わたしの思う町は、子ども時代、規則的に立ち並ぶ家々の瓦屋根の軒先。いわゆる甍の屋根。日本家屋がわたしの目線で記憶している日本の町並です。
私が小学生のころ、昭和30年代のころのこと。町にはちらほら三階建ての鉄筋コンクリートでできたアパートが出現してきました。昔の言葉で云う『文化住宅』です。そのアパートに憧れて、親にあの箱の家に住みたいと親を困らせたことがあります。
そのころから日本のあらゆる場面がおかしくなってきました。ニヒリズム漂う町になってきたと思います。
陽が暮れるまで遊んだあの頃。門司港・錦町界隈。〈C〉永野宏三・ひろみプロ
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