明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 

一日  


私はそういうコレクションの趣味はないのだが、某所が取り壊されるというので、何か記念に欲しいと思い、人づてに瓦礫でも良いので、とお願いしておいたら、昨日手に入ったと連絡をいただいた。どんな物かは楽しみにして聞かないでおいたのだが、本日ふたたび電話をいただいて、出先からK本に持ってきてくれるという。ということは、K本に間に合うかどうか判らないが、一応持っていっておこう、と考えてくれるような、持ち運びが楽な小さな物ということになる。瓦礫コレクションは小さいほうが有り難い。ということでワクワクしていただいてみると、実に素晴らしく、もっとも欲しいと考えていた“瓦礫”であった。おかげで予定より飲みすぎてしまった。定年近い方だが、「過ぎちまえばどうでもいいけど、それまではくれぐれも内密に」。ということで何かはいえない。私がもらった物は何でしょうクイズをするわけにもいかず、実につまらないブログである。 『私が作っているのは誰でしょうクイズ』は正解者が10名に達せず、9名全員にお送りすることになった。わざわざギブアップ宣言までお送りいただいた方までいて、有り難い限りである。完成した作品を見れば、私がいったとおりだ、ということになるはずである。先日の編集会議では、海産物が交通の邪魔をしているが、交通局は大丈夫だろうか、という冗談をいう人がいて笑った。 そういえば今日K本に来ていた、背景に登場いただいた同じマンションに住むYさん。私が来る前に、私が携帯に送ったYさん登場部分を周りの客に見せていたようで、小学生の時にTに手紙を出したというYさんには、大変喜んでいただいている様子である。逆に、小学生の頃の夢を叶えましょうなどといってしまった手前、実現しなかったらと思うと冷や汗ものであった。「YさんのおかげでF-86セイバー一機減らすことになってしまいましたよ」。と恩着せがましい私であった。

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MG5  


Tの履く胸まである胴付き長靴に、艶を出すために油を塗ってみたが、思ったような艶にならない。そこで2、3回使ってそのままになっていた整髪料『MG5』を塗ってみた。 MG5は渋澤龍彦邸にお邪魔した時、生前そのまままにしているという本棚に置いてあった。私の世代では、『ヴァイタリス』と並んで、中学生の“入門用”のヘアーリキッドである。篠山紀信撮影の『みずゑ』ではどかしてあった。実に判ってない。「渋澤がMG5だから良いんじゃねえか」。というわけで翌日スーパーで買ったのだが、今では何かを髪に塗りたくることはないので、三本立て150円で毎日曜、映画館で洋画を観ていた頃を想い出すにとどまったのであった。 今の私の“元ネタ”はほとんどこの頃読んだ本や妄想したことが基本になっている。寺山修司は『どんな鳥も想像力より高く飛べる鳥はいない。人間に与えられた能力のなかで、一番すばらしいものは想像力である』。といっているが、まったくそのとおりである。団塊の世代が好き勝手していたあの時代、ただ押さえられていた身体と心の酷くバランスの悪い中学生の妄想は物凄い物があり、私の一生を左右することとなった。そう思うと大人になって見聞きしたものは無粋なだけで、元ネタになる物はほとんどないといってよい。あとはそれを目に見える形に頭の中から取り出す技を身につけるだけ、という恐ろしく地味なことになったが、これがそう都合よくいかないので、一度完成したが入稿を月曜日にしてもらったので、Tの気になった所を作り直して撮りなおそう、という訳なのである。

※『私が作っているのは誰でしょうクイズ』只今正解者8名。31日24時まで。

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帽子  


Tの働いている様子を写真で見ると、Tだけでなく、周りのスタッフも帽子をかぶっている人が多い。昭和のあの頃は、そうだったとも思えるが、背景に登場してもらうことになった同じマンションのYさんにいわせると、こういう現場は上から何が落ちてくるか判らないので、みんな帽子をかぶるのだ、と“Episode I”と書いてある帽子をかぶりながらいっていた。帽子ぐらいで何が避けられるか知らないが、確かに何もないよりはいいだろう。Tのトレードマークの帽子だが、せっかくいい感じでできた頭を隠すのが嫌で、かぶせないつもりであったが、元々私がイメージしていたのは眼鏡に帽子であったので、悩んだ揚句、かぶせることにした。 基本的に、私が作るのは無表情である。見る人の気分によって表情を感じてもらうためで、そのため特定の感情を表さないように心がけている。また被写体としても、その方が光線状態により表情を抽出することができる。Tは、笑顔というほどではないが、いくらか表情が緩んでいたはずが、帽子をかぶらせたら仕事モードに入ったか、ちょっとピリッとした表情に変わった。帽子のヒサシで陰ができ、ということではないので、理由は判らない。

