明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



明日の夕方搬入ということで、夜中には乾燥が終わっていないとならないが、必ずしも芯まで乾燥できなくても展示には問題ない。 そういう時に限って母が入院している病院の看護士から母が今日来てくれ、といっていると連絡。小遣いがなくなったのでTVも観れないし、おやつも欲しい、ということであろう。夕方まで制作を続け、行ってみると、父方の親戚のオバさんの所へ行くから一緒に外出してくれ、という。この病院は良いから、そのオバさんのために病室を取ってもらっている、という。それは相手にしなかったが前からいっていた。ナースセンターにいっても、口には出さないが『ああその話ですか』的な表情。年寄りには否定せず、はいはい、と訊いておけ、とよく訊くが、担当医、看護士のその反応で、すべて話しは通っている、と母は思い込んでいるのである。昔からそうなのだが、自分が良いと思ったらなんでも人に送ったり勧めたりする。有り難迷惑、ということが昔から判らないのである。私は他人である担当医や看護士と同じような訳にはいかない。ヘソを曲げる母に構わず勝手なことをいうな、と帰る。10日で88歳を迎える母だが、やってやれることと、できないことははっきりさせないとならない。それがしいてはお互いのためである。

※8月31日まで谷中『全生庵』円朝旧蔵の幽霊画を公開中。それに伴い三遊亭円朝像を出品中。
※8月10日より20日まで深川江戸資料館“深川お化け今昔”にて三遊亭円朝像、及び写真作品「鏑木清方作三遊亭円朝像へのオマージュ」『怪談牡丹灯籠』など出品。

HP

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