、渋谷側に架かる橋が五輪橋です。

(五輪橋)

この橋は、その名からわかる通り、前回の東京オリンピック(昭和三十九年)の際に架橋されたもので
もともと明治神宮の一の鳥居に向けて作られた表参道として架けられた神宮橋を迂回して
直線的に代々木競技場へ進めるように造られたものです。

(神宮橋)

今度の東京オリンピックは、色々な事がグダグダしていますが
後世に残って、役に立つものはどれほど造られるのでしょうか…。
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ふるさと北区区民まつり

2015年10月04日 | 徒然
昨日、今日は北区の区民まつり。
滝野川公園や飛鳥山公園で、ステージや露店、フリマが開かれました。

滝野川公園は、滝野川消防署び隣接しているので、署でも色々なイベントを開催して
防災を呼びかけていました。

(滝野川公園)

(北区防災センター。奥は東京消防庁滝野川署)

(飛鳥山公園)

(露店)

(飛鳥山公園のステージ)
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北海道フェアとバスイベント

2015年10月03日 | 徒然
代々木公園のケヤキ並木(NHKの横)では、今日は二つのイベントが行われていました。

昨日・今日・明日の3日間行われる北海道フェアと、今日だけのバスの日イベントです。

北海道フェアは、特産品が格安で味わえると言うことで、どこも行列。



方やバスイベントは、混んでるとは言え、北海道フェアに比べれば
“空いている”と言ってもいいほど。

それでも、いろいろなバス会社が参加していて、面白いイベントでした。
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八幡の藪知らず

2015年10月02日 | 
千葉・市川市役所の斜向かいに、不知森(しらずもり)神社という、藪に囲まれた祠があります。
祠の周囲の藪は立ち入ることができず、古来から禁足地とされています。



一説には、一度この藪に立ち入ると、二度と出てくることができないとされ
神隠しの伝承地となっています。

現在の藪自体は縮小してしまい、恐らくは出てこれない事もないとは思われますが
今でも拝殿の一角以外へは立ち入る事が出来なくなっています。

(不知森神社)

禁足地である所以は、日本武尊の東征における陣屋という説や、平将門の墓であったという説、
徳川光圀が立ち入って出てこられなくなった説や、地形に由来する伝承、
入会地であったため立ち入れなかった説や、遷座以前の葛飾八幡宮の旧地であった…
など諸説ありますが、どれも科学的にも文学的にも根拠に乏しいようです。

(現在の葛飾八幡宮は、京成線の線路を挟んだ反対側にある)
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