『私が作っているのは誰でしょうクイズ』“Tの件”という件名で、郵便物を受け取る場合のお名前でメールをお送り下さい。10名の方に127mm×178mmのプリントにサインをしてお送りします。ご住所は改めて伺います。締め切りは今月一杯。※只今正解者5名

LOGOS GALLERY ロゴスギャラリー
渋谷パルコ パート1 / B1
期 間: 2010年7月30日(金)-2010年8月11日(水)
※会期中無休
10:00am - 9:00pm
※最終日は5:00pmにて終了
入場料: 無料
お問合せ: 03-3496-1287(ロゴスギャラリー)
モノクロプリントを展示します。
http://www.parco-art.com/web/logos/harmonica1007/index.php

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向かいの小学校で、ボランティアでウサギの世話から、在校生の育てる菊からすべての植物の手入れをしているSさんが、校内で育てたゴーヤ、茄子、まとめてあると、緑の細縄を束ねたように見える、やたらと長いインゲンを、早朝ドアノブにかけておいてくれた。Sさんの作る野菜は、数十メートル先で採れた物だから鮮度抜群である。今年は育ちがいまひとつだそうだが、いつもいただくピーマンはパリパリでプラスチックのようである。 お湯を沸かしてお茶を飲む習慣がなく、ここのところ家では流水麺ばかり食べているのでガスを使わず、ガス会社から、そういうことなら供給停止にしていたほうが良いですよ、というハガキをもらうくらいで、料理を一切せず、野菜不足もはなはだしい。緑の濃い野菜をゴリゴリと頬張りたかったので、炒めすぎないようにして食べた。近所の立ち飲み屋の女の子からは、鶏が生まれて初めて生んだという卵を沢山もらった。放し飼いで、すぐ採らないとトンビやカラスに持っていかれるような環境で産まれたそうで、小ぶりだが殻がやたらと固い。というわけで、実に健康的な朝食であったが、その間もモニターから目が離せない。ゴーヤを食べている間に、せっかく浮かぶはずだったアイディアが、通り過ぎていってしまったらどうしようと考えてしまうのである。こういった欲深さ、諦めの悪さは、さいわい人の見ていない制作上のことなので良いようなもので、常にそうであったら問題である。そういう人間のことを私は「マムシにタコアシのような野郎だ」と眉をひそめたものである。本日、久しぶり会うはずだった高校時代の友人の精神科医が“嫌いなものには必ず自分の要素がある”といっていた。  『私が作っているのは誰でしょうクイズ』は締め切りまであと少し、というところでメールをいただいている。ないと予想した女性の正解者も一名。『御木本幸吉』ぐらいはあるかと思ったが、ここまでくると外す方がいない。反応がないな、と出したヒント“先っちょにドリル”がまずかった。先着10名様としておけば、もう少し珍回答をいただけたのではなかったか、と思うのある。

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Tの履く胴付き長靴は、本物のゴムシートを巻いてみたが、思ったようなヨレた感じが出ないので、結局粘土で作った。暑さの中、乾燥機にかける気にならず、久しぶりにベランダで干す。例によってあまり寝ていないのでウトウトしていると、階下のYさんより電話「今日なら空いてます」。「あのー、もしやってみて、入る場所がなかったら申し訳ないんですけど・・・。」※21日参照のこと 「別にかまわないですよ」。ここで名案が浮かぶ。今日はアダージョの編集会議がある。背景にYさんが入った物と入っていない物を持って行き、選んでもらって、Yさん案が選ばれなかった場合、人のせいにする、というアイディアである。  Yさん宅へ、着てもらう服を決めるため、Tの写真集を持ってお邪魔する。Yさん青い帽子を手にし、「これ昔、アメリカで買ってきてもらったんだけど」。後に“Episode I”と書いてある。スターウォーズである。「洒落になってて面白いんじゃない?」。私はジョージ・ルーカスが大の苦手なのだが、それより『字が読めるほどにはおそらく・・・。』 それはさておき、さっそく屋上へ。ほとんど後ろ向きで、立ったり座ったりしてもらい数分で終る。「あ、もういいの?」「イメージ通りです」。本来、当初から、背景に男がさりげなく立ち働く姿を入れるつもりが、ここにパラボラみたいなのがあるなら、空には先っちょにドリルが飛んでないと。(ヒント出しすぎである。他に何があるというのだ)などとやるうち、スペースが無くなって来てしまったのである。この場合、この人何をしているんだ、と思われてはいけないので、結局、下をみてただ立っているだけのYさんを採用。結果、アダ-ジョのロゴの上に、“一機”飛んでいたものを削除してバランスを取る。その頃にはYさん登場をほぼ決めていたが、私のことだから、土壇場で気が変わらないとも限らないので「おかげで一機外すことになっちゃいましたよ」と、Yさんには努力したことをアピールしておいた。

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友人から聞かされた話だが、私などが考える以上に、コダック、フジのアナログ製品からの撤退が進んでいるようである。彼はフィルムに関してもあと○年では、と具体的な数字をいっていた。 私は何年も手がけていないが、人形より、それを撮った写真、またそれを古典技法『オイルプリント』にしたものが、私の作品の最終形態だと、実は未だに考えているのである。ここまでくればアンタッチャブルな、私だけの世界である。こんなことやっているのは地球上で私だけだろう、とほくそ笑むひとときが無上に嬉しい私である。それはあまりに馬鹿々しいから、という理由でも一向に構わないし、むしろ望むところである。私は砂煙に紛れて消えてしまう大リーグボール2号のように、皆と同じということは、自分が消えてしまうことだと、物心付いたときにはすでに恐怖を感じていたはずである。そこにいち早く気付いた母が、“目立たず腹の中を明かさぬよう大人しく潜伏せよ”といい続けたのは、何度か書いた。おかげで知人から“「ああ、あの変わった人・・・」と言われるほど変わっていない。”と評される程度に留ったというわけである。  製品に負うところが大きいジャンルは、会社が儲からないと判断すれば、製品と共に消えていくのは当然である。そんなこともあり、古典技法を手がける人が増えているようである。私が『オイルプリント』を始めた当時、古典技法を試みる人は指折り数えるほど少なく、相談相手もおらず、大正時代の技法書、写真雑誌を集めて独習するしかなかった。8年前に『クラシック・カメラレビュ-』に、当時のことを書いている。そこで最後に“最近はフィルム、ペーパーなど製造中止になることがあるようだが、光と陰を定着する事にかけての先達の苦闘の歴史を垣間見て、一度体験してしまうと、仮にすべてが製造中止になっても、ハンコをもって薬品問屋にさえいけば、なんとかなるような気になるものである。”と書いた。製品の動向に左右される写真の弱点を、写真関連の雑誌だけに、遠慮していったつもりだったが、それがいよいよ冗談ではなくなってきた。

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Tのトレードマークといえば、眼鏡と仕事中も被っていることの多い帽子であろう。煙草も吸いっぱなしのように見えるが、表紙には使えない。問題は帽子である。最終的に帽子を被っているところにするにしても、被っているところと脱いでいる場面が撮影できるよう、帽子は着脱できるようにしておく。ただ帽子も粘土で作るのでどうしても大きめになる。小津安二郎は柔らかいヘナヘナした帽子を被っていて、この角度だから気にはならないが、実際はそのまま乗せてもピタッとこないので、展示するには頭を削って帽子を被せることになる。Tの場合は小津のようには行かず、帽子を被せるのは初めから頭を削ってかぶせることになるだろう。ただ作ったところは見せたいものだし、その決心がつかない。被らせないことになりそうである。当初は濃いサングラスをかけさせようとさえ思っていたが、帽子を被って濃いサングラスでは、苦労のしようがない。Tは優しげで垂れ気味の目が良いのである。
というわけで、『私が作ってるのは誰でしょうクイズ』は今月一杯で締め切りとさせていただきます。当ブログに対する友人の、誰を作っているか判らないんじゃつまらない。というもっともな意見に対して、クイズを出題していると思うと、こちらは気が楽である。現段階で、どのくらい伝わっているのか判らないが、たいしたヒントを出したつもりがない時点で当てた方もいるから、そこそこなのではないか。件名を『Tの件』とし、郵便物をお送りするお名前でお答え下さい、正解者十名の方に、ささやかなプリントをお送りします。 とにかく次号は、胸まである胴付き長靴を履いた人物が下半身を水に浸かったまま、“巨大な”海産物と向かい合っているし、空には先がドリルになった物が飛んでいる。

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初日。暑くならない午前中に出かけようと思いながら、グズグズしていて猛暑の中出かけることに。邪魔にならない間に記録に写真を撮っておくためである。終るまでに、といっているうち残せなかった展覧がいくつかある。  乱歩展の方には、ウィンドウに『帝都上空』の気球の乱歩に、撮影に使用した乱歩像が並べてある。撮影効果だけを考えて、撮影専用の像を作るというきっかけには、この乱歩像と、もう一つ、渋澤龍彦の背景用に作った、クラナッハのヌードがある。画のように写るように作ると、とんでもないものになった。ヘソは真ん中に付いていないわ、脚はへんな方向に開いているわ、解剖学的に滅茶苦茶であった。しかし、でなければ、あの魅力は演出できない。立体には無い、絵画の良いところである。アトムの角は、いったいどっちを向いているのだ、という話である。今では撮影用と割り切り、時間短縮のためもあって、写らないところは作らない場合も多いが、これは私が昔長い期間、コタツで寝起きし、制作していたことが貢献している。狭い部屋でコタツから出ずに制作していたので、彫刻家がやるように離れてバランスを見たりなど、一切しない。一方向だけ数時間作り、次に別方向を作るなどという妙な作り方をしていたが、面倒くさがりで独学者の私は、重要なこととは思い至らなかったのである。試しに正面しか見ずに正面を作り、今度は後だけを作ったら、特に問題は見当たらなかった。グウタラしていて身についた芸当といえるだろう。 『甦る江戸川乱歩の世界展展』は来月4日までだが、できることなら同じ会場で併設されている『私とミステリ』展が開催されている28日までに行かれたら良いだろう。

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Tは当初から背景に、男性の後姿を配することを考えていた。過去にもアダージョでは、着物の姿の女性に二度共演してもらったが、今回は労働する男の背中が必用である。そこで、日ごろT屋やK本の常連あたりをなんとなく物色していた。日々の労働のおかげで、様々な表情を持った背中がいくらでもある。とはいっても15万部出ていて、ハケ率ほぼ100パーセントに近いアダージョの表紙に登場してもらうわけであるから、誰でも良い、というわけにもいかない。そうこうして思いついたのが、同じマンションの階下に住むYさんである。私の想定している人物と同じ仕事を経験しているし、小学生の頃、将来Tのような仕事をしたいと、Tに手紙を出したことがあるというではないか。まさにうってつけである。そこで何かの折に、その話をしておいたのである。ところが制作も佳境に入ってきた今日この頃。昨日も書いたように、画面に要素が多く、デザイナーとも画面上のスペースについて、事前に打ち合せが必要な状態である。つまりこの上何かを加えるのは、厳しい状態になってきている。  Yさんは携帯電話は昔から使用しているが、最近ようやくメールを始めた。そして三日と空けず電話かメールが来る。「あれはどうなりました?」「ああ乱歩展ですか。搬入も無事すみました。是非観に行ってください」。「アダージョの方は?」「あ、そっちですか・・・。」 というわけで、締め切りよりも、別なものに追い詰められつつある私である。私はなんであの時、あんな余計なことをいってしまったのであろうか。それが本日の雑記のタイトルである。

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アダージョ22号用のTは、背景は大体出来ているが、今回は画面のあちらこちらで余計なことをしているので、それが文字の下敷きになってしまうのを避けるため、おおよその配置を事前にデザイナーに伝え、細かい部分は文字を先にいれてもらって、後から微調整することにした。オブジェを撮影しながら加えてきたので、配置を決めるだけで随分時間がかかってしまったが、幸いなことに、Tの頭部が記録的な早さで完成に向ったので、しばらく放っておいて、背景に時間をかけることができた。主役のTは頭部の仕上げに入り、明日は身体部分を作ることにする。 Tは当初から、水産加工業者が履いている、胴付き長靴とか胴付き水中長靴とかいうらしいが、胸まであるゴム長を履いてもらうことにしていた。近頃のウエダーというフライフィッシング用ではなく、昔ながらの魚屋の履くようなシンプルなものが良い。いっそのこと、本当のゴムを使おうと考えているので、明日ホームセンターに行ってみるつもりである。 考えてみたら、海産物といっていた時点で、このことを書いておけば良かった。胴付き長靴を履いた人物などといえば、水産加工会社の創業者あたりで迷ってもらえたかもしれない。

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本日は何もする気になれず、YouTubeで、七十年代のロック、ポール・ロジャースのボーカルやレスリー・ウェストのギターなど聞いて過ごしていると、夕方、昨日一緒に屋形船に乗り、カラオケで別れた運送会社のKさんから電話。昨日楽しく別れたはずが、KさんとHさんが路上でつかみあいの喧嘩になったという。私が帰った、すぐ後で始まったらしい。訳が判らず、指定の店に向かうとKさんはすでに泥酔状態。パチンコで5万入ったと、運送会社の同僚もつき合わされていた。話を聞くと、実に馬鹿々しい話である。結局昨日と同じメンバーが顔を会わせる事に。私はどうも、昔からこういう役回りになりがちだが、間に挟まれるクッション役も、いい加減に降ろさせてもらいたい。結局最後は昨日いったばかりのカラオケに、今年定年を迎えたKさんと二人で行き、うなだれるKさんを励ますカタチに。まったく、どいつもこいつもである。この私の作った海産物画像を携帯の待ち受け画面にしている連中、『甦る江戸川乱歩の世界展』を観にいかなかったら私は許さん。 先日まで、カラオケには四回くらいしかいったことがなく、レパートリーも『サムライニッポン』と『愛しのマックス』だけだったのに、間が持たないので『怪傑ハリマオ』と『東京キケン野郎』を加えるハメに。

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午前中にT屋のHさんから電話。運送会社のKさんもいるという。銀座に展示用のプリントを取りに行くついでに寄る。今日は近所の飲み屋の企画で、屋形船に乗るというのがあるが、搬入があるし、くたびれてもいるので断わっていた。Hさんはこのトリオが参加しなくちゃ、などという。いつからトリオ扱いされているのか迷惑な話である。自分の店では出入り禁止にした人物は、二度と許すことはないが、企画した飲み屋ではとっくに出入り禁止になっており、飲むと記憶がなくなるせいか出入り禁止破りをし、あげくにただの水を出されたりしている。Hさんは、何かあったら私なら止めてくれると思っていて、来てくれなくちゃ困る、と勝手なことをいっている。 東武百貨店から車が来たのが四時過ぎごろで、無事に箱入り乱歩像とプリントを渡す。安心したし、屋形船は初めてだったので参加することにし、近所の『富士見』に向かう。持っている人は浴衣で参加、ということになっていて、すでに集まっていた。人見知りも、参加してしまえば楽しく、店が持ち込んだ上等な日本酒をゴクゴク。昨晩TVで封鎖できませんといっていたレインボーブリッジをくぐりお台場へ。こんな状況でさえカラオケという気持ちは良く判らないが、夜景を見ているのは気分が良い。十五分ほど船の上に上がったが、子供の頃の佃の渡し舟がそうであったが、私は水面に近いところがより楽しい。 Hさんも特に問題もなく終了。門前仲町まで行き、しかたなくカラオケへ。

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予定では会場のウィンドウ内に『帝都上空』の大きく伸ばした画像が収まることになっている。そこに撮影に使った乱歩像も置くことになった。先日書いたように、撮影用に遠近感を強調して作っており、一方向からしか形になっていない。正確に言うと穴から覗くくらい視点を固定するべきだが、ウィンドウ内ではそうもいかない。 改めて点検すると、ここまでやったのだから、もうちょっとどうかすればいいじゃないか、というぐらい何もしていない。この部分は必要がない、と思うと本当に私は愛想がない。よって舞台裏は実に殺伐としている。気球など、あと数センチ塗れば塗り終わるのに、写らないからと途中で止めている。こんな小さなことだが、数センチ塗るぶんのエネルギーすら、本番の肝心な部分に集中することに回そうとしていることが判る。 私は方向音痴だ計算ができない、何ができないこれができないといっているが、実際はほとんど恥じておらず、この分がみんな創作のほうに回っているのだ、と腹の中ではほくそ笑んでいるのである。しかし嬉しそうにしていては、立場によって怒りだす人もいるので、恥ずかしそうにしているのが、狭い下町育ちで身につけたテクニックというものである。なにしろ駄目なマイナスな部分が、すべて創作用にプラスに変じているのだ、と喜んでいるのだから、私は鬱にはなりにくような気がする。 そんなわけで、本来披露するものではないのだが、『夜の夢こそまこと』(パロル舎)の出版記念ライブをやった時、撮影に使用した人間椅子などと共に入り口に飾ったことがある。その2、3日後に松坂屋大丸本店でも展示したが、先方にやる気がまったくなく、館内に展示の告知がなされていない有様で、ヒマな通りがかりの人しか観ていないはずである。 展示するには箱に入れて、せめて正面からしか見えないようにしないとならない。私は乱歩の第一作は、黄金仮面を持って立っている作品だと思っていたが、ひょっとして、これが第一作ではないか、という気がしてきた。現在であれば、一々雑記に書いているのでおおよそのことは判るが、HPを作る前だったので確かめようがない。HPを作るためにパソコンを始めたので、まだワープロすら触ったことがなく、そんな野暮くさい物、なんていっていた頃なので、当然合成もしていないが、この作品は原点といっていいだろう。

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一日  


先日『私が作っているのは誰でしょうクイズ』はヒントを出しすぎたようで、以前『たこ八郎』ではないか、といった男まで当ててしまった。たこ八郎といったのは昼食時にT屋で顔を合わせたときであり、正式に出題していなかったので再挑戦を許可した。もう1人友人で、たこ八郎といった人がいるが、こういう出題者を喜ばす答えをいってくれてこそ、出題し甲斐がある。 海産物画像を送った人の話で可笑しかったのが、寝起きの小学三年の娘に画像を見せ、「○○橋が大変なことになってる!」とやったそうである。驚いた娘とニュースでやっていないか、外にヘリコプターが飛んでいないか、などと煽ったまま学校に送り出し、未だに放ってあるという。学校でホラ吹きといわれなければいいが、可愛らしく微笑ましい話であった。 娘といえば海産物とは関係ないが、友人から中二の娘が勉強していると思ったら、彼の蔵書から西村寿行を読んでしまった、というメールが着た。友人が西村作品のどの部分を愛好しているか知っていたので、もう娘に刷り込まれた、手遅れだとさんざん脅かしておいた。カミサンがどんな内容か確認する、と持っていったから、帰ったら怒られるかもしれないというので、どう怒られたか、是非聞かせてくれといっておいた。

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『甦る江戸川乱歩の世界展』7月22日~8月4日の会期中、同じ6階の美術画廊では28日まで第三回『ミステリと私』コレクション オブアート アンド イラストレーションが開催される。私を含め23名が出品する。私はこれも乱歩がテーマだと思い込んでいて、『ミステリと私』だと聞かされたのは数日前である。担当者は乱歩で良いというのだが、先日知人にメールで“「ああ、あの変わった人・・・」と言われるほど変わっていない。”と評された私は、下町の狭い地域で育ち、早くから私の性根を見抜いた母から、とにかく目立たず腹の中を明かさぬよう大人しく潜伏せよ、と口を酸っぱくいわれ続けてきたおかげで、表現者として、そのことが障害となっているのであるが、“私だけ乱歩ばっかり”は耐えられないのである。『ミステリと私』だといっているのに、強行に、私だけは乱歩で行く!という人間に思われてしまうではないか。妙なことをやっているクセに何をいまさらだが「ああ、あの変わった人・・・」と言われるほど変わっていない私である。急遽5点(乱歩1点)を用意した。
人心地つき、母とアメリカから帰ってきている妹と甥っ子達と食事。とにかくアメリカの食い物など、ロクな物はない、と日本に来るたび甥っ子達は食いだめしている。よってかろうじて回ってはいないがリーズナブルな寿司屋へ。 日本でいう中一の弟は、ネタを剥がして醤油を両面に塗り、また寿司飯の上に乗せる、という面倒な食べ方をする「こいつにはチラシを食わせるべきだ」。するとその子の寿司にちょっとしたゴミが付いていたらしい。そこはさすがアメリカナイズされた妹は、さっそく店に告げる。すると大トロ寿司と、私など食べたことのないサクランボが店からテーブルへ。下の子はそのことに相当驚いたらしく、帰りのエレベーターの中でも盛んに感心しているので、日本について誤解されてもいけないと、伯父として注意しておいた「この手は1店舗につき1回だけだぞ」。真面目にうなずかれたらどうしようと思ったが、ゲラゲラ笑ったので安心した。

『甦る江戸川乱歩展』『第3回 ミステリと私』

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